「おう、カガミ」
「あ、フューズさん」
「久しぶり……でもないな。クエストに行くのか?」
「はい。今の俺がどこまでやれるか試したくて」
「ほう……たしか、お前のランクはCだったな」
フューズがそう言うと、加賀美は不服そうな顔を見せた。
「あの時は魔法が使えなかっただけです。今ならもっとやれます」
「どいつを相手にするかは決まってるのか?」
「あ、いや、今はジュラの大森林のクエストを探してて……」
「あぁ……あそこなら物理攻撃の通じる魔物も多いから、お前の実力を見るのには向いてるかもな」
しかし静江の言っていたように、今は暴風竜がいなくなったことで魔物が活性化している地。
「たたし、入る場所には気をつけろよ」
魔物が多く生息する安全ではない地域なので、クエストの危険度は少し高めとなっている。
「前は森の中も深く入らなければそれなりだったんだが……最近は変な噂も聞く」
「変な噂ですか?」
フューズ曰く、ジュラの大森林では人間たちの知る魔物ではなく、別の何かがいるという噂が立っていた。
詳細は”飛ぶ何か”ということ以外不明で、異常な速度から視認するのも難しいという。
今は謎に包まれたその正体がブルムンドで話題となっていた。
「ウチの冒険者達も次々に重傷を負わされてた。結構獰猛なんだろうな」
しかしそれを調べようにも、今までの結果から姿形が不明の”それ”を調べるというクエストが調査部門では悪目立ちしており、冒険者たちは選びたがらなかった。
つまり、行き詰まっているのである。
「特殊個体の魔物か何かだとは思ってるんだが……実際見ないことにはわからん。かと言ってこれでもギルドマスターだ。そう簡単に外には出られない」
焦ったそうなフューズ。
加賀美は閃いた。
「じゃあ、俺がジュラの大森林に行って確かめてきますよ。そいつがなんなのか」
フューズはすぐにその提案を却下する。
「バカ野郎。危険な話なんだ。まずはどれだけ戦えるかを見ないとお前が怪我するだろ」
「大丈夫ですよ!この世界には回復薬っていうのがあるんでしょ?」
「そうだとしてもな……」
加賀美はやけに強気だった。
随分自信満々に言うものだから、フューズはどう止めたものかと悩んだ。
「行くにしても、1度試しのクエストを挟め。それまではギルドマスターの権限で行かせる訳にはいかない」
「そ、そんなのありですか!?」
「何度も言うが危険なんだ。見切り発車で行くようなもんじゃない」
「前にも言ったじゃないですか!俺は死なないって!」
何故かその調査に行きたがる加賀美。
少し不思議に思ったフューズだが、今はそれを止めることを優先するべく思考を切り替えた。
「仮にお前がジュラの大森林での調査に行ったとしよう。そして、重傷になって帰ってきたらどうなると思う?」
「どうなるって……回復薬を貰えるんじゃないですか?」
呑気な回答にため息が出る。
「シズさんが悲しむんだよ」
そう言うと、加賀美はハッとした。
同時に、冷や汗が出る。
「だから安全には気を使えって話だ。ほら、とりあえずこの辺りのクエストにでも行ってこい」
フューズが選んだのは、ジュラの大森林の中には入らずに済むクエストだった。
「巨大妖蟻1匹の討伐だ。お試しならこれが良いだろ」
「じゃ、じゃあこれで……」
静江に起こられることを恐れた加賀美は先程とは打って変わって素直に引き下がり、フューズに言われたクエストを受けることにした。
「た、たしかに……静江さんを悲しませるのはダメだよな……」
加賀美は道中フューズの話を聞いて高揚していたことを反省した。
「おかえり。良いクエストは見つかった?」
「は、はい。えっと───」
加賀美がクエストの内容を伝えると、静江は問題なさげに頷いた。
「うん。それくらいなら大怪我したりしないと思うから、大丈夫だよ」
「やった!」
「もしもの時も回復薬があるし、ちょっと張り切っても大丈夫だからね」
「見ててください静江さん!かっこよくやっつけてやりますよ!」
「あはは、応援してるね」
2人はクエストに出発した。
