『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説 作:龍改二
ジャラジャラと、無機質な牌の音が薄暗い部屋に響く。
柱島泊地の一角に与えられた彼女たちの待機室は、換気扇が回っているにも関わらず、ひどく淀んだ紫煙に満ちていた。
「アハハハハ! ロンだロン! 索子の混一色、ドラ3! さっさと点棒払いな、このクソエイム!」
「……チッ。たかが直感でアガリ牌を透視しただけの分際で。次は手首ごと撃ち抜いてやりますよ」
「……でち。ゴーヤ、もう点棒ないでち。榛名、タバコ臭いでち」
「は? 負け犬は黙って牌を混ぜてもらえますか?私は次ツモで雪風の首を絞めます」
かつて海軍を震え上がらせた『海賊艦隊』の四人は、柱島の片隅で相変わらず互いを口汚く罵り合いながら卓を囲んでいた。地獄から帰還しても、彼女たちの歪な距離感と口の悪さが綺麗に治るわけではない。
その時、乱暴に部屋のドアが開かれた。
「……ゲホッ、ちょっと! なんなのこの部屋、最悪ね!」
顔を顰め、手でパタパタと煙を払いながら入ってきたのは、初期艦の叢雲だった。彼女は露骨に嫌悪感を示すように鼻をつまみ、チンピラのように卓を囲む四人を睨みつける。
「相変わらず潮の臭いと安タバコの臭いが混ざって、吐き気がするわ。……アンタたち、麻雀なんて打ってる暇があったらさっさと来なさい。司令官がお呼びよ」
「あー? アタシら今忙しいんだけどォ」
「いいから来なさい! 引っ張っていくわよ!」
数分後。柱島艦隊の執務室。
気怠げに並ぶ四人の元・海賊たちを前に、龍壁は書類から顔を上げ、淡々と告げた。
「南郷元帥からは、しばらくの間、お前たちを出向扱いとして柱島で受け入れるよう通達がきている。それでお前たちのこれからの運用だが、今まで通り四隻の小隊として前線に出てもらう。戦術を変える必要はない」
その言葉に、雪風が眉をひそめ、挑発するように口の端を歪めた。
「いいのかよ司令、これからも味方に魚雷投げつけてもよォ」
味方もろとも敵を討つ異常な殺戮連携。海軍の教本からすれば完全にアウトなその戦法に対し、龍壁は顔色一つ変えずに言い放つ。
「構わん。お前らはそのほうがやりやすいだろう。他の連中にはやるなよ。それと榛名、お前にはルールを追加する」
「あ、榛名は大丈夫です」
嫌な予感を察知した榛名が、食い気味に予防線を張り巡らせる。しかし、龍壁はそんな小手先の抵抗など一蹴した。
「残念だが命令だ、拒否権はない。……海にタバコを捨てるな。明石、榛名の艤装に灰皿を内蔵してくれ」
「了解です提督! 耐熱鋼で最高の灰皿を作ってあげますよ!」
部屋の隅で控えていた明石が嬉々としてメモを取る。
そのやり取りを聞いた榛名は、『チッ……』と舌打ちをし、これ以上ないほど露骨に面倒くさそうな顔をしてそっぽを向いた。
「……ぷっ。アハハハハ! 傑作だなオイ! 灰皿付きの戦艦なんて聞いたことねェよ!」
「……ッ。少しは静かにできないんですか、雪風。耳障りです」
「ゴーヤ的には、灰皿じゃなくてアイスストッカーを付けてほしいでち」
「誰がアイスストッカーですかッ! 私は家電じゃないですよ!」
執務室に、以前のような殺伐とした狂気はない。
口汚く罵り合いながらも、確かな『帰る場所』を得た彼女たちの騒がしい声が、波音の響く柱島の空へと溶けていった。
* * *
横須賀鎮守府、裏山。
潮風が吹き抜ける見晴らしの良い斜面には、おびただしい数の白い墓標が整然と並んでいる。
かつて、南郷自らが総指揮を執った本土近海奪還のための決死の戦い——『不退転作戦』。そこで犠牲となり、帰らぬ人となった艦娘たちが眠る場所だ。
くすぶる葉巻の紫煙が、海風に流されていく。
南郷はずらりと並ぶ墓標の一角に歩み寄ると、四つの墓石の前に立った。
そこに刻まれている名は、『雪風』『榛名』『妙高』『伊58』。
