『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説   作:龍改二

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第10話です。2日に1話ペースで更新予定です。


第10話. 友達

『消えなよ、ゾンビ野郎。……【四重雷】』

『——死ね、北上』

 

40門の魚雷発射管が再び火を噴く。それと同時に、時雨が甲高いタービンの悲鳴と共に、「死の壁」へ突っ込んだ。回避すら考えない、自らの肉体を弾丸とする完全な特攻。

 

右肩、左膝、そして腹部へと立て続けに魚雷が直撃し、大爆発を起こす。40本すべての魚雷が連鎖的に誘爆し、時雨の細い身体を猛烈な爆炎が呑み込む。

海が燃え落ちるような業火の内側から、手足の消し飛んだ『青い焼死体』が砲弾のように飛び出した。

それは空中でメキメキと忌まわしい音を立てる。四肢の骨が形成され、肉が爆発的に増殖し、新しい肌が貼り付き、髪が生え、虚無のような青い瞳がギョロリと北上を見据える。

触手のように迸る青い繊維が金属片から強引に艤装を繋ぎ直し、衣服すらも編み上げていく。

そうして再び「時雨」の形となった殺意が、北上の喉元へと肉薄した。

 

『チッ、相変わらずキモい再生力してんね……!』

時雨の凶刃が北上の砲身と激しい火花を散らす。北上は攻撃をいなしながら上体を捻り、時雨の首めがけて渾身の力で回し蹴りを叩き込んだ。

ゴキリ、と嫌な音を立てて時雨の頸椎が砕け、首が真横に折れ曲がる。だが時雨は、首を真横に垂らした異様な姿勢のまま、一切の淀みなく北上の腹部を蹴り飛ばした。

 

彼女は自らの手で首を逆側へゴキリと戻すと、吹き飛んだ北上を高速で追撃する。北上は空中で独楽のように姿勢を戻し、眼前に迫る青い刃を靴底で蹴り上げた。

超高速の格闘戦。「雷神」の黄色い眼光と「青血」の青い眼光が、空中に無数の殺意の航跡を描き出す。

 

北上が優先的にリロードした魚雷発射管を、時雨の死角へ向けたその瞬間。

 

『……狂犬! 突っ込みすぎよ!』

北上の背後、完全に死角となる飛沫の裏側から、叢雲が黒光りするガン・ハルバードを構えて飛び出した。

風のように駆け抜ける白い影。迸るプラズマブレードの焦熱が、時雨へ向いた魚雷発射管を、すれ違いざまに二門、三門と斬り落とす。

 

『……っ!? またアンタか、うざい駆逐!』

北上の気だるげな瞳に、初めて明確な焦燥が浮かびあがった。

 

青と白、二つの疾風が竜巻のように絡み合い、雷神と火花を散らす。

「四方」である北上たちと同等の超高速機動でまとわりつき、時雨への被弾を最小限に抑え込む叢雲の完璧なカバーリング。時雨が撒き散らす「青血」の量が、目に見えて減っていく。

 

「叢雲ちゃんのサポートで、時雨のバイタルはギリギリ安全域を保っています! このままいけば、北上の武装を削り切れます!」

通信機越しに、明石がモニターを叩きながら叫ぶ。

 

『ひゃはははっ! いいぞ叢雲! そのまま雷神様の牙を全部引っこ抜いてやれ!』

上空で待機する隼鷹の航空隊が、猛禽のように旋回しながら北上の頭上を押さえつけている。

『……ええ。もし北上が変な気を起こせば、いつでも私の主砲が火を噴くわ』

陸奥もまた、41cm連装砲の奥底で赤黒いマグマを脈打たせながら、北上の挙動を完全にロックオンしていた。

 

空母と戦艦が放つ巨大なプレッシャーが、雷神の思考と機動力を真綿で首を絞めるように削っていく。

 

