「よーし、今日も魔物討伐に行きましょう静江さん!」
加賀美は朝から元気に装備を整えていた。
今は2人とも朝食を済ませた後の、憩いの時間だった。
「じゃあ俺、依頼を───」
「新くん」
「───はい?」
「今日は少し街に行かない?」
「良いですけど……どうかしたんですか?」
今すぐ手頃なクエストに飛び出して行きそうな加賀美だったが、静江の提案ということですんなりと聞き入れた。
「ちょっとお買い物したくて」
食材でも買いに行くのか。
そう考えた加賀美と、少しの緊張と興奮を抱えた静江の向かった先はコスメショップ、所謂化粧品売り場だった。
あまりに馴染みのない場所に来たものだから、加賀美はそわそわしていた。
「前に新くんのお話を聞いたでしょ?」
加賀美の話、というのはどこぞのメイクアップアーティストの事である。
「その時に新くんが言ってくれたんだよ?」
「……あ!」
そして、その時に「国に着いたら化粧品を探そう」と話していたことを思い出した。
「ならどんどん買いましょう!荷物持ちは任せてください!」
静江が「自分のしたい事」をしようとしている事が嬉しくなった加賀美は、静江よりも張り切った様子だった。
店を回って様々な商品を見る中で、加賀美はふと思った。
「そういえば、静江さんって化粧のやり方とか知ってるんですか?」
「あはは……あまり知らないの」
静江の中で、「これから学んでいく」ということは、1つの楽しみだった。
「これからいっぱいしたいなって思って」
そう言いながら静江が店内に目を向けると、やはり女性客が多く、男性は加賀美を含めて数人程度だった。
友人や親子、恋人同士であろう人々。
様々な者たちが楽しそうに話をしている。
ちらりとその内容が耳に入るが、なんの話かあまりわからなかった。
集中して聞いても、聞いた事のない言葉ばかり。
「あ、新くんはどんなお化粧してる人か好きとかある?」
しかし、この質問への答えは聞き逃さないように集中する。
「よくわかんないですけど……今は化粧した静江さんが見たいです」
加賀美は思うままにやりたいことをやって、楽しむ静江が見たいのだ。
心に浮かんだ答えを包み隠さずそのまま伝えると。
「そ、そっか……」
静江は、蚊の鳴くような声で相槌を打った。
加賀美に表情を見られていなかったことが幸運だった、と言えるだろう。
「そういえば欲しいものって決まってるんですか?」
「あんまり分からないんだけど、基本的なものがあれば良いかなって」
「でしたら!」
静江がそう言った瞬間、店員らしき女性が声をかけてきた。
「私にお任せ下さい!」
「え?え?」
戸惑う静江と加賀美。
店員は実に通りやすい声と滑舌で話し続けている。
要は向こうのフィールドでセールストークを始められたのだ。
「ささ、詳しい話はこちらで───」
「あ、はい……」
せっかく初めてくれた話を聞かないというのもいかがなものか。
そう思った静江は半ば攫われる形で店員に連れて行かれてしまった。
今は机を挟んで対面で座っている。
店員は静江の顔を見つめてあることに気づく。
「お客様、失礼ですがお化粧の経験は……?」
「あ、それが1度もなくて……」
「なんと!それほどに綺麗でありながらもったいない!」
とてつもない食い付きを見せる店員に、静江はたじろぐ。
「お時間頂ければ必ず、あなたの魅力を引き出させていただきます!」
「あ、あの……」
商売とは別に謎の興奮を見せる店員。
店員は、静江という原石を見逃したくないと思ったのだ。
「お連れの方もきっと、あなたの虜になられるかと思いますよ!」
「お連れのって……」
店員の言葉に、静江は加賀美の方をちらりと見た。
その直後、顔が真っ赤に染まる。
「ち、違います!彼は……っ!」
「あら、違うのですか?てっきり”そういう事”かと思ったのですが……」
静江の反応を見た店員は、首を傾げる。
先程の発言は、静江が頷くと思ってのものだったからだ。
「ど、どうして……!?」
「私……と言うより───」
焦る静江を他所に、店員は当然のように言った。
「誰が見てもそうとしか……」
「えっ……!?」
「先程お2人でいらっしゃった時も、お客様はお連れ様の方を何度も見られてましたし……」
店員からの証拠とも言える言葉は続く。
「男性受けの良いメイクの話をさせていただいていた時も、お客様はお連れ様を気にされているようでしたから」
「〜っ!!」
静江が羞恥に耐えきれずしゃがみ込む一方で、待機している加賀美は棒立ちになっていた。
その間店内で聞こえてくる話はいつまで経っても、どれだけ聞いても訳の分からないことしかなく、まさに異世界言語だった。
「(俺はどうすればいいんだ……?)」
分からないなりに化粧品を見て回ろうかと思った時。
「お兄さん」
静江のように声をかけられてしまった。
「ちょっと良いものがあるんだが見てかないか?」
化粧品売り場の店員と言うより商人に近い外見の老人は自信たっぷりな様子だった。
上手く丸め込まれるものか。
そう思う加賀美だったが、「良いもの」という言葉に興味を引かれた。
「良いもの?」
「そうさ。これを見てみな」
商人は店の奥からゴソゴソと音を立てて、1つの小物を持ってきた。
その小物は、加賀美には見覚えのあるものだった。
「口紅?」
「あぁ、連れの方のプレゼントにどうだい?」
商人が言うには、塗りたい色に変わる口紅だという。
さすがは異世界の商品。
「てことは、これ1本あれば……」
「わざわざ他のもんを探す必要もないって訳さ」
「おぉ!買います!」
「まいど!」
加賀美は思わぬ収穫を得られた事を喜んだ。
日頃から世話になっている静江に、自分から贈れる良いものを手に入れられたのだ。
○○○○○
「はぁ……疲れた……」
静江は店員と話す中で自身の気持ちに関して掘りに掘られたことで疲れてしまい、逃げるように店を出ていた。
結局何も買わなかったこともあり、自然と次回来店する時のことを考えてしまう。
「またお話が始まっちゃったらどうしよう……」
性格上話を聞いてしまうことは確実だろうし、また疲れることを考えると、少しばかり憂鬱になる。
「静江さん!」
そんな気持ちをかき消すような声が聞こえた。
「見てくださいこれ!」
上機嫌な加賀美は小さな木箱を某ネコ型ロボットのように取り出し、意気揚々と見せた。
「木箱?」
「静江さんに渡そうと思って」
静江が開けた木箱の中には、例の口紅が入っていた。
「!」
「凄いんですよ!これ1本で───」
加賀美が口紅の効果を嬉しそうに説明している最中、静江は店員との会話を思い出したことと初めてプレゼントを貰ったことによる嬉しさで早くなってしまった鼓動を静めようとする。
「静江さん?」
「ご、ごめんね、なんでもないの」
鼓動を静め、深呼吸して一言。
「ありがとう、新くん」
幸せそうに笑って言った。
その表情を見た加賀美は、少し照れくさくなった。
「ははっ、喜んでもらえて嬉しいです!」
帰り道、静江は口紅を見ていた。
大切そうに、何度も。
その様子を隣で見ていた加賀美は、気に入ってくれて良かったと安心し、満足そうに笑った。