『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説   作:龍改二

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第3話です。2日に1話ペースで更新予定です。


第3話. 蘇る翼

数時間後の、昼下がり。

十分に睡眠をとり、頭の芯の疲労が抜けた龍壁が執務机で海図を広げていると、ノックの音と共に二人の艦娘が執務室へと入ってきた。

 

「来たわよ、司令官! ぐっすり眠って、お風呂にも入って、コンディションは完璧よ!」

「ふふっ。一緒にお昼寝までしちゃって、まるで本当の姉妹みたいで楽しかったわ。……それで、提督。私とこの可愛い先輩に、どんなお仕事を用意してくれたの?」

石鹸の良い香りをほんのりと漂わせながら、叢雲は腰に手を当てて自信満々に胸を張り、陸奥は艶やかな微笑みを浮かべている。二人とも、疲労の影はすっかり抜け落ちていた。

 

龍壁は手元の海域図を指差し、昨日の哨戒で叢雲が発見した『民間航路から外れた怪しい貨客船の痕跡』について説明し、二人に追跡と調査を命じた。

「なるほどね。本省の記録にない船……深海棲艦の罠か、あるいははぐれた艦娘の可能性もある、と」

陸奥は顎に手を当て、真剣な表情で海域図を見つめる。

「罠だとしたら、私がまとめて吹き飛ばしてあげるわよ。陸奥、あんたのそのデカい主砲の出番はないかもしれないわね!」

叢雲がドヤ顔で言い放つと、陸奥はクスクスと笑いながら、叢雲の頭を優しく撫でた。

 

「ええ、頼りにしてるわ、叢雲ちゃん。でも、もしもの時は私の後ろに隠れてね。……提督が完璧に調整してくれたこの艤装、早く試してみたくてウズウズしてるの」

陸奥の瞳に、歴戦の戦艦としての鋭い光が宿る。

「準備はいいわ、提督。私たち、行ってくるわね」

 

* * *

 

陽の光を浴びて、柱島泊地の桟橋から二つの航跡が海原へと伸びていく。 叢雲の軽快な水飛沫の横を、陸奥の重厚な船体が海面を滑るように進んでいった。龍壁の施した調整のおかげで、戦艦の重い艤装であっても波の抵抗を最小限に抑え、静かに、そして力強く進んでいる。

 

執務室の窓からその光景を見送っていた明石が、通信機の前に座り直してヘッドホンを耳に当てた。

「……二人とも、予定海域に到達。これより痕跡の追跡に入ります」

明石はレーダー画面を凝視しながら、少しだけ声を潜めた。

「龍壁さん……あの『貨客船』の痕跡ですが。もし本当に艦娘だとしたら、心当たりが一つだけあるんです。……貨客船のパーツを改造して組み上げた艤装を持つという、少し変わった軽空母。本省の記録では行方不明扱いになっていますが……」

 

その時、通信機から激しいノイズと共に、叢雲の緊迫した声が飛び込んできた。

『……こちら叢雲! 目標の貨客船を発見! あれ、艦娘よ!でも……深海棲艦の群れに囲まれてるわ! 軽巡クラスが2隻、駆逐多数!』

続いて、陸奥の冷静で、しかし底知れぬ怒りを孕んだ声が響く。

『提督。あの子、ボロボロだけど……まだ戦ってるわ。飛行甲板……空母の艦娘よ。でも、艤装が悲鳴を上げてる。このままじゃ保たないわ』

通信の向こうで、激しい爆発音が響き渡る。

『……私と叢雲ちゃんで、敵艦隊の横腹を突くわ。いいわね、提督? 』

 

「ああ、交戦を許可する。敵艦を蹴散らし、艦娘を助け出せ」

短くも力強い交戦許可を受け、通信機越しに陸奥の艶やかで、しかし絶対的な死を宣告するような低い声が響いた。

『……叢雲ちゃん、駆逐艦の掃討をお願い。巡洋艦は……私が消すわ』

『言われなくても! 』

 

スピーカー越しに、凄まじい轟音が二つ、連続して轟く。 陸奥の背にそびえる41cm連装砲の斉射だ。本来であればその莫大な反動で艦娘自身の身体にも強烈な負荷がかかるはずだが、龍壁が施した「完璧なバイタルリンク」により、エネルギーの逆流は一切起こらなかった。

