『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説   作:龍改二

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第28話です。2日に1話ペースで更新予定です。


第28話. 鉄屑の鎮魂歌

大湊鎮守府。

カレー洋作戦の失敗と第一水雷戦隊の壊滅を、『不測の事故』として処理し終えた牟田島廉助は、執務室の豪奢な司令官デスクで深々とウイスキーを傾けていた。

 

「……フン。夕張も阿武隈も消えたか。証拠もろとも灰になったのなら、むしろ好都合だ」

すべては『感染症』による悲劇。自分は最善を尽くしたが、部下の精神力が足りなかった――。

そう書き連ねた報告書をすでに本省へ送り届けてある。あとは柱島の訃報を確認できれば、すべては闇の中だ。

 

そのとき、廊下から騒々しい声と物音が響いた。

 

「下がれクマ。これより先は――」

「止まれにゃ。これより先は――」

『うるさいな』

 

気怠げな、しかし凍てつくような冷気を含んだ声。

直後、凄まじい衝撃と共に重厚な木製の扉が内側へ向かって吹き飛んだ。

 

「なっ……!?」

牟田島が立ち上がるより早く、凄まじい勢いで吹き飛んできた二つの影が、デスクの脇を掠めるように通り抜けた。

 

大湊の防衛線を支えていたはずの球磨と多摩は、牟田島の背後を飾っていた自慢の酒棚に叩きつけられ、抵抗する暇すら与えられず崩れ落ちる。

そのガラス戸付きの飾り棚は無残にひしゃげ、美術品のように並べられていた年代物のボトルは滝の如く崩れ落ち、盛大な音と共に砕け散った。

降り注ぐガラスの破片。芳醇な琥珀色の液体が執務室の中央付近にまで広がり、豪奢な真紅の絨毯に、まるで大量の血を吸ったかのようなドス黒い染みを作っていく。

 

内側へ開け放たれた両開きの大扉、その片側が完全に外れて床に倒れる。

残る片側、中途半端に開いたままのそれを蹴り開けながら、一人の艦娘が面倒くさそうに足を踏み入れた。

 

「……ら、雷神、北上……!?」

「ハイハイ、正解。……それにしても、酷い有様だね。こんなボロボロになるまで働かせてさ」

北上は、すでに気を失っている二人を一瞥し、心底嫌そうに鼻を鳴らした。

制圧、という言葉すら生ぬるい。海軍最強の「四方(よも)」と、摩耗しきった大湊の艦娘では、最初から勝負にすらなっていなかった。

 

「……牟田島」

北上の背後から現れた老将が、重厚な軍靴の音を響かせ、ゆっくりと室内へ歩み入る。

逃げ場のないプレッシャーを放ちながら牟田島のデスクへと迫るその足が――ジャリッ、と無慈悲な音を立てた。

真紅の絨毯に染み込んだ酒とガラスでできた血溜まり。老将はそれを一切の躊躇なく踏みにじり、牟田島の眼前に立つ。

その双眸は、目の前の男を同僚としてではなく、ただの『汚物』を見るかのように冷たく射抜いていた。

 

「な……な、南郷元帥……ッ!? なぜここに! 『事故』の件なら、もう報告書を――」

「貴様の書いた紙切れなど、暖炉の焚き付けにもならん。……北上の持ち帰った偵察データ、そして龍壁少将が命がけで得た戦闘データによって、貴様の罪はすべて証明された」

 

南郷が懐から取り出したのは、一枚の真っ赤な紙――軍法会議への召喚状だった。

 

「艦娘の身体改造、兵站の意図的な放棄、無謀な指揮による作戦失敗および、虚偽報告によるその隠蔽……。牟田島、貴様はここで終わりだ」

「な、なにをバカな! 私は……私は海軍のために! 補給がなければ喰らえばいいと言ったのです! 神霊たる艦娘に不可能など――」

 

