『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説 作:龍改二
数時間後。柱島泊地の執務室には大きな会議机が運び込まれていた。
龍壁たち柱島艦隊は、呉と佐世保から極秘裏に急行した金剛と時雨を迎え入れ、その円卓を囲む。
厳重にロックされた室内の大型モニターには、再び北条と西村の顔が映し出されている。
『古毅。作戦海域の座標と、餌にされた避難船のダミー航路のデータは、こちらで全て弾き出した。……頼んだぞ』
北条の声と共に、中央のホログラムテーブルに巨大な海域図——「鉄底海峡」の航路データが投影される。
明石が猛烈なスピードでコンソールを叩き始めた。
「提督! 民間船団の『餌』の座標、そして舞鶴の航空隊が爆撃を仕掛けるポイント、完全に割り出しました!」
龍壁は明石へ向かって頷くと、会議机の方へ向き直った。
「……皆、聞いてくれ。これより各艦の役割を伝えるが、その前に『我々が何を相手にするのか』を全員が知っておく必要がある」
龍壁は集まった艦娘たちを見回し、次に画面上の西村の目を見据えた。
「西村閣下。海軍が把握している『戦艦レ級』の情報を、共有していただけますか」
龍壁の問いかけに、西村が小さく頷いた。
『……戦艦レ級。 かつて海軍工廠・生体医療研究班が主導した「女神計画」。その失敗により生み出された怪物だ。だがその詳細については未だハッキリとしていない。「戦艦」という呼称も、便宜的なものだ』
西村が淡々と続ける。
『……小柄な少女だったという目撃談もあれば、巨大な海蛇だという報告もある。戦艦級の主砲を撃ってきたとか、無数の艦載機群を飛ばしてきたとか、深海棲艦や艦娘を「食べた」とか、時雨のように不死身だとか……』
「なによそれ、ほとんど根も葉もない噂話じゃない」
叢雲が訝しむように漏らした。
『……レ級の襲撃を受けた部隊は、その悉くが全滅している。……生存者ゼロだ。それゆえに、確定した情報は少ない』
西村の声のトーンが落ちる。
「それなら、レ級の出自について詳しくわかれば、その『根も葉もない噂』の真偽が分かるのではないデスか?……『女神計画』……とは?」
金剛の言葉が真剣味を帯び、その翡翠の眼光が、闇を照らすように西村を見据えた。
「金剛さん、……それは……」
龍壁が、明石の凄惨な過去を庇うように口を開きかけた、その時。
「いいんです、龍壁さん。……私から、話します」
その言葉を遮るように、明石がコンソールから立ち上がり、会話に割って入った。
明石は血の気の引いた顔のまま、絞り出すように言葉を紡ぎ始める。
「……10年近く前、不退転作戦が発令された初期の頃。ある特殊な深海棲艦がいたんです。不死身ではありませんでしたが、異常な再生能力を持っていた。南郷元帥の艦隊はそれを撃滅し、肉体の一部を持ち帰ったんです。死してなお蠢く、その青黒い肉片を」
時雨がピクリと反応し、自身の青い血が流れる腕を無意識に強く握った。
「戦局悪化で兵員不足に悩まされた赤レンガは、その再生能力に目をつけました。死んだ艦娘を『生き返らせる』研究を始めるよう、生医研に命じた。……それが、『女神計画』です。当時、主任だった私はその研究に没頭し、損傷しても再び強く結びつこうとするその細胞を『女神細胞』と名付けました」
明石の震える声が、執務室に重く響く。
「それは、おぞましい悪魔の所業でした。沈んだ艦娘たちの原型を留めない遺体の中から、まだ使える『パーツ』を探し出し、別の遺体と縫合して、継ぎ目に細胞を埋め込む。細胞は強引に肉と肉を融合させ……パズルを組み立てるように、一つのカタチを造り上げていった」
「——まさか、それが……」
陸奥が絶句し、叢雲が息を呑む。
「……はい。そうやって完成したのが、あの怪物……レ級です」
明石は血の滲むような強さで、唇を噛み締めた。
「最後に頭部を繋ぎ合わせると、あの子は目を見開きました。……『成功した』と思った。でも、白く淀んだ瞳の焦点は合わず……何人もの声が重なったような歪な悲鳴を上げて、暴走したんです。私は腹部を切り裂かれ、血の海の中で意識を失い……気付いたときには、龍壁さんに……」
重苦しい静寂が落ちる。あの得体の知れない化け物が、かつての同胞たちの成れの果てだという最悪の真実。
最初に沈黙を破ったのは、隼鷹だった。
「……アタシら空母は艦載機を飛ばすとき、なんというか、腹の底に力を籠めるんだよ。……レ級が色んな艦娘のキメラだってんなら、胴体は空母かもしれねぇんだろ? 戦艦の主砲に空母の艦載機……なんてのも、根も葉もないってワケじゃねぇ。もしかしたら、雷撃もできるかもな」
続けざまに陸奥が口を開く。
「少女という目撃談が本当なら、レ級の体は小さいのかしら? それなら、私たち戦艦級の艤装は、小柄な体じゃ絶対に支えきれないわ。……海蛇の怪物というのは、艤装だけを独立した生物として動かしているのかもしれないわね」
「……ボクは、死なない。……それは、ボクの中に、この青い血が流れているからだ。……ねえ朝比奈。……レ級も、そうなの?」
時雨が静かに、しかしどこか不安を押し込めたような青い瞳で明石を見据える。