道を歩く中でクエストの内容を改めて確認する。
「えっと……巨大妖蟻でしたっけ?」
「うん。すごく大きい蟻だよ」
巨大妖蟻。
特徴は静江の言う通り、大きな蟻である。
なんでも普段はジュラの大森林の奥にいるはずが、人の国に近い側で生息しているという。
「……」
道中、加賀美は珍しく静かだった。
「蟻かぁ……」
実は、デビュー戦を華々しく飾ろうとしていたのだ。
しかしフューズがいる以上危険なクエストには行けない。
その結果、初戦の相手が蟻。
加賀美は少ししょんぼりしていた。
「巨大妖蟻も強い魔物だから、倒せたら凄いんだよ?」
静江はまるで保護者の様な気持ちになりながら、後ろを着いていく。
「ここがジュラの大森林ですか!」
しかし加賀美新は単純な男。
ジュラの大森林に入った途端目を輝かせていた。
そこはまさに大森林の名に恥じぬ場所で、視界いっぱいに自然が広がっている。
初めてのクエストということもあり、加賀美にとっては情報量の多い出来事となった。
「あ、あれですか?」
「うん、新くんは初めて見るから驚くと思ったよ」
「よ、よーし、行ってきます!」
「うん!」
実際に標的の巨大妖蟻に会うと、そのサイズは現実とは思えぬもので。
加賀美と目が合った途端に襲いかかってきた。
「うわっ!?」
本能に従っているのか攻撃が止む気配もなく、加賀美はお馴染みの双剣で何とか防いでいた。
「(でも見える!見えるぞ!)」
1体1ということもあって大した怪我を負うこともなく、敵の攻撃を見ることに集中できていた。
暫く攻められている内に段々と攻撃のタイミングを覚えられるようになり、
「(来たっ!)」
攻撃を片方の剣で受け止めた瞬間、もう片方を力一杯振り抜くと、巨大妖蟻の足は吹っ飛んで切断され、確実なダメージを与えることができた。
「よしっ!」
巨大妖蟻が怯んだ隙を逃さぬように加賀美は懐に潜り込み、連続で斬りつける。
すると巨大妖蟻は動く気力をどんどん削がれることとなり、やがて動きを止めた。
「うおおおおっ!!」
その瞬間加賀美はとどめとして頭部に双剣を突き刺し、戦闘終了。
問題なく勝利を収める事ができた。
「……勝った、勝ったぞ!」
加賀美はすぐに巨大妖蟻から飛び降りる。
「やりましたよ静江さん!」
「はい、よくできました」
そして褒めてもらおうと静江の元へ駆け寄ると、突然自然な動作で頭を撫でられた。
「何かこれ、学校の先生みたいですね」
「え?……あっ!?」
加賀美が驚いている理由も分からなかった静江は、今の状況を見て顔を赤くし、咄嗟に手を離した。
「ご、ごめんね!褒めなきゃと思ってつい……!」
以前教職に就いて子供達と関わっていた手前、変な癖が出てしまった。
加賀美は恥ずかしがらず、むしろ嬉しそうにしていた。
ブルムンドへ帰ってフューズにこのことを伝えると、大笑いされた。
「さすがシズさん……いや、シズ”先生”ですかね?」
「もう……からかわないで」
思い出して赤面する静江。
それを見てフューズは安心する。
「楽しそうで何よりですよ」
2人が和やかな空気で会話している横で、加賀美は足音を立てないように動いていた。
「う゛っ!?」
フューズはさりげなくジュラの大森林への調査クエストを受けようとしている加賀美の首根っこを掴む。
「見逃すと思ったか?」
「あ、あれ?」
「危険だって言ってるだろうが!」
「ど、どうしたのフューズくん!?」
静江と話していたのは別人だろうか。
そう思うほどにフューズの変わり身は早く、今は般若の顔をしていた。
「こいつは何度言っても本当に……!」
「何のクエストに行こうとしてたの?」
「あぁ、シズさんも聞いたことがあると思うんですが───」
フューズが噂の件を伝えると、静江はにこりと笑って加賀美の方を向いた。
「新くん?」
「!?」
可愛らしい笑顔だというのに、なんと恐ろしいことか。
今はフューズが隣にいることも相まって、夜叉やら修羅やらが混同したような凄まじいオーラを放っていた。
「帰ったらお説教です」
「えっ!?」
「いい機会だ、こってり絞られてこい!」