『柱島泊地 -鉄屑艦隊- 』 艦隊これくしょん二次創作小説   作:龍改二

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第9話です。2日に1話ペースで更新予定です。


第9話. 死刑宣告と雷神

陸奥の艤装改修から数日後。 柱島泊地は、嵐の前の静けさとも言える平穏な時間を過ごしていた。

そんなある日の昼下がり。 執務室で書類仕事をしていた龍壁の元へ、青ざめた顔の明石が飛び込んできた。

「て、提督! 本省からの緊急暗号通信です! ……南郷元帥の直通回線からです!!」

 

明石が震える手でスピーカーをオンにすると、通信機から、重く、底冷えのするような初老の男の声が響いた。

『……柱島泊地司令、龍壁少将。先日の囮作戦における貴官の「予想外」の働き、大儀であった。我が本省の艦隊が到着する前に、随分と派手に暴れてくれたようだな』

声の主は、海軍最高権力者・南郷 塔十郎。 その声には賞賛の色など微塵もなく、ただ「自分の手駒が勝手な真似をした」ことへの静かな怒りが満ちていた。

 

『本来なら軍法会議ものだが、今回は特別に不問に付す。……代わりに、貴官らに「名誉ある」単独任務を与えよう。 現在、我が海軍は、ある大型の深海棲艦を撃滅するべく、総攻撃の準備を進めている。貴官の艦隊は、その作戦において敵艦を誘致し決戦の舞台となる予定の海域……「鉄底海峡(アイアンボトム・サウンド)へ先行し、敵の防衛艦隊を単独で殲滅・制圧せよ』

それは、事実上の「死刑宣告」だった。 支援も後続もない状態で、敵の最も分厚い防衛線の一つへたった数隻で突っ込めという、不退転作戦を彷彿とさせる狂気の命令。

 

さらに、南郷は最後にこう付け加えた。

『……なお、貴官らが万が一にも「逃亡」や「命令違反」を犯さぬよう、我が秘書艦である【重雷装巡洋艦・北上】を、督戦隊…つまり監視役としてそちらへ向かわせた。……ほどなく、柱島に到着するだろう。彼女の言葉は、私の命令と同義と思え』

通信が一方的に切れる。 執務室の空気が、氷のように冷たく凍りついた。

 

「……『雷神』北上が、この柱島に来る……!?」

叢雲が顔面を蒼白にして後ずさりする。

「監視役って……要するに、私たちが少しでも逆らえば、その場で処刑する気なのよ!」

 

龍壁は腕を組んだまま、叢雲、陸奥、隼鷹を順番に見回す。

「督戦隊など方便だ。目の上のタンコブになった俺たちを白昼堂々と暗殺して、深海棲艦の仕業に見せかけるつもりだろう。三人とも、臨戦態勢を敷け」

執務室の空気が一気に戦闘状態へと切り替わる。

 

「……暗殺の偽装。たしかに、あの『不退転の南郷』なら、ためらいなくやるでしょうね。呉や佐世保を刺激せずに私たちを消すには、それが一番手っ取り早い」

明石がゴクリと唾を飲み込む。

「そう、その佐世保だ。こういうときのための同盟……というと人聞きが悪いが、とにかく佐世保へ通信を繋いでくれ」

龍壁が言い終わる前に、明石が即座に通信機の暗号化プロトコルを立ち上げた。

 

「全艦、直ちに第一種戦闘配置! たとえ赤レンガのトップだろうと、私たちの泊地で好き勝手はさせないわよ!」

叢雲が、磨き抜かれた漆黒のガン・ハルバードを手に取り、鋭い瞳で水平線を睨みつける。その手は微かに震えているが、決して折れない強い意志が宿っていた。

 

「ひゃははっ! 最高にイカれた歓迎会になりそうだぜ! アタシらの提督の首を狙ってくる奴は、四方(よも)だろうが元帥だろうが、この爆撃でもてなしてやる!」

隼鷹もまた、巻物のような飛行甲板をバッと翻すと、泊地の上空に分厚い防空網を敷くべく、艦載機の発艦準備を始める。

 

そして、龍壁の隣に立つ陸奥は。

「……ふふっ。私に『深海の力』を与えておいて正解だったわね、提督」

彼女の背にそびえる41cm連装砲の奥底で、赤黒いマグマのような光が脈打ち始める。深海コアと完全にリンクした彼女から発せられるプレッシャーは、もはや『戦艦』という枠を超越した、災害のような重圧だった。

 

