ドイツ軍人になった一夏くん 作:強い一夏すこすこ侍
アリーナの申請方法を教えて欲しいというラウラの要望を叶えるために、ついでとばかりに実演として一夏は申請を行っていく。
使用状況を確認すると、第二アリーナではセシリア、鈴、簪と専用機持ちが揃って申請を出している様だ。
ちょうどいいと、一夏は申請を行う。
それを横で見ていたラウラが小さく頷く。どうやら一夏の報告以上に、IS学園に在籍する生徒の事を調べている様だった。
「アリーナにある更衣室は基本的には女子専用だ。ただし、俺が使用する時もあってその時は表示もしてあるから一応、気を付けてくれ」
「うむ、了解だ」
一応、という言葉を付けたのも理由はある。
まず第一に、一夏は襲撃事件があってからというもの基本的にはISスーツを下に着込む様になったが故に、着替えを必要としていないから。
そして二点目に、二人の関係性。
関係性と言っても、それは甘いものでも何でもなく、戦場を共にした戦友だから、というところに帰結する。
戦場では男女別に着替えを、なんて考える余裕もない事もあり、今更着替えを見る、見られたからといってそれで騒ぐ事も、問題にする事も二人の間にはないからに他ならない。
もっとも、その事を学園に持ち込めば周囲から浮いてしまう事は十分に理解できているので、一夏も気を付けてくれという事で警告をしただけの話である。
「すまん。待たせたな」
制服を脱ぎ捨てるだけの一夏とは違い、ラウラは着替えを必要としていたが故に少し間を空けてラウラがピットに入る。
ラウラがピットに入ると同時に、ピットからアリーナに続くいわば滑走路からISが三機入ってくるのがラウラの目に映った。
どうやら、一夏が先んじて声をかけていた様だ。
「訓練の最中に悪いな」
右手を上げつつ、入ってきた三人に軽く頭を下げる一夏。
「いえ、お気になさらず」
代表してセシリアが答えるが、視線は一夏ではなく隣に向いている。
三人とも、一夏が今日ドイツからの転校生であるラウラの出迎えに行くことは知っていた。
セシリアの視線がラウラへと向いた瞬間、空気がわずかに張り詰めた。
鈴も簪も、同じようにラウラへと視線を移す。
それは敵意ではなく、純粋な興味。
ラウラはその視線を正面から受け止めた。
軍人らしい、無駄のない立ち姿。
その雰囲気が彼女も一夏と同じ軍人であることを雄弁に語っている。
「ドイツ代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒだ。よろしく頼む」
ラウラは簡潔に名乗り、軽く頭を下げた。
その所作は丁寧だが、どこか硬い。
学園の柔らかい空気にまだ馴染んでいないのが分かる。
「ご丁寧にありがとうございます。わたくしの名はセシリア・オルコット。イギリスの代表候補を務めておりますわ」
セシリアが一歩前に出て、礼儀正しく挨拶する。
イギリス、と聞いてラウラの肩が小さく震えた。おそらく、織斑マドカに襲撃された時の事を思い出しているのだろう。
しかしラウラは何事もなかったかのように、セシリアに右手を差し出して握手を交わす。
「一夏から話は聞いている。学年随一の狙撃手だと」
「それはまた、光栄ですわ」
それは一夏としては本心からの言葉だ。一夏も射撃の腕に自信はあるが、セシリアほどではないと実際に矛を交えて強く感じていた。
「おい鈴。お前も自己紹介しろよ」
「うっさいわね! 今しようと思ってたところよ!」
ほんとかよ、と思わず声に出しそうになった一夏だが思いとどまる。
ここで口に出せば最後、鈴がさらにヒートアップするだけだからだ。
そんなドイツに居た時にはあまり見られなかった一夏の様子を見て、思わずラウラの頬が緩む。
どうやら、こちらでも元気にやっていた様だ、と。
「中国代表候補生の凰鈴音だな? ISを動かし始めて僅か一年で代表候補生に上り詰めた天才だと聞いている」
「……それも一夏から聞いたのかしら?」
「ああ。それと、転入直後に色々と相談に乗ってくれて助かったとも」
「余計な事は言わなくて良いんだが?」
