『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説 作:龍改二
「な、なに……?あれ……!?」
鉄底海峡の水底が、闇よりも深い黒に染まる。
何も知らされず『餌』として配置された民間船とその護衛を命じられた駆逐艦娘たちの視線の先で、黒い海がゴボゴボと沸騰し始めた。
——静寂。そして、轟音。怨嗟の海を引き裂きながら、『バベルの塔』が天高く聳えた。
塔が鎌首をもたげる。それは船を呑むほどの大口の左右に巨大な主砲を備え、分割された滑走路のような胴体を蠢かせる、巨大な海蛇型の怪物だった。
その頭上には黒いボロ切れを纏った小柄な少女が立っている。しかしその身体は歪に継ぎ接ぎされており、『死体』の様相を呈していた。
戦艦レ級。その姿は、人間の業が生み出した、底知れぬ罪過の象徴だった。
『『ボクの、ゴハン、イッパイ。ワタシの、オレの……エサ……!』』
複数の霊が同時に呪詛を放ったような、不気味な反響を含む声が響く。
「て、敵襲……ッ!!」
護衛の駆逐艦娘たちが12.7cm連装砲で迎撃を始めるが、ドス黒い滑走路にはキズ一つ付かない。
海蛇の巨大な口が開き、淀んだヨダレがボタボタと海面を汚した。
『『アハッ……アタシの、ボクの!…イタダキマス……!』』
死体の少女が不気味な笑い声を上げた、その瞬間。
『手筈通りだ。瑞鶴、「すべて」焼き払え』
『かしこまりました、忠次様。……瑞鶴爆撃隊、全機発艦!!』
どこまでも落ち着いた、しかし底知れぬ闇を湛えた青年の通信とともに、力強くも感情のない、艦娘の声が響いた。
空を染め上げるほどの航空隊が、民間船の頭上を覆い尽くす。「焦土作戦」が始まった。
「あれは、瑞鶴さんの航空隊……! よかった……!助かったわ!」
「まって、敵の怪物はこの距離よ!爆撃されれば私たちまで巻き添えに……!?」
空を埋め尽くす黒い鶴。その大群が、怪物と『餌』を捉える。
一斉に『火薬庫』の扉を開こうとした、まさにそのとき。
『ヒャッハー!! 舞鶴のエリートども、よそ見してんじゃねえぞ!!』
横合いから雲を突き破り、隼鷹の放った無数の戦闘機部隊が、舞鶴の編隊へ喰らいついた。
海軍最精鋭と呼ばれる航空部隊による爆撃。その狙いを、決死の妨害で大きく狂わせる。
『味方機の横槍だと……!? どこの部隊だッ! 瑞鶴ッ!』
舞鶴艦隊の指揮艦。その冷たく無機質な司令室で、若き大将・東雲忠次が忌々しげに舌打ちをした。計算し尽くした完璧な盤面を乱された怒りが、その端正な顔を歪ませる。
『………識別コードは、柱島です。忠次様』
戦場の空母・瑞鶴が感情の抜け落ちた声で報告する。彼女の右腕と右脚として接続された無骨な『鎧』が、鈍い駆動音を立てて新たな艦載機を射出デッキへと送り込んでいた。
『柱島……。あの腰抜け大将どものコバンザメか』
東雲は、闇を宿した瞳でモニターを睨みつけた。
『……瑞鶴、すべて薙ぎ払え。父より継いだ「空の東雲」の名にかけて』
『承知しました』
瑞鶴の返答に、一切の躊躇はない。海軍最強の空母・一航戦。その栄光を継いだ誇り高き翼は、今や彼に絶対の忠誠を誓う「兵器」と化していた。
『……瑞鶴直掩隊、全機発艦!……邪魔するものは味方でも叩き墜とせ!!』
入り乱れる鷹と鶴。その猛烈なドッグファイトが、鉄底海峡の空をどす黒く塗り潰していく。
直掩隊に守られた爆撃機部隊が、再び死のハッチを開いた。
『クソ…!……間に合わねぇ……ッ!』