「提督! 佐世保の西村大将へ、極秘回線繋がりました!」

『……龍壁司令。極秘通信とは、穏やかではないな。そちらで何が起きている』

明石の叫びと同時に、スピーカーからノイズ混じりの、しかし確かな西村の声が響いた。

 

『……な、なんだと!? 南郷がお前たちを鉄底海峡(アイアンボトム・サウンド)の捨て駒に指名し、その上「雷神・北上」を督戦隊として向かわせただと!?』

『あの老害……! いくら私が防波堤になろうとも、気に食わん部下は力技ですり潰す気か! しかも、よりにもよって北上を……!』

龍壁の簡潔な状況説明を聞いた西村の声は驚愕と怒りに震え、歯軋りが聞こえるほどだった。

 

「西村閣下。我々は北上を、正面から迎え撃つつもりです」

龍壁の声を聞いた西村が、僅かに沈黙する。

『それは、得策とは言えんぞ、龍壁司令。北上は…、あれは最早、艦娘の形をした戦略兵器といっていい。「四方」の中でも別格だ』

 

西村は、説得するような響きを含む声で続けた。

『格闘戦や砲撃戦の戦闘センスも並の艦娘とは比較にならん、戦いの天才だ。そのうえ、奴が『四重雷(しじゅうらい)』と呼ぶ切り札……合計40門もの魚雷一斉射。あれは巨大な要塞をも一撃で塵にする、海軍最強の破壊の権化だ。 ……お前たちの艦隊がどれほど優秀でも、正面からぶつかって無事で済む相手ではない!』

 

「——だからこそ、いまこうしてご連絡したのです」

龍壁が静かに、しかし確信に満ちた声で告げた、その直後。

通信機の向こう側で、カチャリ、とマイクが奪い取られる音がした。

『……ねえ、柱島の提督』

背筋が凍るような、ひび割れたガラスのような少女の声。「青血」の時雨だ。

 

『……北上が、来るの? ボクと同じ……いや、同胞すら平気で殺す、あの北上が』

その声には以前のような虚無感はない。底知れぬ暗い歓喜と、異様な殺意がネットリと絡みついていた。時雨にとって北上という存在は「同僚」などではなく、深海棲艦と変わらない「明確な敵」として認識されているようだった。

 

『西村提督。……ボクを行かせて。あいつを殺していいなら、ボクは今すぐ柱島へ飛ぶ』

『馬鹿を言うな時雨! お前と北上がぶつかれば、柱島ごと海図から消し飛ぶぞ!』

西村が必死に制止するが、龍壁の狙いはまさにそこだった。

「私からもお願いします、西村閣下。今のままでは、いずれにせよ我々は海図から消えることになる」

 

『……龍壁司令』

西村が、苦渋の決断を下したように重い息を吐いた。

『同じ「四方」である時雨を、北上に対する「抑止力」とする気だな。……よかろう。「佐世保と柱島の合同演習」という名目で、時雨をそちらへ向かわせる。……死ぬなよ』

『……すぐ行くよ、柱島の提督。ボクが着くまで、殺さないでよ』

時雨の狂気に満ちた囁きを残し、通信が切れた。

 

「これで、なんとか盤面は整いましたね……!」

明石が額の汗を拭い、レーダーのモニターを睨みつける。 佐世保からの「援軍」の到着まで、あと数時間。それまで、北上の凶刃から生き延びなければならない。

 

* * *

 

ピコン…ッと執務室のモニターに、味方を示す青い識別信号が灯る。

「提督! 柱島近海、距離3千メートル……! 単機で接近してくる生体反応があります! この識別コード……間違いありません!」

明石の悲鳴に近い報告と同時。 泊地正面の海に立つ叢雲、陸奥、隼鷹の目の前、はるか沖合の海面が、静かに、しかしひび割れるように波を立てた。

叢雲はガン・ハルバードを構え、陸奥の主砲が波間を捉え、隼鷹航空隊が上空を旋回する。

 

僅かに日が傾き始めた水平線から現れたのは、ダボダボのセーラー服の上に異様な数の魚雷発射管を装備した、気だるげな目つきの少女だった。

「あー……。ここが柱島泊地? なんか、思ったより小綺麗になってるじゃん」

彼女は欠伸をしながら、柱島の本部棟を何の感情もこもっていない瞳で見据えると、通信を繋いだ。

『初めましてー、左遷提督さん。アタシ、横須賀から来た北上。南郷元帥から話は聞いてるっしょ。……で? お出迎えが随分と物騒だけど、アタシと殺し合い、する気なわけ?』

 