『……褒めてあげるよ、あたしにコレを使わせるなんてさ……!』

かつてない防戦一方の状況。北上は苛立ちと共に舌打ちをすると、たった一つの小さな手榴弾を『上空へ放り投げた』。

 

瞬間。『雷』が落ちた。

雷鳴が耳をつんざき、雷光が瞳を焼く。

 

『——閃光弾ッ!?』

隼鷹と陸奥のロックオンが、強制的に解除される。

北上はその一瞬の隙を突き、叢雲と時雨を同時に蹴り飛ばして距離を離すと、遥か上空へと跳び上がった。

 

『更地にしたげる。「雷渦陣(らいかじん)」……!』

「……ッ! マズい! ……全速離脱だ、叢雲!!」

龍壁が司令室から血を吐くような声で叫ぶ。

 

北上は空中で身体を高速回転させ、残存する全魚雷とおびただしい数の爆雷を、自身の周囲へ無差別にばら撒いた。

空から降り注ぐ、魚雷と爆雷の豪雨。

 

『しま……ッ! 間に合わない……ッ!』

上空を見上げた叢雲の瞳に、絶望的な数の爆弾が映る。

雨は——絶対に避けられない。

 

『司令官……!』

叢雲はそのルビーの瞳を、固く閉じた。

 

天を衝く轟音。

巨大な爆発と業火のドームが、リング状に連なって柱島の海を焼き尽くした。

爆炎の環の中心に、雷神が静かに降り立つ。

吹き荒れる爆風と蒸発した海水が、前海を分厚い白煙で染め上げている。

 

『……叢雲、ちゃん……?』

激しいノイズとともに、通信機から明石の震える声が響いた。

灼かれた目を擦る陸奥と隼鷹も、言葉を失ったまま白い爆心地を見つめている。

 

『叢雲! 応答しろ! ……叢雲!!』

ノイズ交じりの龍壁の声が海域に木霊し、柱島の海風が、白い煙幕をゆっくりと拭い去っていく。

 

その中で。

美しいロングヘアが、風に乱れて靡き揺れていた。

 

『げほっ、ごほっ……! ……平気よ、司令官……。なんなのよ、こいつ……』

水面に両膝をついた叢雲の足元に、青い雫がポタポタと滴り落ちる。

 

『よかった……。生きているね。柱島の………叢雲』

全身を青い血で濡らし、背中の艤装をボロボロに砕かれた時雨が、爆撃の盾となるように、叢雲に深く覆いかぶさっていた。

 

『時雨、あんた……』

『ボクは、死なない。……でも、キミは違う。だからコレは……ボクの役目だ』

 

叢雲を見つめる時雨の瞳は。

狂気と殺意に淀んだ青色ではなく、誇り高いの駆逐艦の、海のように透き通った青色を取り戻していた。

 

龍壁は小さく安堵の息を吐き、陸奥と隼鷹が胸を撫で下ろす。

 

『時雨が………叢雲ちゃんを、守って…………龍壁さん……私……ッ!』

自らが造り出した呪われた技術。その延長線上に生まれた新たな呪いが、命を護るために使われた。

通信機からは、そんな光景に直面した明石の、声にならない嗚咽が響いていた。

 

* * *

 

『……あーあ。全員無事じゃん』

煙の中から北上が姿を現し、だるそうに肩を揉みながら歩み出た。その頬は煤で汚れてこそいるが、一滴の流血さえもない。

時雨がゆっくりと振り向き、叢雲が即座に立ち上がってガン・ハルバードを構える。

陸奥と隼鷹も再び北上を見据えた。

 

『たんま、たんま。もうすかんぴんだよ。……弾切れだって言ってんの』

北上は、破れたセーラー服のまま、降伏の意思を示すように両手を軽く上げた。

『アタシが、こんな辺境の泊地で、こんな風に武装解除させられるなんてね……』

彼女は自嘲気味に笑い、やがて、ゆっくりと柱島の司令室の方へと視線を向けた。

 

