『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説 作:龍改二
夕陽が柱島の海を黄金色に染める頃。大戦果を挙げた三人が指揮艦と共に桟橋へと帰還した。
彼女たちを出迎えたのは、すっかり見違えるように整頓された工廠と、明石が腕によりをかけて準備したご馳走の数々。それは配給品をアレンジしただけのものだったが、今の柱島泊地にとっては、コレ以上ない贅沢品だった。更には、明石がどうにか醸造したアルコール飲料さえ用意されている。
「ひゃーっはっは! 乾杯だァ!!」
隼鷹がジョッキを掲げて豪快に飲み干し、陸奥は優雅にグラスを傾けながら心地よさそうに目を細めている。 叢雲は『……まあ、悪くないわね』とツンツンしながらも、特別に用意された甘いクッキーをかじり、嬉しそうに尻尾……ではなく、ロングヘアを揺らしていた。
「……提督」
宴会が一段落した頃。明石がタブレットを手に、龍壁の隣へそっとやってきた。
「本省の連中は、尻尾を巻いて逃げ帰ったそうです。今回の作戦で、柱島の功績は海軍全土に知れ渡ったと思います」
彼女は誇らしげに、しかし次の展望を見据える技術者の顔つきで画面を示した。
「それと、龍壁さんが姫級要塞の残骸から回収してきた『特殊資材』の件なんですが…」
その声が一段と真剣味を帯びる。
「龍壁さん、本気なんですか。残骸とはいえ『深海棲艦の
祝勝会の余韻が心地よく満ちていた執務室の空気が、一瞬にして引き締まった。
「……アンタ今、なんて言ったのよ?」
叢雲が怪訝な顔で問うが、龍壁は構うことなく明石に答えた。
「ああ、本気だ。あの姫級が単なる『はぐれ』ではなく、さらに奥の海域に複数体潜んでいるとしたら……今の火力ではジリ貧になる。それに……」
龍壁は少し声を潜め、明石の揺れる瞳を見つめた。
「本省のプライドをへし折った代償は、決して小さくない。南郷元帥がもしも本気で俺たちを『反乱分子』と見なせば、元帥の懐刀・『
佐世保の時雨すら凌ぐと言われる、絶対的な実力を持つ元帥の右腕。もしそれが『討伐』にやってくれば、深海棲艦の姫級を相手にするよりも遥かに絶望的な戦いになるのは火を見るより明らかだった。
「……こりゃあ、酔いも一気に吹き飛ぶ特大の爆弾発言だぜ。でも、提督の言う通りだ。生き残るためには、こっちも『化け物』に対抗できるだけの牙を持たなきゃならねえ」
隼鷹がジョッキを置き、鋭い目つきで龍壁を見据えた。
「ふふっ。本当に、あなたは次から次へと私たちに『生きるための戦い』を用意してくれるのね。……いいわ。相手が深海棲艦だろうと、海軍最強だろうと、私だって退くつもりはないわ」
陸奥もまた、静かな闘志を燃やして微笑んだ。
「……正気の沙汰じゃありませんよ、龍壁さん。深海のコアを組み込んだなんてバレたら、元帥は確実に私達の『討伐』に動きます。……でも」
明石はギュッと拳を握りしめ、龍壁を真っ直ぐに見つめ返した。
「毒を食らわば皿まで、か。……わかりました、龍壁さん。私、朝比奈も、『地獄の底』までお供しますよ」
* * *
工廠の最奥、大型艦ドック。明石が作業台の上に、厳重にシールドされた特殊容器を置いた。 中に入っているのは、赤黒く不気味に脈打つ姫級要塞の
後方の壁に寄りかかり作業を見つめる叢雲の瞳には、僅かな心配の色が見て取れた。
龍壁がいつになく真剣な声で問いかける。
「艤装をコチラに向けてそこに座ってくれ。……深海の呪詛を手懐けるには、最終的にお前の魂の勝負になる。陸奥……準備はいいか?」
「…問題ないわ。私はこの身が焦げるまで、あなたの『業火』としてあなたの敵を、撃ち抜いてみせる。……明石、始めてちょうだい」
そう答える陸奥の表情に、いつもの大人びた余裕は見られなかった。
「了解です。艤装改修シークエンス、起動します」
工廠のクレーンが物々しい音とともに特殊容器を持ち上げ、専用の開封アームがその封印を紐解いた。取り出された赤黒い脈動が、陸奥の主砲の薬室へと埋め込まれていく。
「……ッ、ぁ、あああッ……!!」
陸奥が激痛と流れ込んでくる異質な力に耐えかねて、声を張り上げる。 彼女の腰から首筋を通って艶やかな頬と目元に至るまで、呪詛と怨嗟が渦巻いたような禍々しい紋様が浮かび上がり、赤黒く明滅する。
——爆炎をあげる第三砲塔、火の海と化した柱島、巻き込まれ吹き飛ぶ仲間たち……。
陸奥の脳裏には、記憶の奥底へ封じたはずの『過去の炎』がフラッシュバックしていた。
「た、龍壁さん!…陸奥のバイタルが異常値です!このままでは…ッ」
目まぐるしく切り替わるコンソールを高速で叩きながら、明石が叫ぶ。
「朝比奈、バイタルラインの制御を続けろ!アームでは無理だ!俺が直接コアを繋げる!」
龍壁が陸奥の元へ駆け寄ろうとするが、陸奥の主砲が急激に旋回し、龍壁の鼻先を掠めた。
「だめよ提督……近寄ら、ナイデ………ッ!…制御、できなイ……また、燃え……ッ!!」
陸奥の半身に浮かび上がる呪詛が一段と赤黒く輝き、暴走状態に陥ろうとした——その瞬間。
巨大な砲身の前に、小柄な影が躊躇なく飛び込んだ。
パシィィィン……ッ!!
