『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説   作:龍改二

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第26話です。2日に1話ペースで更新予定です。


第26話. 女神は海を喰らわない

阿武隈の狂気と優しさに満ちた号令と共に、前面に組み上がった十数門の主砲が一斉に火を噴いた。

吹雪の海を朱く染め上げる、面制圧の飽和攻撃。

 

「明石、指揮艦を後退させろ! 最大戦速だ!」

「りょ、了解ッ!」

 

龍壁の怒声と共に、明石が操舵輪を限界まで切る。

指揮艦の鼻先を掠めるように巨大な水柱が連続して立ち上がり、降り注ぐ氷の破片と鼓膜を破るような爆音が、阿武隈の『ひとり一水戦』という火力の異常性を物語っていた。

 

回避しきれない無数の砲弾と爆風が、後退する指揮艦の横腹を抉ろうと迫った――その時。

 

「……提督には指一本、触れさせないわッ!」

 

巨大な鋼鉄の影が、指揮艦を庇うように猛スピードで滑り込んできた。戦艦・陸奥だ。

彼女は自身の分厚い装甲を備えた巨大な艤装を前面に展開し、阿武隈の飽和攻撃を真っ向から受け止める『盾』となった。

 

連続する重い炸裂音。陸奥の艤装から激しい火花が散り、濃密な硝煙が猛吹雪を黒く染め上げる。

戦艦の質量をもってしても後ずさりしそうになるほどの凄まじい衝撃。だが、陸奥はその妖艶な顔に歴戦の戦艦としての矜持を浮かべ、一歩も引かずに指揮艦への射線を塞ぎきった。

 

「陸奥!」

「提督たちは早く下がって! ……さぁ隼鷹、私が抑えている間に!」

 

盾となった陸奥の背後で、隼鷹が飛行甲板を空へ向けて突き出す。

「おうよ! 恩に着るぜ、陸奥! ……火力だけならこっちだって負けてねェぞ、バケモノが! ……やっちまえ、アタシの鷹どもッ!」

 

隼鷹が飛行甲板から無数の艦載機を発艦させる。

吹雪の空を埋め尽くす爆撃機の群れが、阿武隈の頭上から死の雨を降らせようと急降下した、その瞬間。

 

「あ、敵機直上! ……対空戦闘、用意! 第二小隊、防空陣形!」

 

阿武隈が楽しげに上空を指差すと、再び彼女の背中で骨と鋼鉄が軋みを上げた。

前面に展開していた主砲群がメキメキと音を立てて肋骨のように開閉し、内部から夥しい数の高角砲と対空機銃がせり出してくる。

それはまるで、空へ向けて無数の針を突き立てた『鋼鉄のハリネズミ』だった。

 

「撃てッ!」

 

砲身が焼け焦げるほどの、絶え間ない対空砲火の嵐。

鉛の壁が空を切り裂き、隼鷹の放った艦載機が、爆弾を投下する暇すら与えられず次々と火ダルマになって氷海へと墜落していく。

 

「マジかよ、アタシの編隊が一瞬で……ッ!」

「隼鷹、下がって!……私が吹き飛ばすわ!」

 

空からの攻撃が防がれたと見るや、戦艦・陸奥が進み出た。

彼女の艶やかな頬に、深海コアと直結されたバイパス回路が赤黒く発光する。戦艦の出力限界を超えた、一点突破の超重力砲撃――【破城槌】。

 

「……消し飛びなさいッ!!」

 

空間そのものを歪ませるような、極大の破壊の閃光が阿武隈へと放たれた。

だが、阿武隈は一切の恐怖を見せず、ただ虚空の『部下』へ向かって微笑んだ。

 

『すごいのが来るよ!第三小隊……全力雷撃、お願いね!』

 

ゴキゴキと鈍い音を立てて、対空兵装が瞬時にパージされるように折り畳まれる。

今度は両脇から無数の多連装酸素魚雷発射管が、ガトリングガンのように束ねられて展開された。

海軍の常識ではあり得ない『雷撃戦形態』。

 

放たれたのは、面を制圧する扇状の雷撃ではない。

次弾装填の時間を完全に無視した、『魚雷の連続射出』。見た目通りの『ガトリング魚雷』だった。

 

