『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説 作:龍改二
柱島と佐世保の中間、暗礁海域。 そこは既に、凄惨な「殺戮」の舞台と化していた。
『……死ね。……壊れろ。……殺す』
重油の悪臭と、肉の焦げるような異臭が立ち込める海域の中央。
たった一隻の駆逐艦が、数十隻の深海棲艦の群れの中で、文字通り自らの命を『すり潰しながら』踊っていた。
敵艦の残骸を足場に宙を舞い、真下へと魚雷を叩き込む。爆炎の中心へ躊躇なく着水し、全身の皮膚を炭化させながら次の獲物へ突撃していく。
轟音と共に放たれた重巡洋艦の至近弾が、彼女の左腕を肩ごと吹き飛ばし、薄い腹部を半ばまで抉り取った。
撒き散らされるのは、赤い血ではない。不気味に淀んだ『青い体液』。
普通の艦娘なら即死する致命傷。……しかし時雨は、痛覚すらとうに焼き切れた顔で、止まることなく敵の喉元へと肉薄する。
次の瞬間、欠損した腹部と肩の断面から、無数の青い繊維が爆発的に噴き出した。
メキメキと軋みを上げて骨が生え、肉が異常な速度で編み上げられる水音が響く。それは「治癒」ではなく呪いが迸るような、強制的な「増殖」だった。
『……ボクは、死なない。次は……お前の番だ』
時雨は無表情のまま、再生しきっていない皮膚の剥げ落ちた左腕で、艤装に内蔵された短刀を引き抜く。
その青い血で染まった刃を、敵の分厚い装甲の隙間に腕ごとねじ込み、体内の弾薬庫や動力中枢を深々と抉り回した。
敵艦が内部誘爆を起こし、突き入れた左腕ごと、彼女の半身が再びミンチ状に吹き飛ぶ。
だが、肉片が海面に落ちると同時に、傷口から異常増殖した青い繊維が肉と骨を高速で編み上げ、再び『時雨』を形成していく。
腕とともに吹き飛んだ鋼鉄の艤装すらも、破断面から伸びた青い繊維が強引に繋ぎ合わせ、元の形状へと再生した。
破壊と再生が、ほぼ同時に起きている異常事態。
その細い首が不自然な角度で折れ曲がろうとも。
どれほど肉体が欠損しようとも。
彼女の、虚無のように暗い瞳だけは、一切のブレなく次の獲物を『睨みつけて』いた。
「青血」の時雨。
青黒い返り血と自身の青い血に塗れ、幾度も自らを破壊しながら敵を屠り続ける姿は、まさに明石の言う「化け物」そのものだった。
『……ッ、時雨のバイタル、すでに異常値です! 自己再生の間隔が早すぎます! このままじゃ……ッ!』
通信機越しに明石の悲鳴に近い報告が響き、時雨が次の敵陣へ捨て身の特攻を仕掛けたその瞬間。
『……なにしてんのよ、狂犬! あんたの死角、ガラ空きじゃない!』
凄まじい水飛沫と共に、時雨の真横を猛烈なスピードで駆け抜けた白い影——叢雲。
龍壁が極限までチューニングした艤装は、海軍最強の
『……え?』
時雨の虚ろな瞳が、わずかに見開かれた。自分の速度に追いつき、あまつさえ自分を「庇った」存在に、彼女の思考回路にかかった
『ボーッとしてないで! 敵の陣形をかき乱すわよ!』
その言葉と共に、叢雲は水面を滑るような超高速機動で深海棲艦の懐へ飛び込んだ。 すれ違いざまのゼロ距離。彼女の12.7cm連装砲が火を噴き、軽巡洋艦の装甲の継ぎ目を的確に撃ち抜いて爆散させる。 一切の被弾なく高速で駆け抜ける叢雲の機動を目の当たりにして、時雨の虚ろだった瞳に、初めて明確な「歓喜」の熱が灯った。
『……アハッ。キミ、すごく速いね。……いいよ、一緒にコイツらを殺そう』
時雨が口角を吊り上げ、海面を蹴る。先程までの自傷を伴う泥臭い特攻とは違う、純粋な「速度」の解放。
白い影が敵の死角から砲撃を叩き込んだ直後、崩れた陣形の隙間へ青い影が飛び込み、ゼロ距離から魚雷をねじ込む。敵が時雨に主砲を向ければ、即座に叢雲がステップを踏んで回り込み、12.7cm砲のつるべ打ちでその頭を吹き飛ばす。
阿吽の呼吸などという楽しげなものではない。ただ互いの「圧倒的な速度」だけを信じ合った、狂気的で美しいツイン・ドライブ。 二つの影は、重厚な深海棲艦の陣形の中をピンボールのように縦横無尽に跳ね回り、文字通り「暴風」となって敵艦隊を蹂躙していく。
そして、二人が作り出した破壊の嵐に呼応するように、上空から爆音と共に無数の艦載機が飛来する。
『ヒャッハー! そらそら、上を向きな! お待ちかねの爆撃だぜェ!』
隼鷹が放った急降下爆撃機と雷撃機が、叢雲と時雨に気を取られていた深海棲艦の頭上に殺到した。 次々と巻き起こる爆発。敵の重巡洋艦や軽巡洋艦の装甲が紙のように引き裂かれる。
