『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説 作:龍改二
そして、数日後——作戦決行日。
本省の主力艦隊が遠く離れた安全圏からゆっくりと進軍を開始したという暗号通信を受信し、柱島艦隊もまた抜錨の時を迎えた。
海図に示された目標は、深海棲艦の巨大泊地。 本省の予定では、叢雲たち『囮』が敵の防衛線を突き崩し、あるいは全滅するまでの間に、主力艦隊が無傷で敵の中枢……『手柄』を掻っ攫うという算段だ。
しかし、桟橋に集結した三人の艦娘たち——新型の近接兵装を携えた叢雲、完璧な状態に仕上がった隼鷹、そして威風堂々たる陸奥の瞳に、悲壮感は微塵もなかった。 そこにあるのは、自分たちを侮った本省の連中の度肝を抜き、この海域の深海棲艦を『自分たちだけで』喰い尽くしてやろうという、獰猛なまでの闘志だけだ。
「本省の主力部隊、現在目標海域から50海里後方をノロノロと航行中! コチラはいつでも出撃可能です!」
通信機から、明石の明るい報告が響く。
「ひゃはは! あのエリートどもがお茶飲んでる間に、一番美味いところを頂こうぜ、提督ゥ!」
「ええ。私たちの力、存分に見せつけてやりましょう」
「司令官。私の新しい槍の初陣よ……命令を!」
龍壁は全員を見回すと、高らかに宣言した。
「諸君、コレより我らは敵艦隊を惹きつける灯火となり、飛び入る羽虫を焼き払う業火となる。『誘蛾灯作戦』、開始だ。抜錨せよ!」
龍壁が宣言した『誘蛾灯作戦』。それは最高に皮肉で、最高に傲慢で、そして最高に頼もしい作戦名だった。
その言葉が響き渡った瞬間、桟橋の艦娘たちの間に、ゾクッとするような獰猛な歓喜の波が広がった。
「ひゃーっはっはっは!! 『誘蛾灯』とはね! 飛んで火に入る夏の虫ってか! 最高にイカしたネーミングじゃねえか、提督ゥ!」
隼鷹が自身の磨き上げられた飛行甲板をバンバンと叩き、空気を震わせるような高笑いを上げる。
「本省のエリートどもがビビって遠巻きにしてる間に、アタシらの『業火』で全部こんがり焼いてやろうぜ!」
「ふふっ……本当に、私たちをただの捨て駒だと思っている本省の連中が聞いたら、腰を抜かしそうな名乗りね」
陸奥は艶やかな唇を三日月のように吊り上げ、自身の背にそびえる41cm連装砲をゆっくりと展開させる。
「ええ。あなたの灯火に群がる哀れな羽虫ども……一匹残らず、消し飛ばしてあげるわ」
「……ふんっ。ガラにもなくシャレた言葉並べちゃって。でも……悪くないわね!」
叢雲は、漆黒の『ガン・ハルバード』をクルリと手の中で回し、切っ先を水平線の彼方——深海棲艦の海域へと突きつけた。
「私の新しい刃の錆にしてあげるわ! 柱島泊地、龍壁艦隊……抜錨よ!!」
三つの航跡が、凄まじい飛沫を上げて柱島の海を蹴り立てた。 龍壁と明石がコンマ数ミリ単位で調整を施した完璧な機関は、『暴力的な音楽』のような推進音を響かせ、目標海域へと一直線に進んでいった。
* * *
『……龍壁艦隊、作戦海域へ到達。本省の主力部隊は……ふふっ、まだ遥か後方をノロノロと航行中ですね』
通信機越しに、本部棟でレーダーを監視する明石の、少し意地悪な笑みの乗った声が響く。
『お、提督。敵の巨大泊地周辺に展開していた深海棲艦の群れが、こちらに気づいて……、来た!見事に釣られました! 猛スピードで接近してきます!』
明石の報告通り、前方から海を黒く染め上げるような深海棲艦の群れが押し寄せてきた。 駆逐艦、軽巡洋艦、そして重装甲を誇る戦艦級まで。彼らは「無防備な少数の獲物」を見つけ、まさに光に群がる羽虫のように、前後不覚で殺到してきていた。
『……司令官! 敵の先陣、射程圏内に入るわ!』
