『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説   作:龍改二

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第25話です。2日に1話ペースで更新予定です。


第25話. 白衣の悪魔と壊れた箱庭

大湊鎮守府、地下の極秘研究室。

薄暗い部屋のモニターには、先ほど湾内で繰り広げられた叢雲と木曾の戦闘データが、無数の波形となって踊っていた。

 

「……チッ。たかが狂った雷巡一隻、なぜあの場で始末できん。柱島艦隊などと大見得を切っておいて、期待外れもいいところだ」

牟田島が忌々しげにタバコを噛み砕き、吐き捨てるように言った。

 

「そう怒らないでくださいよ、提督。……ほら、見てくださいこのデータ!」

夕張は、背後の苛立ちなど全く意に介さず、血の通わない無邪気な笑顔でモニターを見つめていた。

「あの叢雲という駆逐艦の出力、信じられません! 機関の限界を突破しているのに、バイタルに一切の負荷がかかっていない。……素晴らしい! 朝比奈先輩の技術は、やっぱり最高です!」

 

「私が聞いているのは木曾のことだ。奴らはまだ、我々への恨みを忘れておらんぞ」

牟田島の冷酷な声に、夕張はクルリと椅子を回転させ、心底つまらなそうな顔をして肩をすくめた。

 

「木曾先輩は『失敗作』ですからね。……せっかく深海のエネルギーを利用できるようにしたのに、身体の適応が追いつかず、チカラの反動に耐えきれない肉体が悲鳴を上げている。あんな中途半端な姿、兵器として全く美しくないわ」

夕張は、かつての仲間をただのガラクタと断じた。

「無補給の海で生き延びること自体には成功ですけど……。なかなか全貌が見えない阿武隈先輩も、どうせ同じ『失敗作』でしょうね」

 

ふと俯いた夕張の顔が翳り、黄緑色の髪が揺れる。

「朝比奈先輩の作った『戦艦レ級』と私の白骨艦隊。……女神細胞を使った基礎理論は同じなのに、どうしてこんなに違うのかしら」

 

「……それで、どうする気だ」

「簡単ですよ」

夕張は顔を上げ、ニッコリと、この上なく邪悪で礼儀正しい笑みを浮かべた。

 

「あの『失敗作』たちの潜伏座標を、龍壁少将に教えてあげましょう。……柱島艦隊が勝てば、カレー洋作戦失敗の証拠隠滅と、失敗作の処分が完了します。もし白骨艦隊が勝ったとしても、私たちは『朝比奈先輩の魔改造データ』という最高の収穫を得られる」

 

戦闘データの収集。失敗作の撃滅。そして、作戦失敗の完全なる隠蔽。

夕張の提案した一石三鳥の盤面に、牟田島は冷酷な笑みを浮かべた。

「……なるほど。どちらが沈もうが、我々にとっては利益しかないというわけだ。……手配しろ、夕張」

 

「はいっ! お任せください!」

夕張は弾むような声で返事をし、再びキーボードに向かう。

 

* * *

 

大湊から遠く離れた、北方の凍てつく海。

海面に突き出た巨大な氷山の洞窟に、冷たい水滴の落ちる音が虚しく響いていた。

 

「……ハァッ、ハァッ……」

 

右半身の白骨を黒く焦がし、満身創痍の木曾が、洞窟の奥へと足を引きずりながら進んでいく。

叢雲と陸奥たちから受けたダメージだけではない。深海の力がもたらす、身体への計り知れない反動。生身の左半身からは痛々しい血が流れ落ちていた。

 

「……戻ったぞ。阿武隈」

木曾が、暗がりへ向かって絞り出すように声をかける。

 

『あ、おかえりなさい木曾! 遅かったじゃない!』

 

洞窟の最奥。陽の光も届かない絶対の暗闇の中から、ひどく甘く、この地獄のような北方の海には全くそぐわない、鈴を転がすような『一水戦旗艦』の明るい声が響いた。

 

『もう、聞いてよ木曾! この子たちったら、私がちょっと目を離した隙に、すぐに陣形を崩して遊びに行っちゃうんだから! ……ほら、不知火! 霞! ちゃんと一列に並びなさいってば!』

 

「…………」

 

木曾は、ギリッと血が滲むほど唇を強く噛み締めた。

赤い右目の視界に映る洞窟の中には、木曾と阿武隈しかいない。駆逐艦の姿など、どこにもないのだ。

だが、暗闇に座り込む阿武隈は、何もない虚空に向かって、愛おしそうに、楽しそうに笑いかけている。

 

『あははっ、もう、しょうがないなぁ。……木曾も、そう思うでしょ?』

 