前衛の叢雲と時雨が撹乱し、上空から隼鷹が血路を拓く。強固だった敵の前線基地の陣形は、いまや完全に崩壊していた。
しかし、深海の闇もただ大人しく蹂躙されるのを待ってはいなかった。
『……ッ! 提督、敵基地の中枢から異常な熱源反応! 限界を超えたエネルギーをチャージしています!』
レーダーを監視していた明石が、悲鳴のような声を上げた。
『味方の深海棲艦ごと自爆するつもりです!チャージ完了を許せば、海域まるごと、叢雲ちゃんたちも……!』
『提督。……準備、完了よ』
明石の焦躁を塗り替えるように、通信機から、静かに燃え上がるような陸奥の声が響いた。
前衛と航空隊によって一箇所に追い詰められた深海棲艦と、その基地の中枢。すべてを完全に射程に収めた位置で、戦艦・陸奥の巨大な41cm連装砲が火を噴く時を待っていた。
『敵の頭上、完全に押さえたぜ!』
『司令官、目標の固定完了! いつでもいけるわ!』
しかし、明石のさらに切羽詰まった声が同時に響いた。
『ダメです! 時雨が敵基地の中枢に突っ込んでいます! あの位置のまま陸奥さんが砲撃すれば、時雨も爆発に巻き込まれて……いくら不死身でも……ッ!』
「叢雲!時雨を引っ掴んで離脱しろ!…陸奥!叢雲を『信じろ』!……撃て!!」
龍壁のその声は、通信機越しのノイズを切り裂き、過酷な戦場に雷鳴のように響き渡った。
『了解よ、司令官!』
叢雲は一瞬の躊躇もなく、極限まで調整が施された機関をフルスロットルで吹かせる。甲高いタービンの咆哮と共に、彼女は弾かれたように海面を蹴り、敵陣のど真ん中で狂ったように砲を撃ち続ける時雨の元へ肉薄した。
『……邪魔、しないで。全部、全部…殺すんだ……!』
虚ろな瞳でなおも敵へ突撃しようとする時雨。その細く冷たい腕を、べっとりとこびりついた青い血の感触ごと、叢雲が力任せに引っ掴んだ。
『バカ言ってんじゃないわよ! 死にたがりは「自分ち」でやりなさい!』
叢雲は時雨を抱え込み、進路を反転させる。時雨がもがこうとするが、強引に戦域の外へと駆け出した。
そして、その叢雲の離脱行動と「同時」に。
——”叢雲を信じろ”
味方を巻き込むかもしれない至近距離での大爆発。それは、かつての凄惨な作戦で仲間を失い、自らも炎に呑まれた陸奥の深いトラウマを抉る。
しかし。
『……ええ。私はもう、恐れないわ』
陸奥の艶やかな声から、一切の迷いが消え去った。
彼女は、提督と「可愛い先輩」を信じ抜き、巨大な41cm連装砲の引き金を引いた。
『——全主砲…撃て!!』
空を「叩き割る」ような、破壊的なまでの轟音。
陸奥の放った巨大な砲弾の群れは、深海棲艦の前線基地の中枢へ寸分の狂いもなく着弾し……次の瞬間、太陽が落ちた。
紅蓮の閃光と、巨大な爆発のドームが海面を覆い尽くす。
『ひゃあああっ!? す、すげェ火力だ! 吹き飛ばされるなよ!』
隼鷹が凄まじい爆風に煽られて、自身の艦載機を慌てて引き上げる。
爆心地から猛烈な勢いで広がる爆風と高波。
『きゃあぁぁっ……!?』
叢雲は時雨を抱き抱えたまま、その衝撃波を背後からモロに受ける。
並の艤装と駆逐艦であれば、バランスを崩して波に呑まれ、海の藻屑となっただろう。しかし、龍壁の「職人の手」によって自分専用に調整された艤装を駆る「可愛い先輩」は、荒れ狂う爆風と高波の中を、抱え込んだ時雨もろとも吹き飛ばされながらも、決して手を放すことなく見事に波頭を滑空し、高速のサーフィンのように死地から抜け出すことに成功した。
「青血」の時雨は叢雲の腕の中で、ただ、目を丸くしていた。
* * *
数分後。 荒れ狂っていた海面が嘘のように静まり返り、後には深海棲艦の残骸と、消滅した基地の痕跡だけが漂っていた。
『……敵艦隊の全滅、および前線基地の完全な破壊を確認。そして……』
執務室でモニターを見つめていた明石が、信じられないものを見るように震える手で口元を覆った。
『時雨のバイタル、急速に安定……! 危険域にあった「青血」の血中濃度が、正常値に戻っていきます……ッ!』
通信機から、叢雲の荒い息遣いと共に、信じられないといった様子の時雨の声が響いた。
『……なんで? あんな至近距離の爆発……ボクを庇いながら逃げるなんて。キミは、死ぬかもしれないのに……』