先頭を駆ける叢雲が、自身の「槍」を構えながら鋭く叫ぶ。 敵の数は圧倒的。しかし、彼女の背後には上空で爆撃のタイミングを待つ隼鷹航空隊と、全砲門の装填を完了した陸奥が控えている。
本省の連中が震え上がるほどの敵の大群が、「誘蛾灯」の光に吸い寄せられ、愚かにも完全に密集した陣形を形作っていた。
『ふふ…っ。まるでお団子艦隊ね』
腕を組み、頬に手を当てた陸奥が不敵な笑みを浮かべる。
「戦闘開始だ!叢雲、先陣をきれ!隼鷹、陸奥!叢雲を援護しろ!」
龍壁が海域後方の指揮艦から声を上げた。
『了解よ、司令官! 私の新しい「槍」の切れ味、特等席で拝ませてあげるわ!』
龍壁の号令を受け、最前線に躍り出た叢雲が、極限までチューニングされた機関を限界まで吹かせた。 甲高いタービンの咆哮と共に、彼女の小さな身体が弾丸のような速度で海面を滑り、密集する深海棲艦の群れへ単騎で突撃していく。
敵の水雷戦隊が、一斉に叢雲へ向けて砲門を向けるが——遅い。 コンマ数ミリの重心調整と、新型スラスターの推進力を得た叢雲の機動は、もはや旧式駆逐艦のそれではなかった。
『——遅いわよ、ウスノロども!』
叢雲は被弾するより早く敵の懐へと滑り込み、黒光りする「ガン・ハルバード」の切っ先に青白いプラズマブレードを発生させた。
すれ違いざまの一閃。
『一つ!二つ!……三つ……!』
叢雲は舞うように海面を駆け抜けながら、次々と敵の前衛を「解体」していく。
深海棲艦の群れは完全にパニックに陥り、陣形が内側から崩壊し始めた。
そこへ、空と海から無慈悲な「援護」が襲いかかる。
『ひゃーっはっはっは!! アタシの可愛い妹分から、目を逸らしてんじゃねえぞ!!』
上空の雲を突き破り、隼鷹の放った急降下爆撃機と雷撃機が、密集して身動きの取れない敵の頭上に殺到する。 連鎖する凄まじい爆発。逃げ場を失った深海棲艦たちが、次々と炎を上げて海に沈んでいく。
『叢雲ちゃん、そこを退いて。……本命の「業火」、お見舞いするわ』
陸奥の艶やかで、絶対的な死を宣告する声が響いた。 前衛の叢雲が敵をかき回し、隼鷹が空から逃げ場を奪ったことで、深海棲艦の主力——戦艦・重巡洋艦級は完全に一箇所に固まっていた。
陸奥の41cm連装砲から放たれた巨大な徹甲弾の群れが、敵主力の密集陣形を一網打尽にする。 暗礁海域の時と同じか、それ以上の紅蓮の閃光と巨大な水柱が上がり、敵の主力艦隊は文字通り「消滅」した。
『や、やりました! 敵前衛および主力艦隊、完全に沈黙!』
本部棟の通信機から、明石の歓喜の声が響き渡る。そして彼女は、意地悪な笑いを堪えきれない様子で報告を続けた。
『提督、面白いものを受信しましたよ! はるか後方を航行中の本省エリート艦隊の暗号通信です! 「馬鹿な、レーダーの故障か!? 囮の鉄屑艦隊が、単独で敵主力部隊を蹂躙しているだと!?」……って、完全にパニックに陥ってます!』
「ひゃははは! ざまあみやがれ! あいつらがノロノロ近づいてくる頃には、ペンペン草一本残ってねえぜ!」
隼鷹が痛快な笑い声を上げる。
しかし——。 その直後、レーダーを監視していた明石の顔から、スッと血の気が引いた。
『……待ってください、提督。敵の巨大泊地の奥底から、信じられない質量の生体反応が急速に浮上してきます。これは……深海棲艦の「姫」クラス……それも、超大型の「要塞」です!』
海面が不気味に泡立ち、海坊主のように膨れ上がる。水が剥がれ落ち、姿を現した巨大な黒い影…… それは、幾十もの重砲塔と分厚い装甲に覆われた、小さな島そのものが生きているかのような異形の怪物だった。「島」はまるで激怒するかのように、赤く爛々と輝く複数の眼球を最前線にいる叢雲へと向けた。
『……チッ! さすがに一筋縄じゃいかないわね!……司令官、指示を!』
叢雲が自身の槍を構え直し、陸奥と隼鷹も臨戦態勢に入る。
