『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説 作:龍改二
『消えなよ、ゾンビ野郎。……【四重雷】』
『——死ね、北上』
40門の魚雷発射管が再び火を噴く。それと同時に、時雨が甲高いタービンの悲鳴と共に、「死の壁」へ突っ込んだ。回避すら考えない、自らの肉体を弾丸とする完全な特攻。
右肩、左膝、そして腹部へと立て続けに魚雷が直撃し、大爆発を起こす。40本すべての魚雷が連鎖的に誘爆し、時雨の細い身体を猛烈な爆炎が呑み込む。
海が燃え落ちるような業火の内側から、手足の消し飛んだ『青い焼死体』が砲弾のように飛び出した。
それは空中でメキメキと忌まわしい音を立てる。四肢の骨が形成され、肉が爆発的に増殖し、新しい肌が貼り付き、髪が生え、虚無のような青い瞳がギョロリと北上を見据える。
触手のように迸る青い繊維が金属片から強引に艤装を繋ぎ直し、衣服すらも編み上げていく。
そうして再び「時雨」の形となった殺意が、北上の喉元へと肉薄した。
『チッ、相変わらずキモい再生力してんね……!』
時雨の凶刃が北上の砲身と激しい火花を散らす。北上は攻撃をいなしながら上体を捻り、時雨の首めがけて渾身の力で回し蹴りを叩き込んだ。
ゴキリ、と嫌な音を立てて時雨の頸椎が砕け、首が真横に折れ曲がる。だが時雨は、首を真横に垂らした異様な姿勢のまま、一切の淀みなく北上の腹部を蹴り飛ばした。
彼女は自らの手で首を逆側へゴキリと戻すと、吹き飛んだ北上を高速で追撃する。北上は空中で独楽のように姿勢を戻し、眼前に迫る青い刃を靴底で蹴り上げた。
超高速の格闘戦。「雷神」の黄色い眼光と「青血」の青い眼光が、空中に無数の殺意の航跡を描き出す。
北上が優先的にリロードした魚雷発射管を、時雨の死角へ向けたその瞬間。
『……狂犬! 突っ込みすぎよ!』
北上の背後、完全に死角となる飛沫の裏側から、叢雲が黒光りするガン・ハルバードを構えて飛び出した。
風のように駆け抜ける白い影。迸るプラズマブレードの焦熱が、時雨へ向いた魚雷発射管を、すれ違いざまに二門、三門と斬り落とす。
『……っ!? またアンタか、うざい駆逐!』
北上の気だるげな瞳に、初めて明確な焦燥が浮かびあがった。
青と白、二つの疾風が竜巻のように絡み合い、雷神と火花を散らす。
「四方」である北上たちと同等の超高速機動でまとわりつき、時雨への被弾を最小限に抑え込む叢雲の完璧なカバーリング。時雨が撒き散らす「青血」の量が、目に見えて減っていく。
「叢雲ちゃんのサポートで、時雨のバイタルはギリギリ安全域を保っています! このままいけば、北上の武装を削り切れます!」
通信機越しに、明石がモニターを叩きながら叫ぶ。
『ひゃはははっ! いいぞ叢雲! そのまま雷神様の牙を全部引っこ抜いてやれ!』
上空で待機する隼鷹の航空隊が、猛禽のように旋回しながら北上の頭上を押さえつけている。
『……ええ。もし北上が変な気を起こせば、いつでも私の主砲が火を噴くわ』
陸奥もまた、41cm連装砲の奥底で赤黒いマグマを脈打たせながら、北上の挙動を完全にロックオンしていた。
空母と戦艦が放つ巨大なプレッシャーが、雷神の思考と機動力を真綿で首を絞めるように削っていく。
『……褒めてあげるよ、あたしにコレを使わせるなんてさ……!』
かつてない防戦一方の状況。北上は苛立ちと共に舌打ちをすると、たった一つの小さな手榴弾を『上空へ放り投げた』。
瞬間。『雷』が落ちた。
雷鳴が耳をつんざき、雷光が瞳を焼く。
『——閃光弾ッ!?』
隼鷹と陸奥のロックオンが、強制的に解除される。
北上はその一瞬の隙を突き、叢雲と時雨を同時に蹴り飛ばして距離を離すと、遥か上空へと跳び上がった。
『更地にしたげる。「
「……ッ! マズい! ……全速離脱だ、叢雲!!」
龍壁が司令室から血を吐くような声で叫ぶ。
北上は空中で身体を高速回転させ、残存する全魚雷とおびただしい数の爆雷を、自身の周囲へ無差別にばら撒いた。
空から降り注ぐ、魚雷と爆雷の豪雨。
『しま……ッ! 間に合わない……ッ!』
上空を見上げた叢雲の瞳に、絶望的な数の爆弾が映る。
雨は——絶対に避けられない。
『司令官……!』
叢雲はそのルビーの瞳を、固く閉じた。
天を衝く轟音。
巨大な爆発と業火のドームが、リング状に連なって柱島の海を焼き尽くした。
爆炎の環の中心に、雷神が静かに降り立つ。
吹き荒れる爆風と蒸発した海水が、前海を分厚い白煙で染め上げている。
