ドイツ軍人になった一夏くん   作:強い一夏すこすこ侍

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師と弟子と戦友と

 降り注ぐ日差しは包み込むような暖かさではなく、肌に突き刺さるような暑さへと変わりつつある中、一夏はIS学園の校門前で立っていた。

 今日は休日という事もあって、外出許可を得た生徒達数人が不思議そうに一夏を見ながら通り過ぎていく。

 

 先日、クラス対抗戦で発生した襲撃事件の詳細こそ一般の生徒には知らされていないものの、テロリストにより襲撃があったという形で、周知はされていた。

 そんな状況下で、外出許可が下りるのは微妙なところではあったが、学園側は通常の生徒に対しては、外出許可を与える方向で対応を決めている。

 通常の、という通り代表候補生をはじめとする一部の生徒に対しては与えられていない。

 

 いざ非常時になった際、学園側にも教師部隊があるとはいえ、その全てが訓練機である都合、即応性という意味では専用機持ちに劣るのは否めない部分がある。

 それに加え、一夏は唯一のISを動かす事が出来る男性という肩書で中々許可が下りない所に、クラス対抗戦での活躍もあり、立場的な意味でも、戦力的な意味でも以前より外出許可が簡単に与えられない状況が出来上がってしまっていた。

 

 そんな中で、外出も出来ない一夏が校門前に立っているかと言われると答えは単純、編入の時期が早まったラウラを出迎えるためである。

 千冬からラウラの案内を頼まれているとは言え、通常であれば校門前で到着を待つ必要は無いのだが、如何せん、ラウラと一夏の関係は通常とはかけ離れたところにあり、一夏の中には最初からラウラが到着してから寮を出るなんて選択肢は存在していない。

 

 と、一夏の視界に黒塗りの車が映る。

 それは自身もこのIS学園に編入された際に乗っていた車。すなわち、ドイツの大使館が遣わせた車に他ならない。

 車が緩やかに減速し、一夏の目の前で停車し静かにドアが開く。

 一夏は無意識の内に背筋を伸ばし、踵を揃える。

 車から降りてきたラウラに敬礼をすると、ラウラは苦笑いを浮かべながら礼を返す。

 なにやら言いたいことがあるようだが、ラウラも軍に長く籍を置いていたからか、淀みなく礼を交わす事になった。

 

「長旅お疲れ様です隊長。本来は空港にお迎えに行かなければならないところ、校門での出迎えになった事ご容赦下さい」

「久しぶりだな、中尉。なに、外出許可が下りなかった事は聞いている。気にする事は無い」

 

 一夏が運転手からラウラの荷物を受け取るのを横目に、ラウラがふっと表情を緩める。

 

「ところで、ここでは軍での関係は忘れるはずだったと記憶しているが?」

「門をくぐるまでは、まだ学園の外ですから」

 

 相変わらずの一夏の態度にラウラは肩をすくめる。

 とはいえ、いきなり昔の様に馴れ馴れしくするのは運転手をはじめ、遣わされている連絡将校のいる手前、おいそれと出来ないのだろう。

 運転手と、連絡将校と短く言葉を交わし、車が走り去るのをラウラと一夏は並んで見送る。

 車が見えなくなったところで、学園へと足を踏み出す。

 先頭に立とうとした一夏に、ラウラは歩幅を合わせる様にして横に並ぶ。

 軍服ではなく、学園指定の制服に身を包んだ彼女は、どこか落ち着かない様子で襟元を指先で整えた。

 

「……妙な気分だな。軍服以外で過ごす事になるのは、いつ以来だろうか」

「自分も最初は違和感しかありませんでしたよ。慣れるまで時間がかかりました」

「お前が、か?」

 

 ラウラが横目で一夏を見る。

 その視線には、懐かしさと、少しの驚きが混じっていた。

 

「中尉──いや、一夏。お前はどこに行ってもすぐに順応すると思っていたが」

「買いかぶりですよ」

 

 言葉を交わしながら歩く二人の姿は、周囲の生徒達の視線を集めていた。

 休日とはいえ、いや休日だからこそ外出許可を得て戻ってきた生徒や、部活動で校内に残っている生徒は少なくない。

 そして彼女達の視線は、明らかにただの転入生を見るそれではなかった。

 噂が噂を呼ぶのに、時間はかからないだろう。

 ラウラもそれを察したのか、わずかに眉をひそめる。

 

「……ぶしつけな視線が多いな。どうにも落ち着かん」

「まあ、自分がここに来た時もこんな感じでしたから、慣れるしかないですね」

「そうか。なら、私も慣れるしかないな」

 

 そう言いながら、ラウラはほんの少しだけ歩幅を狭め、一夏との距離を半歩分だけ縮める。

 やがて、校舎が目前に迫ったところで、ラウラがふっと息を吐いた。

 

「さて、これで私とお前はただの学生同士となる訳だ」

「そうですね」

「そうですね、ではない。敬語で話すな、それに階級ではなく名前で呼ぶように」

「わかりまし……わかった」

 

 思わず、「わかりました」と言いそうになった一夏は、ラウラに軽く小突かれ言い直す。

 どうにも慣れないが、どうしようもない。

 

「千冬姉からも、軍の関係を持ち込むなって言われてるから直さないとなあ……」

「だろうな」

「それこそ、千冬姉の事は教官じゃなく織斑先生と呼ぶようにラウラも気を付けてくれ」

「わかった」

 

 言いながら、ラウラは案内板を見上げて一つ頷く。

 次に出てくる言葉をなんとなくわかった一夏が、ラウラが口を開くよりも早く言葉を紡いだ。

 