「な……ッ!?」

後退する指揮艦の上で、龍壁が愕然と目を見開く。

海軍最強の雷巡である北上の『四重雷』すら凌駕する、圧倒的な質量と連射速度。

阿武隈の放つ白骨の魚雷は、撃ったそばから新たに生成・装填され、まさに無限の雷撃を実現していた。

 

陸奥の放った極大の【破城槌】の閃光に、阿武隈の放った無限の魚雷群が正面から衝突する。

赤黒い破壊の波動が、絶え間なく続く魚雷の誘爆の壁に飲み込まれ、猛烈な水蒸気爆発となって吹雪の海を白く染め上げた。

 

「最大出力の破城槌を……!?北上と同じか、それ以上だって言うの……!?」

「うふふっ! まだまだ行くよー!」

 

陸奥の驚愕をよそに、『一水戦の雷撃』は止まらない。

分厚い蒸気の壁を突き破り、無数の魚雷が柱島艦隊へと殺到する。

 

「チィッ……!!」

叢雲がガン・ハルバードの推進器(スラスター)を全開にし、海面を滑走しながら迫り来る魚雷の群れを次々と斬り払う。

その超高速の機動の最中、彼女の側面に、ひとつの魚雷が『不自然な軌道』で滑り込んできた。

 

意図的に引き起こされた至近距離での爆発。その爆風と水柱の中から、右半身の白骨を軋ませた木曾が、神速の刃を振り上げる。

 

「よそ見をしている余裕があるのか!?」

「邪魔よ、狂犬ッ!!」

 

ガン・ハルバードと、白骨の凶刃が激突する。

凄まじい衝撃波が氷海を削り取り、二隻の艦娘は、瞬く間に超高速の近接戦闘へと雪崩れ込んだ。

 

無数の火花が散る。木曾は魚雷の爆発を推進力に変え、関節の限界を無視した異常な踏み込みで叢雲の死角を突き続ける。

だが、叢雲も負けてはいない。龍壁が調整を重ねたガン・ハルバードの質量とスラスターの機動力を完全に制御し、木曾の神速の剣撃を紙一重で捌き、カウンターを叩き込む。

 

「ハァッ、ハァッ……オォォォォッ!!」

 

生身の左半身から血を流し、息を荒げながらも、木曾の剣気は微塵も衰えない。

その狂気的なまでの執念に、刃を交える叢雲の表情が苦悶に歪む。

 

(コイツ……身体はもうとっくに限界を超えてるのに……!)

「なんで、そこまでして戦うのよ……! アンタたちをこんな目に遭わせた大湊を、夕張を憎んでいるはずでしょ!?」

 

叢雲の悲痛な叫びに、木曾は白骨の刃を押し込みながら、赤い右目から血の涙を流して咆哮した。

 

「憎いさ! いつか絶対に殺してやるッ! ……だが! ……お前たちが阿武隈に近づけば、あの『優しい世界』が壊れるんだ……ッ!」

激しい鍔迫り合いの火花が、猛吹雪の闇を照らす。

 

「補給も支援も何もないカレー洋……。弾も食料も尽き果てて、身体の小さい駆逐たちから痩せ細り、飢えに斃れた……ッ!」

木曾の右腕、白骨の剣がカタカタと震える。

 

「牟田島と夕張は、いざとなれば深海棲艦どもを喰らえとほざいたッ! その結果がこれだッ!!」

木曾は顔を歪め、血を吐くように言葉を叩きつける。

 

「肉と皮膚を引き裂いて、この『白骨』が身体から突き出した! その激痛で誰も動けなくなったあの地獄! 押し寄せる敵を前に、戦線はもう崩壊寸前だった!」

 

「ッ……!」

 

「だから阿武隈は……自らの心を壊してまで、死にゆく駆逐隊を、一人……また一人……! その身に取り込んだッ! 化け物になってまで前線を支え抜き……オレたちをここまで逃がしてくれたんだッ!!」

木曾の悲痛な怒号と共に、渾身の力が叢雲を押し込む。

 

「たとえ世界中のすべてを敵に回そうと構わない……! 死んだアイツラと笑い合える、あの人の『優しい世界』だけは……今度はオレが、何に代えても護り抜くッ!!」

 