『……叢雲、ちゃん……?』
激しいノイズとともに、通信機から明石の震える声が響いた。
灼かれた目を擦る陸奥と隼鷹も、言葉を失ったまま白い爆心地を見つめている。
『叢雲! 応答しろ! ……叢雲!!』
ノイズ交じりの龍壁の声が海域に木霊し、柱島の海風が、白い煙幕をゆっくりと拭い去っていく。
その中で。
美しいロングヘアが、風に乱れて靡き揺れていた。
『げほっ、ごほっ……! ……平気よ、司令官……。なんなのよ、こいつ……』
水面に両膝をついた叢雲の足元に、青い雫がポタポタと滴り落ちる。
『よかった……。生きているね。柱島の………叢雲』
全身を青い血で濡らし、背中の艤装をボロボロに砕かれた時雨が、爆撃の盾となるように、叢雲に深く覆いかぶさっていた。
『時雨、あんた……』
『ボクは、死なない。……でも、キミは違う。だからコレは……ボクの役目だ』
叢雲を見つめる時雨の瞳は。
狂気と殺意に淀んだ青色ではなく、誇り高いの駆逐艦の、海のように透き通った青色を取り戻していた。
龍壁は小さく安堵の息を吐き、陸奥と隼鷹が胸を撫で下ろす。
『時雨が………叢雲ちゃんを、守って…………龍壁さん……私……ッ!』
自らが造り出した呪われた技術。その延長線上に生まれた新たな呪いが、命を護るために使われた。
通信機からは、そんな光景に直面した明石の、声にならない嗚咽が響いていた。
* * *
『……あーあ。全員無事じゃん』
煙の中から北上が姿を現し、だるそうに肩を揉みながら歩み出た。その頬は煤で汚れてこそいるが、一滴の流血さえもない。
時雨がゆっくりと振り向き、叢雲が即座に立ち上がってガン・ハルバードを構える。
陸奥と隼鷹も再び北上を見据えた。
『たんま、たんま。もうすかんぴんだよ。……弾切れだって言ってんの』
北上は、破れたセーラー服のまま、降伏の意思を示すように両手を軽く上げた。
『アタシが、こんな辺境の泊地で、こんな風に武装解除させられるなんてね……』
彼女は自嘲気味に笑い、やがて、ゆっくりと柱島の司令室の方へと視線を向けた。
『あんたの勝ちだよ、龍壁提督。アタシに全弾使わせといて、誰も死なせないなんてさ。……で? アタシが負けを認めたとこで、どうする気?』
北上は両腕をだらりと下げ、力なく空を仰ぎ見た。
『やっぱいいよ、言わなくて。
北上の言葉に、明石がくしゃくしゃの顔のまま、小さく微笑んだ。
「提督、北上の言質を取りました。……やりましたね。これで、あの死刑宣告は白紙撤回です……ッ」
海軍最強の刺客を実力でねじ伏せ、最悪の命令を撤回させるという大金星。しかしその戦いは、かつてない綱渡りだった。
龍壁は汗をぬぐうこともせず、北上に答える。
「雷神・北上……いや、南郷元帥閣下付き秘書艦・北上殿。実戦形式での教育的指導に感謝します。元帥閣下にも、よろしくお伝えください」
海面に座り込んでいた北上は、「教育的指導」という言葉に、ふっと目を丸くした後……やがて、肩を揺らしてクスクスと笑い始めた。
『……あーははっ。教育的指導、ね。なるほど、アタシがただボコられたんじゃなくて、「元帥の秘書艦が身を粉にして、辺境の泊地を鍛えてやった」って報告にしろってわけだ。……メンツを立ててくれるんだ。あんた、本当に食えない提督さんだね』
北上はゆっくりと立ち上がり、破れたセーラー服の煤を気だるげに払った。その瞳から殺意は完全に消え去り、代わりに、龍壁という男に対する奇妙な「興味」が宿っていた。
『……いいよ、その口裏、乗ってあげる。元帥だって、アタシが手ぶらで帰って「負けました」なんて言うより、そっちの方が都合がいいだろうしね。……じゃあね、「龍壁サン」。次会う時まで、せいぜい死なないでよ』
北上は片手をヒラヒラと振ると、夕闇の海へと滑るように帰っていった。
北上の背中が水平線へ消えると、龍壁は艦娘たちへ通信を繋ぐ。
「時雨、よく来てくれた…。お前が来てくれなければ、柱島も、そして叢雲の命も危なかった……。ありがとう。西村閣下にも、感謝の言葉をお伝えしてくれ」
『あり、がとう……「ありがとう」……。うん。ボクも帰るよ。……またね、柱島の提督。それから…………叢雲』
時雨は自身の青い血で濡れた手をジッと見つめた後、司令室の龍壁、そして傍らに立つ叢雲へ向かって静かに微笑み、佐世保の方角へと踵を返した。
その背中を見送った龍壁は、3人の艦娘たちと1人の戦友へと語りかける。
「隼鷹、陸奥。よくやってくれた。お前たちは柱島の……俺の誇る、最高の艦娘だ」
