『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説 作:龍改二
指揮艦のスピーカーから、絶え間ない爆音と艦娘たちの荒い息遣いが響き続ける。
「提督っ! 全戦線、完全に膠着状態です……!」
明滅する赤色の警報ランプに照らされながら、レーダーとモニターに張り付く明石が悲痛な声を上げた。
「上空では隼鷹さんが乱戦を凌いでいますが、すでに限界ギリギリです! 叢雲ちゃんと陸奥さんも再生するレ級に決定打を与えられず……四方の陣域も完全に拮抗して、埒が明きません!」
「民間船の戦域離脱はほぼ完了しました。ですが……このままでは、ジリ貧で全滅するのを待つだけです……ッ!」
絶望的な戦況報告が響く中、龍壁は腕を組み、血走った眼光でモニターの光点を見つめていた。
「物理的な火力だけでは、あの化け物も、この状況も崩せないか……」
("……古毅。 ……この地獄の盤面、お前ならどう動く?”)
龍壁の脳内に、旧知の恩師、北条の声が木霊した。
「……明石。海域の全艦艇に、オープンチャンネルで通信を繋いでくれ」
「全艦艇……ですか!?」
想定外の指示に、通信卓を叩いていた明石が弾かれたように振り返る。
「ああ。味方だけじゃない。東雲艦隊の全艦娘と……奴らの指揮艦にも直接繋ぐんだ」
それはつまり、敵対している東雲・南郷陣営に対して、自らの位置と指揮回線を完全に晒すに等しい行為だった。しかし、龍壁の揺るぎない覚悟をその背中に見た明石は、小さく息を呑むと、力強く頷いた。
「…………分かりました、龍壁さん。全帯域、強制ジャック……繋がります……ッ!」
『柱島艦隊、司令官の龍壁だ。……鉄底海峡の全艦艇、聞こえているな』
砲声と爆発音が吹き荒れる鉄底海峡。その混沌を切り裂くように、指揮艦の通信機から放たれた龍壁の声が、海域へ響き渡った。
『……東雲艦隊、旗艦・瑞鶴。貴女の武勲を知らぬものなど、この海にはいません』
その声に、至近距離で鎬を削っていた四人の動きがピタリと止まる。金剛の大盾を突き破らんと『鎧』の右腕を突き立てていた瑞鶴の全身が、弾かれたように硬直した。
『先の不退転作戦にて、亡き東雲忠一閣下の指揮のもと、元・一航戦、赤城と加賀、姉の翔鶴を失いながらも戦い続け、本土近海を奪還したこと。そして——右半身を失ってなお、閣下の大切なご子息……忠次氏を護り抜いたことも』
『——ッ!』
瑞鶴の脳裏に、鍵をかけていた地獄の記憶がフラッシュバックする。
『黙れッ……!! 叛逆者風情が、知ったような口で我が父を語るなァッ!!』
龍壁の言葉を遮るように、全域通信のスピーカーから、若き大将・東雲忠次の激しく取り乱した怒声が響き渡った。その青年の声は、喉から血が噴き出すような悲痛な響きを帯びていた。
『東雲忠次。……もはや崩壊した焦土作戦に、なぜ固執する? 民間人を犠牲にしてまで、なぜあのレ級の討伐にこだわるというんだ』
『知った風な口を聞くなと言っているんだ、龍壁ッ! ……その化け物は、わが眼前で父を殺した……父の仇だッ!』
その生々しい怨嗟の叫びに、柱島艦隊の指揮所へ一瞬の静寂が落ちる。
『レ級襲撃の生存者は……ゼロではなかったのか』
龍壁の信じられないという呟きに、傍らでコンソールを叩いていた明石が、青ざめた顔で首を横に振った。
『海軍の公式記録では、前・東雲艦隊は深海棲艦の大艦隊と刺し違えて壊滅したとされていますが……まさか、記録そのものが改竄されていた……?』
その疑問に答えるように、再び忠次の狂気に満ちた声がスピーカーを震わせる。
『あの日……東雲の主力艦隊を壊滅させたのは、深海棲艦の群れなどではない! あの巨大な蛇……「戦艦レ級」ただ一隻だ!! 敵艦一隻に父が敗れたなどと、東雲の栄光に泥を塗るわけにはいかないだろう……!』