鉄錆と血の匂いが、猛吹雪の中で赤い痛みとなって舞い散る。

戦争という地獄の奥の、さらなる地獄。その底から噴き出した怨嗟と決意の咆哮に、叢雲は、返す言葉を見失った。

 

* * *

 

猛烈な吹雪と硝煙の向こう側。

柱島艦隊が死闘を繰り広げる海域のさらに後方から、一隻の巨大な影が、氷海を割って姿を現した。

 

大湊鎮守府・旗艦級大型指揮艦。

その暖房の効いた快適な司令室のブリッジで、夕張はモニターに映し出された『それ』を見て、狂おしいほどの悦びに身を震わせていた。

 

「ス、スバラシイ……! スバラシイですよ、阿武隈先輩ッ!!」

 

夕張はモニターに吸い寄せられるように駆け寄り、ガラスに爪を立てながら強く抱きかかえた。

画面の中では、異形の白骨と化した阿武隈が、十隻以上の駆逐艦の火力を一隻で制御し、柱島艦隊を圧倒している。

 

「一水戦のいいところ……あの統率された火線、高い防空力、そして雷撃の破壊力……! そのすべてを、わずか一隻のバイタルで実現しているッ! これほどまでの省スペース化と高効率化! ……あはっ、朝比奈先輩のレ級をも超えうる、『理想の一水戦』が、いま目の前に!!」

 

夕張の瞳は、もはや恐怖も哀れみも映していない。

ただ、命を極限まで部品(パーツ)として削ぎ落とし、効率を追求した果ての『美しき兵器』への、純粋な賛美だけが溢れていた。

 

「……夕張。データの収集は済んだか」

背後の椅子に深く腰掛けたまま、牟田島が冷淡に声をかけた。

彼はモニターに映る惨状を見ても、眉一つ動かさない。ただ、つまらない事務作業の書類を見るような目つきで、冷たく龍壁たちの戦いを見下ろしている。

 

「もちろんです、提督! 柱島の艤装の魔改造データと、この阿武隈先輩……これさえあれば、次世代の『究極の艦娘』が完成します!」

夕張が狂喜乱舞する中、ブリッジの通信機にノイズが走った。

龍壁からの、怒りに満ちた通信だった。

 

『――大湊・指揮艦。聞こえているか』

モニターの片隅、柱島の指揮艦から通信越しに睨みつける龍壁の瞳には、かつてないほどの濃密な憤怒が渦巻いていた。

 

『……これが作戦の真意か、牟田島。無補給の戦場に艦娘を送り込み、深海棲艦を喰らって戦うバケモノに作り替え、使い潰し、証拠を消す……! 貴様、それでも人の血が流れているのかッ!』

龍壁の魂を削るような問いかけに――牟田島はフッと鼻で笑うと、ゆっくりと立ち上がる。

 

「人聞きの悪い言い方はよしてくれ、龍壁少将。私としては、別に彼女らをバケモノにしたかったわけではない。ただ奴らに、作戦を完遂するだけの精神力が足りず、結果としてそうなったにすぎん」

それはまるで出来の悪い生徒を諭す教師のような、ひどく穏やかで傲慢な声だった。

 

「そもそもの話だがな」

牟田島の瞳に、一滴の淀みもない、冷たい狂信の光が宿る。

 

「艦娘とは海の神霊だ。然るに、海よりい出るモノは、すべて即ち――『食料』なのだ。深海棲艦を含めてな。……海の女神が海を糧とすることに、何の不思議がある? 補給に困るはずなどなかろう」

 

『…………なんだと?』

――絶句。

通信機越しの傲慢な声が何を言っているのか、龍壁の脳が理解を拒絶した。

『現地調達』という言葉を、これほどまでに醜悪に、かつ無責任に捻じ曲げた男を、彼は未だかつて見たことがない。怒りよりも先に、猛烈な吐き気が龍壁の喉元へ込み上げた。

 

「やれ弾薬(タマ)が無いだの、食う物が無いだの、そんなものは戦いを棄てる理由にはならん。そこの木曾と阿武隈は、潤沢な海を前にして勝手に飢え、前線を放棄した罪人だ。敵前逃亡として銃殺刑にしなくてはな。……なあ、夕張?」

 

