ドイツ軍人になった一夏くん   作:強い一夏すこすこ侍

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光の中の異物

 SHRの時間が近づき、廊下には生徒たちの足音が増えていく。

 一夏は教室の前で立ち止まり、静かに息を整える。

 胸の奥で、鼓動がひとつひとつ形を持つように膨らみ、喉の奥にまで響いてくる。廊下の光は柔らかいはずなのに、どこか冷たく、肌の表面を薄く撫でていくようだった。

 扉の向こうからは、女子たちの明るい声が絶え間なく漏れ聞こえてくる。その音の波に、自分だけが取り残されているような感覚が胸の奥を締めつけた。

 

「織斑くん、準備はいいですか?」

 

 真耶が控えめに声をかける。

 彼女の手にはタブレットが握られ、緊張のせいか指先がわずかに震えていた。

 その震えが、むしろ一夏の胸を少しだけ軽くした。緊張しているのは自分だけではない──そう思えるだけで、足元の揺らぎがわずかに収まる。

 

「はい。問題ありません」

 

 一夏は短く答えた。

 声は落ち着いていたが、胸の奥では小さな鼓動が早鐘のように鳴っている。

 制服の襟元が、まるで自分の体温を吸い取るように冷たく感じられた。

 

「では、紹介を始めますので……合図をしたら入ってきてくださいね」

 

 真耶はそう言って教室へ入っていく。

 扉が閉まると、教室のざわめきが一瞬だけ遠のいた。

 その一瞬の静寂が、逆に耳鳴りを呼び起こす。静けさの中で、自分の呼吸音だけがやけに大きく響いた。

 静寂が訪れた瞬間、一夏は自分の手が汗ばんでいることに気づく。

 軍服ではなく、柔らかな制服の袖口が、妙に頼りなく感じられた。

 あの硬い布地が恋しくなる。あの重さは、自分の存在を確かに形作ってくれていたのだと、今になって気づく。

 やがて──

 

「ええと……皆さん、席についてください。今日は転校生を紹介します」

 

 真耶の声が教室に響く。

 その瞬間、教室のざわめきがぴたりと止まった。

 扉越しに伝わる空気が変わる。好奇心、期待、不安、そして噂の続きを求める熱気──それらが混ざり合い、まるで教室全体が一夏を待ち構えているようだった。

 

「では、織斑くん。どうぞ入ってきてください」

 

 合図の声。

 一夏は小さく息を吸い、扉に手をかけた。

 扉を開く瞬間、胸の奥で何かが跳ねた。

 教室中の視線が、一斉に一夏へと向けられた。

 その視線の重さは、廊下で感じたものとは比べ物にならない。まるで光の束が全身に突き刺さるようで、足元がわずかに揺らぐ。

 視線の熱が肌に触れ、空気が一瞬で密度を増したように感じられる。呼吸が浅くなり、胸の奥がきゅっと縮む。

 だが同時に、どこか懐かしい感覚。

 その感覚は、一夏がかつて過ごしていた、普通の学校生活の断片を呼び起こし、ほんのわずかに心を緩ませた。

 記憶の底で、幼い頃の自分が笑っている気がした。あの頃は、こんな匂いの中で未来を疑いもせずに過ごしていたな、とそんな想いが胸をかすめる。

 

「イチカ・オリムラです。よろしくお願いします」

 

 一夏は丁寧に頭を下げた。

 声は思ったよりも落ち着いていた。軍で鍛えられた礼儀が自然と身体を支えてくれる。

 その礼の角度は、教室の後ろで見ている千冬に叩き込まれたものだ。だが今は、それが妙に場違いに思えてしまう。

 教室のあちこちで、ざわ……と小さな波が立つ。

 

「本物の男の人だ……」

「噂通り……」

「背、高い……」

「それに織斑って……」

 

 その囁きは、好奇心と驚きが入り混じった柔らかなざわめき。敵意はない。だが、異物を見るような視線が混ざっているのも確かだった。

 その異物(・・)という感覚が、一夏の胸に静かに沈殿していく。

 胸の奥に、冷たい石がひとつ落ちたような感覚が広がる。誰も悪意はないのに、距離だけが確かに存在していた。

 