『……己の面子のために、こんな作戦を立案したとでもいうのか』
龍壁は通信マイクを強く握りしめ、静かに、しかし腹の底から湧き上がる怒りを込めて問い詰める。
『そうだとも! 「空の東雲」の名にかけて、あの悪魔は我ら舞鶴の航空隊のみで撃滅せねばならない!』
顔の見えない青年提督の咆哮が、戦場の空気をさらに重く淀ませていく。
『そのためなら、民間人を餌にすると!? それで父君の威信が保たれるとでもいうのかッ!』
『それが父への唯一の手向けだ!! 瑞鶴、構うな! 邪魔者はすべて焼き払え!!』
復讐の業火に焼かれる忠次の叫び。しかし、龍壁は一切怯むことなく、その声のさらに上を行く大音声で海を震わせた。
『空母・瑞鶴……! 亡き忠一閣下は、誇り高い軍人だった! 貴女の護ったその息子は、今や復讐に囚われ、海軍の矜持を見失っている!!』
『貴女の役目は、感情を殺してただ命令に従うことか!? 亡き忠一閣下の遺志を継ぎ、息子である彼を「正しい道」へ導くことではないのか! 一航戦・瑞鶴!!』
兵器としてではなく、人としてどう在りたいのかという、魂への根源的な問いかけ。
『……私は……』
金剛の盾を殴りつけたまま、瑞鶴の鋼鉄の右腕がカタカタと痙攣するように震え始めた。
—— 一航戦、瑞鶴。
その響きが、封印していた地獄の記憶の蓋をこじ開ける。
(”これからは、あなたが一航戦。……大丈夫。頼んだわよ、瑞鶴……”)
業火に包まれて沈んでいく赤城と加賀。普段は厳格だった加賀が、最期に見せた酷く優しい微笑み。自分を庇い、血の海に沈んだ最愛の姉・翔鶴。
そして、血を吐きながら息子を託して逝った偉大な前提督・東雲忠一の姿。
(……私は、提督さんから「息子を頼む」と託された)
瑞鶴は、ギリッと血が滲むほど唇を噛み締める。
(だから、忠次様がどれだけ冷酷な作戦を立てようと、それが彼の心を繋ぎ止める術ならと、感情を殺して「鎧」に徹してきた。それが、みんなの遺した未来を護ることなのだと信じて……!)
しかし、龍壁の言葉が、その歪な「逃げ道」を完全に打ち砕く。
復讐の泥に沈み、味方を餌にするような暴君へと堕ちていく彼を、ただ黙って肯定し続けることが……本当に彼を「護る」ことなのか。誇り高き一航戦の座を自分に託して散っていった、先輩や姉の思いに報いることなのか。
『……違う。違うッ……!!』
瑞鶴は悲鳴のような声を上げると、鋼の盾から拳を引き、大きく後方へと跳躍した。
機械のように虚ろだった赤い瞳に、彩りが宿る。かつて空を舞い、誇り高く戦った「鶴」の熱く激しい涙が、彼女の頬を止めどなく伝い落ちた。
『ありがとう、柱島の司令……!! 私は、加賀さんたちや「翔鶴
瑞鶴は通信機を忠次の回線へと直結させ、涙声で、しかしはっきりと叫んだ。
『忠次提督!! 貴方の命令には、これ以上従えません!』
『なっ、瑞鶴……!? 貴様、私を裏切る気か!』
『私は貴方の「鎧」として……貴方の魂を護らなきゃならない! それが、提督さんとの約束だからッ!!』
涙を拭い、艦娘としての誇りを取り戻した瑞鶴が、鉄底海峡の空へ号令を叩きつける。
『瑞鶴航空隊、全機反転!! 目標……「戦艦レ級」と、その航空隊!!』
『——柱島艦隊と共に、あの化け物を薙ぎ払え! 二度は負けないッ!「空の東雲」の、「一航戦」の!……誇りにかけてッ!!』
上空を分厚く覆っていた空の覇者たちが、一斉にその翼を翻した。
龍壁の声が、もう一人の処刑人へと向けられる。
『……雷巡・北上。お前は自分を「人類の味方」だと言ったな。南郷の指示に従い、人の命を秤にかけ、裏切り者を始末するのが、人類の味方だというのか?』
『俺が技術者になったのは、人の命を守るためだ。俺の作る艤装が、誰かを守れると信じたから、俺は海軍工廠のエンジニアになった。お前はどうなんだ? 何を守るために、なぜ艦娘になった! ……答えろッ! 北上ッ!!』