「千冬姉に挨拶でも行くか?」

「ああ。頼めるか?」

 

 一夏の予想は外れていなかったようで、ラウラが満足げに頷く。

 長い時間を共にに過ごしていた、というのを差し引いてもラウラの千冬に対する感情の大きさを一夏も知らない訳ではない。

 となれば、ラウラが真っ先に千冬に会いに行きたがるのは当然と言えば当然であった。

 校舎へ足を踏み入れた瞬間、外の刺すような日差しとは対照的に、ひんやりとした空気が二人を包み込んだ。

 休日の校舎は静かで、足音だけが廊下に淡く反響する。

 ラウラは歩きながら、制服の袖口を指先で軽く整えた。

 その仕草は軍服の皺を直す時と同じ癖だが、そこに宿る感情はまるで違う。

 緊張、期待、そして──敬意。

 一夏は横目でそれを感じ取りながら、職員室の方向へと歩を進める。

 

「……落ち着かないか?」

 

 問いかけると、ラウラはほんの一瞬だけ視線を伏せた。

 

「落ち着かない、というより……覚悟がいる」

「覚悟?」

「教官──いや、織斑先生に会うのは、私にとっては軍の上官に報告する以上の意味がある。お前には……わかるだろう?」

 

 一夏は頷いた。

 ラウラが千冬に抱く感情は、単なる尊敬ではない。

 救われた者が、救ってくれた者に向ける、重く深い想いだ。

 廊下の突き当たり、職員室の扉が見えてくる。

 休日ゆえに人の気配は薄いが、千冬がいることは一夏にはわかっていた。

 彼女は休日でも仕事をするタイプだ。

 扉の前でラウラが立ち止まる。

 深く息を吸い、吐く。その横顔は、戦場に出る前の兵士のように静かで、しかし確固たる決意を宿していた。

 

「……行くぞ、一夏」

「ああ」

 

 一夏が軽くノックし、扉を開ける。

 職員室の空気は、外よりさらに静かだ。書類の匂い、冷房の微かな風、そして──

 

「──来たか」

 

 千冬が顔を上げた。

 その声音はいつも通り冷静で、しかしどこか柔らかい。

 ラウラは反射的に背筋を伸ばし、踵を揃え──

 だが、千冬の視線がそれを制した。

 

「ここは軍ではないぞ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。まずは落ち着け」

 

 その一言で、ラウラの肩がわずかに震えた。

 緊張が解けたわけではない。むしろ、胸の奥に押し込めていた感情が一気に溢れそうになったのだ。

 千冬は席を立ち、ラウラの前に歩み寄る。

 

「編入が早まったと聞いた。無理をしたのではないか?」

「いえ……私は、早くここに来たかっただけですから」

 

 ラウラの言葉は、抑えきれない本音が滲んでいた。

 一夏は横で静かに見守るしかない。

 千冬は短く息を吐き、ラウラの肩に手を置く。

 

「なんにせよ……よく来たな。久しぶりにお前の元気そうな顔を見れて私も嬉しいよ」

 

 その瞬間、ラウラの表情がわずかに崩れた。

 軍人としての仮面が、ほんの一瞬だけ外れる。

 

「……はい。教官に、胸を張って報告できるように……努力してきました」

「それはお前を見ればわかるさ」

 

 千冬の言葉は簡潔だが、温かいモノがにじみ出ていた。

 それはラウラにとっては、勲章より価値のある言葉だ。

 千冬は、ただの上官だった人ではない。自分を形作った存在であり、人生の指針であり、救いだった。

 千冬はラウラの肩から手を離すと、机の上の資料を数枚取り上げた。

 

「さて、ボーデヴィッヒ。お前の編入後の生活について説明する」

 

 ラウラは姿勢を正し、自然と踵が揃う。

 千冬はそれを咎めなかった。

 むしろ、今だけは軍の空気を許したのかもしれない。

 

「まずクラスだが──一夏と同じ一組に配属する。共にドイツからの派遣組が故に、同じクラスの方が互いに都合が良いと判断した」

 

 ラウラは一瞬だけ視線を揺らし、一夏を見る。

 一夏は苦笑しながらも、どこか安心したように頷いた。

 

「問題は訓練だが──」

 

 千冬の声がわずかに低くなる。

 

「学園の訓練は軍のそれとは違う。目的は戦闘力の向上(・・・・・・)が主ではなく、ISの扱いに慣れる(・・・)ことだ。お前のような実戦経験者には物足りないだろうが──」

「構いません。教官の指示に従います」

 

 即答。

 その声音には、軍人としての忠誠ではなく、千冬への絶対的な信頼が滲んでいた。

 千冬はわずかに目を細める。

 

「もう一つ、学園内に軍の訓練法を持ち込むな。お前の……お前達のやり方(・・・)は、一般生徒には強すぎる」

「……承知しました」

 

 ラウラはほんの一瞬だけ、悔しさとも寂しさともつかない表情を見せた。

 だが、それを悟られまいとすぐに表情を整える。

 

「最後に──」

 

 千冬は一夏へ視線を向けた。

 

「一夏。お前がラウラの生活面のフォローをしろ。軍人としてではなく同級生として、な」

「……わかった」

 

 千冬は満足げに頷き、資料を机に戻す。

 

「以上だ。二人とも行っていい」

 

 ラウラは深く頭を下げた。

 軍式の敬礼ではなく、学生としての礼。

 だが、その礼には軍式以上の重さがあった。

 

「また、お世話になります。織斑先生」

 

 千冬は何も言わなかったが、口元にはわずかに緩んでいたのを一夏は見逃さなかった。

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