「……ああ。……今日も、元気だな。お前の駆逐隊は」

木曾は、その悲痛な光景に心を切り裂かれそうになりながらも、無理に口角を上げ、静かに頷いた。

 

無補給のカレー洋。牟田島に見捨てられ、飢餓と白骨病の激痛に苛まれた地獄の日々。

その中で、阿武隈の精神はとっくに限界を迎え、完全に壊れ去っていた。

 

暗闇に隠れ、シルエットしか見えない阿武隈の背中が、微かに蠢いている。

だが木曾は、それ以上何も見まいとするように、ただ真っ直ぐに阿武隈の顔だけを見つめた。

 

『ふふっ。木曾も怪我してるじゃない、早くこっちへ来て休んで。……大丈夫、私がみんなを、ずーっと護ってあげるからね』

 

虚空を撫でる阿武隈の狂気と優しさに触れ、木曾は白骨の右腕を強く、強く握りしめた。

かつて誇り高かった一水戦の旗艦。その魂が壊れてしまったとしても、自分だけは、最後の最後までこの人の『優しい世界』を護り抜く。

 

「……ああ。少し休んだら、また出撃する。牟田島と夕張さえいなくなれば、オレたちは大湊に帰れる。……邪魔をする奴らは、オレが全部、斬り伏せてやる」

 

木曾の低い誓いの声は、冷たい氷の洞窟に、悲しく吸い込まれていった。

 

* * *

 

大湊鎮守府、作戦室。

重厚な扉を開けた龍壁と明石を待っていたのは、暖房の効きすぎた部屋の熱気と、鼻を突く消毒液の匂いだった。

 

デスクの傍らに立つ夕張は、艦娘の制服の上から、目を焼くような純白の『白衣』を羽織っていた。その胸元に輝くのは、かつて明石も軍医・朝比奈として付けていた、海軍工廠・生体医療研究班――生医研の主任バッジ。

 

「龍壁少将、それに朝比奈先輩……。お待ちしていましたよ」

夕張は、まるで学会のプレゼンテーションでも始めるかのような、淀みのない笑顔で二人を迎え入れた。

 

「……弓ヶ瀬。その白衣は、何……」

明石の声は、微かに震えていた。かつて自分が所属した地獄。その象徴たる白衣が、目の前で眩しくそして醜悪に翻っている。

 

「何って、見ての通りですよ。私は現在、生医研の主任として牟田島提督の作戦を技術面からサポートしてるんです。……ふふっ、先輩がいなくなった後、いろいろ大変だったんですから」

夕張は鼻歌でも歌い出しそうなほど楽しげに、デスクの上に一枚の海図を置いた。

 

「索敵網が、例の『白骨艦隊』の潜伏先をようやく特定しました。大湊・陸奥湾から平舘(たいらだて)海峡を抜けて、仏ヶ浦の沖合約40海里。不退転作戦の頃に深海棲艦が造り上げ、根城にしていた巨大な氷山の洞窟です。海流も物理法則も無視して、放棄されて数年が経った今でも『溶けずに』漂っている、素晴らしい流氷群ですよ。……彼女たちはもう、白骨病の侵食で制御不能な状態です。手遅れになる前に、どうか速やかな『処分』を」

 

龍壁は無言で海図を手に取り、羽織った作業着のポケットへとねじ込んだ。

同胞の命を、ただ壊れた『検体』としか見なさない冷酷な響き。龍壁は胸の奥で煮え滾る嫌悪感を分厚い鉄面皮の裏へと押し込み、狂気を孕んだ秀才技術者を真っ直ぐに見据えた。

「……感謝する、夕張主任」

 

「あ、そうだ。朝比奈先輩」

背を向けて立ち去ろうとした二人に、夕張の声が追いつく。その声には、先ほどまでの事務的な響きとは違う、ドロドロとした執着が混じっていた。

 

「この任務が終わったら、大湊に残って……いえ、生医研に戻ってきませんか?もう一度『白衣』を着て、また二人で研究しましょうよ。『海軍の叡智、天才・朝比奈』……。あの頃みたいに先輩と私が協力すれば、人類はもっと高みを目指せる。……この戦争を終わらせる、真の技術を完成させられるんです」

 

「………」

明石は足を止め、自身の黒く汚れた作業着の袖を、強く握りしめた。

夕張の差し伸べた手。それは、かつての自分にとっての『栄光』であり、同時に『地獄』への招待状だった。

 

「……断るわ、弓ヶ瀬」

明石は振り返らず、一歩、出口へと踏み出した。

「私はもう、あそこには戻らない。……今の私が信じているのは、命を弄ぶ技術じゃない。ボロボロになった彼女たちを繋ぎ止めて、一緒に明日を迎えるための技術よ」

 

