「……スライムさん、1つお願いしても良い?」
静江はベッドに座りながら、膝の上に乗せたリムル優しく撫でながらそう言った。
「あぁ。俺にできることなら何でも言ってくれ」
リムルは、文字通り何でもするつもりで返事をした。
「この後全てが終わったら、私のことを食べて欲しいの」
「……え?」
しかし、そんなことを言われるとは思っていなかった。
「食べる、って……」
「私が死んだ後、君の中で眠らせて欲しいんだ」
静江の言っていることが分からないリムルではない。
つまりは静江の死後、彼女を取り込むということだ。
リムルが気にしているのはそこではない。
「いやっ、イフリートの件も片付いたし……もうシズさんは大丈夫なはずじゃ───」
まるで静江が、もうすぐ死ぬかのような言い方をしていることだった。
「……うん。皆のお陰で私は今生きられてる」
静江が自分の胸に手を当てると、生きていることを証明するように心臓が脈打つ。
「でもそれは、ほんの少し寿命が延びただけ」
今にも消えてしまいそうなほど弱々しく。
「あと数分もすれば、私はいなくなっちゃう」
「あと数分……」
「今の私の体には、イフリートの炎がまだあるの。残り火……って言うのかな。だからこうやって話せてるんだけど……自分が死んじゃうのって、びっくりするくらい分かっちゃうんだよ」
完全に、迎える結末は1つだった。
それ以外存在しない、あまりにも残酷な事実。
ならカバル達のした事は、加賀美のした事は無意味だったのか?
リムルは気を落とす。
「だからこの後新くんと少しお話して、後はスライムさんに任せたいの」
「本当に、シズさんはそれで良いのか?」
「……うん」
「新くんともっと一緒に───」
「良いの。少しお話できる時間があれば」
それ以上リムルは、静江を止めることをしなかった。
彼女が望んだことならば、と。
「……そんなに落ち込まないで?スライムさんにはこれから、もっともっと色んな出会いがあるんだから」
「あぁ、俺もそう思うよ……」
「そうやって悲しんでくれる人がいるだけで……私は嬉しいよ」
「うん……」
変わらずリムルの声は落ち込んだままだった。
「スライムさん、お名前はなんていうの?」
静江はふとそんなことを言った。
「え?俺はリムル───」
「ううん。日本にいた時の名前」
「───あぁ、悟。三上悟だよ」
「私は静江。井沢静江」
「よろしくな、静江さん」
「よろしく、悟さん」
2人は握手を交わす。
「せっかくだし、悟さんのこともっと教えてくれない?」
「……任せてくれ。とっておきがあるんだ」
自信ありげなリムルに静江は拍手で返す。
小屋の中では、互いの笑い声が響いていた。
○○○○○
加賀美が町に帰ってきた時、まず最初に出迎えたのはリムルだった。
「すみません、お待たせしてしまって」
「いいよいいよ。ほら、あそこでシズさんが待ってるから行って来な」
リムルに言われて、加賀美は静江の待つ小屋へ足を進める。
「俺はもういっぱい話したから、後は頼むよ」
「……はい」
一息間を置いて小屋に入ると、ベッドに座っている静江の姿が。
「おかえり、新くん」
今まで何度も聞いた出迎えの言葉。
その嬉しさが加賀美の胸を締め付けた。
そんな中静江は立ち上がって加賀美の手を引き、自身の隣に座らせる。
「せっかくだし、やりたいこと全部やっちゃおうかな!」
そして何の前触れもなく、明るい声でそう言った。
「へ?───うわっ!?」
突然のことに驚く加賀美はされるがままに、ベッドに押し倒されてしまう。
「ごめんね新くん、今の私は甘えん坊だから!」
「び、びっくりして動けませんでしたよ……」
「あはは、ごめんね?」
「でも、静江さんが楽しいならいくらでも付き合います」
「……じゃあ、もっと甘えちゃおうかな」
静江は遠慮せず身体全体で感じるために、加賀美を思い切り抱きしめた。
「苦しくない?」
「はい、大丈夫です」
加賀美の胸に耳を当てて、彼の命を感じる。
「新くんからもして?」
そして見上げるように、可愛らしくおねだりをした。
「こ、こうですか?」
こういったことに慣れていないことに加え、そもそも静江の身体が大切なこともあり、加賀美は慎重に力を加える。
「……もっと強く。私の身体が壊れちゃうくらい」
それに対して静江はさらに求めた。
「それは嫌ですよ」
「ふふ、冗談。でももっと強めてくれた方が嬉しいな」
「え、えっと……これくらいですかね?」
加賀美は少し強めに力を込める。
「っ、うん……」
静江の口から吐息が漏れる。
「あ、すみませ───」
思わず力を緩めようとしたところを。
「緩めないで」
静江が止める。
先程の強さをむしろ望んでいるようだった。
「これくらいが良いの」
「……分かりました」
静江の願いということで、加賀美は力を入れ直した。
「あと、頭も撫でて」
