『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説   作:龍改二

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第14話です。2日に1話ペースで更新予定です。


第14話. 極限の四重奏

四方(よも)の海 みなはらからと 思ふ世に など波風の 立ちさわぐらむ……」

呉鎮守府の司令室。ポツリと呟く北条の眼前には、壮年の女性提督の顔がモニターに映し出されていた。

 

「平和の詩とは、らしくないな、北条。……戦争(あめ)が止まない理由など、分かりきったことだろう」

佐世保鎮守府の司令室から、西村が歴戦の友に語りかける。

「深海棲艦という人類の脅威の前でさえ、我々は一つになれない。そのうえ我々の生み出した罪を……それを巡る内紛ですら、若い世代に押し付けている。……歳は取りたくないものだ」

その瞳には、何十年も終わらない戦争、その只中を歩き続けてきた者の、悲哀と後悔が滲んでいた。

 

「そう悲観するでない西村。老兵には老兵にしかできんことがある」

北条は立ち上がると、水平線の彼方を見つめる。

「次の世代に、持てるすべての力を預け、しかしすべての責務を背負って立つのが、わしらの役目であろうて」

 

「龍壁司令を、随分と買っているな……」

「おぬしも見たのだろう、あやつの魂を。 だからあやつに時雨を預けた。違いあるまい?」

 

西村は目を伏せた。彼女の脳裏をよぎるのは、かつて心が壊れ、殺戮に妄執していた時雨の虚ろな瞳。そして——桟橋で不器用に、しかし確かな温もりを宿して『ただいま』と微笑んでみせた、あの夜のことだった。

画面越しの西村の厳格な口元に、微かな、しかし母親のような柔らかい笑みが漏れる。

「……そうだな。この目で、見させてもらったよ」

 

北条は窓枠に手をつき、はるか遠く、南の空を見据えた。その背中は、これから降りかかるであろう軍法会議や全ての責任を負う覚悟に満ちて、岩のように揺るぎなかった。

「この海軍を一つに束ねる。わしらにはついぞ、叶わなかった。あやつなら、それができるはずだ……」

開け放たれた窓から吹き込む真新しい潮風が、深い溝の刻まれた老将の頬を撫でた。

 

* * *

 

鉄底海峡の波間を、白い疾風が駆ける。叢雲の極限までチューニングされた機関が、悲鳴のようなタービン音を上げていた。

 

周囲を取り囲む無数の深海棲艦から、雨霰のように砲弾と魚雷が放たれる。着弾の水柱が連続して海面を爆砕するが、叢雲は絶望的な弾幕の隙間を、踊るような超高速機動で縫い進む。

彼女の視線の先には、ただ一つの標的。継ぎ接ぎの死体——戦艦レ級の本体。

 

『『アハハッ! コンニチハッ! アタシの、ボクのッ!!』』

亡霊の甲高い笑い声と共に、硬質化した黒鉄の爪が空気を引き裂く。叢雲はガン・ハルバードを旋回させ、空気を焼く青白いプラズマブレードでそれを真っ向から弾き返した。

 

火花が舞い散る。叢雲は反動を利用して身を沈め、下段からレ級の脚を薙ぎ払う。確かな切断の感触。白い脚が吹き飛ぶ——が。

 

ズルリ。

おぞましい水音とともに、切断面からヘドロのような青黒い細胞が溢れ出し、瞬時に新しい脚が形成された。痛みなど微塵も感じていない淀んだ瞳が、叢雲を覗き込む。

 

『化け物が……っ! なら、喰う暇も与えずに切り刻んでやるわ!』

叢雲は息を詰め、怒涛の連撃を叩き込む。上段、袈裟斬り、突き。ガン・ハルバードの青白い軌跡が光の檻となってレ級を包み込む。しかし、レ級はその異常な反射神経で致命傷を避け、あるいは自らの肉を削らせながら、獰猛な笑みを崩さない。

 

鋭い黒爪の刺突。叢雲はそれを間一髪で横へ躱し、カウンターの刃を繰り出そうとした。

だが、レ級の狙いは叢雲ではなかった。

突進の勢いを全く殺さず、叢雲の「背後」に陣取っていた小型深海棲艦に躍りかかると、その頭から巨大に裂けた口で食らいついた。

 

メチャッ、と金属と肉が砕ける冒涜的な咀嚼音。

叢雲が体勢を立て直した時には、すでに同胞を丸呑みにしたレ級の全身から、先ほど削ったはずの傷が完全に消え去り、異様な生命力が漲っていた。

 

『『ゴチソウサマッ! ワタシの、ゴメンナサイッ! アハッ!!』』

血と油で汚れた口を歪ませ、レ級が海面を蹴る。重力から解き放たれたかのように、高く、空へ。そして、圧倒的な質量と殺意を伴って、叢雲の頭上から飛び掛かってきた。

 

『甘いわよ、飛んだら躱せないでしょ!』

叢雲は冷静にガン・ハルバードの柄を構え直す。プラズマブレードが消えた銃口が、空中の猛獣を正確にロックオンした。

『消し飛びなさいッ!』

 