柱島の裏手まで聞こえそうなほどの平手打ちの音が、工廠に響き渡る。
「しっかりしなさいッ!戦艦・陸奥!……司令官が調整する艤装が、アタシたちを絶望させるわけないんだから!!」
初期艦の双眸が、膝をつく陸奥の瞳を正面から捉えていた。
荒れ狂う巨大な主砲が、動きを止める。一瞬の静寂が、工廠を包んだ。
「………ありがとう、叢雲ちゃん。提督、明石…ッ!大丈夫よ……続けてちょうだい!」
「龍壁さん!バイタルの乱高下が止まりました!今なら……ッ!」
明石がそう叫ぶよりも早く、龍壁は全速力で陸奥の艤装に飛びつくと、素手のまま深海コアの接続部……その灼熱へと両腕を突っ込んだ。
皮膚が焼け焦げ、赤黒い瘴気に当てられても、龍壁は決して腕を引かない。極限の集中力で、陸奥のバイタルラインとコアの接続弁をコンマ数ミリ単位で調整していく。
深海の呪詛のエネルギーから強引に『純粋な破壊エネルギー』のみを抽出し、神経への逆流を完全にシャットアウトする神業。血と油の匂いが充満する中、龍壁はただ『目の前の艦娘を絶対に生かす』という執念だけで、深海の呪詛をねじ伏せていく。
「……痛みが……消えていく……。それどころか、体の底から、途方もない熱が……!」
陸奥の肌に浮かんでいた赤黒い模様が、薄く消え去っていく。 そして、焼入れされた日本刀のような音と共に、彼女の背にそびえる41cm連装砲の砲身に、マグマの如き赤熱のラインが走った。
再びの静寂。
陸奥の41cm連装砲が深海のエネルギーと融合し、人知を超えるエネルギー砲へと姿を変えた瞬間だった。
「……バイタルリンク、完全固定! 深海コアの出力、陸奥さんの制御下に100%移行しました!」
明石が、信じられないものを見る目でタブレットの数値を読み上げた。
「凄まじい出力です……。これなら、どんな装甲も要塞も、紙切れのように貫通できますよ! まさに『戦術兵器』クラスの火力です!」
陸奥は荒い息のままゆっくりと目を開き、自身の手に宿った規格外の力を見つめた。 そして、油と汗に塗れた龍壁に向き直り、その赤く腫れた手を両手でそっと包み込み、熱に浮かされたように甘く囁いた。
「……提督。私、なんだか自分が自分でなくなってしまいそうなくらい……力が溢れてるわ。……でも、怖くない。あなたと明石、そして叢雲ちゃんが、私を完璧に繋ぎ止めてくれているから」
「まったく、危なっかしいったらないわ!……私はアンタの先輩なんだから、もっと頼っていいんだからね」
そう言って腕を組む叢雲の目は、初期艦の誇りを湛えながらも、僅かに潤んでいた。
「ゴホンッ!……さてさて、感動的なシーンの途中ですが、ここで一つ重大な発表があります!」
明石がわざとらしい咳払いで空気を変え、どこから取り出したのか、丸めた設計図をマイク代わりにして大仰にポーズを決めた。
「提督発案のイカれた火力、そしてこの明石の完璧な制御が産み出した規格外主砲! 今回も私めが、最高の名称を考えておきましたよ!」
ジャジャーン!と自ら口で効果音を鳴らしながら、明石はバッと両手を広げて陸奥の砲身を指し示す。
「深海の装甲ごと、あらゆる障害を粉砕する暴力の結晶!……その名も、【
「【破城槌】、出力最大!撃てッ!!……っく〜〜!かっこいい!私も一回言ってみたいな〜!」
丸めた図面を砲に見立ててキメ顔でポージングする明石は、この上なく楽しそうだった。
叢雲は深く溜め息をついて額に手をやり、龍壁は一切ツッコむことなく無言で工具を片付けはじめる。
「あら……今回は横文字じゃないのね。…でも、気に入ったわ」
陸奥が大人びた余裕とともに、艶やかな白い頬に手を添えた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、「第9話. 死刑宣告と雷神」は5/7の18時頃に投稿予定です。