『……ふふっ。本当にすごいわ、提督。痛みが……全くない。まるで自分の腕を伸ばすように、狙い通りに撃ち抜ける……!』

陸奥の歓喜の声の直後、遠く離れた柱島の窓ガラスが微かに震えるほどの爆発音が海原に響き渡った。 深海棲艦の軽巡洋艦が、一撃で海の藻屑へと変わった音だ。

 

『ヒャッハー! なんだなんだ、すげェ援護射撃じゃねえか!』

その時、通信機にノイズ混じりで、豪快で陽気な別の声が飛び込んできた。

『空からの爆撃かと思ったら、戦艦の主砲たぁ恐れ入ったぜ! 助かった、あんたらか!』

『ちょっと、あんた! ボーッとしてないで、早く下がりなさい! 残りの雑魚は私が片付けるわ!』

叢雲の甲高い声と共に、12.7cm連装砲の軽快な連射音、そして魚雷の発射音が続く。水面を滑るように敵陣の懐へ潜り込んだ叢雲が、混乱する深海棲艦の駆逐艦たちを次々と沈めていくのが、明石のモニター上の光点でも確認できた。

 

「敵艦隊、全滅……! やりました、提督!」

明石がヘッドホンを外し、興奮気味に振り返る。

「叢雲ちゃんと陸奥さんの無傷を確認! そして……あの艦娘の識別信号、本省のデータベースと照合しました。間違いありません!」

明石はタブレットの画面に、一人の艦娘のデータを表示した。

「軽空母『隼鷹(じゅんよう)』。数々の激戦をくぐり抜けてきたタフな武勲艦です! 行方不明になっていたと聞いていましたが、まさかこんな近海を一人で漂流していたなんて……」

 

通信機から、再びその「隼鷹」の豪快な笑い声が聞こえてくる。

『いやぁ、助かったぜ! アタシは隼鷹だ。しっかし、あの戦艦の姉ちゃんも、ちっこい駆逐艦も、信じられないくらい動きがキレッキレだな! どこの鎮守府の所属だ? アタシもそこへ連れてってくれよ。……あー、できれば「熱燗」が飲めるトコだと最高なんだけどな!』

『な、ちっこいって言うな! 私は叢雲よ! ……それに熱燗って、あんた、こんな状況でお酒のこと考えてるの!?』

『ふふっ、元気な空母さんね。私たちの提督のところへ案内してあげるわ』

陸奥の優しい声で通信が途切れた。

 

「ふふっ、なんだか賑やかになりそうですね、提督」

明石が嬉しそうに笑いながら、執務室の窓を開けた。潮風と共に、遠くから三つの航跡が柱島泊地へと向かってくるのが見える。

「隼鷹さん……あの過酷な戦線を生き抜いてきた彼女が加われば、うちの航空戦力も確保できます。ただ、彼女の艤装もかなりボロボロのはずです。ウチのドックでまた龍壁さんの腕が鳴りますね!」

 

* * *

 

「ご苦労だったな、叢雲、陸奥」

波音を立てて桟橋に滑り込んできた三つの影。 司令官の出迎えの言葉に、まずは叢雲が腰に手を当ててツンとそっぽを向いた。

「……ふん。言ったでしょ、近海の雑魚なんて私の敵じゃないわ。これくらい当然の戦果よ」

そう強がる彼女だが、『ご苦労だった』と声をかけられたその頬は微かに緩み、誇らしげな色が浮かんでいた。

 

続いて陸奥が、重厚な戦艦の艤装を羽のように軽やかに畳みながら、艶やかな微笑みと共に龍壁へと歩み寄った。

「ただいま、提督。……ふふっ、本当に驚いたわ。全力で主砲を撃っても、火花一つ散らないし、関節の軋みもない。あなたの施してくれた調整、完璧だったわ」

彼女は龍壁の顔を覗き込み、心底安心したように目を細める。

 

そして最後尾から、ボロボロに焼け焦げた巻物のような航空艤装を背負い、陽気な笑い声を上げながら一人の艦娘が桟橋へ飛び乗った。

「ひゃははっ! お出迎えどうもだぜ、提督さん!」

軽空母、隼鷹。 かつての激戦の果てに艦載機を全て失い、あわや深海に沈む寸前だったはずの彼女だが、その瞳には未だ野性味と底抜けの明るさが宿っていた。

 

「軽空母・隼鷹だな。行方不明になったと聞いていたが、お前の武勲は聞き及んでいる。艦載機が無くなるまで戦い続けた、とな。柱島へようこそ。提督の龍壁だ、よろしく頼む」

