『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説   作:龍改二

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第21話です。2日に1話ペースで更新予定です。


第21話. 恥ずかしながら

波音だけが、濃霧の晴れゆく海に響いている。

龍壁の指揮艦のもとへ、叢雲、北上、金剛が、気絶した二人の艦娘を抱えて帰投した。

 

「司令官。海賊艦隊、四人とも制圧したわ。誰も沈めてない。……これでよかったんでしょ」

叢雲は気絶した雪風をそっと甲板に降ろすと、誇らしげに微笑んだ。

 

「アタシの雷撃、ホントに全弾避けちゃうなんてさ……参っちゃうよね。どうりで『自分だけ生き残る』わけだよ」

北上が気だるげに首の後ろを掻きながら、気を失った雪風を見下ろして呟く。

 

『全知』の直感、その神がかった回避能力。だが、撤退すら許容されない極限の防衛戦において、前衛の彼女がすべての砲雷撃を躱した結果、どういう末路を迎えたか。――その無数の死は、必然的に背後にいる仲間たちへと一直線に向かったことだろう。

避けなければ自分が死ぬ。避ければ後ろの仲間が沈む。かと言って自分が無抵抗に沈んだところで、無慈悲な砲火が後陣へ集中し、やがて艦隊が全滅する結末は変わらない。

彼女が『不沈』を体現するたび、背後で仲間の断末魔が上がったはずだ。雪風自身もその残酷な連鎖に気がつきながら、それでも躱して、絶望の中で生き残るしかなかった。

その凄絶なトラウマと絶望の正体を、歴戦の雷巡・北上の黄色い瞳は見抜いていた。

 

「……ま、これで任務完了ってことで」

だが北上はそれ以上踏み込むことはせず、瞳を閉じ、ふうと息を吐いた。

 

「ああ。よくやってくれた」

龍壁は短く労うと、傍らに控える工作艦に視線を向けた。

「明石、呉と横須賀に通信を。……立体映像(ホログラム)を甲板に出してくれ」

 

「了解です、提督。横須賀の南郷元帥、および呉の北条大将へ、通信回線を再接続します」

明石の淀みない指先がコンソールを叩き、甲板に二つの立体映像(ホログラム)が投影される。

 

「雪風たちの耳に届くのは、俺たちの声じゃない。彼女たちの提督——南郷元帥の声だけだ。……そうだろ? 北上」

 

「……まーね。アタシもそう思うよ、龍壁サン」

だらしなく指揮艦の手摺に寄りかかりながら、北上が気だるげに、しかしどこか見透かしたような目を立体映像(ホログラム)の南郷へ向けた。

「あのジジイ、不器用だからさ。自分の口でケジメつけさせないと、どっちも前に進めないでしょ。……あんなんでも、アタシたちの『提督』だ。後始末くらい、ちゃんとやれるよ」

 

青白いノイズと共に投影された南郷は、画面の向こうで葉巻を深く吸い込み、そして、甲板に転がされている満身創痍の海賊艦隊——雪風や、金剛の腕の中で気を失っている榛名たちの姿を見て、忌々しげに眉間を寄せた。

 

『……龍壁。貴様、奴らが引鉄を引くより速く完全に「無力化」しろと命じたはずだ。なぜ、一隻も沈めていない』

冷徹な最高司令官の仮面。南郷は一切の感情を殺した声で、龍壁を責め立てる。

 

しかし、その低くドス黒い声が通信機から響いた瞬間だった。

 

「…………その、声……ッ!!」

ピクリと、甲板に倒れ伏していた雪風の指先が動いた。

薄く開かれた瞳孔に、南郷の姿が映り込む。激痛に軋む身体を無理やり起こし、雪風は口から血の混じった唾を吐き捨てながら、地獄の底から響くような怨嗟の声を上げた。

 

「南郷……ッ!! この、クソジジイ……ッ!! よくも、よくも抜け抜けとアタシらの前にツラを出せたなァ!!」

雪風の絶叫に呼応するように、金剛の腕の中で榛名もまた、虚ろな目を覚ました。

 