「明石、お前の仕上げた工廠と装備があって、俺たちの今日がある。……誇ってくれ。お前ほど優秀な軍医も技術屋も、俺は知らん」
「そして叢雲。………ありがとう。お前のおかげで、俺たちは明日からも、この海を守っていける」
その言葉は、血と硝煙の匂いが立ち込める泊地に、静かな、しかし確かな勝利の余韻として響き渡った。
『ひゃーっはっはっは!! 聞いたか陸奥ゥ! アタシらが提督の誇りだってよ! こりゃあ、今夜の祝勝会は、こないだの倍は飲まねえとなァ!』
隼鷹が上機嫌に艦載機を旋回させ、歓喜の声を張り上げた。
『ええ、そうね。……ふふっ、最高の艦娘、か。そんな甘い言葉をかけられたら、深海の呪いなんて入り込む隙間もないわ』
陸奥は、赤熱した主砲と副砲の熱を静かに冷ましながら、艶やかな吐息をこぼした。
『……あなたのためなら、どんな壁だって壊してあげる。愛してるわよ、提督』
通信機の向こうの賑やかな声を聞きながら。 龍壁の隣でタブレットを抱きしめていた明石が、不意にボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。
「……ずるい、ですよ。龍壁さん……っ。一度悪魔に魂を売った私を……そんな風に、肯定してくれるなんて……っ!」
彼女は油まみれの袖で目を擦りながら、しゃくりあげて笑った。
「……はいっ! 私、誰よりも誇ります! 提督と、この艦隊の、専属エンジニアであることを……!」
そして。 防波堤でプラズマブレードのスイッチを切り、ただの黒い槍を杖のようにして立っていた叢雲。 龍壁の最も深い感謝の言葉を受け取った彼女は——ピタリと動きを止めた。
アドレナリンが切れ、膝の震えが止まらなくなっている彼女の背中。 海軍最強の雷神と渡り合い、青血の時雨と肩を並べて柱島を守った、「初期艦」としての重圧から解放された瞬間だった。
『……な、なに、急に湿っぽいこと言ってんのよ! 馬鹿じゃないの!』
通信機越しに聞こえてきた叢雲の声は、ひどく上ずり、鼻声になっていた。
『……わ、私は秘書艦として、当然の仕事をしただけよ! 母港を守るなんて当たり前でしょ!……それに、 あんたの顔に泥を塗るような真似、私が許すわけないじゃない……っ!』
強がる言葉とは裏腹に、彼女が腕で顔を覆う姿がモニター越しに見えた。
『……だから、そんな風に……優しく、お礼なんか言わないでよ……っ。……帰ったら、絶対にとびっきり甘いお茶、淹れさせ……淹れてもらうんだから……!』
司令室の窓からは、涙声でそう叫ぶ叢雲を、隼鷹と陸奥が優しく両脇から抱え上げるのが見えた。
* * *
佐世保鎮守府。
日の暮れた静かな桟橋で、西村はただ一人、帰投する時雨の姿を待ち続けていた。
波音と共に近づいてくる小さなシルエットが、やがて桟橋に降り立ち、西村の前に歩み寄る。
「………提督。…………ただいま」
「……ッ!?」
西村は、息を呑んで目を見開いた。
どんな過酷な任務の時も、彼女は必ずこうして桟橋で出迎えてきた。それは、『せめて自分の目の届く場所まで生きて帰ってきてほしい』という祈りゆえだった。しかし、時雨の口から業務的な報告ではなく、血の通った『ただいま』という言葉を聞いたのは、数年ぶりのことだった。
「…………あ、ああ。おかえり、時雨。……よく、無事で」
西村はあまりの動揺と込み上げる感情に、声の震えをごまかすように、当たり障りのないことしか聞くことができなかった。
「龍壁司令は……柱島は、どうだった」
「……柱島の提督……。ありがとうって、……そう言っていたよ」
「そうか……。月並みだが、……感謝の言葉は受け取ろう」
西村がホッと安堵の息を吐き、時雨の頭を撫でようか迷った、その時。
「………それと、ね」
「…ん?」
時雨は青く透き通った瞳で、西村を真っ直ぐに見つめ返した。
そして、かつての虚ろな狂気など微塵もない、普通の少女のような……少しだけ照れくさそうな微笑みを浮かべる。
「…………友達が、できたよ」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて第二章「火種と雷鳴」はENDです。
次回から第三章「叛逆の海と罪の亡霊」が始まります。
次回、「第11話. 焦土作戦」は5/11の18時頃に投稿予定です。
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