『あんたの勝ちだよ、龍壁提督。アタシに全弾使わせといて、誰も死なせないなんてさ。……で? アタシが負けを認めたとこで、どうする気?』

北上は両腕をだらりと下げ、力なく空を仰ぎ見た。

 

『やっぱいいよ、言わなくて。鉄底海峡(アイアンボトム・サウンド)への片道切符、でしょ? ……元帥の命令は絶対だけど、督戦隊であるアタシが「全武装大破、任務続行不可能」って報告すれば、あの命令は一時的に凍結(ペンディング)される。アタシがボコられたって事実があれば、元帥もあんたらの力を認めざるを得ないからね』

 

北上の言葉に、明石がくしゃくしゃの顔のまま、小さく微笑んだ。

「提督、北上の言質を取りました。……やりましたね。これで、あの死刑宣告は白紙撤回です……ッ」

海軍最強の刺客を実力でねじ伏せ、最悪の命令を撤回させるという大金星。しかしその戦いは、かつてない綱渡りだった。

 

龍壁は汗をぬぐうこともせず、北上に答える。

「雷神・北上……いや、南郷元帥閣下付き秘書艦・北上殿。実戦形式での教育的指導に感謝します。元帥閣下にも、よろしくお伝えください」

 

海面に座り込んでいた北上は、「教育的指導」という言葉に、ふっと目を丸くした後……やがて、肩を揺らしてクスクスと笑い始めた。

『……あーははっ。教育的指導、ね。なるほど、アタシがただボコられたんじゃなくて、「元帥の秘書艦が身を粉にして、辺境の泊地を鍛えてやった」って報告にしろってわけだ。……メンツを立ててくれるんだ。あんた、本当に食えない提督さんだね』

 

北上はゆっくりと立ち上がり、破れたセーラー服の煤を気だるげに払った。その瞳から殺意は完全に消え去り、代わりに、龍壁という男に対する奇妙な「興味」が宿っていた。

『……いいよ、その口裏、乗ってあげる。元帥だって、アタシが手ぶらで帰って「負けました」なんて言うより、そっちの方が都合がいいだろうしね。……じゃあね、「龍壁サン」。次会う時まで、せいぜい死なないでよ』

北上は片手をヒラヒラと振ると、夕闇の海へと滑るように帰っていった。

 

北上の背中が水平線へ消えると、龍壁は艦娘たちへ通信を繋ぐ。

「時雨、よく来てくれた…。お前が来てくれなければ、柱島も、そして叢雲の命も危なかった……。ありがとう。西村閣下にも、感謝の言葉をお伝えしてくれ」

 

『あり、がとう……「ありがとう」……。うん。ボクも帰るよ。……またね、柱島の提督。それから…………叢雲』

時雨は自身の青い血で濡れた手をジッと見つめた後、司令室の龍壁、そして傍らに立つ叢雲へ向かって静かに微笑み、佐世保の方角へと踵を返した。

 

その背中を見送った龍壁は、3人の艦娘たちと1人の戦友へと語りかける。

「隼鷹、陸奥。よくやってくれた。お前たちは柱島の……俺の誇る、最高の艦娘だ」

「明石、お前の仕上げた工廠と装備があって、俺たちの今日がある。……誇ってくれ。お前ほど優秀な軍医も技術屋も、俺は知らん」

「そして叢雲。………ありがとう。お前のおかげで、俺たちは明日からも、この海を守っていける」

その言葉は、血と硝煙の匂いが立ち込める泊地に、静かな、しかし確かな勝利の余韻として響き渡った。

 

『ひゃーっはっはっは!! 聞いたか陸奥ゥ! アタシらが提督の誇りだってよ! こりゃあ、今夜の祝勝会は、こないだの倍は飲まねえとなァ!』

隼鷹が上機嫌に艦載機を旋回させ、歓喜の声を張り上げた。

『ええ、そうね。……ふふっ、最高の艦娘、か。そんな甘い言葉をかけられたら、深海の呪いなんて入り込む隙間もないわ』

陸奥は、赤熱した主砲と副砲の熱を静かに冷ましながら、艶やかな吐息をこぼした。

『……あなたのためなら、どんな壁だって壊してあげる。愛してるわよ、提督』

 