彼女が気だるげに指を鳴らした瞬間、カチャカチャと無機質な音とともに40門の魚雷発射管が一斉に展開し、無数のロックオンレーザーが、叢雲、隼鷹、陸奥、そして司令室へと、寸分の狂いもなく照射される。

『アタシは「人類の味方」だからさ。……人類(アタシら)の邪魔になるんなら、ここで消えといてくれる?』

海軍最強の四方、「雷神」北上。その圧倒的な死の気配と、冷たい重油の匂いが、柱島の海を塗り潰す。

 

「提督の龍壁だ。柱島へようこそ、『雷神』殿。……殺し合い?まさか。これは演習ですよ。……不慮の事故は、起こるかもしれませんが」

北上へ向けて不敵に笑いかけた直後、龍壁は通信機を掴み、空気を叩き割るような鋭い声で全艦へ下命した。

「陸奥!北上は情け容赦などしない!初手から特大の雷を落としてくる!最大火力で『相殺』しろ! 叢雲、近距離戦で北上とやりあえ!次の魚雷を装填させるな! 隼鷹!叢雲を空から援護しろ!叢雲を守れ!」

 

手袋を叩き付けるような「演習」の合図に、北上は気だるげな瞳をわずかに細めた。

『ふぅん……。アタシの初手を読んでるんだ。ちょっとは頭回る提督さんじゃん』

北上はポケットに両手を突っ込んだまま、首をコキッと鳴らす。

『でもさ、分かってても防げないから「最強」って言うんだよね。……じゃ、死んで』

 

一切の感情を交えぬその言葉と共に、展開された40門の魚雷発射管が一斉に火を噴いた。

海軍最強の絶技【四重雷】。空と海面を埋め尽くす逃げ場のない魚雷群が、死の壁となって柱島泊地へと迫り来る。 並の艦隊なら、この初手だけで文字通り「蒸発」する絶対的な質量。

 

しかしその軌道上に、栗色の髪を海風に揺らし、戦艦・陸奥が立ち塞がった。

『海軍最強、止めてみせるわ。…深海コア接続、【破城槌】、出力最大!』

限界を超越した魔改造の施された41cm連装砲が、漆黒の瘴気を限界まで圧縮する。

砲身に赤熱のラインが迸り、陸奥の艶やかな首筋から目元にかけて、赤黒く渦巻く呪詛の紋様が浮かび上がった。

『………撃て!!!』

 

一瞬の静寂の後——空間を押し潰す轟音と共に、「赤黒い破壊」が撃ち出された。

迫り来る40本の魚雷群が闇にぶつかり、瞬く間に大爆発を起こす。

巻き上がった巨大な水柱と、一瞬で沸騰し蒸発した超高熱の海水が、焦げた火薬の悪臭と共に泊地の前海を白く染め上げる。

 

『……は?』

必殺の一撃を、真正面から、しかも「戦艦の砲撃」で相殺された異常事態に、北上が初めて気だるげな表情を崩し、目を見開いた。

『……なに今の、戦艦の主砲? ……あんたら、まさか……』

 

『よそ見してんじゃないわよ、雷神ッ!!』

北上が陸奥の異常な火力に気を取られた、ほんのコンマ数秒の隙。 白濁した水蒸気の壁をぶち破り、極限までチューニングが施された白い影——叢雲が、北上の「ゼロ距離」へと肉薄した。

 

『チッ……!』

北上が舌打ちをして上半身を捻る。その近接機動はまさに神速。叢雲の高速の槍撃を、北上はときに身を躱し、ときに砲身で弾き、必要最低限の動きで機械のように捌き切る。しかし、龍壁と明石の手によって「超高速戦闘」に特化した叢雲の踏み込みは、その神速に喰らいついていた。

『——シィッ!!』

叢雲の放った「ガン・ハルバード」の青白いプラズマブレードが、北上のセーラー服の袖を掠め、彼女の魚雷発射管の一部を浅く溶断する。

ジュッと、鋼が溶ける鋭い匂いが鼻をついた。

 

『……あんたも普通の駆逐じゃないね。アタシの装甲に傷をつけるなんてさ。……うざいじゃん』

 

北上の瞳に、初めて明確な「殺意」が宿った。 彼女は魚雷の次弾装填(リロード)を行いながら槍撃を弾き、手にした単装砲を鈍器のように振りかぶると、信じられない速度で叢雲へカウンターの連撃を叩き込む。

『重っ……!? なに、このバケモノみたいな反射神経……ッ!』

叢雲はガン・ハルバードで必死にそれを弾き返すが、北上の規格外のパワーと速度の前に、徐々に押し込まれ始める。

 