轟音とともに、牟田島の手に握られていたウイスキーグラスが跡形もなく吹き飛び、背後の壁に大穴が空いた。

 

「さっさと歩きなよ。『事故死』したいの?」

単装砲から立ち昇る硝煙とともに、北上の瞳が『処刑人』の黄色い眼光を飛ばす。

 

「ひ、ヒィッ……!」

かつての威厳など微塵もない。

牟田島は北上に引きずられるようにして、自らが築き上げた嘘の城から連れ去られていった。

 

* * *

 

柱島泊地。

夕陽が沈み、海面が鈍い銀色に光る時間。

そこには、今か今かと水平線を見つめる四人の影があった。

 

「……来た! 司令たちだ!!」

雪風が、水平線の向こうにボロボロの人影を見つけ、誰よりも早く叫んだ。『海賊艦隊』の面々が、桟橋へと駆け出す。

待機室の麻雀卓には、埃が積もっていた。

 

「……っ、嘘でしょ。あんなにボロボロになって……!」

榛名が絶句した。

帰還した柱島艦隊は、まさに『鉄屑』そのものだった。

陸奥の装甲は無残に剥がれ、隼鷹は折れた艤装の一部を杖代わりにしている。そして、初期艦の叢雲は――自分よりも大きな龍壁を背負い、限界まで軋む脚で桟橋に降り立った。

 

「雪風ッ! 榛名ッ! 突っ立ってないで手を貸しなさいッ!!」

叢雲の怒号に、四人が弾かれたように動き出す。

 

「……ちっ、ったく! 派手にやりやがって! ほら、貸しな!」

雪風が毒づきながらも、真っ先に龍壁を叢雲の背から受け止め、肩を貸した。

その手は、かつての冷酷な海賊のそれではなく、必死に人の命を繋ごうとする、温かく、震える手だった。

 

「明石さん! 明石さん、しっかりしてください!!」

榛名は、陸奥の腕の中で血を流して意識を失っている明石に駆け寄った。

かつて自分たちを地獄の淵から救い出してくれた工作艦の惨状に、彼女の瞳から涙が溢れ落ちる。

「……大丈夫よ。この子は……私が護り抜いたわ」

陸奥が、血の混じった安堵の吐息を漏らす。

 

そのよろけた体を、妙高が支えた。

「少しは自分を心配できないんですか。……肩を貸します」

 

「でち……。木曾もいるでち。これ、食べるでち」

伊58が、真っ黒に汚れた木曾の口元に、虎の子の補給物資(アイス)を無理矢理押し込む。

不器用で、歪な、しかし彼女たちなりの全力の救護。

桟橋は、鉄錆と硝煙、そして消毒液の匂いが入り混じった戦場へと変わった。

 

「……はは、ひどい有様だな」

雪風と叢雲に支えられた龍壁が、掠れた声で笑った。

その視線の先では、元・海賊たちが、かつての敵であった自分たちを必死になって運ぼうとしている。

 

「……あんたがいなくなったら、誰が皆の艤装を修理するってのよ」

叢雲が、震える手で龍壁の軍服の裾をぎゅっと握りしめた。

彼女の頬には、返り血ではない、透明な筋がいくつも刻まれている。

 

「……司令官」

「ああ」

「……明石が治ったら、みんなでご飯を食べましょう。……温かい、美味しいご飯を」

「ああ。……約束だ」

 

遠くで、波が寄せては返す音が聞こえる。

絶望に満ちた北方の海から帰還した鉄屑艦隊は、ようやく、自分たちの「家」へと辿り着いた。

そこには、ただ少しだけ口の悪い家族たちの、騒がしい日常が待っていた。

 

* * *

 

修理の終わっていない無数の艤装が転がったままの、静かな執務室。

龍壁は、消灯された部屋で一人、通信機のノイズに耳を傾けていた。

暗いモニターの向こうから、南郷の重々しい声が響く。

 