「織斑くんは、ドイツからの転校生で……ええと……」

 

 真耶が説明を続けようとするが、言葉を探して少し詰まる。

 一瞬の間が、教室の空気をさらにざわつかせる。視線が揺れ、期待と疑問が混ざり合う。

 その沈黙が、まるで針のように一夏の背中に刺さる。説明できない部分が、説明されないまま宙に浮き、教室の空気を微妙に歪ませた。

 見るからに、日本人で、日本人名なのだから、真耶も説明するのが難しいのだろう。

 無理もない、と一夏も思う。ここにさらに、軍属で中尉ですなんて重ねるのも自己紹介としてはよろしくないのは、一夏にも十分わかっていた。

 

「席は……あちらの窓側の列の、一番後ろです」

 

 真耶が指し示す。

 一夏は頷き、教室を歩き始めた。

 歩くたびに、視線が揺れる。

 軍靴ではなく、柔らかなローファーの足音が、妙に頼りなく響く。

 床板の感触が軽く、踏みしめるたびに自分の存在がふわりと浮いてしまうような不安があった。軍靴の重さが恋しくなる。

 窓から差し込む光が机の上に淡く広がり、その中を歩く自分が、まるで別の世界に迷い込んだように感じられた。

 光は柔らかく、暖かい。だがその温度が、逆に自分の冷えた内側を際立たせる。

 席に着くと、真耶がほっとしたように微笑んだ。

 

「では、改めてSHRを始めますね」

 

 教室の空気が、ようやく日常のリズムを取り戻し始める。

 だが一夏の胸の奥では、まだ小さな波が揺れていた。

 その波は、静かだが確かに存在し、胸の奥で何度も岸に打ち寄せては消えていく。

 ここでやっていけるのか、という不安と、ここで何かが始まるかもしれないという予感が、静かに混ざり合っていた。

 

 SHRが終わり、教室にはゆるやかなざわめきが戻っていた。

 やがてチャイムが鳴り、最初の授業が始まる。

 真耶が教壇に立ち、タブレットを操作しながら説明を始めた。

 

「では、今日はISの基本構造と、各国の第二世代機の特徴について──」

 

 その瞬間、一夏の胸の奥で、何かが静かに沈んだ。

 教壇のホログラムが淡い青光を放ち、教室の空気を照らす。その光が一夏の瞳に映り込むたび、過去の訓練場の光景が重なり、胸の奥に冷たい影が落ちた。

 青白い光が机の表面を滑り、指先に淡い影を落とす。その影が、まるで過去の自分の輪郭をなぞるようで、胸の奥がひやりとした。

 基本構造。

 第二世代機の特徴。

 耳にした瞬間、脳が反射的に「知っている」と告げる。

 否、知っているどころではない。

 脳裏に、金属の軋む音、起動時の振動、冷たい格納庫の空気がよみがえる。教室の柔らかな光とは対照的な、鋭く乾いた世界。

 軍で叩き込まれ、訓練で嫌というほど体感し、整備班の説明を横で聞きながら理解を深めた内容だ。

 真耶がホログラムを展開し、ISの骨格図を映し出す。

 

「こちらが一般的なISのフレーム構造で──」

 

 一夏は思わず視線を伏せた。

 一般的な──その言葉が、妙に遠く聞こえる。

 実戦でそれがどう動くのか。

 その差は、教科書の図では埋まらない。

 周囲の女子たちは真剣にメモを取っている。

 その光景が、一夏には少し眩しく見えた。

 ペン先が紙を走る音が、まるで雨粒のように規則正しく響く。その静かなリズムが、戦場の喧騒とはあまりに違いすぎて、胸の奥にぽっかりと穴を開けた。

 普通(・・)の生徒として学ぶ姿。それは自分には、もう戻れない場所のように思えた。

 

「ISの稼働時間については──」

 

(……今さら、これを学ぶのか)

 