通信機の向こうの賑やかな声を聞きながら。 龍壁の隣でタブレットを抱きしめていた明石が、不意にボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。

「……ずるい、ですよ。龍壁さん……っ。一度悪魔に魂を売った私を……そんな風に、肯定してくれるなんて……っ!」

彼女は油まみれの袖で目を擦りながら、しゃくりあげて笑った。

「……はいっ! 私、誰よりも誇ります! 提督と、この艦隊の、専属エンジニアであることを……!」

 

そして。 防波堤でプラズマブレードのスイッチを切り、ただの黒い槍を杖のようにして立っていた叢雲。 龍壁の最も深い感謝の言葉を受け取った彼女は——ピタリと動きを止めた。

アドレナリンが切れ、膝の震えが止まらなくなっている彼女の背中。 海軍最強の雷神と渡り合い、青血の時雨と肩を並べて柱島を守った、「初期艦」としての重圧から解放された瞬間だった。

 

『……な、なに、急に湿っぽいこと言ってんのよ! 馬鹿じゃないの!』

通信機越しに聞こえてきた叢雲の声は、ひどく上ずり、鼻声になっていた。

『……わ、私は秘書艦として、当然の仕事をしただけよ! 母港を守るなんて当たり前でしょ!……それに、 あんたの顔に泥を塗るような真似、私が許すわけないじゃない……っ!』

強がる言葉とは裏腹に、彼女が腕で顔を覆う姿がモニター越しに見えた。

 

『……だから、そんな風に……優しく、お礼なんか言わないでよ……っ。……帰ったら、絶対にとびっきり甘いお茶、淹れさせ……淹れてもらうんだから……!』

司令室の窓からは、涙声でそう叫ぶ叢雲を、隼鷹と陸奥が優しく両脇から抱え上げるのが見えた。

 

* * *

 

佐世保鎮守府。

日の暮れた静かな桟橋で、西村はただ一人、帰投する時雨の姿を待ち続けていた。

波音と共に近づいてくる小さなシルエットが、やがて桟橋に降り立ち、西村の前に歩み寄る。

 

「………提督。…………ただいま」

「……ッ!?」

 

西村は、息を呑んで目を見開いた。

どんな過酷な任務の時も、彼女は必ずこうして桟橋で出迎えてきた。それは、『せめて自分の目の届く場所まで生きて帰ってきてほしい』という祈りゆえだった。しかし、時雨の口から業務的な報告ではなく、血の通った『ただいま』という言葉を聞いたのは、数年ぶりのことだった。

 

「…………あ、ああ。おかえり、時雨。……よく、無事で」

西村はあまりの動揺と込み上げる感情に、声の震えをごまかすように、当たり障りのないことしか聞くことができなかった。

 

「龍壁司令は……柱島は、どうだった」

「……柱島の提督……。ありがとうって、……そう言っていたよ」

「そうか……。月並みだが、……感謝の言葉は受け取ろう」

 

西村がホッと安堵の息を吐き、時雨の頭を撫でようか迷った、その時。

 

「………それと、ね」

「…ん?」

 

時雨は青く透き通った瞳で、西村を真っ直ぐに見つめ返した。

そして、かつての虚ろな狂気など微塵もない、普通の少女のような……少しだけ照れくさそうな微笑みを浮かべる。

 

「…………友達が、できたよ」

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて第二章「火種と雷鳴」はENDです。
次回から第三章「叛逆の海と罪の亡霊」が始まります。

次回、「第11話. 焦土作戦」は5/11の18時頃に投稿予定です。

少しでも楽しんでいただけたら評価やご感想等をいただけると、とても励みになります!
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