「……そうですか。残念です、本当に」

夕張はスッと表情を消し、人形のような無機質な笑顔に戻った。

「せっかく、先輩なら理解してくれると思ったのに。……それでは、ご武運を。柱島の皆さん」

 

ぶ厚い防音扉が重々しい音を立てて閉まると同時に、龍壁と明石は、背後の部屋から漂う底知れぬ悪意を振り払うように歩を速めた。

冷え切った大湊の殺風景な廊下に、二人の足音だけがせわしなく響く。

 

しばらく無言で歩を進めた後、明石が前を向いたまま、押し殺したような声で口を開いた。

「……弓ヶ瀬の『ようやく特定した』というのは嘘ですよ、龍壁さん」

「ああ、白々しいにも程がある」

龍壁もまた、視線を険しくしたまま低く応じる。

 

「陸奥湾の要衝である平舘海峡、そこの哨戒網を何度も抜けられている時点で、気付いていなかったはずがない。……あえて泳がせて、観察していたな」

「ええ。白骨病の進行プロセスや戦闘データの採取……彼女たちに施した『改造の成果確認』のつもりなんでしょうね」

 

かつて同じ生医研に身を置いていたからこそ、明石にはあの狂気を孕んだ後輩の思考が痛いほど読めていた。嫌悪感と己の無力さに、ギリッと奥歯を噛み締める。

 

「そして限界を迎え、完全に用済みになったから、外部の人間である俺たちに後始末を押し付けるというわけだ。……反吐が出る」

 

龍壁の足がピタリと止まる。

振り返った彼の瞳には、静かな、しかしすべてを焼き尽くすような激しい怒りの炎が宿っていた。命を弄ぶ白衣の悪魔への、強い憎悪にも似た怒りだ。

 

「討伐のフリをして出撃し、あの氷山で真実を突き止める。……それ以外の道はない」

「はい。……行きましょう、提督」

 

二人は再び頷き合うと、迷いのない足取りで、狂気に沈む鎮守府の回廊を後にした。

 

龍壁と明石が出ていった作戦室で、夕張は一人、彼らが去った扉をじっと見つめていた。

「『鉄屑』と一緒に明日を迎える……?先輩ってば、いつからそんなロマンチストになったのかしら」

 

夕張は独り言を呟きながら、キーボードを叩く。その画面には、阿武隈と木曾のバイタルデータと共に、柱島艦隊の編成表が並んでいた。そこには、『工作艦・明石』の名も浮かんでいる。

 

「明日なんて、放っといても来るのに」

 

* * *

 

視界のすべてを白く塗り潰す、北方の猛吹雪。

波は凍りつきそうに冷たく、重厚な戦艦の艤装を背負う陸奥でさえ、肌を刺すような冷気に微かに眉をひそめていた。

龍壁とともに指揮艦に乗る明石の指先も、微かに震えている。それは寒さゆえか、あるいは別の感情からか。

 

「……見えたわ、司令官。夕張の言っていた氷山の洞窟よ」

先頭を駆ける叢雲が、吹雪の向こうにそびえる巨大な氷の塊を指差した。

 

「全艦、警戒態勢。……彼女たちの根城と分かって踏み込むんだ、何が起きても――」

 

『――オレたちの邪魔をする奴らは、斬るッ!!』

 

龍壁の指示を遮るように、氷山の陰から爆発的な水柱が上がり、白い影が飛び出した。

自らの足元で魚雷を起爆させ、その推進力でカチ上げられた超神速の強襲。右半身を白濁した深海の骨に覆われた雷巡・木曾だ。

 

「ッ! またその無茶苦茶な戦法……!」

叢雲が咄嗟にガン・ハルバードを構え、木曾の白骨の刃を真正面から受け止める。

激しい火花が散り、氷の海に鋭い金属音が響き渡った。

傭兵(よそもの)風情が、消え失せろッ!!」

 

「待て、木曾! 俺たちは牟田島の回し者じゃない!」

龍壁が指揮艦の甲板から声を張り上げる。

「夕張が何をしたか、俺たちは気づいている! お前たちの身体に施された改造も、牟田島の作戦失敗の隠蔽もだ! だから――」

 

「……黙れッ!」

木曾は叢雲の刃を強引に弾き返して飛び下がり、氷山を背にするように着水した。

彼女の満身創痍の生身からは血が流れ、白骨の装甲はひどく焦げている。しかし、その赤い右目には、もはや『助け』など求めていない、底知れぬ絶望と覚悟が宿っていた。

 