「叢雲、隼鷹!わずかでもいい、2人で要塞の装甲に穴を空けろ!……陸奥、そこを撃ち抜けるな?」
『……愚問ね、提督。私を誰だと思っているの?』
陸奥は艶やかな笑みを深くし、巨大な41cm連装砲の砲身を、ズシリと音を立てて目標へ向けた。
『ええ。針の穴だろうと、私が確実に
前衛の二人が、呼応するように声を上げる。
『ひゃはははっ! 聞いたか叢雲! ほんの少し、装甲を引っ剥がすだけでいいんだとよ! アタシらの提督は最高に人使いが荒いぜ!』
『ふんっ! やってやろうじゃない! 司令官、私の刃から目を離さないでよね!』
赤黒く蠢く要塞が、侵入者をすり潰すため無数の副砲射撃と触手のような対空砲火を一斉に薙ぎ払う。海面が爆発で埋め尽くされ、並の艦娘なら一瞬で蒸発するほどの砲弾の壁が形成される。
しかし、龍壁と明石が組み上げた叢雲の「超高速機動」は、その弾幕の僅かな隙間を縫うようにして要塞の懐へと潜り込むと、黒い装甲を風の如く蹴り上がり、要塞の正面、何もない空中へと躍り出た。
足場のない空中。本来なら致命的な隙となるその瞬間に、叢雲はガン・ハルバードを大きく背後へと振りかぶる。
『——そこよッ!!』
叢雲の叫びと同時。長柄の背部に内蔵された姿勢制御用スラスターが、紅蓮の炎を噴き上げた。
焦げた機械油の匂いが空気を焼く。莫大な推力が、空中に浮いた叢雲の身体ごと、強引に刃を加速させる。ロケットの推進力と遠心力を乗せた超速度の斬撃が、要塞の最も分厚い正面装甲の「継ぎ目」へと叩き込まれた。
バチバチと鼓膜を破るような轟音と共に、凄まじい火花とプラズマの閃光が弾け飛ぶ。
『硬い……っ! でも、司令官がくれたこの刃に、斬れないものなんてないわ!!』
自身の腕の骨が軋むほどの反動に耐えながら、叢雲はスラスターの出力を限界まで引き上げ、絶叫と共に刃を押し込む。
超高熱のブレードが分厚い装甲をドロドロに溶断し、ついに分厚い黒鉄の表面に、決定的な「十字の亀裂」を走らせた。
叢雲が離脱したそのコンマ数秒後。
『ヒャッハー!! どけドケェ! アタシの特製「徹甲爆弾」のお通りだぜェ!!』
上空から急降下してきた隼鷹の艦載機部隊が、叢雲が溶断した「十字の亀裂」へ向けて、ピンポイントで爆弾の雨を降らせる。 狙撃手のように狙い澄まされた一点集中の爆撃。要塞の分厚い装甲がついに限界を迎え、ひしゃげるようにして吹き飛んだ。 その奥に露出したのは、赤黒く脈打つ、姫級の
『……隼鷹、叢雲ちゃん。ありがとう、完璧よ』
その後方。 龍壁の施した「完璧なバイタルリンク」によって艤装の照準システムと完全に同調した陸奥の瞳が、静寂と共にわずか数十センチ程度の「穴」を見据える。
『——全主砲………撃て!!!』
陸奥の主砲から放たれた極大の徹甲弾は、空気を切り裂きながら一直線に要塞へと飛翔し……隼鷹と叢雲がこじ開けた「装甲の穴」へと、寸分の狂いもなく吸い込まれた。
数秒の、不気味なほどの静寂。 そして——要塞の内部から、星が爆発したかのような、目も眩む閃光が膨れ上がった。
金属音にも絶叫にも聞こえる断末魔と共に、赤黒い装甲の巨岩が、内側から粉々に弾け飛んだ。 衝撃波が海面をえぐり、災害のような高波が周囲の海域を洗い流していく。
『……敵要塞、内部からの完全破壊を確認……!』
執務室のレーダーを監視していた明石が、震える声で、しかし歓喜の叫びをあげた。
『やりました! 敵主力および姫級要塞、全滅です! 龍壁艦隊、目標海域の深海棲艦を完全に制圧しました!!』
『ひゃーっはっはっは!! 見たかコラァ! これがアタシら柱島の力だぜ!』
『……ふぅ。まあ、こんなものね。司令官の作戦と艤装があれば、造作もないことよ』
『ええ。本当に……あなたという人は、私たちに最高の舞台と勝利をくれるのね。ゾクゾクしちゃうわ』
