ランガの走行は凄まじい速度で、加賀美は道中喋ることすらままならなかった。
しかしそのスピードの甲斐あってか、あっという間に静江の元へ到着した。
「シズさん、お待たせ」
「わ、早いね。ありがとう」
「良いってことさ」
「ランガもごめんね?」
「気にするな」
「さて、新くんも連れてきた事だし……あとは2人でゆっくり話してくれ」
「待って、スライムさん」
「ん?」
静江はリムルをじっと見つめる。
2人の間に無言の時間が流れた。
数秒程だろうか。
しかし互いに何を伝えたいかは理解していた。
「───行くぞ、ランガ」
リムルは少し青い気持ちを乗せたような声でランガに命じる。
「ハッ」
ランガはただそれに従い、リムルを乗せて魔物の町へ戻って行った。
残された静江と加賀美だったが、まず最初に起きたのは静江のツッコミだった。
「新くん、髪ボサボサだよ?」
「いやぁ、ランガのスピードが凄くて……」
今の加賀美は誰が見ても「寝癖」と答えるような爆発頭だった。
しかし当の加賀美は気にする様子もなかった。
「直してあげるからこっち座って?」
静江は繁茂している地面に座り、隣を手で叩いた。
それに従って隣に座る加賀美の髪を、慣れた手つきで直していく。
「はい、これで大丈夫だよ」
「ありがとうございます……うん?」
ここで加賀美、静江の変化に気づく。
「口紅塗ったんですね」
「あ、うん」
出発した当初は普段通りだった静江の唇が、今は綺麗な赤色になっていた。
「新くんが綺麗って言ってくれたから」
少し照れながら静江は言った。
「ね、今はどうかな?」
「どうってそりゃあ……」
対する加賀美は。
「綺麗ですよ。前よりもっと」
気づけば自然と、そう言っていた。
「あははっ、嬉しいよ」
そう言う彼女の表情は何よりも美しかった。
2人は立ち上がる。
そして少し歩くと、魔物の町全体が上から見える。
「こうやって上から見ると、ほんとに綺麗な町だね」
「はい。凄くいい場所だって思います」
今いる場所は魔物の町全体を見下ろすことのできる高所で、言うなれば穴場の絶景スポットだった。
「……いつか住む場所が変わることがあったら、こういう所が良いね」
リムルもお気に入りの場所だとか。
住民との距離も中々のもので、大声で叫んでもしっかり聞こえるかどうかというところ。
「種族も関係なく皆笑って……毎日が楽しくて」
今静江の口から漏れる願望も、加賀美にしか聞こえない。
「俺もそう思います。静江さんはいつも美味い飯を作ってくれて……俺はそれを腹いっぱい食べて……美味い、って何度も言うんです」
そんな光景がずっと続く未来を想像すると、静江の身体は熱くなった。
「その中でたまに、俺が朝飯を作って静江さんに食べてもらう日もあったら面白いなって思います」
───指導してもらえれば、アイツみたいに美味い料理を作れるようになるだろうか。
最初に振る舞うならやっぱり鯖味噌だろうか。
その光景を想像するだけで、加賀美は自然と笑顔になった。
それを見た静江も愛おしそうに微笑む。
「……新くん、私ね」
その綺麗な瞳を僅かに潤ませながら。
「今までみたいに「おはよう」って言ってご飯食べて、冒険に出かけて、色んな人と出会ったりして……夕飯の時、「今日は楽しかったね」って笑いあって……」
静江の口からは、止まることなく望みが溢れる。
「最後は「おやすみ」って言って、その日が終わる……」
加賀美は何も言わず、静江の想いを聞く。
とても優しい目だった。
「そんな毎日がたまらなく幸せなの」
静江の目からは涙が一筋、頬をつたって流れている。
今までがどれだけ幸せだったかを表すように。
「だから、ちゃんと言うね」
静江は加賀美の手を取り、自分の胸に当てる。
そして。
「これから先の全ての時間を、私と生きてくれませんか?」
生を終えるまで隠し通そうとしていたその気持ちを、ついに伝えた。
手に伝わる鼓動が、加賀美の決意をより強固なものにする。
とてつもなく熱い静江の手を握り返し、自分の胸に当てた。
「たとえ悪魔が来ても、魔王が来ても……天災が来たって、絶対に静江さんの傍を離れません」
そして以前彼女から貰った指輪を薬指に嵌める。
「誰がなんと言おうとこの先ずっと、俺はあなたの隣にいます」
何よりも強い意志を込めた目でそう言うと、静江は加賀美を思い切り抱き締めた。
どんどん熱くなる身体を気にも留めず、加賀美もそっと抱き締め返す。
「良かった。伝えたいこと、全部伝えられて」
「静江さん……」
「今ね、びっくりしちゃうくらいドキドキしてるの」
静江は独り言のように呟いた。
「最初はこの後のことを考えてたからなんだけど……今はすっごく幸せだから」
その数秒後、静江は加賀美から離れる。
互いに数メートルほど距離を開けたところで、静江は薬指を愛おしそうに撫でた。
「そういえば私、さっき嘘吐いちゃった」
そして少し申し訳無さそうに頬をかく。
「まだ1つ、新くんに伝えてないことがあるの」
深呼吸して、静江も改めて覚悟を決める。
「この件が終わったらちゃんと伝えるね?」
静江も加賀美も、町にいるリムルも、これから起こることを理解していた。
「分かりました。後は任せてください」
そう言う加賀美の姿に、静江は青い戦士の幻覚を見た。
しかし彼女の心はそれを幻と思うでもなく信じ、目を閉じて衝動に身を委ねる。
指輪を胸に抱えながら。
直後、静江の体が爆炎に包まれた。
加賀美はこれから相見える敵から一切目を離さないよう、鋭い視線を向ける。
───絶望の火柱が出現した。
○○○○○
魔物の町。
リムルとカバル達は立ち昇る火柱を見た瞬間、ランガに跨った。
「お前ら振り落とされんじゃねーぞ!」
「任せとけって旦那!」
「私たちだって本気なんだから!」
「舐めてもらっちゃ困りやすぜ!」
「よし、行けランガ!全力でだ!」
「ハッ!この身にかえても!」
○○○○○
イフリートが爆炎の中で姿を現すと、加賀美はそれを真っ直ぐ見据える。
歴戦の戦士のようにあくまで冷静だった。
イフリートは加賀美を見つけた瞬間、炎の玉を放つ。
生身の人間であれば灰すら残らない攻撃が迫るも、加賀美は1歩も動かない。
しかし体どころか服にすら、炎はかすりもしなかった。
何故なら。
「!!」
その攻撃は加賀美に届く前にどこからか飛来してきた”何か”によって、とてつもない速度で弾き飛ばされたからだ。
イフリートが理解するのに少しの時間を要する中、加賀美は顔の横に手を構える。
するとどうだ、その飛来物は加賀美の手に馴染むように収まった。
そして加賀美はイフリートから目を逸らすことなく、ただ一言。
「変身!!」
そう言って手に収まっている飛来物、”ガタックゼクター”をレールの様な形になっているバックル部分にスライドするように装着した。
《Henshin》
そんな高い電子音声が聞こえたかと思えば、加賀美の全身が特殊なスーツに包まれていく。
最後に顔を覆い隠したところで、加賀美の変身は完了した。
得体の知れないものに対し、イフリートは威圧感を放つ。
しかしそれで引き下がる加賀美ではない。
ただ静かに、しかし荒々しくイフリートに視線を向けながら言い放つ。
「来い!!」
【戦いの神】の異名を冠するその姿の名はガタック。
加賀美新という男の、もう1つの生き様である。