少女は、炎を恐れた。
炎は、少女を生かした。
少女は、力を得た。
力は、多くを救った。
少女は、幸せになるはすだった。
しかし、炎は。
「───っ!」
ある日。
静江は勢いよく、何かから逃げるように起き上がった。
「はぁ……はぁ……」
しかし、夢の光景はいつも静江の脳裏にこびり付いている。
まさしく悪夢、トラウマだった。
「!」
それと同時に。
「っ゛ぁ……!」
内に潜む爆炎が建物も、人も、何もかもを焼こうとせんばかりに飛び出そうとしてくる。
咄嗟に仮面を取ろうとするが、イフリートの衝動の大きさに、思わず蹲る。
「(なんでっ……今なの……!?)」
炎の力を使っていないのにも関わらずこうなってしまっていることが何よりも不味い。
それは、静江の精神力がイフリートよりも弱くなっているという事だった。
「新っ、くん……!」
思わず名前を呼んで、助けを求めてしまう。
以前ならば自分1人で何とか抑え込もうとしていた。
しかし今は。
「静江さん!」
部屋のドアが勢いよく開く。
「(来て、くれた……)」
静江の傍には、加賀美という存在がある。
静江の姿を見るや、加賀美は急いで仮面を手に取り、初めて会った時と同じようにイフリートを抑え込んだ。
静江の荒い息が部屋に響く。
「ごめん、ね……」
「良かった……間に合って……」
加賀美自身疲れてはいるものの、それ以上に静江の様子が深刻だった。
「そっか……私、里で倒れて……」
「はい。大鬼族の皆の協力もあって、すぐこの国に戻って来られたんです」
静江は今気づいたが、今いる部屋はブルムンドで使っていた、馴染みのある部屋だった。
「そっか。皆が……」
「あれからずっと目を覚まさなかったから……本当に良かったです」
加賀美の口ぶりから察するに、自分は誰も手にかけずに済んでいるらしい。
そのことが静江に大きな安心をもたらした。
「静江さん、その……えっと……」
ホッとしている静江と対象に、加賀美は言葉に詰まりながら言うことを選んでいた。
大丈夫であろうはずもなく、かといってイフリートの事を詮索するのも今辛そうな静江にするべきではない。
上手く言葉が出ないその思いを、静江は感じ取る。
「心配しないで。まだ大丈夫だから」
そう言う静江だが、実際どうかなど一目瞭然だった。
今も脂汗が滲んでいるし、苦しそうに笑っている。
「汗かいちゃったし、お風呂入ってくるね」
しかしなんでもないように、いつも通りに浴室へ向かった。
部屋を出る直前、こう言い残して。
「……後で、ちゃんと話すね」
「……はい」
それを聞いた加賀美の心中は穏やかではなかった。
辛い話をさせてしまうのではないか、苦しそうに話すのではないか。
そんな不安が胸中にあった。
そして何か解決策は無いものかと以前からひたすら考えていたというのに、何も浮かばない自分に悔しさを覚える。
「(俺は、静江さんのことを何も知らない……)」
ただ力一杯に、拳を握り締めることしかできなかった。
その一方で、静江は加賀美が駆けつけて来たことを思い返して安堵していた。
「(……温かい)」
先程までの辛そうな表情はすっかり良くなり、シャワーの心地よい温度にリラックスしていた。
「はぁ……」
しかし、ふとした時にため息が出てしまう。
初めて出会った時と今。
加賀美には2度、イフリートの暴走を抑えてもらった。
「(今の私って……)」
1度目はともかく、今回は完全に加賀美に助けを求めてしまっていた。
過去のトラウマから人と親しくなることを恐れていたが、今までその思いが消えていたことに気づく。
『俺は、あの人の助けになりたいんです』
それは、気の所為などではなく。
「(私は───)」
加賀美新を、心の拠り所にしている。
「……新くん」
そう口にすることに、安心感を覚えていたのだ。
胸に手を当てると、鼓動がわずかに早まる。
どうしようもないところまで来てしまっていた。
「(全部、話さなきゃ)」
頭をスッキリさせて、静江は決心した様子の加賀美との話に臨む。
2人は今、机を挟んで対面で座っている。
「静江さん、俺……」
加賀美はどこか思い詰めた顔で。
「何から話そっか」
しかし静江はとても安らかに。
「静江さんのこと、全部教えてくれませんか?」
加賀美の目は、どんな事でも受け入れようとしている様だった。
元より全てを話すつもりであった静江は、その目を見て気持ちをより強く固めた。
「静江さんがこの世界に来てからの事や、イフリートの事を聞かないと……俺は───」
「ありがとう、新くん」
静江は微笑む。
「全部話すよ。私の事、ちゃんと知ってほしいから」
静江は、異世界に来てから何があったかを加賀美に話すことにした。
「……私の炎はね、友達を殺してるの」
悲しかったこと。
今も悔いていること。
「でも、勇者にであって救われた」
嬉しかった出会いのこと。
寂しかった別れのこと。
「それから、色んな人を助けようって思って……」
誇れること。
「大事な弟子や、生徒たちもできて……」
大切なもの。
そして。
「最後に……新くんに会えた」
自分にとって、初めての存在のこと。
「最初はただ辛かった……でも、みんなに会えたから」
朝に「おはよう」を言い、夜に「おやすみ」を言う。
一緒に食事をする。
2人で日常を過ごす。
ただそれだけで。
「私は幸せだよ」
静江の心は満たされているのだ。
「……君がいてくれて、本当に良かった」
静江の顔はとても穏やかだった。
「前に私のために何かしてくれるって言ってくれたの、覚えてる?」
「もちろん覚えてますよ。静江さんのためになるなら何だってします」
加賀美の真っ直ぐな言葉に
「もしもの時は、私の事お願いしても良いかな?」
加賀美は目を見開いた。
「もしもの時って……」
嫌な予感がしながらも質問すると、静江は。
「うん。私が戻って来れなくなったら……君に私を殺して欲しいの」
迷うことなくそう言った。
「最期まで、新くんといたいから」
心の底からの言葉だった。