通信機越しに、煤だらけになりながらも誇らしげに笑う三人の声が響く。
明石のタブレットがピピッと新たな反応を知らせた。 彼女の顔に、最高に意地悪で、痛快な笑みが浮かぶ。
『あー、提督。……先ほどまで遥か後方でノロノロと「安全な進軍」をしていた本省の主力艦隊が、ようやくこの作戦海域に到着したみたいです』
明石がスピーカーの音量を上げると、本省のエリート将校たちの、狼狽しきった通信が流れ込んできた。
『な、なんだこの惨状は!? 敵の主力大隊が……跡形もなく消え去っているだと!?』
『囮部隊はどうなった!? あの左遷少将と、鉄屑の艦隊は……!?まさか、あいつらだけでこの海域を殲滅したというのか!! ば、馬鹿なッ! こんな戦果、元帥閣下にどう報告すれば……!』
完全にパニックに陥り、自分たちの「手柄」となるはずだった敵を全て喰い尽くされて呆然とする本省の艦隊。 彼らの目の前には、悠然と海原に浮かぶ、叢雲、隼鷹、陸奥の姿があった。
「柱島艦隊から本省艦隊へ。貴艦隊の航路を邪魔する障害物は排除した。通過されたし。どうぞ」
『……ッ! な……き、貴様ら……!』
龍壁の放った、極めて事務的で、完璧なまでに「露払い」の報告を装った通信。 ノイズ越しに聞こえてきた本省艦隊の司令官の声は、怒りと屈辱、そして自分たちが「完全に出し抜かれた」という事実に対する絶望で、ひっくり返りそうに上ずっていた。
『し、障害物だと……!? 姫級の要塞を含めた深海棲艦の主力大隊が、障害物……! 貴様らごとき鉄屑の寄せ集めで……!』
『ああ、そうとも! 障害物以外の何物でもないぜ!』
本省の将校がわめき散らす通信に、隼鷹が愉快でたまらないといった様子で割り込んだ。
『アタシらの提督の完璧な整備と作戦の前じゃ、あんなデカブツもただの「羽虫」だったってわけだ! ほら、エリートさんたちは安全な海をゆっくりお散歩して帰りな! 美味しいところは全部、アタシら柱島が頂いたからよ!』
『き、貴様らぁぁ……ッ!!分かっているのかッ!我々はなんご——』
『はい、通信切断!』
明石がこれ以上ないほど晴れやかな笑顔で、本省との通信スイッチをパチンと切った。指揮艦と執務室に、静寂と……やがて、堪えきれない爆笑が響き渡る。
『あははははっ! 提督、最高です! 「通過されたし」って! あの本省の連中の間抜けな声、録音して目覚ましに設定してやりたいくらいですよ!』
明石は涙目になりながらお腹を抱え、机をバシバシと叩いた。
通信機からは、前線の三人からも歓喜の声が届く。
『ふふっ……本当に、悪い男。エリートのプライドは滅茶苦茶でしょうね。……でも、そういう容赦のないところ、ますます惚れ直しちゃいそう』
陸奥の艶やかな声には、戦いを終えた安堵と、仲間たちへの絶対的な信頼が入り混じっていた。
『……ふん。せいぜい地団駄踏んで悔しがればいいわ。私たちが命懸けで取り返した海よ。誰にも手出しなんてさせないんだから』
叢雲も、プラズマブレードを収めた槍を肩に担ぎ、勝ち誇ったように水平線を見つめている。
『……さ、早く帰るわよ! 司令官、約束忘れてないでしょうね! とびっきり甘いお菓子と、私が休むためのお茶の準備!』
『アタシは酒だ酒ェ! 祝勝会だ! 明石ィ、西村大将からもらった物資で、美味いツマミ用意しといてくれよな!』
『はいはい! ドックの準備も、宴会の準備も、明石にお任せ! 気をつけて帰ってきてくださいね!』
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回「第8話. 呪詛を装填せよ」は、5/5の18時頃に投稿予定です。
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