鈴の声音に不穏な色が混じったのを感じ取ったラウラが相好を崩して付け加える。
それに慌てたのは一夏だ。まさか、本人を前にして言われると思っていなかったからだ。
「一夏ともまだ戦ってないとのことだが、機会があれば一戦手合わせ願おう」
「ああ、うん。よろしくね、あたしの事は鈴で良いから」
何か言ってやろうと思っていた鈴は毒気が抜かれたかのように素直に返す。
そんな鈴の様子を横目に、一夏は簪を手招く。
「……更識簪。日本の代表候補生で……生徒会にも所属している……」
「よろしく頼む。……生徒会で一夏は迷惑をかけてないだろうか?」
「少佐殿は小官の保護者か何かですか?」
一夏が真面目腐って口を挟むと、簪が笑みを漏らす。
人見知りな彼女の事だ、少しずつ慣れていくだろう。
まあ、いい。と一夏は一つ咳ばらいをすると、もう一人の人見知りが激しい幼馴染を思い浮かべながら口を開く。
「本当は箒も紹介したいけど、タイミングがな……。そこは追々だな」
一人でうんうんと頷く一夏を見ながら、セシリアはラウラに視線を向ける。
「ところでラウラさんはどのクラスに?」
「一夏や、セシリアと同じ一組だと教官……織斑先生から聞いている」
「そうなの? てっきり代表候補生のいない三組とかだと思ってたけど」
「千冬姉いわく、ドイツからの派遣組は同じにしときたかったらしい」
「……それなら納得はいく……かな?」
口ではそうは言いつつも、それだけではないだろうと簪は思っているし、それは他のメンバーも同じだ。
軍人としての色が濃いラウラを、千冬の下に置いておきたいと考えたかもしれない。
「そういえば一夏アンタ、向こうでは勉強はどうしてたの?」
以前、鈴が一夏にドイツでどのように過ごしていたか聞いたときに、基地から殆ど出歩いていなかったと答えた時から気にはなっていたのだ。
まさか軍事の勉強ばかりで、日本の中学で習う様な一般教養は教えられていないのではないかと危惧していたのだ。
「ん? まあ、中学に通うってのは出来なかったけど、基地の中に講師を呼んで勉強してたな。それこそラウラも一緒に」
「うむ。さすがに外に出て授業を受けに行くのは難しかったからな」
鈴は知らない事だが、シュヴァルツェ・ハーゼに所属する部隊員は年若い女性……もっと言えば少女と言って差し支えない人員によって構成されている。
故に、一般的な部隊とは違い、学問を修める時間も用意されており、一夏もその中で学んでいた。
そして、それは授業と言いつつ、鈴や簪の想像するような授業ではない。
「二人だけ、ってのもあったからか授業のペースがやたらと早くてな。教科書を見た限りだがぶっちゃけ高校三年間で習う内容は終わってるんだよ。ISに関する内容と同じ様にな」
一年ごとにどこまで学ぶか決められている学校とは違い、ドイツでの学習環境は二人が理解したらどんどんと先に進む。
期間は三年と決められてはいたが、実直なラウラに引きずられるようにして一夏も一年程度で学び終えていた。
「その割には、こちらでも授業を真面目に受けられていますわね」
「そりゃ、千冬姉が目を光らせているところで授業を受けないって選択肢は無いだろうよ」
内職しているのがバレたら後が怖そうだ。というのもあるが、一夏自身の気質としてサボるという選択肢を選ぶ事はハナから無いのだが。
「まあでも、日本語の授業は中々面白いからな」
「そっか、一夏も向こうじゃドイツ語を使ってたんだもんね」
「ああ。つっても、ISは日本語ベースだし覚えなくても不自由しなかったかもしれないけどな」
実際、千冬はほとんど日本語で教導していたし、部隊内でも整備兵まで含めて日本語が飛び交う事も多かった。
それはやはり、ISの整備には日本語が必要という事情も多いにあったのだろう。
「そういう意味じゃ、日本以外の国から通ってる奴らは日本語を覚えるところからスタートしてる訳で大変だよな」
「……実際、それもあって日本人の方が多い……」
簪の言葉に一夏もこれまでIS学園で関わって人の顔を思い出すが、やはり日本人が多かった様に思う。
