加賀美と静江はこの数日間、大鬼族たちとかなり親交を深めることができた。
フューズへの報告もあることから、今はブルムンドへ帰宅する準備をしている。
「シズ殿、もう帰ってしまうのか?」
「うん。長居しちゃってごめんね」
「構わない。俺としてはアラタもシズ殿もずっと居てくれて良いんだがな」
静江は思い出す。
危険度の高さとは裏腹に、快く迎え入れてくれた大鬼族の面々。
里に流れる朗らかな空気。
温かい場所だった。
「それに、あんたに勝つまでは去られちゃ困る」
そして、向上心のある若き存在。
「あはは、そっちが本当の理由でしょ?」
「フッ……それとアラタにも、決着は着けず終いだしな」
「……新くんと戦ってみてどうだった?」
結局、あの日の模擬戦以降加賀美と若は戦っていない。
理由としては、姫と静江の目があったからというのがいちばん大きかった。
だから若は静江と違い、加賀美の戦い方をあまり知ることができずに別れることとなってしまった。
「倒れてからが本番……というのは本当だったな」
「ふふっ、でしょ?」
「だからこそ、実戦でどうなるかが少し心配でもある」
倒れてからが本番というのは、1度負けた際に命があることが大前提。
実戦で負けてしまった時など、命を奪われる以外の結末はない。
「あいつがもし死んでしまうような事があったら……シズ殿がどうなるかも分からないしな。感情が乱れて、あんたの中にいるイフリートってのが暴走するかもしれん」
若も、イフリートの話は軽く聞いていた。
強い炎の力を持つ精霊で、静江の中に潜む爆弾。
恐ろしいと同時に、大きな力。
「うん。そうなったら全部……焼き尽くしちゃうだろうね」
それは静江にとってはかつて起こしてしまった苦しく、痛い思い出。
何よりも避けたい悲劇。
「それだけは嫌だけど……そう都合良くはいかないから」
「何故だ?力を使わなければ問題はないんだろう?」
「今の私は……イフリートを抑える力がどんどん弱くなってきてるの」
若は納得した。
今の静江には余裕が無いのだと。
「ならもし、次に暴走が起きた時は……」
「うん。止められるか分からない。色んな人に迷惑をかけちゃうかもしれない。だから、誰かに終わらせて欲しいんだ」
いくら力が弱まっているとはいえ、静江の言い方はどこか諦めとも取れるような希望の抜けたものだった。
誰かに助けてもらうことを、選択肢に入れていないような雰囲気。
「(それが最善だとしても、あんたが言うほど簡単じゃないだろう……)」
若としては2人には長生きして欲しいという考えなので、死んだ時、という仮定の話にはのめり込みたくなかった。
それどころか「諦めて死ぬなど許さない」と強く思っていた。
「あんたを終わらせるのが、あいつだとしてもか?」
だというのに、口から出るのは静江の言葉を深掘りするような質問。
静江は頷いた。
「……本当は嫌だけどね、新くんは悲しんでくれるだろうから」
本当は。
本心ではそう思っているのなら足掻いてみてはどうか。
助けを求めてはどうか。
若は心の中でそう思った。
しかし静江の言葉は。
「でも、仕方ないことだって受け入れられるよ。まだこうやって、元気に生きられてるから」
どこまでも、近くにある終幕を受け入れようとしている言い方。
「だったら───」
若が噛み付こうとするが。
「欲張りな話だけど、私の最期は───」
自分の願望に過ぎない言葉を伝えることを、心が止めてしまった。
「彼が傍にいてくれたら、安心して逝ける気がするの」
何故ならそう言う静江の顔が、何よりも安らかだったから。
彼女にとって幸せな事だと、察してしまったのだ。
「っ……」
実際にその願いは静江の中で、2人の弟子や5人の子供たちと同じくらい大きなものになっている。
だからこそ若も否定することはしなかった。
飛び出しそうな言葉をぐっと堪えた。
「なら、あいつと離れるわけにはいかないな」
「うん。一緒にやりたいことも……全部やらなきゃ」
静江は思った。
助けたい人を助け、会いたい人に会い、共にいて欲しい者と時を過ごし続けたいと。
そして、若も願った。
静江が残された時間の中で、幸せに過ごせるようにと。
「まぁそうは言ってるが、やりたいことをやるまでは死ねないという感じだな」
「……今は大事な目標があるから」
「察しはつくが……どれだけかかるだろうな」
「あはは、だからそれまでは生きたいなって思うよ」
「……あんたの願いが叶った時もそうだが……これからも里に来てくれ。その時は宴を開こう」
「良いの?そんなに大きな理由ってないんだけど……」
「もちろんだ。理由なんて何だって良い。楽しい時間をあんたに、存分に味あわせてやるさ」
「その時は……新くんも連れてくるね」
「当然だ。2人は絶対に来てもらう。どちらか片方が欠けるなんてのは、俺たちも望むところじゃないからな」
そうこう話している間に静江の荷造りが終わり、後は加賀美を呼んでくるだけというところ。