「アタシの武勲を知っててくれるとはね! ま、見ての通りスッカラカンになっちまったが、最後までしぶとく足掻いてやったぜ」

龍壁の言葉に隼鷹はニカッと笑い、自分のボロボロの艤装をバンバンと叩いた。

 

「いやぁ、それにしても……」

彼女は陸奥と叢雲、そして龍壁を交互に見比べる。

「あの化け物みたいなパワーの主砲をノータイムでぶっ放す姉さんに、水の上をスケートみたいに滑る駆逐艦……。どっちも見たことねぇほど動きが洗練されてた。あんた、ただの提督じゃないな? その油まみれの手……凄腕の『エンジニア』って顔をしてるぜ」

隼鷹は豪快に笑いながら、龍壁に向かってズイッと顔を寄せた。

 

「よろしく頼むぜ、龍壁提督! アタシは隼鷹だ! 命拾いした恩もあるし、あんたのトコで思いっきり暴れさせてもらうぜ! ……で? 歓迎会といきたいところなんだけどよぉ……」

彼女は鼻をヒクヒクとさせ、冗談めかした口調で肩をすくめる。

「このボロい泊地、鉄と油の匂いしかしねぇな! 提督ゥ、まさかアタシの大好きな『熱燗』……一滴も置いてないなんて殺生なこと、言わないよな?」

 

「あはは……残念ながら、今のウチにはお酒を一滴も造る余裕はないですねー」

後ろからタブレットを持った明石が苦笑いしながら歩み寄ってきた。

「はじめまして、隼鷹さん。工廠長の明石です。お酒はありませんけど、あなたのその悲鳴を上げている航空艤装を直すためのドックと、腕利きの『元・本廠エースエンジニア』なら、ここに用意してありますよ」

「げっ、マジかよ……。まあいいや、命あっての物種ってね。それに、この提督さんがアタシの艤装をどう弄ってくれるのか、ちょっと楽しみだしな!」

隼鷹はカラカラと笑い、陸奥や叢雲と肩を組みに行こうとするが、『ちょっと、泥とススがつくでしょ!』と叢雲に怒られてさらに笑い声を上げている。

 

鉄屑の墓場のようだった柱島泊地に、隼鷹の豪快で明るい声が響き渡り、少しだけ空気が軽くなったように感じられた。

明石が龍壁の隣に立ち、小声で報告する。

「提督。隼鷹さんの艤装ですが、機関部から飛行甲板の制御系までかなりガタがきています。本格的な航空戦力として組み込むには、我々の手で一度バラして、基礎フレームから調整し直す必要がありそうです。それに、隼鷹さんの身体側の接続基部も確認しておかないと」

 

龍壁は隼鷹のほうを向くと、淡々と、しかしどこか柔らかい口調で告げた。

「あっけらかんとしているが、悲鳴をあげているのは艤装だけじゃないはずだ。隼鷹、入渠して休息を取れ」

その静かで、しかし確かな『人間としての彼女』を気遣う龍壁の言葉に、隼鷹の豪快な笑い声がピタリと止まった。

彼女はポカンと口を開けて龍壁を見つめ……やがて、後頭部をガシガシと掻いて、小さく息を吐き出した。

「……あーあ。こりゃ、誤魔化しがきかねえや。さすがは提督さん、よく見てるぜ」

先程までの底抜けの明るさが少しだけ鳴りを潜め、代わりに、幾度もの死線をたった一人でくぐり抜けてきた少女の『本音』と『疲労』が、その表情にどっと押し寄せた。無理に張っていた虚勢の糸が、司令官の言葉でふっと解けたのだろう。

 

「正直なところ、あそこでアンタの艦隊が来てくれなかったら、今頃海の底だったからな。……ありがたく、お言葉に甘えさせてもらうぜ。ははっ、なんだか急に身体が鉛みたいに重くなってきやがった……」

よろけそうになった隼鷹の腕を、隣にいた陸奥が優しく、しっかりと支えた。

「ふふっ。うちの提督は、艦娘の扱い方もお見通しみたいね。さあ、行きましょうか、隼鷹。私が背中を流してあげるわ」

「お、おう……悪いな、戦艦の姉さん。いや、陸奥さん」

「ちょっと、お風呂のお湯、勝手に全部使わないでよね! あんたたち二人とも、ちゃんと綺麗に洗ってから湯船に入るのよ!」

叢雲が腰に手を当てて小言を言いながらも、隼鷹のもう片方の腕を支え、三人で連れ立って居住区の方へと歩いていった。

 

