「ぬおおおおっ!!」
朝。
加賀美は体力作りの為、子供たちと鬼ごっこをしていた。
広い里で小さいながらも身体能力の高い子供たちが走り回ると、人間の加賀美が追いつくのは中々難しい。
加えて体中ボロボロという大きなハンデを抱えていた。
「負けるかあああっ!!」
しかし加賀美新、持ち前の根性でひたすら走り回る。
半ば無限のその根気は遊びたい盛りの子供たちと相性が良く、里の中では賑やかな笑い声が響いていた。
「今日も元気だなぁ」
それを縁側に座って茶を飲みながら、楽しそうに眺める静江。
「さっきまで爺にしごかれてたってのに、よく動けるな」
「技術はまだまだじゃが、根性は見上げたものですじゃ。若より上かもしれませんのう」
「かもな。まぁ……」
その隣に座っている姫たち大鬼族の面々。
今も元気に走り回る加賀美に感心しているようだった。
「爺が体力負けして修行を辞めたもんだから、どっちが上かは判断つかずだがな」
「ほっほ、年寄りに酷なことを言いなさる」
爺はわざとらしく腰を抑える。
まだまだ余裕の雰囲気だった。
その一方で姫は。
「私は、少し憧れます」
その言葉に若と爺は驚く。
「お前がそう言うなんて珍しいな。ああいうタイプじゃないだろ?」
「姫様はどちらかと言うと、シズ殿のように華麗に戦う方が似合っておりますぞ?」
2人は想像する。
静江の様に綺麗な戦い方ではなく、加賀美のようにド根性で戦う姫。
そして思った。
お前一体は誰だと。
「少し憧れる程度に留めておけよ」
「見習い始めると危険ですじゃ、姫よ」
2人の思いを知らない姫はいつもと違うベクトルの心配に戸惑う。
静江も2人に同意した。
「新くんの真似はしちゃダメだよ。みんな心配するからね」
実際、静江は普段加賀美を見るのを楽しみつつも、その危なかっかしさから心の中では心配する気持ちを抱えている。
「それでも、戦場を駆ける力が私にあればと……つい思ってしまいます」
それは日々戦う同胞を見送る姫も同じだった。
前線で戦い、命を燃やす仲間達。
かたや魔法で支援しているものの、傷つく可能性は格段に低い自分。
優しい姫が悔しく、申し訳なく思うのは仕方の無いことだった。
「その気持ちも理解できる……が、傷つく役目は俺たちが背負う」
「お兄様……」
どこか進んで傷つこうとする姫を、若の低い声が静止した。
「当たり前のことを言うが……俺たちは同じように命を賭す仲間だ。お前にはお前の、俺達には俺達の役割がある」
「役割、ですか?」
「あぁ。1人1人替えのきくものではない。例に出すなら、お前の存在が俺たち一族に力を与えている。それは紛れもない事実だ」
「私が……」
「お前は自分を守られるだけの存在と思っているようだが、お前がいるから俺達も気張ることができるんだ。俺にとって……大鬼族にとって、なくてはならない存在だ」
若は、姫が加賀美のように戦うことを望むのは、自分も傷つく事で皆と同じリスクを背負おうという考えであることを察していた。
「その事実を否定など、誰にもさせない」
若の言葉を聞いて、姫は考えを改めた。
自分の役割が替えのきかないものであるならば、それを全うしようと。
仲間が傷つかなくて済むよう、これから魔法の技術をとことん伸ばしていこうと。
「いつか私の魔法だけで、皆を守れるようになりたいです。爺も、お兄様も」
「おいおい。戦闘種族とは名ばかりになるだろ」
「ふふっ。そうならないように、お兄様も頑張ってくださいね?」
「当然だ。簡単に追いつけると思うな」
2人の姿を見て、爺は微笑む。
「(確実に、若き芽は育っておるか……儂もまだまだくたばれんのう)」
一方静江は、2人を羨ましく思った。
「……いいなぁ」
「シズ様?どうかされましたか?」
「え?」
「今、少し悲しそうな顔をされていたので」
静江の零した言葉を、姫は聞き逃せなかった。
何か大きな思いを抱えているように感じたのだ。
「良ければ、聞かせていただけませんか?」
鋭いなと、静江は思う。
「……ありがとう」