彼は無言のまま、その墓前に手向けられていた真新しい花を無造作に、しかしどこか慈しむような手つきで回収すると、すぐに踵を返した。
「北上、やつらの墓はもう必要ない。……撤去しておけ」
背後の木陰で寄りかかっていた北上が、気怠げに顔を上げる。彼女は回収された花と、スタスタと立ち去ろうとする大きな背中を交互に見やり、ふと声をかけた。
「ねえ南郷さん、なんで最初、雪風たちを『沈めろ』なんて言ったのさ?」
その問いに、南郷の足がピタリと止まる。
彼は咥えた葉巻を手に取ると、煙を細くゆっくりと吐き出した。
「……私も、気づけば元帥だ。海軍を統べる立場として、私情だけで離反者を赦すことなど出来ん」
言葉少なに語る広い背中を見つめ、北上は小さく息を吐く。
(ふうん。だからわざと龍壁サンを煽るようなこと言って、反発させる形で引き取らせたんだ。……相変わらず、めんどくさい人だな)
内心でそう毒づきながらも、北上は口には出さず、再び歩き出そうとする南郷に呆れたような声を投げた。
「わかったけどさ、もう戻っちゃうの?」
「他に用事はあるまい」
「大井っちに報告しなくていいのかって聞いてるんだよ。……『提督』の秘書艦でしょ」
その言葉に、南郷の太い足が再び止まる。
数秒の沈黙。吹き抜ける風が、少し離れた場所に立つ一際立派な墓標——かつて彼の右腕として横須賀を支えた初期艦『大井』のそれを、そっと撫でていく。
南郷は振り返ることなく、絞り出すようにぽつりとこぼした。
「…………明日でよい」
葉巻を咥えなおし、再び重い足取りで坂を下っていく南郷の背中を見送りながら、北上はふうと息を吐く。
決して表には出さない、底知れぬ後悔と部下への想い。そして今日ついに四人を「死者」から「生者」へと引き戻した安堵。
あえて嫌われ役を買って出てまで彼女たちを救った事実を、この男は決して誰にも誇らないのだろう。それを誰よりも近くで見てきた北上は、苦笑交じりに空を仰いだ。
(毎日毎日、欠かさず墓参りやってんだもんな。……ホント、どこまでも不器用な人だよ)
波の音だけが響く静かな裏山で、北上はもう一度、空っぽになった四つの墓標を見つめ直した。
南郷の重い足音が完全に遠ざかり、穏やかな波音が裏山を包み込む。
北上はゆっくりと歩みを進め、先ほど南郷が一瞥を向けようとしてやめた、一際立派な墓標の前に立った。
そこに深く刻まれた『大井』という名前に、彼女はそっと手を伸ばし、冷たい石肌を愛おしむように撫でる。
「ねえ大井っち。アタシやっぱり、大井っちの代わりにはなれないみたい。アタシも不器用だからさ……人のこと言えないよね」
自嘲気味にこぼしたその声は、戦場で見せる気怠げで冷酷なものとは違う、ひどく穏やかで、柔らかな響きを持っていた。
かつてこの横須賀で誰よりも南郷の傍に立ち、右腕として彼を支え続けた親友。その喪失は、南郷だけでなく北上の中にも、決して埋まらない穴を空けている。
だが、喪ったからといって立ち止まるわけにはいかない。不器用なあの男を、この地獄の底で一人にしておくわけにはいかないのだ。
「アタシはアタシなりのやり方で、提督のこと支えるよ。……見ててよね、大井っち」
石碑から手を離し、北上は真っ直ぐに海を見据えた。
その瞳の奥には、40門の魚雷を操る死神としての冷徹さと、親友の遺志を継いだ者としての静かな決意が宿っていた。
不意に吹き抜けた少し強い潮風が、北上の髪を優しく揺らす。
それはまるで、見えない誰かが不器用な彼女の背中を、そっと押してくれたかのようだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて第四章「海賊艦隊と空っぽの墓標」はENDです。
次回から第五章「白塗りの闇と白骨海道」が始まります。
次回、「第23話. 狼の断末魔」は6/4の18時頃に投稿予定です。
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