その背中を見送りながら、明石が小さく息を漏らす。

「……あんなにボロボロになるまで戦って、それでも笑っていられるなんて。彼女も相当な無理を重ねてきたんでしょうね。龍壁さん、あのタイミングでお風呂に行かせて正解でしたよ。あのまま基部の詳細確認に移っていたら、緊張の糸が切れて気絶していたかもしれません」

 

明石は、隼鷹が桟橋に下ろしていった焼け焦げた飛行甲板と、ひしゃげた機関部を指差した。

「さて、彼女たちがゆっくり休んでいる間に、私たちはこの『悲鳴を上げている艤装』を解体して、組み直す算段を立てましょうか。……それにしても、酷い有様です。よくこれで海に浮いていられましたね」

 

* * *

 

明石と共に第一ドックへ隼鷹の艤装を運び込むと、油と焦げた配線の匂いが鼻を突いた。 元エンジニアである龍壁の目には、その損傷の深刻さは一目瞭然だった。飛行甲板には穴が空き、カタパルト機構は焼き切れ、主機材であるボイラーも限界を超えて酷使された痕跡がある。

「龍壁さん。これを元の『軽空母』として実戦配備できるレベルまで直すには、一度基礎フレームから完全にバラして、一からバイタルラインを引き直す大手術になります。おやっさん……北条大将から貰った資材とボーキサイトも、かなりギリギリの消費になるかと」

 

明石は手元のタブレットで計算を弾きながら、真剣な眼差しで龍壁を見つめた。

「でも、もし彼女の艤装を蘇らせることができれば、ウチの泊地に待望の『航空戦力』が加わります。……どうしますか、提督? 彼女が上がってくるまでに、この大手術に取り掛かりますか?」

「もちろんだ、明石。……見たところ損傷はひどいが、貨客船由来の上質な作りと材質の艤装だ。俺とお前なら2,3時間もあればやれる。さっそく取り掛かろう」

そう語る龍壁の目には、提督としてではなくエンジニアとしての、確かな光が宿っていた。

 

「さすが龍壁さん、迷いがないですね。……それじゃあ、私も腕まくりといきましょうか!」

明石は弾んだ声で応え、すぐさま作業台の照明を最大出力に切り替えた。

 

第一ドックの冷たい光の下、龍壁は隼鷹が背負っていた巨大な飛行甲板と機関部に向き合う。

焼き切れた配線、ひしゃげたカタパルトのレール、そして限界を超えて焼き付いたボイラー。 工具を握り、焦げた装甲板を取り外した瞬間、鼻を突く強烈なオイルと鉄の焦げる匂いが、龍壁の脳裏に『忌まわしい記憶』をフラッシュバックさせる。

 

息が詰まりそうになったその時。 遠くの居住区の方から、叢雲の甲高い文句と、それに被さる隼鷹の『ひゃははっ!』という豪快な笑い声、そして陸奥の穏やかな笑い声が、夜の泊地に微かに響いてきた。

その声が、意識を現実へと引き戻す。そうだ、いま自分の目の前にあるのは、あのお風呂で笑っている陽気な少女たちが、明日を生き抜くための「翼」なのだ、と。

 

「……龍壁さん。メス……じゃなくて、12ミリのレンチと、バイパス用の予備ケーブルです」

龍壁の僅かな硬直を察したのか、明石がいつもより少しだけ優しい声で、絶妙なタイミングで工具を差し出した。

「彼女の命脈(バイタル)に直結するメインフレーム、完全にイカれてます。……でも、あなたなら繋ぎ直せますよね」

龍壁は無言でレンチを受け取り、作業に没頭した。焼き切れたバイタルラインを一本一本手作業で繋ぎ直し、暴走寸前だったボイラーの圧力を最適なクリアランスに再調整し、ひしゃげた飛行甲板の展開機構をコンマ1ミリ単位で削り出して滑らかに整える。

明石もまた、龍壁と阿吽の呼吸で溶接とパーツの組み上げをサポートする。 二人の凄腕エンジニアの手によって、スクラップ同然だった航空艤装は、みるみるうちに本来の、いや、それ以上の洗練された機能美を取り戻していった。

 

* * *

 

「……ふぅ。完璧、ですね。さすがは元・本廠のエースコンビ、ってところでしょうか」

 

