「うぅ……うぅ……」
大鬼族の里の夜。
賑やかな夕食時。
大鬼族たちが楽しむ中で、加賀美は涙を流していた。
「新くん、いつまでも泣いてちゃダメよ?ほら、ご飯食べよう?」
そんな加賀美を慰めながら頭を撫でる静江。
それを傍らから見る若たちは、加賀美にいたたまれない視線を向けていた。
「爺、あれは何とかできないのか?」
「若の方が適任かと」
「冗談言うな」
こうなった原因は、昼の出来事にあった。
○○○○○
大鬼族たちを外に集め、ベルトを巻いて気分上々の加賀美。
「お兄様、カガミ様は何を……?」
若の妹である桃髪の少女こと、姫は問うた。
「あの帯ともう1つ道具があれば、あいつは変身できるらしい」
「帯で変身……ですか?聞いたことがありません……」
「俺たちの常識とあいつの常識の違いだろうさ。いい機会だし、見ておこうじゃないか」
姫はベルトを巻いてはしゃぐ加賀美に目を向ける。
自分たちにはなんの効果ももたらさなかった不思議な帯。
目の前の男によく馴染むそれは、自分達とは違う結末が訪れると思わざるを得ないオーラと呼べるものがあった。
「よーし、いくぞ!」
観客となる大鬼族たちがざわめく中、加賀美は勢いよく空を天に伸ばした。
何かが起きそうなその雰囲気に、場は静まる。
誰かが唾を飲む音が、やけに響いた。
そして加賀美は大きく息を吸い込み。
「来い、ガタックゼクター!!」
そう声高らかに宣言した。
「!」
するとどこからか勢いよく飛来してくるものが。
「若、あれは……!」
それにいち早く反応したのは静江と老人だった。
「あれは……!」
遅れて若もその飛来物を視認する。
「虫……か?」
それは、青いクワガタだった。
大鬼族たちのざわめきが強くなる中、加賀美は飛んできた”ガタックゼクター”を手に収まるのをじっと待つ。
だが。
「───うわっ!?」
ガタックゼクターが加賀美の手中に収まることはなかった。
それどころか、加賀美に対して攻撃を仕掛けてきた。
「ガ、ガタックゼクター!?」
かつて変身する資格を得る前は、同じような仕打ちをガタックゼクターから受けていた。
しかし資格を得てからはそんなことはまるでなかったので、加賀美は完全に気を抜いてしまっていた。
「ぐっ……うわああーっ!!」
その結果ガタックゼクターの連撃をもろに食らい、そのまま吹き飛ばされてしまう。
「新くん!」
「アラタ!」
それを見て駆け出す静江と若。
すかさず反応し、向き直るガタックゼクター。
明らかに攻撃の姿勢を見せていた。
「上等だ!」
若は自分がガタックゼクターに1番近い位置にいることから、1戦交えることを想定して刀を構える。
「───なに!?」
しかし不思議なことにガタックゼクターは静江に狙いを変え、凄まじい速度で突撃した。
「っ!」
静江は幸いにも剣を抜いていたので素早く反応することができ、傷を負うことはなかった。
「(なんて獰猛なの……!?)」
とはいえその速度と荒々しさはかなりのもので、的が小さいことからも少し押され気味だった。
「アラタ、大丈夫か!?」
その一方で若を初めとする大鬼族たちは加賀美の元へ向かい、無事を確認していた。
「うっ……若……」
「あれがお前の言っていたガタックゼクター……ってやつなのか?」
「あ、あぁ……」
思わぬ攻撃性の高さ、その速度に若は冷や汗をかく。
「あのようなもの、見たことがありません……」
姫も戸惑い、老人も興味深そうにガタックゼクターを見る。
「シズ殿と競り合うとは、中々じゃのう」
その中で若は先程のことも踏まえ、疑問を抱く。
「だが、俺達に攻撃してこないのは一体どういうことだ……?」
そう、ガタックゼクターは静江以外に一切矛先を向けないのだ。
あれだけ獰猛であれば無差別に里の住民に襲いかかっても仕方ないというのに。
「シズ様で精一杯ということでないでしょうか?」
「そうとも思えるが……あのクワガタはさっき、目の前にいる俺じゃなくシズ殿を狙った。まるで最初から彼女を狙っていたように……」
○○○○○
というのが事の顛末である。
静江の力もあってガタックゼクターはどこかへ飛び立っていったものの、加賀美は変身できなかったショックで夕食時までずっと泣き続けている。
全ての行動に涙がついて回っていたのだ。
「新くん、お口開けて?」
「静江さん……」
「これ食べれば、元気出ると思うから」
「いただきます……」
加賀美は変わらず落ち込んだ様子ながらも、食欲には抗えないのか静江に言われるがままに差し出された夕食を1口食べた。
「───美味っ!?」
するとあまりの美味しさに驚愕し、落ち込む所ではなくなった。
いとも簡単に元の加賀美に戻ったのだ。
「あはは、美味しい?」
「はい。ていうか静江さん、これ───」
これには若と爺も驚く。
「おぉ、あれだけ落ち込んでたアラタが……」
「さすがシズ殿というところですかのう」
「しかし美味い飯を食べて解決とは、あいつも単純というか……」
「あれはシズ殿お手製ですからのう。カガミにとっては何よりのご馳走なのかもしれませぬ」
加賀美は泣いていたので知らなかった事だが、静江は姫を始めとする女性陣と共に夕食作りに参加していたのだ。
「あぁ、そういうことか。確かに美味いしな」
「中々やりますのう」
喜ばしいことに大鬼族達にも受けが良く、若と爺も舌づつみを打っていた。
「とりあえず、カガミのことはシズ殿に任せれば万事解決ですな」
「まったく……アラタはシズ殿が関わると単純になるからな」
出会って日も経過していないというのに、それは大鬼族たちの共通認識になっていた。
「と言うより、シズ殿がカガミに入れ込んでおるように見えますがな」
爺が確信を含むような言い方をするものだから、若はつい2人を視界に入れる。
「そうか?よく分からないが───」
「その話、詳しく聞きたいです」
瞬間、気配も何も無く現れる姫。
「うお!?」
「姫様!」
「妹よ、何故急に……」
「ふふっ。少女は耳聰いのですよ?」
姫の後ろには、大鬼族の女性陣が集まっていた。
「さぁ爺、全て話してもらいますよ!」
「儂もここまでか……あとは頼みましたぞ、若」
「おい逃げるな爺!あんまりだぞ!」
○○○○○
「これ、静江さんが作りました?」
「わ、気づかれちゃった」
「いつも食べてますからね。びっくりしましたよ」
「おかわりもあるから、沢山食べてね」
「マジですか!?もちろんですよ!」
それから加賀美は先程まで泣きじゃくっていたとは思えないような、大鬼族もびっくりの大食を見せた。
そして。
「(今回はやられたけど……ベルトは手に入ったんだ)」
やられっぱなしでは終われないと。
「(次はあいつを捕まえてやる!)」
そう気合いを入れ直すのだった。