「……司令長官……。私たちを弾除けにして、自分たちだけ温かい安全圏で生き延びて……! 今更、どのツラ下げて私たちを見下ろしているんですか……ッ!」

榛名が、砕けた鋼の腕の残骸を引きずりながら、立体映像の南郷へ向けて血の滲むような声で叫ぶ。

 

「アタシらは……アタシらだけが生き残っちまったんだよ!! 周りで仲間が次々死んで、助けも来ねェ海で、仲間の死体まで盾にして!! お前ら海軍の『綺麗事』のせいでッ!!」

雪風が狂乱の涙を流し、今にも南郷の幻影に飛びかかろうとする。叢雲がガン・ハルバードの柄で雪風の肩を強引に押さえつけるが、その瞳に宿る憎悪の炎は消えない。

 

だが、南郷は表情一つ変えなかった。 葉巻の煙を吐き出し、見下すような冷たい視線を、かつての部下たちへ向ける。

『……それがどうした。貴様らが殿(しんがり)を務めたおかげで横須賀の本隊は無事に帰投し、本土への深海の侵攻を防ぐ戦力となり、幾万の民草が生き延びた。軍人として当然の義務を果たしたまでだ』

冷酷な最高司令官の言葉は、被害者の悲鳴を容赦なく切り捨てる。

『今更、死に損ないの亡霊が被害者面をするな。いまや貴様らはただの……我々の喉笛を狙う、獣に過ぎん』

 

どこまでも頑なな、冷酷無比な将の振る舞い。 しかし、それを聞いていた北上が、深く、ひどく面倒くさそうなため息をついた。

 

「……あーあ。南郷さん、もういいじゃん、そういうの。こいつら、もう海軍の脅威じゃないよ。ただの迷子のクソガキに戻ったんだからさ」

『北上……! 貴様、口を慎め!』

「アタシは見てらんないよ。裏山の『空っぽの墓』の掃除、毎日毎日、ジジイ一人でやるのしんどいでしょ? ……アンタ、こいつらを置き去りにしたあの日から、一度だって美味い酒飲んでないじゃんか」

 

『……ッ!! 黙れ、北上ィッ!!』

南郷の激しい怒号が飛ぶ。しかし、その声は微かに裏返り、握りしめた指揮杖がワナワナと震えていた。

 

「……は……? 墓……?」

雪風の動きが止まる。

「お墓……? この、冷血漢の司令長官が……私たちの……?」

榛名が、信じられないものを見るように目を見開いた。

 

沈黙する南郷。その強固な仮面に、ついに致命的な亀裂が入り始めていた。

 

「南郷元帥……いや、南郷提督。なぜ本当のことを話さないんだ」

静かに、しかし確かな熱を帯びた龍壁の声が、濃霧の晴れゆく海上に響き渡る。

傍らに立つ明石がコンソールを操作すると、宙に展開された立体映像(ホログラム)の南郷の隣に、無数の機密データが浮かび上がった。

 

「海軍のデータベースをハッキングして、横須賀の出撃履歴を読ませてもらった。不退転作戦の完了以降……この一年間、あんたは南西諸島・オリョール海域に、潜水艦のみで編成した極秘の『偵察部隊』を何度も何度も派遣しているな」

画面の向こうの南郷は、ピクリとも動かない。ただ、深く咥えた葉巻の先が、僅かに赤く明滅した。

 

「表向きには『資源調査』とあるが……オリョールは不退転作戦の際、深海棲艦の本陣が置かれていた最奥の死地だ。資源回収などという名目で、あんな魔境に練度の高い潜水艦を送り込み続ける理由がない」

龍壁は、言葉を刃のように研ぎ澄ませて核心を突く。

「かつてオリョールに置かれた敵の本陣。横須賀第一遊撃部隊が突撃し、そして撤退した地獄の海。……あんたが血眼になって探していたのは資源なんかじゃない。死地に置き去りにした囮艦隊、その生き残り……雪風たちだ」

 

「……え……?」

海賊の衣を纏った雪風の喉から、掠れたような声が漏れる。

自身を支えていた絶対的な『憎悪』の前提が根底から崩れ去り、彼女の双眸は見開かれたまま凍りついていた。

 