撃ち漏らした数発の大型爆弾が、民間船団の頭上へと落下していく。
『——させません。ココには、護るべき命がある!』
「鋼」の金剛。その艤装は、金剛の正面を左右から挟み込むように巨大な「盾」へと変形し、死を運ぶ爆撃を正面から受け止めた。爆風が晴れたとき、そこには傷一つない民間船と、微動だにしない戦艦の姿があった。
『『ワタシの、ウチの……!…ジャマ、スルナッ!!』』
餌の船団と戦艦レ級、それらを同時に焼き払うために投下された無数の爆弾。その火の雨を浴びた大蛇がのたうち回る。怒りに満ちた巨大な口が、凶悪な主砲を船団へと向けた。
——放たれたのは、鉄の砲弾ではなかった。恨み、怒り、呪い、絶望。負の感情を極限まで圧縮したような、青黒いエネルギーの奔流。
『させないわ!……「破城槌」、出力上昇…………ッ!』
戦艦・陸奥の艶やかな首筋から頬と目元へ、深海を手懐けた赤黒い怨嗟の紋様が浮かび上がる。
背後で息を呑む駆逐艦娘たちなど意に介さず、撃鉄が落とされた。
『…………撃てッ!!!』
海が泣き叫んだ。空間が歪むような、青と赤、二つの巨大な破壊の激突。
拮抗は一瞬。弾け飛ぶように青のエネルギーが霧散し、そのまま赤の衝撃波が大蛇の上顎を大きく吹き飛ばした。
しかし、怪物は倒れない。
上顎を失い、青黒い肉と鋼鉄が剥き出しになった喉の奥から——無数の黒い「翼龍」が、まるで虫が湧き出るように飛び立った。空を覆いつくす鶴と鷹の激しい撃ち合いに、翼龍の群れが混ざり込む。
三つ巴の混沌を極める鉄底海峡の上空を見て、隼鷹は目を伏せ口を固く結んだまま、死んだ翼龍を墜とし続けた。
* * *
大蛇から飛び降りた歪な少女が、両手をダラリとぶら下げる。
その淀んだ双眸が、民間船団とともに撤退を始める護衛の駆逐艦娘たちを見据えた。
『『ドコヘ、イクの……!ウチの、オレの、…オイテカナイデヨ……!ヒヒ、ヒハハッ』』
亡霊が前触れもなく、関節の動きを無視した猛烈な速度で、海面を滑るように駆け出す。
肘から先が鋭い黒鉄のように硬質化した両腕。その凶爪が駆逐艦娘に迫った、その時。
『あんたの相手は私よ、化け物!!』
超高速機動で強引に割り込んだ白い影——叢雲が、黒光りするガン・ハルバードでレ級の鉄爪を弾き返した。
死体の少女は、獲物を狙う肉食獣のような姿勢で、その標的を叢雲へ変える。
その傍ら、海面を汚す大蛇の体液と飛び散った肉片がボコボコと膨れ上がり、そこから無数の駆逐級——小型の深海棲艦たちが産み落とされるように湧き出した。
『雑魚を増やしても無駄よ。全部まとめて三枚におろしてやるわ!』
叢雲は、ブォンッと空気を焼く音とともに、プラズマブレードを起動した。
極限までチューニングされた叢雲の機関が、甲高いタービンの咆哮をあげる。
叢雲は深海棲艦を解体しながら弾丸のように海を駆け抜け、レ級へと切りかかる。
黒鉄の爪と青白い高熱の刃が、盛大に火花を散らした。
理性の欠片も感じられない、暴力的な黒爪の強襲。レ級は不気味な笑みを浮かべながら、獰猛な獣のように俊敏な動きで、叢雲の背後へと回り込む。
『不思議なものね。……あんたの動き、自分のことみたいに分かるわ……!』
叢雲はガン・ハルバードを回転させ、舞うように攻撃を受け流す。
一閃——。レ級の片腕が、宙を舞った。
ボチャリと音を立てて、死体の腕が暗い海へ飲み込まれていく。
その背後では、上顎を失い暴れ狂う『バベルの塔』が、全身から副砲や魚雷を乱射している。