数時間後。顔を煤と油で真っ黒にした明石が、再起動のテスト結果が表示されたタブレットを掲げて誇らしげに笑った。

ドックの中央に鎮座しアイドリング音を響かせるのは、先程までのボロ屑が嘘のように黒光りする、真新しい航空艤装。 そこへ、お風呂上がりで首にタオルをかけ、火照った顔をパタパタと仰ぎながら隼鷹がフラリと入ってきた。

 

「いやぁ、極楽極楽! まさか最前線でこんないい湯に入れるとは……って、ん?」

隼鷹はドックの中央を見るなり、パチクリと目を瞬かせ、そのままポカンと口を開けて固まった。

「……おいおい、嘘だろ? アタシの艤装、どうなっちまったんだよ」

彼女は恐る恐る近づき、新造艦のように生まれ変わった自身の飛行甲板にそっと触れる。

「……カタパルトの歪みも、ボイラーの異音もねえ。それどころか、今までアタシが力技で誤魔化してた重心のクセまで、すっかり直ってやがる……」

 

隼鷹は信じられないものを見る目で、油まみれになっている龍壁を振り返った。

「提督。あんた、たった数時間でこれを? ……魔法使いか何かなのか?」

「魔法じゃありませんよ。ウチの提督の、執念と腕の結晶です!」

「俺と明石の、な」

明石が胸を張って答え龍壁が補足する。隼鷹はしばらく言葉を失った後……やがて、その目元を微かに潤ませ、にかっと太陽のような満面の笑みを浮かべた。

「ひゃははっ!こりゃあ恐れ入ったぜ!アタシ、今まで気合と根性だけで空飛ばしてたけど……この艤装なら、深海棲艦の親玉だって爆撃できちまう気がするぜ!」

 

彼女はバシッと自分自身の頬を両手で叩き、改めて龍壁に向き直ると、ビシッと美しい敬礼を見せた。その所作は、普段のガサツな態度からは想像もつかないほど、洗練されたお嬢様のような気品を微かに帯びていた。

「軽空母、隼鷹。ただいまをもって柱島泊地へ着任いたしました。 …へへっ。龍壁提督、アタシの命と翼を救ってくれた恩は、必ず最高の戦果で返してやるからな!」

 

頼もしい航空戦力の加入。 これで柱島泊地には、駆逐艦、戦艦、軽空母という、反攻に出るための最低限かつ強力な戦力が揃うこととなった。

「提督。これで泊地の防衛と戦力拡充という点では、ひと段落付きましたね」

明石はタブレットを閉じ、ホッとしたように息を吐き出した。

 

「今日は隼鷹さんの歓迎会も兼ねて、みんなで夕食にしてゆっくり休みましょう。……今後の戦略会議は、明日の朝一番ということで、いかがですか?」

「ああ、そうだな。艦隊の仲間も増えたところで、明日の朝、改めて泊地の方針を再確認しよう。今日はもう休め」

「了解です! じゃあ、今夜は歓迎会ですよー! お酒はないですけど、腕によりをかけてご馳走作っちゃいますからね!」

 

* * *

 

翌朝。 すっかり埃の払われた旧・本部棟の提督執務室に、朝礼を兼ねた作戦会議のため、龍壁、明石、そして三人の艦娘が集まった。 部屋には爽やかな潮風と共に、コーヒーと機械油の匂いが入り混じり、ここが確かに『艦娘と提督が生きる場所』になりつつあることを実感させる。

 

「ひゃははっ! しかし、改めて見るとすげェ面妖なメンツが揃ったもんだぜ!」

隼鷹は革張りの破れたソファにどかっと腰を下ろし、豪快に足を組んだ。

「どでかい戦艦の姉さん、それに生意気そうな駆逐艦。……昨日の飯の時も思ったが、アタシらみたいなはぐれ者や傷だらけの奴らが、こーんなボロボロの最前線で肩を並べるなんてよ。まるで海賊稼業みたいでワクワクしてきやがる!」

「なっ……生意気とは何よ! 私はこの艦隊の初期艦であり、秘書艦なんだからね! あんたこそ、朝からお行儀悪くしてたら私が海に叩き落とすわよ!」

叢雲が柳眉を逆立てて食って掛かるが、隼鷹は『おーおー、怖い怖い』とニヤニヤ笑って受け流す。

「ふふっ。賑やかでいいじゃない」

陸奥はそんな二人を微笑ましく見つめる中、明石がデスクの上に一枚の海域図を広げ、ポンと手を叩いて場を引き締めた。

 

