「新くんが良ければだけど、しばらくブルムンドで過ごさない?」
ある日、静江からそんな話が出た。
加賀美の返事はシンプルだった。
「良いですね!」
2人は早々にドワルゴンからブルムンドへ旅立った。
静江はいつも通りに仮面をつけ、加賀美はやたらと大きな荷物を背負って。
「よーし、早く行きましょう!」
「ふふっ、あんまり急ぐと疲れちゃうよ?」
今ではよく通る道になったので、足取りは軽やかだ。
そんな中、加賀美はこんな話をした。
「そういえば、ここ最近暴風竜がどうって話を聞きますけど……」
「うん、ドワルゴンでもざわざわしてたね」
「静江さんは何の話か知ってますか?」
「うーん、簡単に説明するとね───」
加賀美に分かるように説明すると、とんでもなく強いモンスターが忽然と姿を消したのだ。
封印されても尚、世界最大級の存在感を放っていたまさに規格外のモンスター。
その反応が消えた。
この世界では異常事態と言っても良く、どんな方法で誰が消したのかは世界中の国々の誰にも分からなかった。
「その暴風竜がいなくなったことが、”ジュラの大森林”での魔物の活性化に繋がるの」
その暴風竜の圧力とも呼べる存在感は、意図せず魔物の抑止に一役買っていたのだ。
加えて、国から国へ攻める際の防壁としての役割も担っていた。
「だから、色んな国で話題になってると思うよ」
「へぇー、じゃあブルムンド王国に行ってもその話題で持ちきりだったりするんですかね?」
最強の竜という、まるでおとぎ話のような話にどこか上の空な加賀美。
「そうだね。特に偉い人達はそのことを気にしてるんじゃないかな?」
この世界で生きてきた者として異常な空気を感じていた静江は、隣で本当に何も知らなさそうな加賀美を見て苦笑する。
「暴風竜かぁ……」
「新くんだったら、竜種が相手でも立ち向かっていきそうだね」
「竜種?」
竜種とは。
この世界における危険度、存在感共に最上位の存在。
「普通は出会わないんだけどね」
「静江さんは会ったことあるんですか?」
「あはは、ないよ。でも普通の魔物とか、勇者ならあるよ」
勇者という、まるでおとぎ話のような存在。
そして竜種、要はドラゴン。
1度は目にしてみたい。
そう思う加賀美だった。
「新くんはこの世界で会いたい人とか魔物とかいる?」
異世界という、前の世界の常識が一切通じない場所。
どんな馬鹿げた存在も実在する世界。
加賀美とて少年心はある。
この世界の生物には、とてもロマンを感じていた。
「そりゃあ魔王ですよ」
しかしそういった存在よりも、魔王レオンに会うことの方が優先事項である。
他ならぬ静江と、自分自身のために。
「そっか……そうだよね」
そこに関しては、静江と初めて出会った時から変わらず一貫している。
分かりきっていたことを聞いたと、静江は苦笑した。
「その時は……私も連れて行ってくれる?」
そしてもう1つ、分かりきった質問をする。
加賀美は間髪入れず答えた。
「何言ってるんですか!もちろんですよ!」
静江の鼓動が早まる。
それを何とか静め、仮面の奥で笑いながら祈りも込めて言った。
「じゃあ、それまではお互い無事でいたいね」
「大丈夫ですよ!静江さんは俺が守ります!」
気合十分の加賀美。
「!」
せっかく治まった鼓動が、また早まってしまった。
「そ、そういえば、新くんはまだ魔物と会ってないよね」
「はい、試験の時に会ったぐらいで全然見てないです」
加賀美は少し名残惜しさを見せる。
結局のところ今までは目的の都合上、この世界では国と国を行き来しているだけで、戦闘経験に関しては全くと言って良いほど恵まれていなかった。
「ブルムンドに戻ったら、魔物の討伐に行かない?」
「おぉ!行きましょう!」
静江の提案に、加賀美はやっと戦いの機会が来ると胸を躍らせる。
それからどんな魔物がいるかを静江から聞いていた。
危険度やら実際の大きさやら。
豊富な戦闘経験から繰り出される静江の魔物トークは止まることなく、ブルムンドに到着するまで続いた。
「よーし、静江さんは待っててください!」
国に入ると、加賀美は早速討伐任務を見に行くことにした。
「新くんの行きたいクエストで良いからね」
「はい!行ってきま───」
「ただし」
突然、静江の雰囲気が圧のあるものに変わった。
修行を付けてもらう話をした時と同種のそれだ。
「高いランクのクエストはダメだよ。ちゃんと倒せる魔物にすること。良い?」
「は、はい」
その様子に加賀美は低姿勢になり、ペコペコしながら静江の元を離れていった。
「……ふぅ」
静江は加賀美を見送った後、宿に戻った。
荷物をそれぞれの部屋に運んでいると、この部屋が以前過ごしていた場所だということに気づいた。
「(……ここでご飯食べてたんだっけ)」
記憶に新しく、まだ鮮明に思い出せるつい先日まで生活を振り返ると、浮かび上がって来る景色は同じようなもので。
「(朝起きておはようって言って、ご飯作って一緒に食べて……夜おやすみって言って……)」
そんな毎日の繰り返し。
隣に相棒として誰かがいるというのは想像できなかった静江にとって、加賀美と出会ってから過ごしていた時間は心地良いものだった。
「(ずっと、そうしてたいな)」
同じ日々を繰り返すことが楽しく、幸せなのだと改めて思った。
しかし今日は、これから魔物の討伐という新しい出来事がある。
どんなクエストに行くのだろうか。
加賀美はしっかり戦えるだろうか。
そんな楽しみを抱えながら、加賀美を待つ最中。
「(……あとどのくらいなんだろう)」
そんなことを考えて胸に手を当てる。
劣化することのない肉体は、至って健康な鼓動を奏でている。
それでも残された時間は、決して長くなかった。
「(そんなに長くなくていいから……だから───)」
静江は自分に残された時間が少しでも長くあることを願った。
加賀美が元の世界に帰るのを見届けるため。
子供たちを助けるため。
その目的を遂げられた後なら、どうなっても良いと思った。
ただ、今だけは。
「(もう少しだけ、一緒にいさせて)」
この幸せを、噛み締めていたかった。