自らの腕の中で目を丸くする時雨を見下ろし、煤だらけになった叢雲が「げほっ、ごほっ」と咳き込みながら、ドヤ顔で言い放った。
『……ふん。私の背負ってる艤装は、そこらのガラクタとは違うのよ。ウチの司令官が、私のために完璧に調整してくれた「翼」なんだから。あんたみたいな狂犬と一緒に、沈んでやるもんですか』
時雨は目を見開き、そして……ひび割れていた彼女の瞳に、ほんの少しだけ、人間らしい戸惑いと、静かな光が宿った。
『……司令官。キミたちの、提督……』
『ふふっ。大成功ね、提督。私、「あの光景」を……過去の炎を、乗り越えられたわ。……あなたと叢雲ちゃんのおかげよ』
陸奥の誇らしげで、どこか甘い安堵を含んだ声が重なる。
そして。 ツー、というノイズの直後、佐世保鎮守府の西村から直接、暗号回線が繋がった。
『——龍壁司令』
西村の声は、先刻までの疲労と絶望が嘘のように、深く、熱く震えていた。
『全て見ていた。……今でも信じられん。敵の前線基地を消し飛ばしただけではない。あの時雨を暴走から引き戻し、身を挺して庇ってくれたな。……お前たち柱島艦隊は、命を重んじる。……この目で、見させてもらったよ』
西村は、通信機越しに深く頭を下げるような、真摯な声色で告げた。
『条件は満たされた。いや、私が求めていた以上の結果だ。……感謝する。その時雨の顔を見ればわかる。お前と朝比奈は、時雨の呪いを解く「希望」を見せてくれた。 約束通り、これより我が佐世保鎮守府は、柱島泊地の「後ろ盾」となろう。南郷の過激な横槍は、私が全力で防波堤になる。……お前たちはそこで、その素晴らしい艦隊と共に、存分に生き延びてみせろ!』
明石が目に涙を浮かべながら、満面の笑顔でガッツポーズを作った。
『やりました……! やりましたよ、提督! これで、柱島の安全も、政治的な足場も、完全に盤石です!』
海軍最強の四方を抱える佐世保との同盟。 それは、つい先日まで鉄屑の墓場だったこの柱島が、海軍の勢力図すらも塗り替える強固な「要塞」として産声を上げた瞬間だった。
「西村閣下。今日の勝利は、私どもだけの戦果ではありません。私を信じて戦ってくれた彼女たちと、貴女の大切な秘書艦殿の戦果に他ならない。……同盟の締結に深く感謝いたします。ご期待に添えますよう、更に精進いたします」
通信機の向こうで、西村が小さく、しかし確かな温もりを帯びた声で息を吐いた。
『……「貴女の大切な秘書艦」、か』
西村の言葉には、長く忘れていた泥臭い人間味と、艦娘たちへの深い愛情が戻っていた。
『本当に、どこまでも彼女たちを「人」として扱う男だな。お前のような提督がまだ海軍に残っていたとは。……北条が無理を押し通してでもお前を最前線に据えた理由が、痛いほどよくわかったよ。…ああ、共に生き残ろう、龍壁司令。……お互いの、大切な彼女たちのために』
そして、西村の通信が切れる直前。戦域を離脱していく叢雲の腕の中から、時雨の微かな、ひび割れながらも穏やかな声が聞こえた。
『……帰るよ。ボクも、「自分ち」へ』
『………あ……、………』
最後に何かを言いかけて口を噤み、そこで通信が完全に途切れる。
指揮艦と執務室には静寂と、波の音だけが戻ってきた。
龍壁は一つ息を吐くと、過酷な死闘を生き抜いた自らの艦隊へ、誇らしげに語りかけた。
「叢雲、陸奥、隼鷹、……”朝比奈“。よくやったな。さあ、帰投しよう」
『——ッ』
通信機の傍らに立っていた明石は、龍壁が最後に呼んだ「朝比奈」という名前に、ビクッと肩を震わせた。 かつて、自らの業に絶望し、捨てるように封印したその名前。それを今、「呪い」としてではなく、戦場で共に命を繋ぐ「戦友」として、確かな信頼と共に呼んでくれた。
明石の大きな瞳から、ポロリと一粒の涙がこぼれ落ちた。彼女は慌てて油まみれのツナギの袖でそれを乱暴に拭い去り、いつもの、いや、今までで一番眩しい「明石」の笑顔を咲かせた。
『……はいっ! お待ちしています、提督! 最高の祝勝会の準備をしておきますから!』
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて第一章「鉄屑の城と青い雨」はENDです。
次回から第二章「火種と雷鳴」が始まります。
次回、「第6話. 殲滅許可証とガン・ハルバード」は5/1の18時頃に投稿予定です。
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