 胸の奥で、静かな失望が広がる。

 その失望は怒りではなく、ただ静かに沈んでいく重りのようだった。自分の中の軍人として過ごしてきた時間が、教室の空気と噛み合わない。

 机に置いた手のひらが、どこか宙に浮いているような感覚があった。ここに触れているのに、触れていない。そんな曖昧な距離が、心の奥に広がっていく。

 真耶の説明は丁寧で、わかりやすい。

 だが、それは初めて学ぶ者に向けたものだ。

 自分のように、既に三年間触れてきた者には、あまりに基礎的な内容すぎた。

 黒板に書かれる公式。

 ホログラムに映る第二世代機のデータ。

 教科書に載る安全基準。

 どれも、軍で叩き込まれた内容の簡易版(・・・)にしか見えない。

 ページをめくるたび、紙の軽さが指先に残る。その軽さが、軍で扱ってきた資料の重さと対照的で、胸の奥に空虚さを生んだ。

 軍の資料は、紙一枚にも命の重さが宿っていた。だが今、指先に触れるのはただの紙だ。

 そこにあるのは知識であって、現実ではない。

 まるで、幼い頃に戻って九九をやり直しているような感覚だった。

 ふと、窓の外に視線を向ける。

 その揺れは穏やかで、規則的で、戦場の風とはまるで違う。だがその穏やかさが、逆に胸を締めつけた。

 春の陽光が校庭を照らし、風が木々を揺らす。

 その穏やかな景色が、逆に胸を締めつける。

 風に揺れる若葉の音が、教室の喧騒とは別の世界の音のように聞こえた。

 平和の象徴のようなその揺れが、一夏にはどこか遠い。

 

 ここは軍じゃなく、ただの学び舎だ。

 

 そう頭では理解しているのに、身体がまだ軍のリズムを忘れられない。

 真耶の声が続く。

 

「──以上が、ISの基本的な構造です。ここまでで質問はありますか?」

 

 誰かが手を挙げ、質問をする。

 教室は活気づき、女子たちの声が飛び交う。

 一夏だけが、その輪の外にいた。

 声の重なりが、遠くの波音のように聞こえる。自分だけが岸辺に取り残され、波の中へ入れずにいるような感覚。

 

 知識(・・)の差ではなく、経験(・・)の差。

 

 知っている(・・・・・)ではなく、やってきた(・・・・・)

 

 その違いが、教室の空気を隔てる壁のように感じられた。

 

(……俺は、ここでどう振る舞えばいいんだろうな)

 

 そんな小さな呟きが、胸の奥で静かに響いた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 午前中の授業が終わり、チャイムが鳴る。

 教室の空気が一気に緩み、女子たちの声が弾むように広がった。

 

「さっきの公式、難しくなかった?」

「第二世代機の比較、覚えるの大変そう……」

「ねえ、ノート見せてくれない?」

 

 そんな声があちこちで飛び交う。

 一夏は、自分の席に座ったまま、静かに教科書を閉じた。

 閉じた教科書の表紙が、やけに冷たく感じられる。手のひらに残るその冷たさが、胸の奥の孤独と重なった。

 周囲の賑やかさが、まるで透明な壁の向こう側の出来事のように感じられる。

 誰も自分を避けているわけではない。

 ただ──自分だけが、別の世界から来た人間のようだった。

 笑い声のひとつひとつが、どこか遠くで響いているように聞こえる。距離は数メートルなのに、心の距離は何倍も離れている様な感覚。

 箒もセシリアも、今もそれぞれの友人に声をかけられ、自然な輪の中にいる。

 その輪の中心にある温かさが、手を伸ばせば届きそうで届かない。自分の指先は、まだ軍の冷たい金属の感触を覚えている。

 ふと、窓の外に視線を向ける。

 春の風が木々を揺らし、陽光が校庭を照らしている。

 その穏やかな景色が、逆に胸を締めつけた。

 光があまりに柔らかく、現実感が薄い。まるで自分だけが別の季節に取り残されているような感覚。

 軍の訓練場では、こんな柔らかな光を見る余裕などなかった。

 だが今は──この平和な光景の中で、自分だけが場違いに思える。

 一夏の脳裏にドイツでの訓練の日々がよみがえる。

 冷たい金属の匂い。

 整備班の怒号。

 ISの起動音が響く格納庫の空気。

 そして、千冬の鋭い声が飛ぶ訓練場。

 

『織斑、遅い! 敵は待ってはくれんぞ!』

『反応速度を上げろ! 何度同じことを言わせるんだ!』

 