「――ねえ、朝比奈先輩」

上官の死刑宣告など耳に入っていないとばかりに、夕張が牟田島を押しのけるように通信機へと顔を近づける。その声は、先ほどまでの興奮を押し殺した、ゾッとするほど穏やかで礼儀正しいものだった。

 

「先輩が造り上げた『戦艦レ級』……あれは、本当に素晴らしかった。駆逐艦の機動力、戦艦の重火力、空母の航空力……そして、同族の捕食による無尽蔵の再生力。あれこそが、私が夢見た究極の艦娘の形でした」

 

『ッ……!』

通信越しの明石が、自身の最も忌まわしい過去の罪を白日の下に引きずり出され、呼吸を忘れたように息を呑む。だが、夕張はそんなことなど意に介さず、恍惚とした表情で続けた。

 

「ところが、再現性がありませんでした。レシピは完全に同じなのに、私にはどうしてもアレを造り出せなかった。何度試しても、ただの醜い肉塊か、すぐに自壊する失敗作にしかならなかった。……私とあなた、いったい何が違ったんでしょうね?」

 

夕張の瞳に、どす黒く歪んだ劣等感と、それを焼き尽くすほどの暗い情熱が混ざり合う。

「……でも、もういいんです。私はついに、あなたを超えます。私の『阿武隈』が、レ級さえ超える真の究極になるんですからッ!! ふふっ! あははははッ!!」

 

狂気的な甲高い笑い声と共に、モニターの中、異形と化した阿武隈の艤装が咆哮を上げる。無数の砲身が軋みながら火を放ち、吹雪の海を死の色に染め上げた――直後。

 

プツン、と。一方的に通信が遮断された。

 

* * *

 

「……補給に困るはずがない、だと?」

戦闘の音だけが響く柱島の指揮艦。嵐に狂った風鈴のような夕張の耳障りな嘲笑が、べっとりと耳の奥にこびり付いている。

龍壁はポケットの中のスパナを、指の骨が軋むほどの力で握りしめた。

彼の背後に立つ明石は、牟田島と夕張のあまりの世迷言に、怒りを通り越して全身をガタガタと震わせていた。

 

「艦娘をなんだと思ってるの……。彼女たちは、生きてるのよ……!」

明石の目から、大粒の涙が溢れ落ちる。

「毎日笑って、泣いて、お腹をすかせて……温かいご飯を楽しみにしている、普通の女の子なのに!!」

血を吐くような明石の叫びが、虚しく鉄の壁に反響した。

 

「……朝比奈、もういい」

龍壁の声は、極寒の海よりも冷え切っていた。

「俺たちがやることは、ひとつだ」

龍壁はモニターに映る、変形を繰り返しながら弾幕をバラまく阿武隈と、彼女を護るために血を流し続ける木曾を見据えた。

 

「阿武隈の『形態変化(モードチェンジ)』の隙を狙う。……複数の形態を使い分けている以上、その切り替えには必ず再構成のタイムラグが生じるはずだ。同時に攻撃されれば対応できない。明石、阿武隈の熱量変化(サーモデータ)を監視しろ」

「は、はい! 提督!」

 

龍壁の視線が、吹雪の中を駆け抜ける叢雲の背中を捉えた。

「叢雲。……お前の最大出力、ここで使わせてもらうぞ」

 

『――ッ!……了解よ、 司令官!』

 

傲慢な牟田島の精神論と、倫理が欠落した夕張の技術。

そのすべてを真っ向から否定するために、鉄屑艦隊の『魔改造(しゅうねん)』が、ついに火を噴こうとしていた。

 

「陸奥、隼鷹、聞こえるか! これより反撃を開始する。……阿武隈に『対空』か『雷撃』のどちらかに演算領域(リソース)を全振りさせろ。その隙に、本命の(くさび)を叩き込む」

 

『了解したわ、提督!』『ヒャッハー! 任せなッ!』

 

龍壁の通信に応え、戦艦と軽空母が同時に動いた。

陸奥は【破城槌】のバイパス回路を限界まで赤熱させ、隼鷹は甲板から残る全ての爆撃機を一斉に空へと放つ。

 

「全機、爆装! 地獄の底まで届けやがれェッ!」

「【破城槌】……最大出力ッ!!」

 

