『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説   作:龍改二

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第27話です。2日に1話ペースで更新予定です。


第27話. 最期の命令

天叢雲(あめのむらくも)】がもたらした極大の閃光が収束し、静まり返った大湊の海に、刺すような冷気が吹き抜ける。

海面を漂うのは、蒸発した海水がもたらした濃密な霧と、焼け焦げた鉄屑の死臭。

 

『ひとり一水戦』として君臨した阿武隈は力なく水面に両膝を付いていた。その巨大な白骨艤装は大半が消滅し、ただの歪な塊となって氷海に浮いている。

阿武隈を庇い続けた木曾もまた、白骨の装甲をすべて剥がされ、生身の左半身も黒く焦げ付いたまま、ただ波間に倒れ伏している。

 

そして――勝者であるはずの柱島艦隊も、限界を迎えていた。

 

「ハァッ……、ハァッ……、ガ、ハッ……」

一撃に全エネルギーを注ぎ込んだ叢雲は、煙を吹くガン・ハルバードを杖代わりに、氷海に膝をついていた。艤装の冷却系はパンクし、彼女自身のバイタルも赤点滅を繰り返している。

阿武隈を挟んでその前方、盾となり続けた陸奥の装甲はひび割れ、隼鷹もまた、残弾ゼロの破れた飛行甲板を力なく垂らしていた。

全員が、鉄屑のようにボロボロだった。

 

その静寂を、パシャリ、という冷えた足音が切り裂いた。

海の上を、まるで廊下でも歩くような足取りで近づいてくる人影。 大湊の秘書艦代理、夕張。

彼女は、血と硝煙の戦場に似つかわしくない、汚れ一つない『白衣』を翻して張り付けたような笑みを浮かべ、倒れ伏す木曾の前に立った。

 

意識を混濁させた木曾が、掠れた声で呻く。 夕張は、慈悲深い聖母のような手つきで、艤装から一振りの拳銃を抜き放った。

 

「阿武隈先輩は貴重なサンプルですから持ち帰りますが……あなたはもう、用済みです。サヨナラ、木曾先輩」

 

銃声。

 

炸裂音と共に、夕張の右腕の肘から先が、弾け飛んだ。

「――っ!?」

 

夕張の銃が氷海に沈む。 吹き飛んだ断面からは赤い血ではなく、深海を凝縮したような『青い血』がダラリと滴り落ちた。

 

「……やめなさい、弓ヶ瀬ッ!!」

後方の大破した指揮艦から飛び降り、凍てつく海面を駆けてきたのは工作艦・明石だった。彼女が手に握りしめた12.7cm連装高角砲の銃口からは、怒りに震える細い硝煙が立ち上っている。

 

「……っ、明石!?」

燃える指揮艦の甲板で、龍壁が叫ぶ。

「止めないでください、提督! 私だって艦娘です。戦えますッ!!」

明石はかつての後輩に対し、剥き出しの殺意と、それ以上に深い哀しみを込めた銃口を向ける。

 

だが、撃たれた夕張は苦悶の表情一つ浮かべない。ただ、ゆらりと口角を歪めた。

「……あはっ。ひどいですよ、朝比奈先輩」

 

青い血を垂らす右腕の断面で、無数の筋肉組織がミシミシと音を立てて編み上げられ、瞬く間に新たな腕が再構築されていく。

それは龍壁たちもよく知る、『青血』の時雨と全く同じ――『不沈艦計画』による、冒涜的な再生能力だった。

 

「なんで止めるんです? 木曾は敵前逃亡の罪人ですよ」

夕張は首を傾げ、愉悦に満ちた目で明石を値踏みする。

「それに、どうせもう助かりません。お国のために戦える者を治療し、そうでない者は……そう、安らかにお眠りいただく。それが我々軍医の務めでしょう?」

 

白衣の悪魔は、まるで子供に言い聞かせるかのように落ち着いた声で追い討ちをかけた。

「今までだってそうしてきたじゃないですか、私たち二人で。……そうでしょ、朝比奈先輩?」

 

「……違うッ!!」

明石が張り裂けんばかりの声で叫ぶ。

 

「私は……私たちは間違っていたのよ、弓ヶ瀬! 命を部品として消費する技術なんて、ただの傲慢だった! 私はもう、あの過ちを繰り返さない……! 私たちが背負った業は、彼女たちを『生かすため』の技術でしか贖えないのよッ!!」

 

「生かすため? 笑わせないでください」

夕張の再構築された指先が、空中でピアノを弾くように不気味に躍る。

「『戦艦レ級』としてせっかく生き返った艦娘たちを、その手でまた殺したのは誰でしたっけ? 両手を真っ赤に染めたあなたが、龍壁なんて男に拾われた途端、善人ぶって綺麗な理想を語るんですか?」

 

「それでも……ッ! もう誰も、私たちの狂った実験の犠牲にはさせないッ!!」

 