「あんたはずっと探していた……! 生き残る確率が最も高いと判断し、血を吐く思いで殿(しんがり)に指名した彼女たちのチームを!」

龍壁の痛切な叫びが、海風を切り裂く。

「あんたは彼女たちを見捨てたわけじゃない! あの絶望的な戦局の中で、一人でも多く生きて帰らせるために……誰よりも彼女たちを信じていた! ……なぜ話さない!?」

激しい問いかけに対し、南郷は反論しない。

ただ、深く帽子を被り直し、目を伏せたまま葉巻を強く噛み締めるだけだった。

不器用な老提督の、その悲痛なまでの沈黙こそが——雪風たちを決して見捨ててなどいなかったという、何よりの肯定だった。

 

龍壁はさらに声を張り上げ、魂の底から吠えた。

「海軍のトップ、不退転の南郷! 冷血漢の仮面を被って、誰にも見られず雨に打たれて墓参りを続けることが、俺たち上官の……『提督』の務めではないはずだ!!」

 

残響、そして静寂。

永遠とも思える一瞬を終わらせたのは、彼の『秘書艦』だった。

 

「ねえ、『提督』。……大井っちはさ、もう居ないんだよ」

 

その言葉が落ちた瞬間。

立体映像(ホログラム)の向こう側で、南郷元帥の口元から、火のついた葉巻がポロリと床に転がり落ちた。

 

『…………、…………ッ』

冷酷無比な海軍の重鎮。幾万の命を盤上の駒として扱い、「不退転の南郷」と恐れられた老将の肩が、微かに、しかし確かに震えていた。 彼はゆっくりと顔を覆い、深く、長く、搾り出すような息を吐いた。長年被り続けてきた「氷の仮面」が、音を立てて砕け落ちていく。

 

『……不遜な男だ、貴様は。本当に……』

南郷の声は、もはや元帥のものではなかった。かつて、一人の提督として彼女たちを愛し、そして己の手で死地へ送り出した、一人の不器用で孤独な老人の声だった。

『……優秀だった。あの艦隊は、我が横須賀の中で誰よりも……。だからこそ、殿(しんがり)を任せるしかなかった。あの絶望的な包囲網の中で、生き残る可能性があるとすれば、奴らしか……いなかったのだ……』

 

「……司令……?」

雪風が、虚ろな目でホログラムを見上げる。 その瞳からは、狂気と憎悪の炎が鳴りを潜め、ただの戸惑う少女の光が戻り始めていた。

 

『見捨てたわけではない……ッ! だが、結果として私は通信を切り、貴様らを地獄へ置き去りにした! 毎日、毎日祈った! 誰か一人でも、あの地獄から這い戻ってきてくれと……! だが、帰ってこなかった! だから私は……探し続けた……!!』

南郷の悲痛な懺悔が、波音だけが響く海に木霊する。

 

「アタシらが……一番、生き残れるって……信じたから……?」

雪風の目から、大粒の涙がボロボロと溢れ落ちた。自分たちだけが生き残った極度のサバイバーズ・ギルト、仲間たちだけが死んでいった理不尽への憎悪。その根本にあった『無価値な弾除けとして捨てられた』という前提が、今、完全に崩れ去った。

 

「ああ……あああああッ……!!」

雪風は甲板に顔を擦り付け、子供のように声を上げて泣き崩れた。

金剛の腕の中にいた榛名もまた、自らの砕けた鋼の腕を見つめ、静かに涙を流している。

「私たち……ただの弾除けなんかじゃ、なかった……。司令長官は、私たちを信じて……」

 

『……少しは静かに、できないんですか……。スコープが……見えません……』

通信機越しに、熱を帯びた妙高の声が震えて聞こえる。

『……でち。……司令長官……ひどいでち……馬鹿でち……』

浮上した伊58もまた、無機質な仮面を外し、しゃくり上げるような声を漏らしていた。

 

画面の向こうで、南郷が深々と頭を下げる。

『……すまなかった。本当に、すまなかった……!』

 

その光景を黙って見つめていた呉の北条が、静かに目を閉じる。

そして龍壁の隣に立つ叢雲が、誇らしげに息を吐いた。

「……本当に、アンタって人は。死体からでも、亡霊からでも、ちゃんと(エンジン)を叩き直して、前を向かせちゃうんだから」

 

