ドイツ軍人になった一夏くん 作:強い一夏すこすこ侍
「で、アンタはいつあたしにパフェ奢ってくれるのよ」
「無茶言うな。外出許可はまだ一度も取れてないんだよ」
食堂の窓から差し込む午後の光が、鈴の頬を淡く照らしていた。明るいはずの光が、どこか不満げな彼女の表情を際立たせる。
転入当初にパフェを食べに行くという約束を交わしたが、未だに達成できていない。
一夏は箸を指先で弄びながら、胸の奥に小さな棘のような負い目を感じていた。けれど、実際問題外出許可が取れないのだから仕方がないと諦めてもらうしかないのだが。
「今の状況で……一夏くんを外に出すのはリスクが大きい……」
「だな。今日みたいな襲撃がまた起きる可能性がある以上、俺は学園に詰めておいた方が良いと思うぞ」
二回目の襲撃となれば、教員部隊の誰かが指揮を執る事になると思うが、それでも専用機持ちとしては戦力になる。
元々が、男性操縦者としておいそれと外に出れないところに、この状況だ。
ただでさえ望み薄だった外出許可がさらに取りにくくなっているのは想像に難くない。
「ずっと学園に缶詰め状態で嫌にならない?」
「まあ、ドイツに居た時も殆どが基地暮らしだったしな。たまに出かける事はあったが……と、悪い。連絡だ」
話の途中で、スマホが鳴る。
差出人の名前はラウラだ。
表示されたメッセージを見た一夏の頬が思わず緩む。
その一瞬の緩みは、抑えきれない懐かしさの滲みだった。画面の光が一夏の表情を照らし、鈴の心臓が、ほんの一拍だけ強く跳ねた。
理由は自分でも説明できない。ただ、胸の奥がざわつく。
「──何? なんかいい事でもあった?」
鈴の声は軽く弾んでいるようで、しかしその奥に針のような警戒が潜んでいた。
一夏の表情から、乙女の直感的な意味で何かを読み取ったの声音に不穏なモノが混じる。
それを知ってか知らずか、一夏は笑みを浮かべたまま答えた。
「来月から編入予定だったウチの隊長が、予定が早まって週末にでもこっちに来るらしい」
「ふーん……」
鈴の視線が、まるで獲物を観察する猫のように一夏のスマホへ吸い寄せられる。
興味がないふりをしても、その目は嘘をつけない。
スマホの画面に映る光が、鈴の瞳に小さな反射を作る。その光が、彼女の嫉妬心をさらに際立たせていた。
「ドイツの代表候補生だっけ?」
「ああ。そうだな」
「アンタとどっちが強いの? 隊長ってくらいだし向こうのが上?」
どうだったかな、と一夏は顎に手を当てながら、遠い記憶を辿るように視線を宙へ向けた。
生身の勝負であれば、ラウラとの身体能力の差もあって一夏に分があるが、鈴の聞きたいのはISを使っての対戦成績だろう。
使っている機体性能差もあるから一概には言えないと前置きをしつつ、一夏は口を開く。
「大体だが六、七割くらいは俺が勝つな。今は隊長が第三世代機に乗り換えたからわからんが」
「六、七割……って、アンタ結構勝ってるじゃない」
鈴は軽く笑ってみせたが、その目は笑っていない。
笑顔の裏で、鈴の心は静かに波立っていた。
勝率の話ではない。そこに含まれる特別な関係の匂いが、彼女の神経を刺激する。
「まあ、訓練での話だしな。実戦はまた別だし、指揮官としてもそれもまた別の話だ」
一夏はあくまで淡々としている。
その落ち着きが、逆に鈴の不安を刺激した。
「……その隊長さんって、どんな人なのよ」
声は平静を装っているが、わずかな震えが混じる。自分でも気づかないほど小さな揺らぎ。
「真面目で、厳しくて……俺がドイツにいた頃は、よく鍛えてもらった。それに案が面倒見も良くてな。世話になった」
「……面倒見が、ねぇ……」
鈴の視線がじとりと刺さる。
世話になったという言葉に、どうしても余計な想像が混じる。
鈴の指先がテーブルをとん、と小さく叩いた。
無意識の苛立ちが、そこに滲む。
「で、その……隊長さんはアンタのこと、どう思ってるの?」
核心に触れるような問い。
鈴自身、聞いた瞬間にしまったと思ったが、もう遅い。
一夏は少しだけ目を細め、言葉を選ぶようにして答えた。
「信頼してくれてる、と思う。俺が隊にいた頃から、ずっとな」
