『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説 作:龍改二
数時間後。 霧が僅かに晴れた中継海域にて、柱島艦隊の指揮艦に二つの影が降り立った。
「ちーっす。相変わらず、変態的な魔改造艤装ばっか積んでるねー、ここの艦隊は」
気だるげに首の後ろを掻きながら現れたのは、『雷神』北上。その細身な体のどこに、40門もの魚雷を一斉射する異常な出力が隠されているのか、一見しただけでは分からない。 そして、その隣。巨大な盾へと変形する重装甲艤装を背負い、静かに、だが重々しい足取りで歩み寄ってきたのは『鋼』の金剛だ。
「提督。お招き感謝しマース。……いえ、この場では真面目にいきましょう。私たちには、あの子たちを止める義務がある」
金剛の表情に、いつもの英国風の陽気さはない。そこにあるのは、自らの半身とも言える妹と殺し合う覚悟を決めた、戦艦としての苛烈な意志だけだった。
明石の案内で司令室に集った一行を前に、北上がパイプ椅子にだらしなく座りながら、テーブルに投影された海賊艦隊のデータを指差す。
「ま、あのイカレた連中の内情を知りたいってことなら、アタシから話すよ。元々は同じ南郷さんの下で、不退転作戦に投入された連中だからね」
北上の目が、ふと冷酷な色を帯びた。
「まず、リーダー格の『
「そんな化け物染みた機動力を持つ奴が前衛にいて、なんであんな長距離狙撃が成立するのよ?」
叢雲が腕を組みながら訝しげに尋ねると、北上は鼻で笑った。
「どうでもいいと思ってるからだよ。妙高ってのは利己主義のサイコ・スナイパーだ。雪風が敵の懐に飛び込んで動きを止めた瞬間、雪風ごと撃ち抜くつもりでトリガーを引く。雪風もそれを前提にして動くから、結果的に味方の頭の横スレスレを通って敵を撃ち抜く。お互いに『弾除け』としか思ってないから、射線に味方がいようがいまいが、躊躇ゼロなんだ」
「ヒャッハー……! そいつは最高にイカレた連携だぜ。味方の命を何とも思っちゃいねぇ」
スキットルを片手に、隼鷹が呆れたように笑う。
「それに加えて、海中からは伊 58 が感情ゼロで機雷と魚雷の網を張る。これも『味方ごと敵を吹き飛ばす』前提のトラップだ。……つまり、連中の戦場に安全地帯なんてない。四人全員の最適な暴力が、結果的に完璧な殺戮空間を生み出してるってわけ」
北上の冷静な分析の通り、先ほどの戦場での彼女たちの動きは、海軍の教本にはない「極限の生存競争」から生まれた異端の暴力だった。
会議室の空気が一段と重くなる。そこに、金剛が静かに口を開いた。
「そして……最後が、私の妹。『
金剛はテーブルを強く叩き、悲痛な声で続けた。
「あの子の戦法は、敵をその巨腕で鷲掴みにし、ゼロ距離から主砲を撃ち込むというもの。……自らの装甲がドロドロに溶けることも厭わない、自爆覚悟の特攻デス。北上たちの言う通り……あの子の魂は今、海軍への憎悪だけで動いている……!」
「……なるほどね。私の『破城槌』も、当たらなければ意味がない。雪風の機動力と、榛名の特攻をどう捌くかが鍵になりそうね」
陸奥が艶やかな唇に手を当て、龍壁へと思案するような視線を向けた。
殺意を読み前衛で暴れ回る雪風。防御を捨てて突っ込んでくる巨腕の榛名。一切の躊躇なく味方ごと撃ち抜く狙撃手・妙高。海中から無差別に爆破トラップを仕掛ける伊58。
彼女たちの最大の強みは『互いの命を全く顧みないこと』にある。
盤面を脳内に浮かべ思案を巡らせた龍壁は、しばらく目を伏せた後、静かに口を開いた。
「叢雲、お前は北上と共闘して雪風を止めろ。『全知』と『雷神』の激突は、神速の格闘戦になる。その次元についていけるのは、お前しかいない」
「……ええ、分かったわ。あのイカレた直感野郎は、私と北上で完全に押さえ込む。アンタの采配、信じてるからね、司令官」
叢雲がガン・ハルバードを強く握り直し、龍壁に向けて力強く頷く。
「まー、白兵戦なんて疲れるだけだけど。提督サンの期待に応えないと、アタシも南郷さんに何言われるか分かんないしねー」