 その声は厳しいが、迷いがなかった。そこには「生き残るための現実」があった。教室の空気とは、あまりに違う密度。

 その声を思い出すだけで、背筋が自然と伸びる。身体がその声の重さを覚えている証拠だった。

 教室で聞いた教科書の説明とは違う。

 軍で学んだのは、教科書に書かれている内容ではなく──生きるために必要な知識だ。

 訓練場では、仲間と肩を並べて戦った。

 汗と焦げた匂いが混ざる中で、互いの呼吸を感じながら動いていた。

 仲間の存在は、その言葉以上の重みを持っていた。背中を預けられるという感覚が、どれほど心を支えていたか、今になって痛いほどわかる。

 そこには孤独はなく、厳しさの中に、確かな連帯があった。

 だが今──教室の中で、一夏はひとりだった。

 女子たちの笑い声が、ふと耳に戻ってくる。

 

「ねえ、次の授業って課題出てたっけ?」

「食堂行く?」

「織斑くんって、どんな人なんだろ……」

 

 その声のどれもが、自分とは少し距離のある場所で響いているように感じられた。

 「どんな人なんだろ」──その言葉が、一夏の胸の奥に小さな棘のように刺さる。自分でも、自分が何者なのか分からなくなりつつあるのに。

 その棘は小さいのに、抜けない。胸の奥でじわりと痛みを広げ、呼吸を浅くする。

 ここにいるのに(・・・・・・・)ここにいない(・・・・・・)──そんな感覚が胸に広がる。

 一夏は静かに立ち上がり、教科書を抱えた。

 

(……俺は、ここでやっていけるのか)

 

 その問いは、誰に向けたものでもなく、ただ胸の奥に沈んでいく。

 答えのない問いが、胸の奥で何度も反響する。その反響が、静かな痛みとなって広がった。

 軍では迷う暇などなかった。

 だが今は──迷いだけが、静かに積もっていく。

 

「食堂行こ!」

「今日の限定メニュー、もう売り切れてるかな?」

「ねえ、ノート見せてってばー!」

 

 女子たちの声が弾むように広がり、教室は一瞬で色彩を取り戻す。

 だが、一夏の席の周囲だけは、どこか静かな影が落ちているように感じられた。

 その影は、誰かが作ったものではなく、自分自身が持ち込んだものだと分かっている。それでも、どうすれば消えるのか分からない。

 その賑やかさは、まるで春の陽光が一気に差し込んだようだ。

 だが、一夏の席の周囲だけは、どこか静かな影が落ちているように感じられた。

 箒は友人に声をかけられ、少し困ったように笑っている。

 セシリアは優雅に微笑みながら、同じクラスの女子たちに質問攻めにされている。

 二人とも、自分の居場所を自然に持っている。

 その「居場所」という言葉が、一夏の胸の奥に重く沈む。自分にはまだ、それが見つかっていない。

 

(……昼飯、どうするかな)

 

 一夏は立ち上がり、教科書を鞄にしまう。

 誰かが声をかけてくる気配はない。

 避けられているわけではない。

 ただ、どう接していいのかわからない──そんな距離感が、教室の空気に薄く漂っていた。

 廊下に出ると、さらに賑やかさが増す。

 

「早く行かないと席なくなるよ!」

「購買のパン、今日こそ買えるかな~」

「ねえ、あの転校生ってさ……織斑先生の弟なんでしょ?」

 

 その最後の囁きが耳に触れた瞬間、一夏の足がわずかに止まった。

 背中に視線が刺さるような感覚。好奇心と噂の熱が、肌にまとわりつく。

 その視線は軽いのに、確かに重かった。背中に貼りつくような感覚が、歩幅をわずかに乱す。

 

(……まあ、仕方ねえよな)

 