「……いえ、レ級の瞳は白く濁っていました。あの細胞も、青というよりは黒に近いものだったと思います」
明石の祈るような否定に、西村が助け舟を出した。
『時雨の肉体……「不沈艦計画」は、朝比奈の後を継いだ生医研の連中が、「女神計画」をベースにして開発したものだ。詳細は知らんが、「青い血」は女神細胞から抽出した成分を改良・濃縮したものだと聞いている。レ級の不死身性は、そのプロトタイプと見ていいだろう』
「青い血じゃないのなら、どうやって再生してるのよ?エネルギーが足りないじゃない」
叢雲の純粋な問いかけ。その瞬間、その場にいる全員の脳内で、バラバラだった最悪のパズルのピースがカチリと音を立ててはまった。
龍壁が、重く口を開く。
「…………捕食、か」
再び静寂に包まれた執務室に、北条の声が響いた。
『古毅よ。焦土作戦を止めるということは、その怪物と正面から戦わなければならんということだ。……お前たちの心のキズを深く抉ることになるやもしれん。……それでも、やるのか』
「おやっさん。戦艦レ級は……俺と朝比奈が向き合わなければならない、俺たちの罪です。これ以上、民間人や艦娘を犠牲に…あまつさえその命を利用するようなことを、許すわけにはいかない。俺たちが、倒します」
龍壁の言葉が、暗号化回線を通じて、そしてこの執務室の中に、静かに、しかし鋼のような決意を伴って響き渡った。
「……龍壁さんっ」
明石は、張り詰めていた糸が切れたようにその場に崩れ落ち、両膝をついて顔を覆った。
彼女にとって「戦艦レ級」は、女神計画という人体実験……その罪の結晶だ。それを「俺たちの罪」と呼ぶ龍壁の言葉は、深い絶望の泥の中をただ一人歩き続けてきた元軍医・朝比奈にとって、どれほどの救いだったか。泥を洗い流すのではなく、ともに泥に塗れて歩く。龍壁のその覚悟が、明石の顔を上げさせた。
「……はい! あの化け物は、私たちが……絶対に、ここで終わらせます! もう誰一人として、私の技術の犠牲にはさせません!」
彼女は乱暴にツナギの袖で涙を拭った。 その瞳には、もはや過去に怯える暗い影はない。柱島泊地が誇る、最高のエンジニアとしての、獰猛なまでの光が宿っていた。
龍壁は明石の顔を見て一度だけ、しかし深く頷くと、再び艦娘たちに向き直った。
「みんな……作戦を説明する。心して聞いてくれ」
龍壁の鋭い戦術眼が、極限の盤面を整理していく。
* * *
「……作戦は3つのフェーズに分かれる。まず、【フェーズA】だ」
龍壁はホログラムの海域図を鋭く指差した。
「舞鶴航空隊の大規模爆撃から、民間船団を救出・防衛する。隼鷹は瑞鶴の航空爆撃を全力で妨害しろ。だが相手は海軍最精鋭、『空の東雲』の航空隊だ。撃ち漏らしは必ず出る。……金剛さん、その撃ち漏らした爆撃から皆を守ってください」
「任せてくださイ! ……私がみなの、盾となります」
金剛が、その強固な意志を宿した翡翠の瞳で力強く頷く。
「次に【フェーズB】、海底から出現する戦艦レ級の足止めだ」
龍壁の視線が、柱島の誇る艦娘たちへと向けられた。
「陸奥、隼鷹、叢雲……お前たちに任せる。噂を事実だと仮定すれば、レ級は人間型の本体が、巨大な海蛇を従えている。陸奥は海蛇の足止めを、隼鷹はレ級の航空戦力の迎撃をしてくれ。そして叢雲……お前は、人間型の本体との戦闘だ。頼めるか」
「ふんっ、言われるまでもないわ! 不死身だろうが大蛇だろうが、まとめておとなしくさせてやるんだから!」
叢雲が漆黒の槍を握り直し、不敵に笑う。
「そして【フェーズC】。『雷神』北上と、『鎧』の瑞鶴の無力化だ」
龍壁は、二人の『四方』を見据えた。
「金剛さん。北上の四重雷を止められるのは、金剛さんだけです。損な役回りですが頼みます。時雨は金剛さんとともに、北上を足止めしてほしい。……そしておそらく、航空隊を止められた瑞鶴も、サイボーグの義肢による格闘戦へ切り替えてくるはず。海軍最強の4人の艦娘、『四方』。……その戦いを、見せてもらいます」
「……わかった。……ボクが二人の、牙を折るよ」
時雨が、静かな、しかし絶対の決意を込めて青い瞳を細めた。
「最後に」
龍壁は全員の顔を一度ずつ見渡し、静かに、しかし地鳴りのような声で告げた。
「戦艦レ級は、我々だけでは倒しきれない異常な個体だ。最終的には俺たち海軍の『総力を挙げて』戦わなければ、勝つことはできない。……あの二人を力ずくで説得し、味方につけ、全員でレ級を討ち倒す!」
龍壁の「誰一人見捨てない」という狂気じみた、しかし強烈な矜持が執務室を震わせる。
「作戦は以上だ! 全艦、抜錨! 大和魂を見せてやれ!!」
号令とともに艦娘たちが執務室を後にし、出撃の足音が遠ざかる。
重い扉が閉まり、静寂の戻った部屋の中で……龍壁は、隣に立つ『戦友』の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「やろう。……朝比奈」
「………はい。龍壁さん……っ」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、「第13話. 亡霊の海」は5/15の18時頃に投稿予定です。