『……牟田島の身柄は確保した。これより横須賀へ移送し、軍法会議にかける。証拠は揃っておる。あやつが二度と、海軍の土を踏むことはない』

 

「……ありがとうございます、南郷元帥」

龍壁の声は、酷く掠れていた。

その視線の先のモニター上には、阿武隈が最期に残した戦闘データから解析した『生体炉』のログが、赤い光を放ちながら静かに明滅している。

 

「ですが……俺は、救えなかった」

龍壁は、ポケットの中の古びたスパナを強く握りしめた。

 

「技術者として、提督として……目の前にいた阿武隈を、あそこまで追い詰められる前に、救い出すことができなかった。結局、彼女を……あの『一水戦』という呪いから解放するには、彼女自身の死に頼るしかなかった。……俺の技術は、無力だ」

 

龍壁の自責の言葉を、南郷は遮ることなく聞き届けた。

長い沈黙の後、通信機から漏れたのは、老将の深い、深い溜息だった。

『若いな、龍壁。……前にも言ったが、我々は、戦争をしておるのだぞ』

 

「…………」

 

『この海に生きる者は、誰もが等しく死の影を背負っておる。……阿武隈は、部下を喰らった己の罪を、呪いに歪んだ自分自身を、あそこで終わらせることを望んでいたはずだ。お前たちが彼女に「誇り」を思い出させたからこそ、彼女は最期に人間として、終わらせる決断ができたのだ』

 

南郷の声に、いつもの峻厳さはなかった。そこにあるのは枯れた慈悲であり、多くの部下と戦友を見送ってきた男が、幾度となく自分に言い聞かせてきた言葉だった。

 

『……全員を救うことなどできん。救える者だけを救い、救えなかった者の遺志を継ぐ。それが、鉄を打つ者の……そして、上に立つ者の宿命だ』

「……遺志を継ぐ」

 

『……それと、龍壁。お前にこれだけは伝えておかねばならん』

南郷の気配が、一瞬で最高司令官としての厳格なものへと変わった。

 

『本件をもって、海軍は「生体医療研究班」……通称・生医研を、完全に解体・廃止することを決定した』

「……ッ!」

 

龍壁が目を見開く。それは、かつて朝比奈が所属し、「戦艦レ級」や「女神細胞」という禁忌を生み出し続けた、海軍の暗部の終わりを意味していた。

 

『残存する研究資料はすべて凍結し、実験施設は物理的に封印する。主任・弓ヶ瀬の死と牟田島の失脚により、あの狂気を継ぐ者はもうおらん。……これにて、海軍が長年ひた隠しにしてきた「女神計画」も、正式に葬られることになる』

 

「……朝比奈は、喜ぶでしょうか」

 

『分からん。これは、私自身の罪の清算でもある。……龍壁、お前が「鉄屑艦隊」で示したものは、生医研の「命を部品として扱う技術」への、最大級の反証だった。……よくやった』

 

通信が切れる。

静まり返った執務室で、龍壁は椅子に深く身を沈めた。

 

窓の外では、月明かりを浴びた柱島の海が、どこまでも遠く広がっている。

階下には、自分たちの帰還を信じて待っていた仲間たちが、今も静かに眠っている。

 

生医研は消えた。だが、彼らが刻んだ傷跡と、阿武隈たちが流した涙が消えるわけではない。

「阿武隈。……一水戦の誇り……覚えておくからな」

龍壁はスパナをデスクに置いて立ち上がると、夜の海に向けて、一度だけ静かに敬礼を捧げた。

 

翌朝、病床を訪ねた龍壁が見たのは、窓の外の海を見つめながら、もたれかかってきた叢雲に苦笑する、穏やかな明石の顔だった。

彼女たちの朝は、これからも続いていく。

ボロボロの鉄を打ち直し、欠けた心を繋ぎ合わせながら。

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、「最終話. 柱島泊地」は6/16の18時頃に投稿予定です。
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