そして話し始めた。
わがままが通るなら、危険な行動は止めたいと強く思うこと。
しかし加賀美という人間は、本気で決めたことを曲げない男。
もしもの時は、背中を見送ることしかできなくなるだろうと不安も覚えていること。
「私のためって言ってくれるのは嬉しいんだけどね」
静江の表情に僅かな暗い感情を感じた姫は、その言葉が自分だけに向けられたものでは無いことを察した。
「本当に大切に思ってらっしゃるんですね、カガミ様の事を」
「……うん。新くんが戦ってるのだって、本当は嫌だもん」
そう言って静江は茶を飲む。
先程から加賀美の方を何度も見ていることから、どれだけ気にかけているかがわかる。
「素敵です」
「え?」
姫は少し羨ましそうに笑った。
「カガミ様からも、シズ様は大切な方だとお聞きしていますから」
静江の手が止まる。
大切な。
その言葉が心を温める。
しかし。
「……あっ」
ここで思い出してしまった。
『あの子たちが言ってるのは大切な人ってことでしょ?』
あの時、不意に言われた言葉を。
『それは俺にとっての静江さんですから』
日頃の行動からわかっていたことではあるが、いざハッキリ伝えられると先程まてほんのり帯びていた熱が、燃えるような熱さに変わった。
「シズ様?どうかされましたか?」
「ご、ごめんね。なんでもないの」
「……なるほど」
姫は赤くなった顔を手で扇ぐ静江を見て、その心情を察した。
そして。
「シズ様、私は決めました」
やけに重く、絶対にぶれない意志を感じさせる声でそう言った。
その様子に静江はたじろぐ。
「ちゃんとカガミ様との馴れ初めを聞かせていただくまでは、お帰ししません!」
「えっ!?」
「これは私だけではなく、大鬼族の総意です。ね、お兄様?」
「!?」
あまりにも急な言葉に、若の目が飛び出る。
「ね?」
姫には絶対に静江を逃がさないという意志と、自分の意見を無理にでも肯定させようとする黒い笑顔とでも呼ぶべき圧があった。
現に若はそれに圧されている。
しかし大鬼族の総意と言うなら、ここにいない同胞の心まで勝手に決めるのは如何なものか。
若がそう思った時。
「若。ここは姫様に従う方が賢明かと思いますぞ」
年の功ということで、爺の言葉に従うこととなった。
決して自分の冷や汗が止まらないからではない。
「し、シズ殿、すまない。妹がこんなに強情だとは思わなくてな……」
若は申し訳なさそうにしながら、姫に呆れた視線を向けていた。
「すまんのうシズ殿。世にも珍しい姫のお転婆ですじゃ。ここはひとつ、許してくだされ」
同じように静江に謝る爺。
空気と同化するように気配を消していなければ、微笑ましい言葉だった。
「あはは……」
一方姫は。
「さぁ、シズ様!」
普段のお淑やかな印象はどこへやら、息を荒げて燃えている。
その圧に押される静江。
「聞かせていただきましょう!」
恥ずかしさから話そうとはしていなかったが、姫も譲るつもりはないと見えた。
「全部……そう、全部!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて───」
何故か必死になる姫。
止めようとする静江だが、力負けしそうになっていた。
「落ち着けませんっ!」
この時、爺と若は部屋の隅まで離れていた。
今まで見たことの無い、姫の暴走とも呼べる行動に震えていた。
その結果。
「しょうがないなぁ、もう……」
ここまで楽しそうにしている姫のためなら、と根負けすることとなった。
○○○○○
「はぁ、素敵なお話でした……」
静江の話を聞き終えた後、姫は満足気に息を吐いた。
「ですがその気持ちをお伝えするつもりがないというのは、もったいなく思います」
「そうかな?」
「シズ様は後悔しないのですか?」
「……うん、大丈夫」
「そんなに想っているのに伝えないことを悔やまないなんて、私にはとても───」
その反応を見て、姫は静江を信じることができなかった。
「新くんもはきっとちゃんと向き合ってくれるから、もし私に何かあった時、重荷になるのは嫌なんだ」