時雨の青い刃と壮絶な睨み合いを続けていた「雷神」北上もまた、通信機から響くその言葉にピタリと動きを止めた。
気だるげな目を伏せ、北上はポツリと呟いた。
『……何のために、か』
(……別に、大した理由なんてないよ。最初はただ、才能があったからなっただけ。人類の味方とか、大義とか……そんなの、ホントはどうでもよかったんだ)
脳裏に浮かぶのは、もうこの海にはいない親友の笑顔。南郷の傍らで「提督の、みんなの力になりたいんです」とお節介に笑って、そして冷たい海の底へ沈んでいった、大井の姿。
(大井っちが愛した「提督」だったから。アタシが、あの子の代わりにあの人を支えようと思っただけ。……なのに)
いつからだろうか。「初期艦」を失った南郷が「大勢を救うための合理的な切り捨て」を冷たく説く修羅へと変わり、北上自身もそれに付き従うだけの、血の通わない兵器になっていたのは。
北上は、フッと自嘲気味に、しかしどこか憑き物が落ちたような、いつもの気だるげな笑みを浮かべた。
『あーあ、ホント……、
彼女は、時雨と金剛へ向けていた40門の魚雷発射管を、ゆっくりと下ろした。
『……あんたの言う通りだ。ルールや大義のために人を殺すなら、それはあの子が好きだった……「人類の味方」だった、提督じゃないよね』
北上が指を鳴らした瞬間。彼女の背後に展開された40門の魚雷発射管が、カチャカチャと無機質な駆動音とともに、一斉に向きを変える。
無数の赤いロックオンレーザーが時雨たちから外れ、一直線に、鉄底海峡で暴れ狂う「戦艦レ級」へと集中した。
『……アタシは、人類の味方だった、大井っちの味方だからさ。目の前に、一番の「人類の敵」がいるなら、そっちをぶっ飛ばすのが筋だよね』
北上が、獰猛な、それでいて最高に楽しそうな笑みを浮かべて、指揮艦の方へと振り返る。
『しょーがないから乗ってあげるよ、あんたの
* * *
「提督っ! 瑞鶴および北上の武装ロック、完全に『戦艦レ級』へと向きました! 彼女たち……味方です!!」
涙と汗でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、明石が震える声で叫ぶ。
その報告は、鉄底海峡の絶望的な盤面が、完全に、そして劇的に覆ったことを意味していた。
『『アハッ!! オイデヨ!! ボクの、ミンナ、ワタシのッ!!……アハハハハッ』』
レ級が狂ったように嗤う。巨大な海蛇が周囲の深海棲艦を一気に呑み込み、エネルギーを限界を超えて増幅させていく。
大蛇の口元の空間が歪む。民間船団に撃った時とは比較にならないほどの、膨大なエネルギーがチャージされ始めた。見上げるほどのバベルの塔が、再び天空を擦る。
しかし、その眼前には今、海軍の歴史上類を見ない、奇跡の「大連合艦隊」が立ちはだかっていた。
海軍最強の四名たる「北上」「瑞鶴」「金剛」「時雨」。
そして柱島艦隊の「陸奥」「隼鷹」「叢雲」。
全七隻の超弩級の火力が、たった一体の「戦艦レ級」へと完全ロックオンされた。
「提督……!!」
明石が、コンソールから龍壁へ向かって力強く頷く。
龍壁は通信マイクを握りしめ、肚の底から絞り出すような、熱く絶対的な勝利を確信する咆哮を戦場へ叩きつけた。
『全艦、一斉攻撃だ! ……暁の水平線に、勝利を刻めッ!!』
海軍の象徴とも言える絶対の号令が、全員の魂を一つに束ねた。
『イエス、テイトク!! 我が呉の、いや、全人類の誇りにかけて!!』
「鋼」の金剛が、その巨大な艤装を大盾として構えたまま、海面を真っ二つに割るような猛スピードで最前線へと突撃する。
同時に、レ級の口腔から青黒い絶望が放たれた。海が蒸発し、空気がプラズマ化するほどの破壊の奔流。
『私の鋼を、
莫大な負のエネルギーが鋼の盾に激突し、凄まじい衝撃波が海面を抉る。しかし金剛は、力技でその極太の光線を左右へと「弾き割った」。