『『ワタシ、アタシの、ウデ、ウデ……ッ』』
レ級の残った片腕が、傍らの深海棲艦をおもむろに掴み上げる。
歪んだ少女の口が不自然に釣り上がり、その体躯ではありえないほど大きく、裂けるように開かれた。
金属がひしゃげる音が響く。青黒い体液が、少女の口をぐちゃぐちゃに汚し、滴り落ちる。
『し、深海棲艦を……食ってる……』
吐き気を催すおぞましい光景に、叢雲が思わず後ずさり、手で口を覆う。
レ級は続けざまに2つ、3つと同胞を喰らい続ける。
——ズルリと、欠けたはずの腕が生えた。
背後ではメキメキと重苦しい音を立てて、大蛇の上顎と鋼鉄が修復されていく。
「……叢雲っ! やはりそいつは、捕食することで再生できる! 食事の隙を与えるな!」
海域後方の指揮艦から、龍壁の烈火のような通信が響く。
『わ、わかってるったら……ッ! ちょっとビックリしただけよ!』
叢雲はビクリと肩を震わせると、ガン・ハルバードの切っ先を猛獣に向け、超高速で突貫した。
生えたばかりの黒い片腕が、再び火花を散らす。レ級の白く淀んだ瞳がギョロリと動き、叢雲の姿を映した。
* * *
『……あーあ、また柱島? あんたらが邪魔するから、面倒なことになったじゃん』
巨大な海蛇と死体の少女が暴れ狂う戦場を横目に、波間から気だるげに現れたのは、南郷の差し向けた処刑人、北上だった。
その眼前に、「鋼」の金剛が立ち塞がる。
『ご無沙汰してマス、雷巡・北上。……直接会うのは不退転作戦のとき以来、デスネ』
『……金剛さんまでアイツらの肩持つんだ。呉の爺さんも共犯ってわけだ。……わかってんの? これって「
40門の魚雷発射管がカチャリと無機質な音とともに展開され、無数の赤いロックオンレーザーと北上の黄色い眼光が、金剛を捉える。
『……叛逆者は人類の敵だ。海の底まで案内するよ。——【四重雷】』
空間を埋め尽くす、魚雷で作られた死の壁。しかし金剛はその足を前に踏み出し、その艤装を「巨大な盾」へと変形させた。
爆炎と轟音が渦を巻く。大要塞も一撃で灰と化す破壊の嵐が、鉄底海峡を赤く燃やした。
踊るように燃え盛る業火が、突如として道を開ける。
『「雷神」北上。……貴女の剣は、重く、鋭い』
重厚な駆動音とともに、鈍く輝く鋼の盾がゆっくりと左右に開く。
『でもその切っ先が、護るべき者へ向くのなら。……私の盾は、決して破れはしない』
揺らめく赤い炎の中から、翡翠の眼光が、雷神を射抜いた。
『……戦艦・「鋼」の金剛。……推して参る』
北上は気だるげな顔を崩すことなく、しかしその頬に一筋の汗が流れた。
『人類の敵は、お前だ。……北上』
荒波と爆炎を引き裂いて、超高速の青い影が北上を狙い穿つ。
青血に濡れたその刃が北上の喉笛に迫った、その時。
遥か上空から隕石の如き影が落下し、鋭い金属音と共に青い刃を受け止めた。
『忠次様のご命令だ、すべて薙ぎ払う。邪魔立てするか……「青血」の時雨』
頑強な鋼鉄の右腕が、時雨を大きく吹き飛ばし、無骨な
正規空母・「鎧」の瑞鶴。空の撃ち合いを航空隊の自律に任せ、自ら地上戦へと介入してきたのだった。
『助かるよ、瑞鶴さん。あたし、ゾンビは苦手だからさ』
「青血」と「鋼」、「鎧」と「雷神」。海軍最強の4人の艦娘。
四方の海が、二つに割れた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、「第14話. 極限の四重奏」は5/17の18時頃に投稿予定です。