「まー、これで一件落着じゃん。ジジイも素直になれたし、クソガキ共も迷子から卒業だね」

北上がぽりぽりと首を掻きながら、どこかスッキリしたような顔で笑う。

そこにいるは、サバイバーズ・ギルトに苦しみ、海軍を憎み続けた海賊ではなく、ただ傷つき泣きじゃくる、四人の艦娘だけだった。

 

濃霧が完全に晴れ、陽の光が静かな海面を照らし始める。

硝煙と血の匂いが立ち込める中、龍壁の威風堂々たる、しかしどこまでも温かい労いの言葉が響き渡った。

 

「南郷艦隊所属、駆逐艦・雪風、戦艦・榛名、重巡洋艦・妙高、潜水艦・伊58。貴艦らは殿(しんがり)の任を立派に務め、我ら海軍を、この海を、護り抜いた。貴艦らの永きにわたる任務従事に、敬意を表する。……『帰投』せよ」

 

その声は、彼女たちを縛り付けていた『見捨てられた亡霊』という呪いに対する、完全な『任務完了』の宣告だった。

 

「…………ッ」

甲板に泣き崩れていた雪風が、ゆっくりと、震える足で立ち上がる。

彼女の手から、狂気のインファイトを支え続けた凶悪な刃が、カランと音を立てて滑り落ちた。

 

血と泥と涙に塗れた顔を上げ、立体映像(ホログラム)の向こう側で静かに待つ、かつての主たる南郷を見つめる。

極度のサバイバーズ・ギルトに苛まれ、海軍を憎み、ただ生き残るためだけに牙を剥き続けてきた『獣』の瞳はもうそこにはない。そこにあるのは、傷だらけになりながらも長きにわたる地獄の任務を遂行し終えた、一人の誇り高き駆逐艦の顔だった。

 

雪風は、痛む右腕を無理やり上げ、不器用に、しかしこれ以上ないほど美しい敬礼を南郷へと捧げた。

 

「……恥ずかしながら、帰って参りました…ッ」

 

その一言に、南郷の厳格な顔が限界まで歪んだ。 彼は深く、深く頷き、声を詰まらせながらただ一言、絞り出すように答えた。

 

『……あぁ。よくぞ……生きて、帰った……ッ!』

 

その言葉を合図に、海賊艦隊という名の亡霊は完全に消滅した。

 

金剛の腕の中で、榛名が子供のように声を上げて泣きじゃくり、金剛がその背中を『よく頑張りましたネ、榛名。お帰りなさい……』と優しく撫でる。

超遠距離にいた妙高は静かに主砲(ライフル)のボルトを抜き、浮上した伊58も、もはや一切の抵抗を放棄し、静かに柱島艦隊の拿捕を受け入れた。

 

「……あーあ、泣かせるねぇ。ホント、南郷さんも龍壁サンも、不器用な男だよ」

北上が気だるげに言いながらも、その口元にはどこか満足げな、穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

『一件落着だな、古毅。彼女らの修復とメンタルケアについては、呉からも支援しよう。……礼を言うぞ。お前のおかげで、海軍はまた一つ、過去の罪を精算できた』

静観に努めていた北条が、画面越しに深く頭を下げる。

 

「提督、ドックの受け入れ態勢、完璧に整えておきます! 彼女たちの艤装、私が責任を持って、元の綺麗な姿に直してみせますから!」

明石が微笑み、工廠長としての頼もしい声を響かせた。

 

そして、龍壁の隣。

自らも『一度死んだ』過去を持ち、龍壁によって地獄から引き上げられた初期艦の叢雲が、静かに司令官の隣へ歩み寄る。

 

「さあ、帰りましょ、司令官。アンタの言う通り、アイツらを迎えてやらなきゃね」

叢雲は誇らしげに目を細め、海風に髪を揺らしながら龍壁を見上げた。

 

波の音だけが、穏やかに響いている。

かつて海軍を震撼させた狂気の海賊艦隊は、誰も見捨てない司令官と、それに惹かれた者たちの手によって、再び『艦娘』としての魂を取り戻した。

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、「第22話. 帰る場所と還らぬ想い」は6/2の18時頃に投稿予定です。
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