明石が再び引鉄を引こうとした、刹那。

夕張は艤装からもう一振りの拳銃を抜き放ち、明石の腹部を正確に撃ち抜いた。

 

「……あ、あぁッ!!」

明石は崩れるように、自身の鮮血で赤く染まった氷海へと倒れ込む。

「……ただの銃だと思いましたか? 私専用の軽量単装砲です。いくら戦闘が苦手でも、あんたに負けるほど雑魚じゃないんですよ、工作艦・明石!」

夕張は倒れ伏す明石を見下ろし、その瞳にドロドロとした暗い憎悪を宿らせた。

 

「ずっと……、ずっと気に入らなかったんです! 悪魔に魂を売っておきながら、『私は心を痛めてます』みたいなツラをするあんたがッ!!」

 

髪と白衣を振り乱し、喉が引き裂けそうなほど叫び散らす夕張。その瞳には、永年溜め込んできた嫉妬と尊敬が混じり合い、どす黒く濁った情念が渦巻いていた。

 

「あの女神計画だって、あんたならきっと成し遂げられたはず! 『海軍の叡智』ッ!『天才・朝比奈』ッ!! ……なのに投げ出して居なくなったから、私が『不沈艦計画(セカンドプラン)』で完成させてあげたのに!!」

 

絶叫とともに、夕張の銃口が明石の眉間に向けられる。

だが、彼女の指は引鉄からそっと外された。

そして銃口で阿武隈の残骸を指し示し、狂気に震える声を氷海に響かせる。

「見ていてください、朝比奈先輩。あんたのレ級を、私の阿武隈が超えてみせますよッ!!」

 

夕張が海面に膝をついたまま動かない阿武隈へと近づいていく。

彼女は自身の最高傑作を愛おしむように、その白骨の残骸に手を伸ばした。

「さぁ、帰りましょう阿武隈先輩。……これからは、私と二人で――」

 

ガシッ、と。

「……え?」

力なく垂れ下がっていたはずの阿武隈の腕が、夕張の手首を万力のような力で掴み取った。

 

「……あ、あァ……」

阿武隈の喉から、掠れた、ひどく苦しげな呻き声が漏れる。

『天叢雲』の閃光によって、背中に癒着していた『死んだ部下たち』がすべて浄化されたことで、皮肉にも彼女の意識は、『人間の正気』へと引き戻されていた。

 

白く淀んでいた瞳に光が戻る。

しかし、正気を取り戻した彼女の脳裏に最初にフラッシュバックしたのは、凄惨な地獄の光景と、忌まわしい呪われた記憶だった。

 

――無補給のカレー洋。餓死していく部下たち。身体を蝕む白骨の病魔。押し返される前線。

遺された部下を守るため、生き延びるため。そう自分に言い聞かせて、彼女たちの肉と魂を貪り喰らった、自分自身。

 

「……私、は……。みんなを……」

阿武隈の瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出す。

 

「阿武、隈……ッ」

黒焦げになった木曾が、這いつくばりながら旗艦の元へ手を伸ばした。

 

「……ごめんね、木曾。……みんなを、あんなふうにした私を……最後まで、護らせて……」

 

阿武隈は溢れる悔恨の涙を無理やりに止め、自身の手を握る木曾へ向けて、かつての一水戦旗艦としての、誇り高くも悲しげな微笑みを向けた。

「雷巡・木曾。……生きて、帰投しなさい。……第一水雷戦隊旗艦の、最期の命令よ」

 

「だ、ダメだ……! お前を置いて、オレだけが帰るなんて……ッ!」

 

懸命に手を握る木曾に、阿武隈は悲涙に潤んだ目を細め、しかし首を横に振る。ただ一人生き残った無二の友、木曾という希望を想う静かな慈愛だけを、藍玉の瞳に湛える。

「……後のこと……、頼んでもいいかな……?」

 

阿武隈は木曾の手を優しく、しかし確固たる意思で振り払うと、蒼く鋭い眼光で、手首を掴まれたままの夕張を睨み付けた。

 

「ふふっ怖い顔。まさか自我を取り戻すなんて、驚きました。でも無駄ですよ、阿武隈先輩」

夕張は拘束されながらも、全く動じることなく薄笑いを浮かべる。

 

「先ほど見たでしょう? 私は不沈艦……殺すことはできません。大人しくサンプ――」

「殺す? 違うわ、夕張」

 

阿武隈の背中で、ただひとつ焼け残っていた器官――深海棲艦を消化し、エネルギーに変換するための『生体炉』が、ドクン、と不気味な鼓動を鳴らした。

 

「あなたが造ったんでしょ? 私は……『喰う』のよ」

 

ズチュッと、阿武隈の艤装から無数の赤黒いバイパス管が触手のように飛び出し、夕張の全身に深く突き刺さった。

 

「……は?」

夕張の顔から、一瞬にして余裕が消え去った。

 