「シズ殿はゆっくりしていてくれ。俺がアラタを連れてくる」
「あ、ほんと?ありがとう」
「まぁ、あいつはどこまでウロウロしているか分からないからな。ここをよく知る俺の方が早く連れてこれると思っただけだよ」
「あ、あはは……ごめんね」
「良いさ、そういう所も含めてあいつだ。すぐ連れてくるよ」
若を見送った後、静江は1人で加賀美を待つだけというところ。
ふと考える。
「(これから新くんと帰ったら、またいつも通りに戻るんだよね……)」
そのいつも通りの日常は、とても尊いもので。
「(1番最初におはようって言って、一緒にご飯食べて……最後におやすみって言って……)」
これから先また里に来る時も、きっと加賀美は隣にいる。
自分にとって大切な時間を、これからずっと過ごすことができる。
その事を考えると。
「……幸せだなぁ」
そう思わずにはいられなかった。
○○○○○
外に出て加賀美を探す傍ら、若は振り返る。
この数日で色々なことがあった。
凄腕の侵入者かと思えば、その相方はとんでもない世間知らずという凸凹コンビ。
しかしあまりにも真っ直ぐで、大鬼族からも慕われている存在。
2人が来る前と後で、里の明るさも変わっているように思えた。
「(この先でも2人との縁は無くしたくないが……人間は短命だからな)」
いずれ来る別れを惜しみながらも、若あることに興味を持っていた。
「(あのクワガタをアラタが手にした時、どんな力を発揮するのか……いつかは見てみたいもんだ)」
ベルトを探してきた時、加賀美は「変身」といった。
どんな姿になるのか、どれ程の戦闘力を発揮するのか。
疑問は尽きない。
「(それにしてもあいつ、どこまで行ってるんだ?)」
今若は森の奥深くまで足を進めている。
里の中には姿が見当たらず、聞き回ったところ森に入ったと証言があったのだ。
「恐らくそう遠くには行ってないはずだが……ん?」
ある程度森の奥へ進んだ時、若は他とは違う樹を見つけた。
「これは……樹液か?」
その周辺の樹だけ、甘い香りのする液体が塗られているのだ。
しかしそれは自然に起こったものと言うよりは、誰かがそうなるように作ったようだった。
「何故この辺りだけ……」
珍しい光景に若が疑問を浮かべていると、近くの樹の陰で何者かの話し声が聞こえた。
「(誰だ?)」
悪意や敵意、殺意と言ったものは感じなかったので、若はゆっくりその樹の方へ歩いた。
「お前たちか?あの液体、を……」
するとそこには、おおよそ現実とは思えない光景が広がっていた。
「アラタ様、ガタックゼクター来ませんね……」
「うーん、これなら来ると思ったんだけどなぁ……」
今視界に映るのは、加賀美と姫の2人。
最近仲が良いので若自身驚くことはなかった。
2人がクワガタの着ぐるみのようなものを着て虫取り網を持っているという、トンチキな見た目をしていなければ。
今は2人してしゃがみながら、小石を投げていじけている。
「……何やってるんだ?お前たち」
「お兄様!」
「あーいや、言わなくていい。察しは着いた」
若は実にくだらないことに頭を回したと後悔した。
この2人、あのガタックぜクターを普通の昆虫よろしく樹液で釣って捕獲しようとしていたのだ。
着ぐるみを着ているのは恐らく、同族であるとアピールするため。
「もうシズ殿が帰り支度を済ませてる。里に戻るぞ」
「も、もう少し待ったら来るかもしれないし……」
「ダメだ。そもそも機械の虫が樹液なんぞに反応するわけないだろ」
「た、確かに……!!」
「妹よ、お前もなぜ付き合っている?それに気づかなかった訳じゃないだろ」
「アラタ様が楽しそうだったので、私もと思いまして」
若は妹が好奇心旺盛になったことは一先ず喜んだ。
しかしその隣でしょげながら歩いている男に関しては頭を抱えた。
その帰り道で、姫はポツリと呟いた。
「アラタ様もシズ様も、もう帰ってしまわれるのですね」
見るからに寂しそうだった。
加賀美とはしゃぐ時間が余程楽しかったのだろう。
「安心しろ妹よ。2人にはまた里に来てもらうさ。その時には宴を開く、とシズ殿と話もつけた」
「本当ですか!?」
若は優しく笑った。
○○○○○
「そういえばさっき言ってた宴会だけど、そんなに何回もめでたいことってあるのか?」
「お前たち2人が無事に里に来てくれれば、それがめでたい出来事だよ」
「なんか悪いな。俺達もお土産持ってくるよ」
「ふっ、楽しみにしてるぞ。まぁ、本命の宴はとっておくがな」
「本命?」
いずれその宴を開く時を想像する。
その時はどれだけ楽しく、どれだけ騒がしく、どれだけ幸せな時間になるのだろうか。
それを考えると、口角を上げずにはいられなかった。
「あぁ。お前とシズ殿が───」
静江の待つ部屋の襖を開けた時、若と加賀美は知ることになる。
「───シズ殿?」
「───静江さん?」
幸せとは、いとも簡単に消え去ってしまうということを。