彼女の言うことに従う。
優しく手を乗せた。
「温かいね、新くん」
こうして抱きしめられると、静江の心は和らいでいく。
全身を加賀美で満たされているように感じるからだ。
「言ってなかったけど、今までずっとこうしたかったんだ」
「えっ、そうだったんですか?」
「やっぱり気づいてなかったんだね」
静江は頬を膨らませる。
とはいえ行動で示したかと言われれば考えものである。
「まぁ、今こうできるからなんでもいいんだけどね」
「……俺もそう思います」
「〜っ、そういうところだよっ!」
加賀美の言葉が心からのものであることは、今までの付き合いで十分過ぎるほど分かっている。
「ね、もう1つわがまま言っても良い?」
「なんでも言ってください」
だから静江も、心からの言葉を発した。
「私がいなくなった後……頭の隅っこの方で良いからさ、ずっと私のこと覚えておいてほしいんだ」
「忘れる訳ないじゃないですか」
静江は1つ、嘘をついていた。
「……ごめん、やっぱり頭の隅っこじゃ嫌。心の真ん中に大きくが良い」
加賀美の胸に顔を埋めるように言う。
その声はくぐもっている。
静江の耳は真っ赤に染まっていた。
「俺、思うんです」
加賀美は小さく笑った。
「これから先、色んなことがあっても結局……俺の心の中にはずっと、静江さんがいるんだろうなって」
これから先が何年続くか分からないとしても、それは加賀美の中で確信を持って言えることだった。
「俺、あなたと出会えて本当に良かったって……心から思います」
不思議な話だった。
静江の中にイフリートはほぼ残っていないというのに、彼女の身体は燃えるように熱いのだ。
「……じゃあ、次は私の番だね」
「へ?」
静江は起き上がり、加賀美に跨るような姿勢になった。
「新くんのして欲しいこと、なんでも言って良いよ」
加賀美を見下ろし、艶やかに微笑む。
その瞳は潤んでおり、顔も上気していた。
「私、新くんが望むならなんでもするよ?どんなことだってしてあげられるよ?」
そして、加賀美の服に手をかける。
飲み込まれそうな色気を放つ静江だが、加賀美はその様子が面白くて笑ってしまった。
「静江さんも疲れてるでしょ?あんまり無理しちゃダメですよ」
「……やっぱり、新くんは気づいちゃうよね」
静江は服から手を離し、そのまま力を抜いて倒れ込む。
加賀美はそれを受け止め、背中に優しく手を添えた。
2人はそれから、しばらく動かず、何も話さなかった。
ただひたすらに、互いを感じ続けていた。
○○○○○
驚くほど弱々しくなっている静江の身体に対して、驚きはない。
加賀美も分かっていたのだ。
段々と迫っている終わりの時を。
「……そろそろ、かな」
静江は立ち上がり、これからすることへの緊張を静めるため胸に手を当て、深呼吸する。
加賀美も同じように立ち上がった。
「イフリートが出てくる前、新くんにまだ伝えてないことがあるって言ったの覚えてる?」
「覚えてますよ」
「ふふっ、そう言ってくれると思った」
そして目を合わせる。
あの時と同じように、薬指の指輪を大事そうに抱えながら。
「じゃあ……言うね?」
何があっても目を離さないように。
自分の全てでこの想いを伝えるために。
「私、井沢静江は」
静江は振り返る。
加賀美と出会ってから、どれだけ話をしただろうか。
互いの人生、その日の献立、クエスト、装備。
「加賀美新くんのことが───」
楽しかったことも。
嬉しかったことも。
辛かったことも。
驚いたことも。
恥ずかしかったことも。
怖かったことも。
痛かったことも。
これからのことも。
まだまだ話し足りない。
だからだろうか。
「っ……」
最期になって、涙が溢れてしまうのは。
「ごめんね……っ、ちょっとだけ、待ってて……」
必死に手で拭うも止まらない。
止められなかった。
「静江さん」
加賀美は安心させるように静江の元へ近づき、震える彼女の手を握った。
加賀美自身も静江の言葉を1文字も聞き逃さないように、自らの全てを使って聞くつもりだった。
「俺はここにいます。最期まで」
静江の緊張が解れたのを感じ、加賀美は手を離す。
実際静江の中で緊張は解れたものの、それとは別の気持ちがどんどんと膨れ上がっていた。
その声が。
表情が。
体温が。
痺れるような刺激となって静江を襲う。
抗いがたい甘美な熱。
淫らな熱が今、全身に回っていた。
「(あぁ、やっぱり───)」
静江の顔が先程よりも激しく上気し、目も蕩けたものへと変わっていく。
今は俯きながら、息を荒くしていた。
「静江さん?」
その変化に思わずしゃがみ込んで様子を伺う加賀美の頬を、静江は両手で包む。
焦点が定まっていないながらも、その目には加賀美しか映っていなかった。
「静江さ───」
そして突然のことに驚く加賀美に構わず。
「新くん」
全ての愛を込めて。
「大好き」
唇を重ねた。