『あらあら、まだ終わりじゃないわよ…!全副砲……撃て!!』

陸奥の艤装に懸架された15.5cm三連装砲と無数の14cm単装砲が、鉄の雨となって降り注ぐ。

北上は叢雲の槍を弾き上げ、ガラ空きになった腹部へ容赦のない回し蹴りを叩き込む。

「ガッ……!?」

艤装が軋む鈍い音と共に叢雲が吹き飛んだ。

北上は仰向けに倒れ込むような体勢で副砲の初撃を躱すと、その勢いのまま連続のバク転で、降り注ぐ砲弾の雨を踊るように躱し続ける。

眼前に迫った最後の一発。北上は回避すらせず、砲弾の側面に手甲を軽く滑らせた。

チィンッ、と鋭く短い摩擦音が鳴る。撫でるような最小限の動きで軌道を逸らされた砲弾が、何事もなかったかのように明後日の海へと滑り落ちていく。

 

その上空から間髪入れずに、『鷹の目』が殺到する。

『ヒャッハー!! アタシの可愛い妹分を虐めてんじゃねえぞ、エリート様ァ!!』

北上は空へ一瞥もくれずに、手元の艤装から魚雷を引き抜き天高く蹴り上げた。単装砲で即座にそれを撃ち抜き、上空で凄まじい大爆発を起こす。

鷹の群れが燃え盛る鉄屑の雨となって、海へ墜ちていく。

 

『オイオイ、マジか!?……でも、まだまだァ!』

生き残った爆撃機が、北上の足元と退路を塞ぐように、ピンポイントで爆弾を投下した。 海面が爆発し、北上の姿勢がわずかに崩れる。

 

『あーもう、鬱陶しいな空母!』

北上は心底うんざりした顔で悪態を吐くと、機械的な正確さの対空砲火で隼鷹の艦載機を次々と火ダルマに変えていく。

 

『はぁっ、はぁっ……! 司令官、時間は稼いでるわよ! ……でも、こいつ、本当にバケモノね……!』

叢雲が痛む腹部を押さえ、荒い息を吐きながら通信機越しに叫んだ。

北上は涼しい顔で陸奥の副砲を躱し、叢雲の斬撃をいなし、隼鷹の艦載機を撃ち落とし――そのすべての迎撃行動の裏で、背部の発射管に次なる魚雷を『ガシャン、ガシャン』と確実に装填し続けていた。

 

『……うん、分かった。あんたら、かなり優秀だね。ただの鉄屑かと思ってたけど、その連携も、さっきの謎の火力も、評価してあげる』

北上が、ふうっとため息をついた。

そして、カチャリ……と、彼女の背部の40門の魚雷発射管が、再び恐ろしい音を立てて装填を完了した。

 

『でも、遊びはおしまい。……海の藻屑になりなよ』

北上が再び、無数のロックオンレーザーを放とうとした、まさにその時。

 

『……見つけた』

 

ひび割れたガラスのような声が、硝煙と重油の匂いが漂う泊地の海に響き渡った。

夕陽に染まる水飛沫を切り裂いて、一隻の駆逐艦が北上に食らいつく。

その手には「青い血」で濡れた刃が握られ、その瞳の奥には明確な殺意と、「歓喜」が渦巻いていた。

 

甲高い金属音と共に、青い凶刃と北上の砲身が火花を散らす。信じられないほどの重い一撃に、北上は飛び退くように距離を取った。

雷神の黄色い双眸が、初めて警戒の色を帯びて「乱入者」を見据える。

『……はぁ、なるほどね。…西村さんのところの「死ねない化け物」をアタシにぶつけようってわけだ。……盤面ひっくり返すの、上手いじゃん、龍壁提督』

 

『……キミはまた、味方(ボクたち)に銃口を向けているね、「雷神」北上』

青い瞳が処刑人を捉える。その衝動は理屈ではない。「艦娘を沈めようとする存在は、すべて等しく排除する」……その極めて単純で狂った本能だけが、彼女を突き動かす。

 

『だったらなにさ、「青血」の時雨』

 

北上の「四重雷」の照準が柱島艦隊から外れる。そしてその全てが、青い凶刃を構えた時雨へと向けられた。北上の放つ桁違いの殺意を前に、時雨の青血のバイタルが異常な数値を叩き出して急上昇を始める。

 

『……ならキミも、ボクが殺すべき「敵」だ』

 

『あっそ』

 

海軍最強の「四方」同士の、一触即発の睨み合い。

柱島艦隊の時間稼ぎが、どうにか「抑止力」の召喚へと実を結んだ。

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、「第10話. 友達」は5/9の18時頃に投稿予定です。
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