「さて、お喋りはこれくらいにして。……提督の言う通り、戦力も揃ったところで、この柱島泊地の『今後の方針』を再確認しておきましょう」

明石は海域図の『柱島』を指差し、そこから広がる黒く塗りつぶされた海域へと指を滑らせる。

「現状、近海の安全は確保できました。しかし、少し沖合に出れば、そこはまだ深海棲艦がウヨウヨしている絶対防衛線です。そして……」

 

明石は少しだけ声を潜め、真剣な表情になった。

「本省の『南郷元帥』をはじめとする過激派の上層部は、この柱島を拠点にして、さらに奥の海域を奪還しろと圧力をかけてくるはずです。……彼らにとって、艦娘は使い捨ての駒。戦果を挙げなければ、支援も打ち切られかねません。一方で、私たちに物資を融通してくれた呉の北条大将は、『まずは生存と防衛を優先しろ』と言ってくれています」

 

その言葉に、部屋の空気が微かに張り詰めた。 『不退転作戦』で多くの仲間を失い、自身の艤装も失った経験を持つ陸奥の瞳に、暗い影がよぎる。

「……無謀な進軍。また、あんな地獄を繰り返せと本省は言うのかしら」

 

隼鷹もソファから身を乗り出し、真剣な顔つきになった。

「アタシは提督の命令ならどこへでも飛んでいくぜ。でも、無駄死には御免だ。……あんたの直してくれたこの最高の翼、誰かを守るために飛ばしたいからな」

 

叢雲は腕を組み、真っ直ぐに龍壁を見つめている。

「司令官。私はアンタの初期艦よ。アンタが『戦え』と言うなら戦うし、『守れ』と言うなら守るわ。……アンタの口から、この泊地の方針を聞かせてちょうだい」

 

全員の視線が新任の司令官である『龍壁 古毅』へと集中する。

 

若干の思案の後、龍壁は口を開いた。

「北条のおやっさんに倣って専守防衛…と言いたいところだが、南郷元帥…お上を敵に回すことは、軍人にとって死を意味する。おやっさん以外にも穏健派の後ろ盾が欲しいところだな」

龍壁の極めて現実的で、『生存』を計算した言葉に、執務室の空気がふっと緩んだ。

理想論だけで『専守防衛』を掲げれば、上層部の反発を買い、最前線のこの泊地は文字通り補給を絶たれて孤立死する。その軍政のリアルを誰よりも理解しているからこその、したたかな発言。

 

「……ふふっ」

最初に沈黙を破ったのは、陸奥だった。彼女は心底安堵したように、艶やかな吐息と共に微笑みをこぼす。

「よかった。理想だけを語る青臭い提督なら、私たちが苦労することになったもの。……上層部の顔色を窺うフリをしながら、水面下で生き残るための手札を揃える。あなた、本当に食えない男ね。ますます気に入ったわ」

 

「ひゃははっ! 違いねえ!」

隼鷹もソファの背もたれにドカンと寄りかかり、豪快に手を叩いた。

「真っ向からお上に逆らって首を括るより、したたかに立ち回って生き延びる方がずっとタフってもんだ! アタシもそういう泥臭いやり方、嫌いじゃないぜ。さすがはアタシの艤装を直した頭脳だ!」

 

叢雲は腕を組んだまま、「ふん」と小さく鼻を鳴らして龍壁を見つめる。

「当然よ。上層部の言いなりになって私たちをすり潰すような無能なら、私がこの主砲で撃ち抜いてやるところだったわ。……まぁ、少しは司令官らしく、頭が回るみたいね。少しだけ、見直してあげる」

ツンとした物言いだったが、そのルビーのような瞳には、確かな信頼が宿っていた。

 

「……なるほど。南郷元帥の目を誤魔化しつつ、北条大将以外の『穏健派』を味方につける、ですね」

明石が感心したように頷き、手元のタブレットを操作して、海域図の上に一つのデータを表示した。

「提督の言う『もう一人の穏健派の後ろ盾』ですが……実は、心当たりが一つあります。佐世保鎮守府の『西村 祥子(にしむら しょうこ)』大将です」

明石はタブレットの画面を皆に見えるように掲げた。

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回「第4話. 佐世保との通信」は、4/27の18時頃に投稿予定です。
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