「……いまさら、分かったところで何になる。オレたちはもう、後戻りなどできないんだッ!これ以上、あの人の『優しい世界』を壊すなら……オレが斬り捨てる!!」

悲痛な叫びを上げて、木曾が再び自身の足元へ魚雷を落とそうとした、その時だった。

 

『――こらっ、木曾! お客さんにそんな物騒なこと言っちゃダメでしょ!』

 

吹雪の音を切り裂くように、『一水戦旗艦』の凛々しく明るい、しかしどこか虚無に満ちた声が響いた。

 

「……あ」

木曾の顔から、スッと血の気が引く。

 

氷山の洞窟の暗がりから、ゆっくりと、コツン、コツンと足音を立てて『それ』が姿を現した。

その両足がパシャリと、暗く冷たい水面に立つ。

 

「はじめまして! 第一水雷戦隊旗艦、阿武隈です! わぁ、大湊以外のお客さんなんて久しぶりだなぁ!」

 

「…………ッ!」

阿武隈の姿を見た瞬間、龍壁と明石は、技術者としての思考を完全にフリーズさせられた。

叢雲、陸奥、隼鷹も、あまりの異様さに言葉を失い、ただ呆然とその姿を見つめる。

 

かつての誇り高き軽巡洋艦の面影は、彼女の『顔』と『声』にしか残っていなかった。

彼女の背中――本来なら軽巡の艤装があるべき場所には、巨大で、醜悪な『白骨の山』が癒着していた。

そしてその白骨の隙間からは、海軍の駆逐艦が装備するはずの主砲や魚雷発射管が、墓標のように無数に突き出ている。

 

「……嘘、でしょ……」

明石が、信じられないものを見るように両手で口を覆った。その声は、恐怖で微かに震えている。

「軽巡洋艦のバイタルに、多数の駆逐艦の艤装が……いえ、艤装だけじゃない。深海棲艦の細胞を媒介にして、沈んだ僚艦たちの『コアと肉体』を自分に合成している……!?」

「あんなの、生物学的に……いや、技術的にだって絶対に不可能です! 大量の艦娘の出力と魂をひとつの器に押し込めるなんて……肉体と精神が、保つわけが……っ!」

 

「ふふっ。どうしたんですか、そんなに驚いた顔をして」

明石の戦慄など露知らず、阿武隈は無邪気に、本当に嬉しそうに笑った。

「見てください、この子たちを! 私の一水戦の自慢の駆逐隊です! ……ほら不知火、霞、潮!…曙も! お客さんに挨拶して!」

阿武隈は、自分の中に吸収された『死んだ部下たち』に向かって、虚空を見つめたまま優しく語りかける。

 

「艦娘を、喰ったというのか……」

あまりにも痛ましく、そして陰惨なその光景に、龍壁はギリッと奥歯を噛み鳴らした。

「同胞を喰らった罪悪感、他者の魂の拒絶反応……。深海化した肉体が物理的に耐えられても、その精神は、耐えられなかった……」

(だから、壊れたのか。みんな自分の中にいるという自己暗示……! 完全に狂うことで生き延びた……!)

 

阿武隈の白く淀んだ瞳が、ふわりと細められた。

「さぁ、みんな! 一水戦、出撃の陣形よ! ……まずはご挨拶の砲撃戦ね! 第一小隊、前へ!」

その号令の瞬間――。

 

メキメキと骨が砕け、肉が裂け、鋼鉄が軋むおぞましい音が吹雪の海に響き渡る。

阿武隈の背中の『白骨の塊』が、彼女の妄想の号令に呼応して、生々しく蠢き、変形を始めたのだ。

 

「な……!?」

叢雲が目を見開く。

 

背中に収納されていた十隻以上の駆逐艦の艤装が、白骨の関節に押し出されるようにして前面へとせり出してくる。

単装砲、連装砲、無数の砲身が、まるで変形ロボットのギミックのように、あるいは多腕の異形の神のように組み上がり、阿武隈の正面に一つの巨大な『砲撃戦形態(モード)』を構築した。

 

第一水雷戦隊の火力を、阿武隈ひとりの脳が完全に同期・統括している。

阿武隈は、飢餓と戦闘で散った部下の亡骸を喰らい、そのすべてを背負うことで、文字通り『ひとり一水戦』という名の可変要塞へと羽化していた。

 

「……冗談でしょ。駆逐艦(アタシたち)の火力を、あんな風に一隻で……」

叢雲が、寒さとは別の震えを感じながら、ガン・ハルバードを構え直す。

 

「ふふっ、準備はいい? ……それじゃあ、一水戦! 撃ち方、始めッ!!」

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、「第26話. 女神は海を喰らわない」は6/10の18時頃に投稿予定です。
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