上空を埋め尽くす死の雨と、海面を抉りながら迫る極大の破壊光線。

逃げ場のない上下からの同時飽和攻撃。いかに阿武隈が複数の艤装を持とうと、形態を切り替えていては絶対に防ぎきれない必殺の布陣。

 

だがその瞬間、指揮艦のモニターで阿武隈の熱量変化(サーモデータ)を監視していた明石の表情が、恐怖に凍りついた。

アラートの赤光が明石の顔を照らし、コンソールに表示された阿武隈のサーモグラフィが、一瞬で高温を示す『赤』を通り越し、灼熱の『白』へと染まり上がる。

「そんな……ッ!?熱量の移動じゃない、全身が同時に……!?」

明石が、戦慄に声を震わせた。

 

艤装の形態を切り替えるなら、それに伴って熱量が艤装内部や体内を移動するはずだ。しかし、画面に映る阿武隈の熱量変化(サーモデータ)は、その全身を白く灼いていた。

 

「あははっ! 一水戦をナメないで! 第二、第三小隊ッ! 迎撃ッ!!」

その狂気の号令と同時、阿武隈の背中の白骨が高熱の蒸気を噴き上げ、かつてない悲鳴を上げて弾け飛ぶように展開される。

 

阿武隈は形態を『切り替え』なかった。

一隻の軽巡洋艦の細いバイタルと骨格に超高熱の負荷をかけながら、上空へ向けて『対空のハリネズミ』を、正面へ向けて『ガトリング魚雷』の砲列を、完全に『同時』に最大出力で駆動させたのだ。

 

全身の毛細血管が限界を超えて破裂し、目や口から血の涙を流す阿武隈。

その背中にそびえる『一水戦』が放つ対空砲火と無限の雷撃が、陸奥と隼鷹の同時攻撃を真正面から相殺していく。

 

さらに、狂気に堕ちた旗艦の号令はそれだけでは終わらなかった。

「まだまだァ! 第一小隊も前へ! 一水戦総員、撃ち方、始めッ!!」

 

限界を超えているはずの阿武隈の背中から、二つの形態を維持したまま、さらに十数門の主砲群が無理矢理せり出してくる。

物理法則もバイタルも完全に無視した『三形態の同時展開』。

直後、無数の魚雷と砲弾が、飛沫と爆炎の壁をズタズタに引き裂きながら、陸奥と隼鷹へと殺到した。

 

「……ッ! 隼鷹! 私の背中から離れないでッ!!」

陸奥が『破城槌』の照射を維持したまま、強引に巨大な艤装をねじり、隼鷹の盾となった。

 

「全艦、私の指示に合わせて! 目標、正面の大戦艦! 第一小隊、主砲群を上部構造物に集中、艤装から武器を削り落として! 第三小隊、魚雷用意! 両舷からの十字雷撃で逃げ道を塞ぎつつ装甲を叩き割って! 第二小隊、高角砲の一部を対空から対艦へ回して! 装甲の割れ目からバイタルパートを狙うよ! 」

 

狂気に濁った瞳のまま、阿武隈は歴戦の旗艦として淀みない死のタクトを振るう。

「相手は大戦艦……手加減なんていらないッ! みんなの訓練の成果、第一水雷戦隊の誇りッ! ココで見せてッ!!」

 

あまりにも痛ましく、そして身の毛がよだつほど完璧な戦術指揮。

それはかつて海軍屈指の突破力を誇ると言われ、迫りくる敵艦隊を薙ぎ払い、本土北方の海を護り抜いてきた、最強の水雷戦隊の勇姿そのものだった。

今は亡き駆逐隊の研鑽と鍛錬、執念と魂。そのすべてが凝縮された弾幕は、狂い果ててなお完璧に統率された火線となって、正確無比に陸奥へと収束していく。

 

「くッ……ま、負けないわ……! 私は、戦艦・陸奥ッ! 柱島を護る……最後の盾よッ!!」

 

降り注ぐ砲弾の重圧に顔を歪めながらも、陸奥は一歩も引かずに叫ぶ。

しかしその弾幕は、陸奥の装甲をもってしても完全に防ぎ切れる質量ではなかった。

砲雷撃の集中豪雨が分厚い装甲を次々と叩き割り、その凄まじい衝撃波と飛び散る破片が、背後にいた隼鷹の飛行甲板にも容赦なく大穴を穿っていく。

そして、陸奥の艤装による防御網をすり抜けた榴弾が、後方に控えていた指揮艦へ猛然と襲い掛かった。

 

