『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説 作:龍改二
霧の海域、その後方に控えていた指揮艦。
陸奥や隼鷹に先駆けて帰投した叢雲が、明石から頬の銃創の応急手当を受けていた。
「叢雲、傷の具合はどうだ。……すまない、無理をさせたな」
龍壁が痛々しいガーゼの当てられた頬を見て声をかけると、叢雲はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「……この程度の掠り傷で大げさね。あんたはもっと今後の心配でもしてなさいよ。それより……」
強がるように言い放った後、叢雲は僅かに表情を険しくして、先ほどの戦闘を思い返すように目を細めた。
「あの駆逐艦……ただの艦娘じゃなかったわ。こっちの斬撃も、死角からの狙撃も、まるで全部最初から『視えている』みたいに完璧に避けてた。……あんな気味の悪い回避機動、見たことないわ」
「……ああ。俺もモニター越しに見ていたが、あれはまともな物理法則や反射神経の範疇を超えている」
龍壁は険しい顔で頷き、振り返った。
「……明石、おやっさんと『話し合い』がしたい。それと南郷元帥もだ。元帥はあの海賊たちについて何か知っているはず。……何とか引きずり出せるか?」
龍壁の指示に、手当てを終えた明石が複数の通信コンソールを同時に操作し、柱島泊地と指揮艦の連結システムを起動する。
「わかりました。 呉鎮守府の北条大将、そして横須賀の南郷元帥へ、最高機密回線での『緊急非常招集』をかけます」
かつて狂気の女神計画を主導した元軍医の顔はもうない。今の明石は、龍壁という司令官の右腕として、その明晰な頭脳を盤面で遺憾なく発揮していた。
「……繋がりました。呉、横須賀、共に暗号通信を受諾。まもなく、
明石の操作により、旗艦の通信室に青白いノイズが走り、二つの幻影が投影される。
一人は、穏健派にして龍壁の恩人、呉の
『……無事だったようだな、
北条が、画面に共有された海賊艦隊の戦闘データを見ながら、重々しく口を開く。
『チッ……死に損ないの亡霊共が。ここ一年ほどの
南郷は忌々しげに葉巻を噛み締めながら、海賊たちのデータを鋭い眼光で睨みつけた。
『あいつら生きてたんだ……あーあ、面倒くさいことになったねー。どうする南郷さん、私がパパッと片付けに行ってもいいけど?』
北上が欠伸交じりに呟き、その視線の先で金剛が険しい表情で沈黙を守っている。彼女の妹である榛名のデータが、そこに映し出されているからだ。
「すいませんおやっさん。途中で撒いたとはいえ、柱島の、ひいては呉の近海まで、厄介な連中を連れてきちまって。……ただ、海賊艦隊の実力は相当なものでした。俺たちより遥かに高い練度……海軍の精鋭部隊という印象です」
『気にするな、古毅。輸送船団と自艦隊の生還を優先した判断、見事だ。あの手合いと正面から撃ち合えば、柱島とて無傷では済まん』
立体映像の中で、北条は短く頷き、龍壁の指揮を高く評価した。
しかし、その後ろに控える「鋼」の金剛の表情は、いつになく暗く、そして硬かった。彼女の視線は、共有された戦闘データ——異常な巨腕の艤装を振り回す妹、榛名の姿に釘付けになっている。
『……榛名。どうしてそんな醜悪な姿に……。防御を投げ捨て、ただ略奪のためだけに動くなど。真の実力は、高潔な魂にのみ宿るというのに。あなたの魂は、もう深海よりも黒く濁ってしまったのデスね……』
金剛が悲痛な面持ちで拳を握りしめる中、龍壁が言葉を続けた。
「南郷元帥、ご無沙汰しております。先の焦土作戦では、貴艦隊の北上殿にもご助力いただき、ありがとうございました。……私の見立てが正しければ、貴方はあの海賊艦隊について、なにかご存知なのではありませんか?……知る限りの情報を共有していただきたい」
南郷が眉間に深い皺を寄せて葉巻の煙を吐き出す。
『焦土作戦については「我が横須賀と共に」東雲の暴挙を止めてレ級を討ち、海軍の秩序を守ったこと、ご苦労であったな、龍壁。……貴様の狂気じみた執念と技術には、してやられたわ。だが、今回は私の差し金ではない。あれはかつて我が艦隊が主導した「不退転作戦」の……いや、海軍の負の遺産だ』
南郷の眼光が鋭く光る。
『かつて私が総指揮を執った「不退転作戦」。異常増殖した深海棲艦どもから本土近海を奪還するという必達目標を遂げたことで作戦は完了したが……深海の指揮系統を乱すべく敵本陣へ突撃していた横須賀第一遊撃部隊を、安全に転進させる必要があった』
『妙高、伊58、榛名、そして雪風…。私は奴ら四隻を中心にした十数隻からなる囮艦隊を編成し、
冷酷な最高司令官は指先で机をトントンと叩きながら、非情な事実を口にした。
『さらに本隊の航跡を完全に隠蔽するため、我々から一切の通信を遮断した。……奴らを「弾除け」として暗黒の海に置き去りにしたのだ。本来なら、全員が名誉の戦死を遂げているはずだった。だが奴らは……無限に湧き出す敵のただ中で、補給も後退の支援もない地獄を生き延び、海軍を憎悪する怪物となって這い戻ってきおった』