轟音。放たれた徹甲弾が、一直線にレ級の顔面へと吸い込まれる。回避不可能な空中で、脳天をブチ抜く必殺のタイミング。

火花と黒煙が弾け飛ぶ。しかし、叢雲のルビーの瞳は、驚愕に見開かれていた。

 

空中の死体少女は、その体躯からはありえないほど大きく口を開き……飛来する砲弾を、その『牙』でガッチリと噛み止めていた。

 

落ちるように飛び掛かったレ級が、硬直した叢雲を組み敷いた。

ギチギチと、強固な鋼鉄がレ級の顎の力でひしゃげ、火薬の煙が口の端から漏れ出す。大砲の弾を飴玉のように噛み砕きながら、悪魔が嗤う。

そのおぞましい絶望の影が、叢雲の視界を漆黒に覆い尽くした。

『『イタダキマス……ッ!』』

 

突如として、歪な少女が真横へと吹き飛んだ。視界が開ける。

『叢雲ちゃん、大丈夫かしら?』

陸奥の副砲、15.5cm三連装砲の砲口から硝煙が立ち上っていた。

 

『陸奥ッ! 後ろよッ!』

上体を起こした叢雲の、血を吐くような叫びが響く。陸奥が背後を振り返るより早く、死角から迫っていた「バベルの塔」——巨大な海蛇の怪物が、その大口を開けて戦艦の身体を丸呑みにせんと襲いかかった。

 

だが、海軍屈指の火力を誇る戦艦は、ただ食われるだけの獲物ではない。

『……無作法ねッ!』

陸奥は振り返りざまに、迫り来る巨大な上下の顎を、両腕でガッチリと受け止めた。

 

超重量の鋼鉄同士が擦れ合うような、凄まじい軋み音が鉄底海峡に木霊する。陸奥の足元の海面が衝撃で爆発したように吹き飛び、彼女の膝が深く沈み込むが、その細腕は怪物の牙を完璧に食い止めていた。

 

『口の奥なら、装甲もないでしょう?』

両腕で大蛇の顎をこじ開けたまま、陸奥の艤装に備えられた無数の14cm単装砲が、怪物の口腔内へ狙いを定める。

至近距離からの容赦のない一斉射。砲弾が怪物の柔らかい喉の奥で炸裂し、青黒い肉塊が大量に飛び散る。

 

だが——。

破壊されたはずの口腔の肉は、ズルズルと気味の悪い音を立てて波打ち、次の瞬間には全くの無傷へと戻っていた。

『嘘でしょ、ダメージ無しなの……!?』

余裕のあった陸奥の顔に、初めて焦りの色が浮かぶ。

 

しかし、彼女の頼もしい「先輩」は、その硬直の隙を見逃さなかった。

『肩借りるわよッ!』

海面を蹴った叢雲が、陸奥の肩を強引に踏み台にして、大蛇の頭上へと高く跳躍する。

空中で身を捻りながら、プラズマブレードを最大出力で展開。そのまま落下する勢いを乗せ、大蛇の脳天から鼻先へ向けて、青白い光の刃を一気に振り下ろした。

硬質な装甲ごと肉を深く断ち切られた大蛇は、堪らず陸奥から離れ、叢雲を弾き上げながら大きく仰け反り、苦悶の咆哮を上げる。

 

これで大蛇と距離が取れた。そう安堵したのも束の間。

 

『『オハヨウゴザイマシタッ!!』』

陸奥の背中へ向け、吹き飛ばされたはずのレ級が、鋭い黒鉄の爪を振りかざして飛びかかってきた。叢雲が空中にいる今、カバーは間に合わない。

 

しかし。

『……目障りよ』

背中越しに冷たく言い放つと同時。陸奥は振り下ろされたレ級の黒爪を、素手でガシッと掴み取った。

 

死体の少女が不思議そうに首を傾げた次の瞬間。陸奥は戦艦としての規格外の膂力に任せ、レ級の身体をハンマー投げのように振り回す。

そのまま大きく仰け反っていた巨大な大蛇の胴体へ向けて、少女の身体を凄まじい勢いでぶん投げた。

 

弾丸のように叩きつけられた少女の身体が大蛇の装甲に激突し、二つの怪物は縺れ合うようにして黒い波間へと転がった。

 

大蛇がムクリと身を起こす。既に傷は塞がっていた。大蛇の下顎に片腕で捕まっていた死体の少女が、再び海面へと降り立ち、不気味に嗤う。

陸奥の隣に叢雲が着水し、ガン・ハルバードを構え直す。

 

『……キリがないわね』

『ええ。……まったくだわ』

二人の背後に燃えた航空機がボチャリと墜ちる。

上空では鷹と鶴と黒い翼龍が、終わらない墜とし合いを続けていた。

 

* * *

 

一方、「四方」が激突する戦域——そこは、次元の違う超高速の死闘が繰り広げられていた。

 