「ア……ガァァァァァァァァッ!!?」

猛烈な激痛に、夕張が絶叫する。

阿武隈の『生体炉』が、夕張の体内を流れる不死身の女神細胞を、猛烈な勢いで分解し、吸い上げ、強制的にエネルギーへと変換し始めたのだ。

夕張の肉体は、破壊されても即座に再生しようとする。

しかし、再生した端から、阿武隈の生体炉がそれを際限なく貪り、消化していく。

 

「あァァッ! 痛い、痛いィィィッ!! くそ、離せ、失敗作……ッ!!」

狂気の技術者が自ら造り上げた『喰らう兵器』に、自身の身体を無限に喰われ続けるという未知の苦痛。

夕張は脂汗と涙を撒き散らしながら、その手の拳銃を阿武隈へ向けると、叫びのままに滅多撃ちにした。

 

しかし——。

阿武隈の皮膚上へ新たに形成された白い装甲。

放たれた弾丸は、夕張自身が設計した『白骨』に触れた瞬間、パキンと乾いた音を立てて砕け散るだけだった。

「それは…、私の……! 鉄屑………がぁ!!」

 

「……一緒に地獄に堕ちましょう、夕張」

阿武隈の身体が、内部から溢れ出す莫大な熱エネルギーによって、太陽のように白く発光し始める。

 

「龍壁さん……ッ、逃げてください! あの阿武隈の熱量、このままでは臨界点を突破しますッ!」

倒れた明石が、血を吐きながら龍壁に向かって叫ぶ。

 

その光景を、遥か後方の海域から大湊の豪奢な指揮艦で見守っていた牟田島は、顔を土色に変えながら部下たちへ絶叫した。

「な、なんだあの光は……!? 夕張はどうした、なにをやっている!」

『報告します! 夕張秘書艦代理、阿武隈に拘束されたまま生体反応が消失! 莫大な熱源が発生しています!!』

 

モニター越しに、阿武隈が夕張を道連れに自壊していく様を見た牟田島は、次の瞬間、椅子の肘掛けを強く掴んだ。

「退避、退避だ! 面舵一杯、最大戦速でこの海域を離脱しろ!!」

『しかし、夕張様と、まだ柱島艦隊が――』

「構わん! あんな化け物の自殺に巻き込まれてたまるか! 証拠もろとも消え失せればそれでいい! 早く出せッ!!」

 

牟田島の無様な命令と共に、大湊の指揮艦は尻尾を巻いた犬のように反転し、猛吹雪の闇の中へと全速力で飛沫を上げる。

 

一方、爆心地の直近では、死の光がすべてを呑み込もうとしていた。

「……っ、みんな! 早くここを離れるわよ!」

陸奥が、割れた装甲から火花を散らしながら叫ぶ。

 

しかし、柱島艦隊も限界だった。全エネルギーを放出した叢雲は膝をつき、大破した指揮艦は機能を失っている。上半身と片脚から血を流す龍壁も、衝撃で大きく揺れる甲板に踏み止まるのが精一杯だった。

「陸奥、明石を頼む! 隼鷹は木曾を連れて行け!!」

龍壁の怒号が飛ぶ。

 

「わかったわッ!」

陸奥が、血に染まった氷海に倒れる明石を、その強靭な腕で優しく、しかし確実に抱き上げた。

「へっ、この骸骨野郎……重てェじゃねェか。……死ぬんじゃねェぞ、一水戦!」

隼鷹もまた、残弾ゼロの甲板を捨て、黒焦げになった木曾を背負い、力強く海面を蹴った。

そして――。

 

「……司令官ッ!!」

燃え上がる指揮艦の甲板に、一陣の白い風が飛び乗った。叢雲だ。

彼女の艤装は各所から煙を吹き、バイタルアラートが鳴り止まない状態だったが、その瞳だけは龍壁を真っ直ぐに見据えていた。

 

「叢雲……!? なにしてる、自分だけでも早く逃げろ!」

「うるさい! なに言ってんのよッ!!」

叢雲は問答無用で龍壁の腕を掴むと、その小柄な背中に、自分よりも大きな男を力任せに背負い込んだ。

 

「よせ叢雲、そのダメージで俺を背負ったら――」

「黙って掴まってなさいっての! ……手を離したら、一生恨んでやるんだから!」

叢雲は食いしばった歯の隙間から細い息を漏らしながら、限界を超えた脚部スラスターに火を入れた。龍壁の体温を背中に感じ、彼女は恐怖を振り払うように、白銀の海へと跳んだ。

 

直後。

 

背後で、阿武隈が、夕張が、そして大湊がひた隠しにしてきた罪のすべてが、純白の閃光の中に消滅した。

猛烈な衝撃波と爆風が、離脱する柱島艦隊の背中を叩く。

 

「……っ……あああぁぁぁッ!!」

 

叢雲は龍壁を落とさぬよう、その腕を自身の胸元で必死に固定し、血を吐くような思いで荒れ狂う波の中を突き進んだ。

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、「第28話. 鉄屑の鎮魂歌」は6/14の18時頃に投稿予定です。
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