その声音は、懐かしさと敬意が混じった柔らかい響き。
鈴はその柔らかさに、胸の奥がきゅっと縮むのを感じた。
まるで自分の知らない一夏を見せつけられたようで、息が詰まる。
(……そんな声、あたしには向けたことないじゃない)
そんな言葉が喉まで出かかったが、飲み込む。
代わりに、軽く笑ってみせた。
「……信頼、ね。ずいぶん仲良しじゃない」
冗談めかした声の端が、わずかに震えていた。
嫉妬という言葉を認めたくなくて、鈴は自分の感情を押し殺す。
「仲がいいっていうか……まあ、命を預ける相手だったしな。自然とそうなる」
その言葉が、鈴の胸に小さな棘のように刺さる。。
そんな自分に戸惑いながらも、鈴は視線を逸らせなかった。
「……その隊長さんって、どんな顔してるの?」
聞くつもりのなかった質問が、ぽろりとこぼれた。
一夏は少し考え、素直に答える。
「鋭い目をしてる。まあ、軍人だから当然ちゃ当然だけどな……でも、笑うと意外と優しい顔になるんだよ」
「……ふーん」
鈴の返事は短い。
しかしその短さの裏に、複雑な感情が渦巻いているのは明らかだった。
一夏はそこでようやく、鈴の態度に気づく。
鈴の肩がわずかに強張っている。
彼女は気づかれまいと姿勢を正したが、耳の先がほんのり赤い。
「……鈴?」
「な、何よ」
「なんか怒ってね?」
「怒ってないわよ!」
即答。
だが、怒っていないと言う人間ほど怒っているのは世の常だ。
一夏は苦笑しつつ、少しだけ声を落とした。
「外出許可も今は取れないけど、もう少ししたら取れるだろ。そうしたら約束通りパフェを奢るから許してくれって」
どうやら一夏は鈴が怒っているのをパフェを食べに行く約束を中々果たせないからだと思っているらしい。
相変わらずの唐変木ぶりに、鈴はわざとらしくため息を吐く。
なぜ、と思う一夏の横で簪は同情するよう視線を鈴に向けていた。
「一夏くんって……色々とアレだよね……」
「少しは成長して帰ってくると思ったけど、なーんにも変わってないわこの馬鹿」
「失礼な。勉強とか昔より出来るようになったぞ」
「そういう事言ってるんじゃないわよ馬鹿一夏!」
どういうことだ、と首を捻る一夏にもう一度鈴は見せつける様にため息を吐く。
と、食堂の入り口に人影が見える。
こんな時間に誰だろうか、と一夏が伺うと千冬だ。
どうやら彼女の目的は一夏だったようで、こちらを見つけるとゆっくりと歩みを進める。
事情聴取の件だろうか、と束の間思ったが、それにしては歩き方から緊張感は感じられない。
「織斑」
「はい。何かありましたか?」
軍に居た時の癖か、起立して答えた一夏に千冬が肩をすくめて流す。
学校の場で、家族であることを理由にくだけた様子で対応されるのは許さない千冬だが、ここまで硬いとそれはそれで思うところはあるのだ。
楽にしていい、と前置きをして口を開く。
「ボーデヴィッヒの編入が早まった件は聞いているな?」
「はい。先ほど隊長から連絡がありました」
「ならいい。到着したら案内をしてやれ」
「わかりました」
これを言う為だけに千冬は来たのだろうか、と一夏は眉根を寄せる。
別段、わざわざ言いに来るほどの要件ではないと思うのだが。
「それから、お前が最初に挨拶に来た時に、教官と言ったのを訂正させたのと同じだ。ドイツでのボーデヴィッヒとの上下関係は忘れる様に、ここは軍ではなくただの学び舎だ」
伝えたかったのこちらだろうか、と一夏は得心がいった様に頷く。
ドイツを立つ前にもラウラやクラリッサ達に言われた事と同じ内容。
編入してから改めて実感しているが、ここで軍の立場を持ち出すとただでさえ浮いているのにさらに拍車をかける事になりそうだ。
「わかっています。たいちょ……ラウラにも事前に言われていますし」
いきなり隊長と言いかけた一夏に千冬が苦笑を漏らす。
慣れ、とは恐ろしいもので長らく身に付いた習慣は簡単には変えられないといった様子だ。
「まあ昔の様に、気軽に呼び合えばいいさ」
「……善処します」
昔という言葉が落ちた瞬間、鈴の表情がまた曇る。
一夏はその変化を見ていないふりをしながら、心のどこかでため息をついていた。