日本に学園があるのに加え、やはりISに使わられる公用語が日本語なのが理由としては大きいのだろう。
「だが、一夏もドイツ軍でこの地位になるには語学は必要だった。それこそ、日常会話以上のレベルを求められるからな」
「そうでしょうね。軍に属するのであれば猶更」
「だが、一夏はやり遂げた。半年程度でドイツ語をマスターして周囲を驚かせたものだ」
「お前らだって似たようなモンだろ。俺が特別優れてる訳じゃあない」
どこか照れた様な一夏を微笑ましく思いながら、セシリアはラウラの格好を改めて見定める。
ただの顔合わせなら制服でも良いだろうが、わざわざISスーツに着替えてきたという事はISを動かすつもりだろうか、と。
セシリアの視線から読み取ったのか、ラウラはニヤリと笑みを浮かべた。
「結局のところ、
「ええ、ええ。そうでしょうね。わざわざこの時期に編入してきたのも
ラウラとセシリアのやり取りに、鈴と簪は首を傾げる。
二人の言っている意味は分からなかったのだ。
無理もない、と二人の意図が分かる一夏は苦笑いを浮かべた。
この辺りは、欧州の国家に属していなければ直ぐには思い至らないだろう。
「簪はいなかったけど、俺が初めてここに来た時にセシリアと互いにISの事を探り合っただろ?」
「それが何の関係が……ってああ、なるほどね」
得心が言ったかのように鈴が手をポンと叩いた。
ラウラとセシリアの専用機はそれぞれ、欧州連合の統合防衛計画『第三次イグニッション・プラン』の次期主力候補としてトライアルに出されている。
その事に鈴も思い至ったのだろう。
「わざわざ学年別トーナメント前に編入してきたのを考えればわかるだろ?」
「なるほどねえ。どっち勝ち進んだのか、あるいは直接対決でどっちが勝ったのか、そういった要素も選定の判断基準になるってワケね」
「まあ、そう言う事だ」
簪も二人の説明を聞いて納得したのか、わずかに頷いていた。
とはいえ、だ。
「いきなり手合わせを、とは言わんが顔見せは必要だろう?」
「まったくもってその通りではありますが、それで良いので少佐殿?」
「む、その話し方はやめろと言っているだろう、一夏」
ラウラが顔をしかめて一夏を見るが、当の一夏は気にした風もなく言葉を重ねる。
「いえ、必勝を期すならばこちらの情報を与えない方がよろしいかと思いまして」
一夏の言葉を受けてセシリアが眉根を寄せる。
当然、セシリアからしたら面白くは無いだろう。
ラウラには一夏経由でセシリアの専用機『ブルー・ティアーズ』の情報は渡っているが、その逆セシリアにはラウラの専用機『シュヴァルツェア・レーゲン』の情報は持っていないのだ。
故に一夏は、学年別トーナメントの場で確実に勝とうとするのであればおいそれと見せるべきではないと言っているのだが、ラウラは面白くなさそうにふん、と鼻を鳴らした。
「通常の戦闘であれば中尉の考えが正しいが今回は違う。選考に影響をもたらすには公平な場で雌雄を決さなければ意味は無いからな」
「本国からもそのような命令を?」
「無い。が、逆に本国から開示するなとも言われていない以上こちらの判断で動いてよいと解釈している」
「であれば、これ以上は小官からは何も言いません」
姿勢を正したままの一夏に、やれやれとラウラが肩をすくめる。
当然、一夏としてもラウラの意図は分かっていただろうが、立場上言っておかねばならなかったという事だろう。
とはいえ──
「いい加減、その話し方はどうにかならないか? 周りの者も驚いているぞ?」
「内容が内容だっただけに仕方がないだろ? もしかしたら本国の命令だった可能性もあったわけだし」
「それでも、だ。わざわざ教官が釘を刺した意味を考える事だな」
千冬の名前を出された一夏は流石に黙り込むしかない。
もっとも、ラウラとしても今回ばかりは口調が固くなるのも理解は出来るところではある。が、やはり千冬の言う通り他の人間は慣れないだろうという事も理解していた。
故にラウラは注意するだけで終わりにしようと思っていた。
「さて、ではアリーナに出るとしようか」
言葉と同時に、漆黒がラウラの身を包んだ。