「───お姉ちゃん、本当にあれで良かったの?」
「……言いたいことは全部言えたから、今の私に後悔はないよ」
死後、静江は謎の少年と話していた。
「まぁ、そう言うだろうなとは思ってたけど」
その少年はやけに加賀美のことを知っているようで、静江は恐らく日本での加賀美の友達だろうと結論を出した。
「ほんとお人好しだよね」
「新くんのこと?」
「そう、前からそうなんだ。こっちが何考えてても、真っ直ぐに本気でぶつかってきちゃってさ」
嫌そうに語る少年だが、その声色はそうではなかった。
場の雰囲気自体は柔らかいものだが、静江の頭にふとよぎるのは。
「ここにいるってことは……君も……」
「うん、死んでるよ。すごい爆発に巻き込まれちゃったんだよね」
「……そっか」
淡々と言う少年。
まだ幼いというのに、そんな不幸があってしまった。
残酷な出来事に静江は心を痛める。
「……そう思う方がおかしいんだけどね」
耳を疑うような台詞。
少年は複雑そうに言った。
その時、静江は少年から罪悪感のようなもの感じた。
「で、これからどうするの?」
「え?」
「会いたい人に会いに行くのか、ここでお兄ちゃんを見るのか、他の過ごし方をするのか」
会いたい人に会える。
その言葉に静江の胸が高鳴る。
「ちなみにお姉ちゃんで言うところの勇者さんには会えないよ。そもそもこっちにいないし」
でも、と少年は付け加える。
「日本にいた頃のお母さんとかなら会えるかもね」
それを聞いた静江は、気づけば駆け出していた。
母に会いたい一心で。
少年はその後ろ姿を見送りながら。
「……お母さん、ね」
誰にも聞こえない声でそう呟いた。
○○○○○
「で、結局戻ってくるんだ」
「大丈夫。お母さんにはちゃんと会ってきたよ」
戻ってきた静江は少年の隣に座る。
「新くんのことも話したら、行ってきなさいって」
「話し方でバレバレだったんじゃない?お兄ちゃんのこと大好きなの」
「……うーん、そんなに分かりやすいかなぁ?新くんには気づかれなかったんだけど」
「あのねぇ、お姉ちゃんも分かってるでしょ?お兄ちゃんが凄い鈍いの」
静江は何も言えなかった。
紛れもない事実だからだ。
「───とりあえず、これからお兄ちゃんがどうするか見とこうよ。結構面白いからさ、飽きないんだよね」
「うん。一緒に見てても良い?」
「好きにしなよ。お兄ちゃんだったら良いって言うでしょ」
どこかぶっきらぼうでありながら、加賀美に対してやけに甘いような様子の少年。
年は10に満たないと見えるが、子供に似合わない言葉選びや何か一物ありそうな雰囲気。
静江はこの少年の正体が気になった。
「そういえば私は静江っていうんだけど、君のお名前は?」
少年は思った。
いつもなら簡単に名乗れるというのに、静江に関しては”自分の話”を聞いてしまっている。
変に驚かれて面倒なことにならなければいいな、と。
「───マコト」
「あれ?マコトくん……って」
「そ。お兄ちゃんの話で聞いたでしょ?ワームだよ」
そう言って少年ことマコトは本来の姿を見せた。
タランチュラに似た見た目のワーム成虫。
その名も【タランテスワーム パープラ】。
加賀美にとっては切っても切れない因縁のあるワームだった。
「そっか、君がマコトくんだったんだね」
静江は驚くと同時に、会えたことを嬉しく思った。
「何も思わないの?」
「え?」
タランテスワームはマコトの姿に擬態し、ため息を吐く。
「僕はお兄ちゃんの敵だったんだよ。本物のマコトくんも殺してるし」
どこか自嘲気味に言うマコト。
「うん、新くんからは色々聞いてるよ。だけど───」
静江はそんなマコトの頭を撫でた。
「君が爆発から助けてくれたってことも聞いてるから」
「……やっぱり変わってるよ、お姉ちゃんも」
それからマコトは考えるのを辞めた。
お人好しに理屈は通じない事を知っているからだ。
「そういえばお姉ちゃんはさ、これからお兄ちゃんにどうしてほしいの?」
「うーん、そうだなぁ……楽しく過ごしてくれればそれで良いんだけど……」
「やっぱりそういう感じだよね」
「マコトくんも同じ?」