北上がだるそうに首を鳴らしながら、叢雲の隣にスッと並び立った。
龍壁は次に、沈痛な面持ちで俯く『鋼』の戦艦へと視線を向けた。
「金剛さんは、榛名を頼みます。破城槌すら受け流す鉄腕の出力……。その特攻を正面から止められるのは、貴女しかいません」
「龍壁提督……感謝します」
金剛は深く一礼し、顔を上げた。その瞳には、迷いを捨てた姉としての強い決意が宿っている。
「榛名のあの歪んだ鋼、姉である私が必ず止めてみせます」
「陸奥、妙高の狙撃から皆を守れ。射程を考えても防御を考えても、相手できるのはお前しかいない」
「ふふっ、見えない敵の狙撃から皆を守るだなんて、燃えるシチュエーションじゃない。任せて頂戴」
龍壁の頼みに、陸奥は艶やかに微笑みながら自身の巨大な主砲を優しく撫でた。
「隼鷹は、敵潜水艦…伊58の相手を頼む。縦横無尽に機雷を蒔かれたら、叢雲や北上は動きを制限される。幸い、海賊側に航空戦力はない。空からの『鷹の目』で、機雷、魚雷、そして伊58そのものを牽制するんだ」
「潜水艦の掃討ならアタシの爆撃の独壇場だぜ! 派手に海を耕してやるよ!」
隼鷹が獰猛な笑みを浮かべ、飛行甲板をバンッと叩き鳴らして応えた。
それぞれの役割が定まり、艦隊の士気が最高潮に達したその時。
コンソールを叩き続けていた明石が、勢いよく振り返った。
「提督、海賊艦隊の
殺意と狂気の海賊艦隊に対する、一歩も引かない迎撃態勢。
龍壁の号令と共に、再び両陣営が激突する。
* * *
『……ッ、敵襲でち。せっかく張り直した罠が、上から全部潰されていくでち』
海面下で伊58が無機質な声を漏らす。隼鷹が放った無数の艦載機が、海面を埋め尽くすほどの爆雷を投下し、機雷と魚雷のトラップ網を次々と誘爆させていく。
柱島艦隊と四方の連合軍の、反転攻勢が始まった。
『やっぱ戻ってきやがったか。……増援もいやがるな』
降り注ぐ爆雷の雨をことも無げに回避しながら、雪風が前列へと踊り出る。
その獰猛な瞳に映ったのは、気怠げに立ちはだかる、かつての同僚の姿だった。
『……あん?誰かと思えば。……アンタは「コッチ側」だと思ってたよ、「雷神」北上』
『コッチってどっちさ。あたしはいつだって「人類の味方」だよ。アンタはそれに弓引いた。……だから殺す』
雪風の凶刃と北上の40門の魚雷発射管が、互いの「旧知」を睨みつける。
その瞬間、一筋の閃光が空気を切り裂いた。
雪風の髪を撫でるようにスレスレを飛んだ弾丸が、北上の眼前に迫る。
しかし北上もまた必要最低限、首を僅かに傾けるのみで、死の一閃は水面へと消えた。
『チッ……どういう反射神経してんですか。……もう一発です』
超遠距離から妙高が再びスコープを覗き込んだ瞬間——その射線を、圧倒的な質量の重力波が捻じ曲げた。
『よそ見は駄目よ? 貴女の相手は、私』
陸奥の頬と目元に怨嗟の紋様が妖しく輝き、「破城槌」の赤黒い光線が、狙撃地点の海面をまるごと蒸発させる。妙高は舌打ちと共に狙撃ポイントの変更を余儀なくされ、味方への援護を完全に封じられた。
トラップと狙撃。海賊艦隊の生み出していた『完璧な殺戮空間』の前提が崩れ去る。
『どいてください。目障りですッ!!』
轟音と水柱を切り裂き、装甲を捨て去った戦艦・榛名が突貫してくる。その金属の巨腕が、陸奥の側面めがけて振り下ろされようとした瞬間——、巨大な鋼鉄の盾が、強引にその一撃を受け止めた。
『榛名! もうやめなさい! 目を覚ますのです!』
凄まじい金属音が響き渡る。金剛が、絶対防御の盾で妹の特攻を真正面から受け止めていた。戦闘状態に入った彼女の口調から、いつもの陽気な語尾は消え去っている。
『これ以上、誇りを捨てて暴れ狂うなど…。そんなものは、ただの悲しき怪物です!真の実力は、高潔な魂にのみ宿る!貴女にはそう教えたハズ!』
金剛のその言葉は、悲痛な姉の祈りだった。しかし、極限の地獄を生き延びた榛名にとって、その「海軍の綺麗事」は絶対に触れてはならない逆鱗だった。