 小さくため息を吐き、食堂へ向かう。

 食堂はすでに多くの生徒で賑わっており、トレイを持つ列が長く伸び、あちこちで笑い声が響く。

 その喧騒は、軍の食堂とはまるで違う。

 ここには緊張も、任務も、命令もない。

 ただ、昼休みという平和な時間が流れている。

 一夏は適当に空いている席を探し、トレイを置いた。

 周囲のテーブルでは、女子たちが楽しそうに談笑している。

 その輪のどれにも、自分は属していない。

 椅子に腰を下ろした瞬間、周囲の喧騒が遠ざかり、まるで自分だけが別の時間軸にいるような感覚に襲われた。

 それが、胸の奥にじんわりとした孤独を落としていく。

 スプーンを握る指先が、わずかに冷たくなって、食堂の温かい空気の中で、自分だけが温度を失っていくようだった。

 

(……軍の時は、こんな静けさはなかったな)

 

 ドイツの基地の食堂は、常に金属の匂いと油の匂いが混ざっていた。

 仲間たちの声は低く、短く、必要なことだけを伝える。

 食事は補給(・・)であり、任務の一部(・・・・・)だった。

 

『午後の訓練、また模擬戦らしいな』

『中尉、昨日のデータは見たか? 怒られた甲斐があったな、反応速度が上がっているぞ』

『また教官に怒鳴られたのか? まあ、一番鍛えがいのある奴だからな、お前は』

 

 ラウラや、クラリッサらと交わしたそんな会話が、今では懐かしい。

 厳しくても、そこには確かな連帯があった。

 孤独を感じる暇などなかった。

 だが──今は、周囲の笑い声が遠く聞こえる。

 同じ空間にいるのに、まるで透明な壁があるようだった。

 その壁は目に見えないのに、確かに存在していた。声は届くのに温度が届かない。笑い声の熱が、自分の席にだけ落ちてこない。

 一夏はスプーンを置き、静かに息を吐いた。

 

「……俺は、ここでどう振る舞えばいいんだろうな」

 

 何度も繰り返しているその問いは、昼休みの喧騒の中で、誰にも届かずに消えていく。

 だが胸の奥には、確かな重さだけが残った。

 その重さは、言葉にできない不安と期待の混ざり合ったものだった。新しい生活への戸惑いが、静かに積もっていく。

 胸の奥に沈むその重さは、まるで深い湖の底に落ちた石のように動かず、しかし確かに存在を主張していた。

 と、手元のスマホが震え、メッセージが届く。

 送り主を見てみると、ラウラの名前が表示される。

 

『初日の状況はどうだ?』

 

 そんな簡素な内容。

 日本とドイツとの時差を考えると、ドイツ側は今は朝の五時頃だろうか。

 その短い文面に、送られてきた時間に、ラウラらしい不器用な気遣いが滲んでいる気がして、胸の奥が少しだけ温かくなる。

 画面に浮かぶ遠い国から届いた文字が、まるで灯火のように胸を照らす。

 孤独の中に差し込む、小さな光だった。

 

『問題ありません』

 

 返してから一夏も自嘲気味に笑う。

 こちらも、負けず劣らず簡素な内容になってしまったからだ。

 だが、その簡素さの裏に、繋がっているという感覚が、ほんの少しだけ一夏の孤独を和らげた。

 短い言葉のやり取りなのに、胸の奥の冷えが少しだけ溶けていく。言葉の量ではなく、そこに込められた気配が心を温める。

 スマホを置こうとした瞬間、再び震えた。

 ラウラからの返信だ。

 

『問題がないなら良い。だが、無理はするな。お前は軍人ではなく学生としてそこにいるのだからな』

 

 ラウラの声色がそのまま聞こえてくるようだった。

 厳しさの奥にある、彼女なりの不器用な気遣い──それが胸の奥にじんわりと広がる。

 一夏は少し迷ってから、返信を打つ。

 

『お気遣いありがとうございます』

『学生として、と言った傍から敬語で返すとはな』

『こちらは学生として学園に属していても、少佐はまだ学園外にいますから』

『なら、私が学園に行ってからは敬語を外す様にしろよ』

『善処します。──ありがとう、ラウラ』

 

 送信ボタンを押したあと、胸の奥に小さな灯が残った。

 その暖かさは、昼休みの喧騒の中で唯一、自分を現実につなぎ止めてくれるモノのように思えた。

 その灯は小さいが、確かに揺らめいていた。孤独の中に差し込む光は、ほんのわずかでも、心を前へと押し出してくれる。そんな気がした。

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