『全主砲、一斉射ッ!……ファイアッ!!』
戦艦・金剛の主砲が、巨大な塔を突き崩す。
『征くぞッ! 東雲の誇り、一航戦の意地! 爆撃機、雷撃機、全機突撃ッ!!』
『……いくぜ。……隼鷹航空隊、全機突撃ッ! 瑞鶴さんに遅れをとんなよッ!!』
空を埋め尽くす鶴と鷹の大群が、かつてない完璧な編隊で雪崩れ込む。海軍最精鋭の練度と、極限までチューニングされた航空機。黒い翼龍の群れを紙のように撃ち砕き、大蛇の頭上へと文字通りの「鉄の雨」を降らせた。
絶え間ない重爆撃の連鎖が、海蛇の分厚い装甲を次々と引き剥がしていく。質量と熱量の暴力に晒された巨体が、堪らず海面で大きく仰け反った。
『『……シマショ、パーティッ!……ステキナッ!……アハハハッ!!!』』
死体の少女は黒鉄の爪をギラギラと尖らせ、黒い突風のように駆け出した。
『……もう、誰一人として、お前に喰わせはしない』
青い閃光が鉄爪を弾き、火花を散らす。
『——後ろよ、亡霊ッ!!』
白い閃光が背後から斬りかかる。
叢雲の白い高熱の刃と、時雨の青血に濡れた刃が、前後から交差してレ級の本体へ肉薄した。超高速の斬撃の応酬が、再生の暇すら与えず、怪物をその場に縫い付ける。
だが、死体の少女は防御を捨てた。狂気的な哄笑と共に突き出された鋭い黒鉄の手刀が、時雨の細い腹部を深々と貫通する。
致命的な一撃。だが、時雨は口から青い血を零しながらも、表情一つ変えなかった。
『……捕まえたよ』
自らの腹を貫くレ級の腕を、時雨がガッチリと掴み取る。
直後、傷口から青い血液が噴出し、肉体を異常な速度で修復し始めた。貫通したレ級の腕を呑み込むように細胞が繋がり、万力のように強固に固定してしまう。
『『……!?』』
引き抜こうと身を捩るレ級だが、腕は時雨の身体に縫い付けられたように抜けない。
完全に動きが止まったその刹那。時雨の青い刃が躊躇いなく振り抜かれ、自らを貫くレ級の腕を肩の根元から一閃のもとに両断した。
片腕を失い、大きく体勢を崩したレ級。その完全に無防備となった胴体へ、叢雲のガン・ハルバードが深々と突き刺さる。
『ぶっ飛びなさいッ!』
ゼロ距離での徹甲弾発射。凄まじい爆発がレ級の本体を吹き飛ばし、後方で蠢く大蛇の分厚い装甲へと深々と叩きつけた。
『今よ!北上、陸奥ッ!!』
『【破城槌】……出力最大……ッ!』
陸奥の艶やかな肌に赤黒い怨嗟の紋様が浮かび上がり、その主砲が深海の業火を宿して臨界点へと達する。
そしてその隣で40門の魚雷発射管が、一斉に怪物を睨みつけた。
『…………』
(”ねぇ北上さん! 私たちの魚雷一斉射にピッタリの、すっごくカッコいい名前を思いついたの!”)
(”えー。大井っち、そういうの好きだねえ。別にアタシは魚雷1、魚雷2とかでいいんだけど”)
『……ホント、大げさな名前だよね。大井っち』
(”ダメです! ……いいですか、この技の名前は——”)
北上は気だるげに目を伏せると、優しく、愛おしそうにフッと微笑んだ。
『——【
40門から放たれた魚雷の壁が、大蛇の装甲に縫い付けられたレ級へと殺到する。
逃げ場のない爆発の連鎖が海面を隆起させ、怪物の再生を上回る凄まじい紅蓮のドームを作り上げた。
『……これで、終わりよ』
猛火の中で藻掻く亡霊へ向け、陸奥の主砲が臨界を突破した。
『——撃てッ!!!』
——閃光。そして、世界から音が消える。
鉄底海峡の海水を一瞬で蒸発させるほどの巨大なエネルギーが膨れ上がり、レ級の身体を、大蛇ごと原子の塵へと分解していく。
幾重にも重なった亡霊たちの断末魔が、天を焦がす爆炎の中へと溶けて、消えた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、「第16話. 叢雲」は5/21の18時頃に投稿予定です。