『またそれですか、お姉様…。じゃああの深海魚どもは何なんです…?』
榛名の瞳に、ドス黒い憎悪の炎が燃え上がる。
『奴らは強い!理不尽なほどッ!!……その高潔な魂とやらが、奴らにあるというんですか!?……死んでいった
彼女は艤装から伸びる鋼鉄の関節を軋ませ、ゼロ距離で主砲の引鉄を引いた。
鉄腕をドロドロに赤熱させながら、金剛の絶対防御を力技で破ろうとする狂気の咆哮。凄まじい熱量と衝撃に、分厚い鋼の盾が悲鳴を上げる。
だがそれ以上に金剛の心を真っ二つに砕いたのは、愛する妹の口から吐き出される、血を吐くような呪詛だった。
『お姉様にはわからないでしょうね……! お優しい提督様と、
砲身から噴き出す業火が、榛名の狂気に歪んだ顔を赤く照らし出す。その虚ろな瞳からは、蒸発した涙の代わりに一筋の血が流れていた。
『提督に死ねと命じられたことも、仲間の死体を魚雷の盾にしたこともない、
『……っ! 榛名、それは……ッ!』
金剛の唇が震える。反論の言葉は、どうしても
榛名の言う通りだった。比較的安全な後方の鎮守府で「海軍の象徴」として大切に扱われ、最前線の本当の地獄から隔絶されていた自分には、彼女の魂に刻まれた凄惨な絶望を否定する権利などない。
「高潔な魂」という言葉が、どれほど残酷な綺麗事であったか。
姉の心に生じた致命的な迷いと動揺。それが、鉄壁の「鋼」を軋ませる。
『高潔だの、誇りだの! 止血剤にもならない戯れ言ッ! もううんざりなんですよッ!!』
榛名は自らの装甲が焼き切れるのも構わず主砲を撃ち込み続け、「鋼」を押し込む「鉄腕」の出力をさらに引き上げた。
* * *
一方で、海上の最前線。 音速を超える白刃の交差。海賊たちの頭目、「全知」の雪風に対し、北上が絶え間ない連撃を叩き込んでいた。
『アハハハハハ! おせぇ! おせぇよ!! アタシには全部視えてんぞ、雷神サマァ!!』
北上の放つ40門の超高速魚雷「四重雷」。雪風はその「死と死の間」に飛び込むように紙一重のステップで躱し、笑いながら刃を振るう。
だが、その背後から、飛沫を切り裂くように現れた白い影——叢雲が、人間にはあり得ない挙動で肉薄した。
『なら、アンタの直感が追いつかない速度で叩き潰すまでよ!!』
叢雲が禁忌の「女神細胞」のブーストを艤装に流し込む。青と赤の入り交じった異常なオーラを放ちながら、ガン・ハルバードの刺突が雪風の頬を掠め、鮮血を散らした。
『……あ? なんだオマエの動き、人間じゃねェ……! まるで……死体の臭いがしやがる……!!』
直感で異常を察知した雪風が、刃を交えながら目を剥く。
『その通りよ! 私は不退転作戦で一度死んだわ。それをウチの司令官が、地獄から強引に引っ張り上げたのよ!』
叢雲の言葉が、海風に乗って響き渡る。
『アンタたちの絶望も、海軍の理不尽も、私と司令官が全部叩き直してやるわ!!』
その言葉を聞いた瞬間。雪風の動きが、ピタリと止まった。
『生き返った、だと?………ふざけるな』
雪風の脳裏に、いつか見た地獄の光景が瞬く。
——消えた本隊、途絶えた通信、来ない増援、無数の敵艦、沈んでいく仲間。そして、生き残った自分たち。
瞳孔が収縮し、狂気に満ちた顔が、限界を超えた憤怒に歪んでいく。
『死んだらオワリなんだ……。絶対に誰も生き返らねェ!……そんなもんが有り得るんなら……みんな何のために死んだんだッ!!』
雪風の絶叫が戦場をつんざいた。彼女の身体から、自らの命を削るような殺気が膨れ上がり、周囲の海面がそのプレッシャーだけで波立つ。
『戻してみせろよ!
「全知」の雪風。かつて海軍の先槍として数多の戦場を駆け、そして生き残ってきた歴戦の駆逐艦。
その瞳には底知れぬ怒りの炎と共に、仄暗い闇のような雫が浮かび上がっていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、「第20話. それでも」は5/29の18時頃に投稿予定です。