「……なるほど。ただ私には、それだけに留まっていないように見えます」
姫の言うことは正しい。
「あはは。さすがだね」
実際静江が想いを胸に秘めている理由が加賀美のため、というのは本当である。
「何か他に……そうせざるを得ない理由があるのですか?」
しかし、大きな理由はまた別だった。
「……笑わない?」
「もちろんですっ!」
○○○○○
「───ん?」
子供たちと遊ぶ中で限界を迎えて気絶した加賀美。
目を覚ますと、布団の上だった。
「おはよう、新くん」
隣を見ると、付き添ってくれていたであろう静江がいた。
「あ、静江さん。おはようございます」
「お腹空いてる?」
突然の質問に数拍の間が空いたが、加賀美の腹から獣の唸り声のような音が鳴ったことで、口で答える必要は無くなった。
「よかった。ご飯作ってあるから行こ?みんな先に食べてるよ」
「静江さんのご飯!早く行きましょう!」
それを聞いた途端加賀美は寝起きとは思えないテンションで広間へ駆け出していった。
「あ、行っちゃった……」
ゆっくり話しながら向かおうとしていた静江は、残念やら嬉しいやらの感情がごちゃ混ぜになった。
「(喜んでくれてるからいっか)」
とはいえ足取りは軽やかである。
少し遅れて宴会場に到着した時、加賀美の横には既に空の丼が積まれていた。
「やっぱ静江さんの料理最高ですね!」
「ありがとう。いっぱい食べるのは良いけど、慌てちゃダメよ?」
「いやぁ、美味かったからつい……」
「ふふっ、そっか」
そう言って加賀美の隣に座った静江だが、直後に姫が隣へやってきた。
「良かったですね、シズ様」
「わぁ!?」
その顔は実に楽しそうだった。
静江から全てを聞いてからというもの、ずっとこの調子である。
「お兄さん達といたんじゃ……」
「ふふ。お2人を近くで見守りに来ました」
「う゛っ……み、見てても何もないよ?」
「問題ありません。たとえ変わらぬ日常だとしても、ただお2人を見ているだけで私は幸せなのです」
今の姫には、何を言っても無駄そうだった。
静江が助けを求めようと若と爺を探すと、2人は少し離れたところでお手上げとでも言うように天に祈っていた。
そんな2人から助けを得られるかなど考えるまでもなく、先程と同じく根負けし、姫の好きにさせることとなった。
「カガミ様。好みをお聞きしてもよろしいですか?」
しかしこの姫、初手からかますのである。
「好み?」
姫の問いに、加賀美は何の話か分かっていない様子でオウム返しをした。
今は呑気に口いっぱいに料理を詰め込んでいる。
「はい。女性───」
静江は好きにさせたのが間違いであったと気づくと共に、咄嗟に姫の口を塞いで加賀美と距離を取った。
「ごめん新くん気にしないで!」
「?」
突然のことに驚いて手が止まる加賀美だったが、数秒後には構わず食事を再開していた。
静江はというと、慌てて姫を離れさせたものだから肩で息をしていた。
「な、なんであんなこと聞くの!?」
「シズ様のお名前は出していませんよ?」
「そ、そうかもしれないけど……新くんに変なこと聞くのもダメだから!」
まるで静と動とでも言うように、2人の態度は真逆だった。
「うふふ」
姫は思い出す。
静江が気持ちを伝えない理由は実に単純で。
『その……我慢できなくなっちゃうから……なんだけど』
『まぁ……まぁまぁ!』
姫を思わずにやけさせてしまうような、胸にくるものだった。
「シズ様は本当に、可愛らしい方ですね」
「もう!」
いつもは静江の方が包容力のある姉という雰囲気だが、今は姫にからかわれて焦っていることもあり、普段と逆の立場だった。
その様子があまりに可愛いものだから、姫は。
「(カガミ様も、良いお返事を下さると思いますのに……)」
どんな形であれ関係が進むまでは死んでも死にきれないなと、強く思った。
そして。
「(いつかお祝いすることがあったなら……その時は、この里で)」
いるかも分からない神に、そう願ったのだった。