波間から、気だるげな姿がフッと消える。

『遅いよ、金剛さん』

刹那、「雷神」北上が金剛の背後、完全な死角に位置していた。空中に残る黄色い残光。予備動作なしに放たれた回し蹴りが、金剛の首元を刈り取る。

 

しかし金剛は振り返りもせず、片腕だけでその必殺の蹴りを受け止めた。

『軽いですよ。北上』

『げっ』

金剛は蹴り足をそのまま掴み取ると、北上の身体を軽々と宙へ振り上げ、真下の海面へ向けて思い切り叩きつけた。

オンッという風切り音。主砲を撃ち込んだような巨大な水柱が上がり、北上は凄まじい勢いで暗い海中へと深く沈み込んでいく。

 

その轟音のすぐ傍らでは、「青血」と「鎧」が激突していた。

青い軌跡を描き、時雨の刃が瑞鶴の懐へ肉薄する。しかし、瑞鶴は回避行動すらとらない。

甲高い金属音と共に鉄錆と火花が散る。瑞鶴の頑強な『鎧』の右腕が、時雨の刃を意に介さず、彼女の細い腕を鷲掴みにしていた。

『地を這う虫ケラが……っ!』

瑞鶴は忌々しげに吐き捨てると、掴み上げた時雨を、今まさに北上を沈めたばかりの金剛へ向けて、勢いをつけてぶん投げた。

 

『……金剛ッ!』

空中で体勢を崩した時雨が叫ぶ。金剛は飛来する時雨の足を片腕で引っ掴むと、その勢いを一切殺すことなく、竜巻のようにその場で回転した。

あまりの力に引きちぎれそうになる時雨の脚を、青い血液が繋ぎ止める。

遠心力という莫大なエネルギーを乗せ、自らの身体を砲塔と化した金剛が、時雨という駆逐艦を瑞鶴へ向けて発射した。

『往きなさいッ、時雨!!』

 

戦艦のブーストを受け、砲弾と化した時雨が瑞鶴へと迫る。

だがその軌道上の海中から、海を割るように雷光が噴出した。

『鬱陶しいんだよ……ッ!』

ずぶ濡れの北上が、飛来する時雨の腹部めがけて、真下から突き上げるような強烈な蹴り上げを叩き込む。

『ガッ……!?』

その一撃をまともに食らった時雨の身体が「くの字」に折れ曲がり、内臓が潰れ背骨が砕ける悍ましい音が響いた。

遥か上空へと大きくカチ上げられた時雨に、無数の鋼鉄のツル——瑞鶴航空隊がその牙を剥く。

 

雷神が左手を開き、金剛へ向けて差し伸ばす。

『……あんた専用だよ。【導雷針(どうらいしん)】…ッ』

射出された5本の魚雷が鋼の盾を避けるように散開し、北上が左手を握ると同時に引き寄せられたように向きを変え、頭上と左右から金剛を「鷲掴み」にした。

爆炎が鋼を呑みこむ。その直後、瑞鶴の無骨な右脚が海を踏みしめた。

——瞬間。炎に包まれる金剛の目の前に、「鎧」が現れた。

 

『消し飛べ、旧式ッ!!』

瑞鶴の右肘に備えられたブースターから、灼熱のジェット噴射が吹き上がる。莫大な推力を得た重金属の右拳。瑞鶴の赤い眼光が、金剛の翡翠の瞳をぶち抜きにかかる。

『……ッ!負けませんッ!!』

圧倒的な質量の暴力を、鋼の大盾が正面から受け止めた。

ギチギチと音を立てて、金剛の全身の骨と鋼鉄の盾が悲鳴のような軋みをあげる。二人の足元の海面が、凄まじい衝撃波で円状に吹き飛んだ。

 

鉄拳と盾がぶつかり合い、金剛の足が完全に止まったその硬直——無防備な背後に、再び北上が食いかかる。

『後ろがお留守だよ、金剛さん』

稲妻のような雷神の手刀が、金剛の首筋へと振り下ろされようとした、まさにその時。

 

『——させないッ!!』

北上の頭上から、青い流星が落ちた。

航空機をスターティングブロックにして加速した音速の斬り下ろしが、雷神の脳天へと襲いかかる。

『チ……ッ!』

舌打ちと共に北上が強引なバックステップで回避する。鼻先を掠めた時雨の刃が、金剛の背後を守るように海面を両断した。

息をつく間もなく、墜落の衝撃でひしゃげた手足を修復しながら、青い眼光が迸る。

切りかかった青い刃と、姿勢を崩しながらも受け流した単装砲の砲身が、火花を散らした。

 

四者の息を呑むような超高速の攻防が、一瞬の静寂を生む。

「鎧」の一撃を「鋼」が受け止め、「青血」と「雷神」が鎬を削る。

極限のチェスゲーム、四つのクイーン。

海軍最強の4人が、再びヒリつくような間合いで睨み合った。

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、「第15話. 暁の水平線に」は5/19の18時頃に投稿予定です。
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