「……っ!?」
意識が覚醒し始めた瞬間、静江は勢いよく起き上がった。
「ここは……宿?」
野原で倒れた自分が、ベッドで横になっているこの状況。
そして額に乗っている冷たい布。
誰かに運んでもらっただけでなく、看病してもらっていたことがわかる。
「あっ静江さん!起きたんですね!」
勢いよくドアが開くと、頭に布を巻いていかにも作業していたような格好の加賀美が喜びの表情で入ってきた。
「(あ、加賀美くんが看病してくれてたんだ)」
「起きて良かったです……3日も寝てたんですよ!」
「そんなに……!?ご、ごめんね。こんな遠いところまで」
「気にしないでください。俺も静江さんに助けられてますから」
「……ありがとう 」
「体はもう大丈夫なんですか?」
「うん。よくあることだから」
「そんな……」
「よくあること」
この一言が加賀美の心配を加速させた。
元よりお人好しな性分なので、気にせずにはいられなかった。
「ところでその格好どうしたの?」
「宿代が無かったんで稼いでたんですよ」
「あ、ごめんね……」
「気にしないでくださいって!俺がやりたくてやってるんですよ!」
静江が起きたのを見て安心したのか、加賀美はそのまま宿を出て仕事場へと向かっていった。
「行っちゃった……」
加賀美は傷ついた様子もなくピンピンしている。
つまり自分の手で傷つけることはなかった。
それは静江にとっては喜ぶべきこと。
しかし自分のために看病や宿代など、色々と働かせてしまっている。
これには申し訳なさを感じる。
宿代を払うことは容易いものの、助けられた礼は宿代のみで釣り合いが取れるだろうか。
「帰ってきたらご飯代くらいは出させてもらわないと……!」
何とか恩を返そうと意気込む静江だった。
「とりあえず、お風呂入らなきゃ」
一方その頃。
「(もっと、もっと俺にできることを!)」
命を助けられた側として、加賀美も似たようなことを考えていた。
「ふぅ、それにしても……異世界っていうのはすごいな」
肉体労働をこなしながら、ふと国で過ごしている者に目を向ける。
人間ではなさそうな外見の国民が結構な数おり、嫌でも自分のいた地球とは違うのだと思わざるを得なかった。
「でも、皆楽しそうに過ごしてる」
この世界については知らないことの方が多いが、少なくともこの国は良い場所なのだろうと、加賀美は思った。
「貸してください!俺持っていきますよ!」
「はっ、新入りとは思えない根性だな!」
「はい!任せてください!まだまだやれますよ!」
「おぉ、その意気だ!」
加賀美の真っ直ぐさは、肉体労働という根性に直結する仕事と相性が良かった。
宿では、入浴を済ませてラフな格好になった静江が部屋をウロウロしていた。
「何か私にできることないかな……」
「ただいま戻りました!体は大丈夫ですか!?」
「わぁ!?」
仕事を終えて帰って来た加賀美が部屋に入ると、驚いて少し息が荒くなった静江の姿が。
「お、おかえり加賀美くん」
「静江さん、給料もらったんでご飯食べに行きましょう!」
「えっ!?ダメダメ!私が出すよ!」
加賀美が明らかに食事代も出そうとしていることを察し、慌てて言う静江。
「俺が!」
「私が!」
しかし互いに譲らず。
「俺!」
「私!」
「「むむむむ……!!」」
妥協案として、ジャンケンで決めることとなった。
その結果、勝利したのは。
「好きなだけ食べてね!」
静江だった。
「はい……」
へこみながらも、仕事終わりの加賀美はよく食べていた。
それを見て静江も満足そうにしている。
「この世界の飯も美味いですけど、やっぱ日本食が恋しくなりますね」
「……うん、そうだね。加賀美くんのいた日本はいっぱいご飯食べれた?」
「え?そりゃもちろん……」
「そっか、良かった」
加賀美は疑問を抱えた。
まるで静江のいた日本は、満足に食料が食べられなかった様な言い方をするではないか。
「静江さんのいた日本って……」
ふと口に出すと、静江の表情に陰りが見えた。
彼女の元いた時代は街全体が炎に包まれ、人々の悲痛な叫びが響き渡っていたという。
話を聞くに、空襲だった。
「(それって、何十年も前の話じゃ……)」
静江の外見は10代後半程であるというのに、話すことはまるで昭和前期のこと。
「……すみません、辛いことを思い出させてしまって」
「気にしないで。今の君達が平和に暮らせてるなら、私は嬉しいから」
「(平和……か)」
静江は知らない。
地球で人間同士ではなく、違う種族───宇宙からの侵略者との戦いがあったことを。
しかし、加賀美のいた時代の方が平和であったのはまた事実。
戦っていたのは人類の一部だけなのだ。
だとしても、戦争が起きていたことには変わりない。
それを伝えると、彼女はまた辛い表情をするだろう。
彼女の笑顔を曇らせてはいけないと、加賀美は現代の悪い部分を伝えず、ぐっと飲み込んだ。
「加賀美くんは、元の世界に帰る方法を探してるのかな?」
「え?まぁそうですね」
「良かったら、私にもお手伝いさせてくれない?」
「えっ!?」
「ほら、加賀美くんだって私を助けてくれたでしょ?少しくらいお礼しないと───」
咄嗟に断ろうとする加賀美だったが、ふと思い出す。
先程似たような下りをしたが、静江は折れなかった。
今自分が断ったところで、彼女は手を貸し続けてくれるだろう。
ならば自分のすべきことは断ることではなく、その提案を受け入れつつ、自分も静江のために動くことだ、と結論づけた。
「なら、お言葉に甘えて」
「うん、その方が私も嬉しいよ」
「ただし!俺も静江さんに力を貸せることがあったら、遠慮しませんよ!」
「……あははっ」
この宣言に、静江は思わず笑った。
「手伝わせてくれってお互いに言うの、なんだかおかしいね」
「た、確かに……」
加賀美の耳が、少し赤くなった。
「ゴホン、とにかく!」
そして咳払いして仕切り直した後、改めて手を伸ばした。
「これからよろしくお願いします、静江さん」
静江はふわりと微笑み。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
その手を優しく握った。
「これからは新くんって呼ばせてもらうね?」
「はい!」