『
南郷の言葉を引き取るように、気だるげな「雷神」北上が、ぽりぽりと首の後ろを掻きながら口を挟んだ。
南郷が、画面越しに龍壁を真っ直ぐに見据える。
『龍壁、奴らに情けは無用だ。軍民を問わず輸送船なら無差別に襲い、資源を強奪する野獣に成り下がっている。海軍の秩序を脅かす以上、奴らを殺しきることが、今の海軍の「正義」だ。見つけ次第、完全に撃沈しろ。……貴様ほどの男なら、迷いはすまい?』
海軍の重鎮の口から語られた、海賊艦隊の凄惨な過去。容赦のない撃沈命令が柱島の指揮艦に響く。
隣では、龍壁の過去の罪を全て許し、共に地獄を歩むと誓った叢雲が、静かに司令官の横顔を見つめている。
「南郷元帥。出過ぎた口を叩く無礼をお許しください。……貴方はご自身の決断を正義と定め、彼女らを野獣と呼ぶ。ですが、彼女たちをそんな狂気へ突き落としたのは、他でもない我々海軍の『罪』です」
龍壁は画面越しの元帥から一切目を逸らさず、言葉を紡ぐ。
「私は、彼女たちを救いたい。そのために……お二方の抱える『最強の矛と盾』を、私に貸していただきたい」
『……救う、だと? 傲慢な口を叩くな、龍壁』
南郷の低くドス黒い声が、通信回線越しにビリビリと空気を震わせる。
『あの野獣どもが襲い続けてきた補給線、その損害がどれほど前線の兵士たちや無辜の民を危険に晒しているか分かっておるのか!?』
『我々は「戦争」をしておるのだぞ!……火の雨を降らし、血の海を渡り、死体の山を積み上げるッ!……そんな世界に、我々はおるのだッ!! 割り切れ、龍壁ッ!』
激しく机を叩く南郷。
だが、その後ろで壁によりかかっていた北上が、気だるげなため息をついて一歩前に出た。
『まーまー、南郷さん。いいんじゃないの?』
『……北上。貴様、誰の許可を得て喋っている』
『だってさー、この提督さん、アタシの雷撃だって正面からブチ破った超絶ド変態エンジニアじゃん? 焦土作戦の時も、結局この人が一番イカレた方法で全部ひっくり返したし』
北上はぽりぽりと頬を掻きながら、薄く笑う。その目は一切笑っていない、最強の捕食者の目だ。
『それにさ。南郷さんも……毎日、鎮守府の裏手で、アイツらの空っぽのお墓に——』
『黙れ、北上ッ!!』
北上の言葉を遮って、南郷の怒号が飛ぶ。
しかし、その瞬間、南郷の握りしめた拳が微かに震えているのを、龍壁は画面越しに見逃さなかった。冷酷な最高司令官の仮面の下にある、拭い去れない罪悪感。
『……チッ。好きにしろ、龍壁。北上の指揮権は一時的に貴様に預ける。ただし、奴らが引鉄を引くより速く、完全に「無力化」しろ。それが出来ねば、貴様ごと海の底へ沈めるぞ。……北上、貴様もだ』
『りょーかい。ま、アタシもアイツらとは一回殴り合ってみたかったしね。すぐ行くよ、龍壁サン』
南郷が通信からフェードアウトするように背を向けるのを見届け、今度は呉の北条が深く息を吐き出した。
『全く……お前というやつは、どこまでも優しすぎる男だ。……だが、その狂気じみた優しさこそが、お前たち柱島を繋ぎ止めたのだったな』
北条が視線を送るより早く、彼の後ろに控えていた「鋼」の金剛が、弾かれたように画面の前へと歩み出た。 彼女の瞳には、先ほどの悲痛な色はなく、代わりに烈火のような決意が宿っていた。
『龍壁サン……! 榛名を、あの子を救うと言うのなら……この金剛、喜んで貴方の盾になりマス! いや……ならせてください!』
金剛は自らの胸に拳を当て、頭を下げる。その声色が、決意の色を帯びた。
『あの子は防御を捨て、痛みと共に戦っている。姉である私が、あの子の放つ怨念のすべてをこの盾で受け止め、ねじ伏せます。……あの子の濁りきった鋼を打ち砕き、もう一度、真の実力と高潔な魂を思い出させるために!』
「……聞いたわね、司令官」
龍壁の隣で、今まで黙って控えていた叢雲が、口元に好戦的な笑みを浮かべてガン・ハルバードの石突きを床に打ち鳴らした。
「四方のうち二人が、アンタの手札に加わったわ。本当に、どこまでも強欲で、最高にイカレた提督ね。……でも、それでこそよ。この私を地獄から強引に引っ張り上げた張本人なんだから。アイツらの絶望ごと、全部ひっくり返してやりなさい」
呉の金剛、横須賀の北上。海軍最強の秘書艦二人が、海賊艦隊を『救う』ための武力として柱島艦隊に合流する手筈が整った。
「提督、北上と金剛の合流ポイントの座標を設定します。……それと同時に、海賊艦隊の
コンソールを叩きながら明石が振り返る。
「北上・金剛と合流したら、まずは作戦会議だ。海賊艦隊について、二人から詳しく聞きたい」
龍壁は海賊たちの潜む海、霧に霞む水平線を見つめた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、「第19話. 理想は地獄を救わない」は5/27の18時頃に投稿予定です。