「提督ッ!!」

明石の悲鳴。直後、凄まじい轟音と共に指揮艦の前甲板が爆発四散した。

猛烈な爆風と紅蓮の炎が吹き荒れ、ブリッジの分厚い防弾ガラスが粉々に吹き飛ぶ。

 

「ガ、ァッ……!」

爆発の衝撃で吹き飛ばされた龍壁は、無残にひしゃげたコンソールに激突し、額と肩から鮮血を散らした。破断したコンソールのフレームが太ももを切り裂く。

指揮艦の至る所から黒煙と炎が噴き上がり、けたたましい損傷アラートがブリッジに鳴り響いた。

 

「た、龍壁さん! しっかり……ッ!」

血相を変えて這い寄る明石を片手で制し、龍壁は血に染まった手でコンソールを掴む。

片足に力を込めると、炎の照り返すブリッジに無理やり立ち上がった。

その手には、激突した際にも決して手放さなかったスパナが、手の指が白くなるほど強く握りしめられている。

 

「……ぐ、一隻の身体で、三つの形態を同時に……!? ……信じられん無茶を……だが!」

滴る血が視界を赤く染めるのも構わず、炎の中で龍壁が吠える。

 

彼が見ていたのは己の傷ではない。三形態同時展開という、阿武隈の『致命的な隙』だった。

「これで阿武隈の演算領域(リソース)は完全にゼロだ! 行け、叢雲ッ!!」

 

「――言われなくてもッ!!」

阿武隈の全火力が陸奥と隼鷹へ釘付けになったその瞬間。

超高速で海面を滑走する叢雲が、炎上する指揮艦からの龍壁の怒号に呼応した。

そして猛烈な水蒸気爆発の煙を突き破り、阿武隈の背中へと駆け出す。

 

「行かせん……ッ! 阿武隈は、オレが護るッ!!」

 

だが、阿武隈の唯一の死角を埋めるように、満身創痍の木曾が立ち塞がった。

自らの足元で最後の魚雷を起爆させ、その爆風でカチ上げられた捨て身の神速。右半身の白骨の凶刃が、叢雲の首を刎ねるべく砲弾のように迫る。

 

叢雲は、その迫り来る死の光景から目を逸らさなかった。

躱そうという素振りも見せず、その手に握るガン・ハルバードをヒュルリと回すと、魔法の杖のように先端の砲口を前に構える。

 

「……アンタはもう十分すぎるほど、よくやったわ。アンタたちが戦った地獄も、護ろうとする『優しい世界』も、私は絶対に笑わない。でもね……!」

 

フッ、と。銃槍の先端のプラズマブレードが『消失』した。

叢雲のすべてのエネルギーラインが、銃身の一点へと猛烈な勢いで注ぎ込まれ、圧縮された太陽が砲口の奥で暴れる。

 

「狂気に縋って永遠に海を彷徨うなんて、そんなの……『生きている』とは言わないわッ!!」

 

それは陸奥の【破城槌】をも凌駕する、初期艦・叢雲のただ一度きりの必殺の矛。

(……恥ずかしいんだから。一回だけよ、明石)

 

「――【天叢雲(あめのむらくも)】ッ!!!」

 

叢雲の絶叫と共に、ガン・ハルバードの先端から閃光が放たれた。

迸る太陽光が、木曾の白骨の刃をガラス細工のように粉砕し、そのまま彼女の身体ごと飲み込みながら、背後にそびえる『一水戦』の可変要塞へと突き進む。

 

阿武隈の背中から、後光が射した。

癒着していた無数の駆逐艦の艤装が、天を衝く光の奔流に飲み込まれ、ドロドロの鉄屑となって消えていく。

 

「……あ、れ……? みん、な……?」

 

白く霞む光の中で、阿武隈が愛しい部下たちへ手を伸ばす。

しかしそこには何もなく、握ろうとした指先はただ、虚空を掻いた。

すべてを白く染め上げる閃光が氷山の洞窟ごと海を呑み込み、跡には焼け焦げた鉄の匂いと、静寂だけが残されていた。

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、「第27話. 最期の命令」は6/12の18時頃に投稿予定です。
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