「ううん、僕は面白かったらなんでも良いよ。お兄ちゃんはなんだかんだ死なないからね。こうやって見てればまた何か起きるでしょ」
「そ、そうなんだ……心配だなぁ」
「お姉ちゃんの気持ちもわかるけど、見てればわかるよ」
○○○○○
「新くんはこれからどうするんだ?」
静江とよく似た顔。
しかし髪は水色で瞳も金。
目の下の火傷もなく、その外見は静江よりも幼い。
彼の名はリムル=テンペスト。
あのスライムである。
静江を取り込んだことで人間の姿を獲得したのだ。
「俺としてはここにいてくれた方が嬉しいんだけど」
理由は2つ。
静江が彼を大切にしていたこと。
そして町を発展させる上で無視できない強さだった。
「まずは国に帰って、それから静江さんの心残りを解決します」
静江の心残りとは、5人の子供たちのこと。
かつて彼女が教職に就いていた時の生徒である。
その子供たちの存在を、加賀美は静江から聞いた事で、リムルはドワーフ王国での占いを通して知っていた。
「その事は新くんだけじゃなくて、俺も力を尽くさなきゃいけない話だ。1人では行かせないぞ。ただ───」
リムルはテントから出て、まだまだ発展途上の町を眺める。
「俺にもやることがある。申し訳ないんだけど、少し待っててくれないか?」
加賀美はこれを承諾した。
そもそも子供たちがどこにいるかも今は分からないので、地道に情報を集めるしかないのだ。
「じゃあ旦那、俺たちは国に帰るとするよ。ここのことは悪いようには報告しねぇ。なんかあったら頼ってくると良いさ」
「この町の装備、ありがたく使わせていただきやす」
「また来るね、リムルさん!」
カバル達は静江の姿になったリムルに深く頭を下げてこれまでの礼を述べ、加賀美と共にブルムンドへ向かい始めた。
4人の背中を見送りながら、リムルは思った。
「(シズさん。あんたは新くんの好きに生きてもらうのが1番嬉しいよな、きっと)」
○○○○○
「ところで、どうやってイフリートを倒したか誰か聞いたか?」
「聞いてやせんね」
「私もー」
「ふーん……」
「……ていうか、聞けないよ」
「ん?何がだ?」
「何がって旦那、シズさんのことでやんすよ」
国に戻って加賀美と別れてから、カバル達は食事しながらそんな話をしていた。
「あっしには今のカガミにかける言葉が、正直見つかりやせん……」
「うん……辛くないわけないのに」
道中加賀美はいつも通りの様子だった。
しかしギドとエレンは取り繕った表情であると考え、胸を痛めていた。
「あのなぁ、あいつの辛い辛くないは俺たちにゃ関係ねぇよ」
そんな2人を、カバルが一刀両断する。
「旦那!そんな言い方───」
「あいつが表にその気持ちを出してない今、俺たちがそれを考える必要はねぇ。変わらず前みたいにすりゃいいんだよ」
「でも……」
「そんであいつが辛そうにしてたら全力で助ける。俺たちは普通の人間だ。心なんざ読めねぇ。だから言葉で話すんだろが」
要は求められたら全力で返す、ということだ。
「なんで裏側の気持ちまで察さなきゃなんねーんだよ。裏側にしまってるってことは話さない”選択”をしたってことだろ。そこに俺たちがわざわざ入る理由はねぇよ」
ギドとエレンは口を噤んだ。
カバルにも加賀美の助けになりたい意思があることはわかっていたからだ。
「ま、元々カガミの精神力が超強くて、もう乗り越えてる可能性は全然あるけどな」
「……次会ったら、一緒にクエストでも行きやすか」
「うん、また一緒に冒険したいよ」
だからこそリーダーに従い、それから加賀美の気持ちについて話すことをやめた。
「ん?カガミってしばらくブルムンドに残るんだっけ?」
食事を続けていると、カバルは不意にそんなことを口にした。
「なんで旦那が覚えてないんでやんすか……」
ギドは項垂れた。
「行くところがあるって言ってやしたよ」
「そうだっけ?」
「もう、だらしないんだから」
「おぉ!?じゃあオメーは覚えてんのか!?」
「当たり前じゃない!ギドも覚えてるもんね?」
「これに関しては旦那がおかしいでやんす」
2人は強く頷く。
「うぐぐ……悪かったよ」
カバルの負けだった。
「……それで、結局どこなんだ?」
ギドとエレンは揃って口にした。
───大鬼族の里、と。