「アラタよ、お前はここまでだ」
「えっ?」
リムル達の町を離れて数日後の夜。
ガビルはそんなことを言った。
「お前の守るべき者達はあの町にいるのだろう?我輩達と共に来ようとする意思は有難く受け取る。だが最後まで我輩達といてはダメなのだ」
ガビルは加賀美から飛び降り、自らの足で歩き始めた。
部下達もそれについて行く。
「今ならばそう時間もかからず戻れる距離だ。急いで帰るが良いぞ」
そして数歩歩いた所で止まり、振り返らずに加賀美へ礼を述べた。
「我輩達にここまでついて来てくれたことを、心より嬉しく思う。次に会う時は決戦の場だ」
この時加賀美からは見えなかったが、ガビルの顔つきは同盟を申し出てきた時とは別人のように、心の変化が表に出てきたかのように様変わりしていた。
「その時に改めて、お前と会えたことを喜ばせてくれ」
背中だけで、加賀美に頭を下げさせるには十分な程の器を感じさせるものだった。
ガビル達が見えなくなった後、加賀美が町へ戻るべく走り出そうとした時。
「ん?」
その場に風が吹いた。
「初めまして。私は樹妖精のトレイニーと申します」
そしてリムル達の時と同じように、トレイニーが姿を現す。
「ど、どうも。加賀美新です」
「そう気を張らないでください」
しかし加賀美は彼女がどういった存在なのか全く分からずにいる。
ただやたらと漂うお偉いさんの雰囲気に、思わず背筋を伸ばしていた。
「本当は別に気になることがあるのですけど、今回はあなたに依頼があって来たのです」
「依頼?」
「はい、豚頭帝の討伐です」
○○○○○
「あ、リムルさん達にも依頼してたんですか?」
「はい。この森にいる以上、あの方の存在は無視できませんから」
トレイニーから敵について詳しく聞いた後に依頼を承った加賀美は、今彼女の持つ精霊の力で町まで運ばれていた。
「だったら安心ですね。あそこには強い奴らがいっぱいいますから」
「ふふっ、期待していますよ」
吊るされたような姿勢で運ばれているため絵面は情けないが、加賀美はそんなことは気にしない。
「いやぁ、ありがとうございます。連れてきてもらっちゃって」
「いえいえ、これくらいお安いご用です」
トレイニーの持つ風の精霊の力というのは凄まじいもので、あっという間に町に到着した。
夜なこともあってか、町にいつもの賑やかさはなく、住民の殆どが眠りについていた。
「それではカガミ様。依頼の件、よろしくお願いしますね?」
「任せてください!俺たちでしっかり倒してやりますよ!」
胸を強く叩いた加賀美の強気な様子を見て、トレイニーはくすりと笑って消えていった。
「そういえば───」
残された加賀美は町を見て思った。
「俺、どこで寝れば良いんだ?」
この町に住むことは決まったとしても、まだどこで寝泊まりさせてもらうのかリムルからは聞いていない。
「でしたら、良い場所がございます」
加賀美が頭を悩ませていると、背後から救いの言葉が聞こえた。
「あ、本当ですか?ありがと───」
礼を言おうと振り返った時、そこにいたのは。
「おかえりなさいませ、アラタ様」
とても楽しそうな表情のシュナだった。
「お、お姫様……なんで起きて……!?」
加賀美の背に、悪寒が走る。
シュナはそっと加賀美に近寄り、その体に触れた。
「アラタ様がお帰りになるのを待っていたからです。ずうっと」
加賀美は動けなかった。
ライダーベルトの力を持ってしても今のシュナからは逃げられないと本能が告げていた。
「私、寂しかったのですよ?」
「さ、寂しいって……」
「やっと再会できたと思った矢先に……また離れてしまうんですから」
「……1日とか2日くらいじゃ───」
加賀美がそう返すと、シュナは小さく笑ってから触れる場所を体から顔に変えた。
「!?」
「アラタ様はずっと、私の目の届く所、遠くともこの町にいていただかないと……例え1分でも、1秒でも───」
「お、お姫様!」
その感覚はまるで、蛇に巻きつかれたが如し。
これ以上シュナの領域にさせてはいけないと、加賀美は慌てて話を逸らした。
「と、とりあえず寝た方が良いと思うぞ。体壊すし……そ、そうだ!俺ももう寝ようと思ってたんだよ!さっき言ってた良い場所ってのに連れてってくれ!」
「まぁ、シュナは嬉しゅうございます」
シュナが何に嬉しく思うのか。
この時の加賀美には考える余裕が無かった。
「なぁお姫様、今向かってるのって……」
シュナに案内される中で、加賀美はふと疑問を口にする。
「はい。私とアラタ様のお部屋です」
すると、なんでもないようにそう答えられた。
「……今なんて言った?」
なんということだろうか。
ここに来て特大の爆弾投下。
「今夜私たちは同じ場所で眠るのですよ?」
シュナは笑顔を崩さない。
「い、いや俺寝相悪いし……すげぇ暴れると思うし……」
加賀美は何とか言い訳を作る。
「私がずっと抱きしめていれば問題ありません」
しかし全く効果を持たない。
「そ、そんなことしてたら寝辛くないか?」
「いえ、むしろぐっすり眠れます」
「いびきだってかくし……」
「私の胸の中で、お好きなだけしていただいて大丈夫です」
ここから何とか抜け出す方法はいくら考えても出てこないが、これ以上シュナが譲らなそうなことは簡単に分かってしまった。
「はぁ……」
結果。
「わかった、お姫様の言う通りにするよ」
加賀美は折れることとなった。
「(まぁ、しょうがないよな。これ以上話してるとお姫様本当に寝なさそうだし……)」
今にも逃げ出したい気持ちを抱えながらも、彼女が望むならということ健康のためということで無理やり納得したのだが。
「なぁ……本当にそうしなきゃダメか?」
「…………」
シュナはどこか力の抜けた様子だった。
「お姫様?」
「……はっ、はい?なんでしょう?」
「大丈夫か?」
「も、もちろんです。何も問題はありません」
部屋に向かう道中、シュナは加賀美に寄りかかりながら歩いていた。
たまに組んでいる腕が離れそうになるのでその時は慌てて組み直す、というのを繰り返している。
「お姫様、本当はめちゃくちゃ眠いだろ」
「えっ!?い、いえそんなことは……」
加えて歩く速度もどんどん落ちていることから、寝る一歩手前であることは明らかだった。
「だったら歩いてる場合じゃないだろ。部屋まで運ぶよ」
加賀美はしゃがみこんで、シュナに背中に乗るよう促す。
「……シュナは、お姫様抱っこが良いです」
すると、そんなことを言い始めた。
ここでどうこうやり取りをしている場合ではないので、加賀美は大人しく従った。
「ふふっ、夢のような気分です」
「そら良かった……このまま寝ても良いからな」
その中でいつぞやに岬や田所、他の仲間達と集った際、岬がひよりに言っていたことを思い出す。
「女の子に夜更かしは天敵なんだろ?ほら、隈だってできてるし……」
とはいえこれまでのシュナの発言から、自分のせいであることは重々承知していたので、申し訳なく思う加賀美。
「綺麗な顔なのにごめんな」
「ふぇ?」
謝罪の言葉を述べる。
シュナは完全に気を抜いていた。
「……ず、ずるいです」
そう言って、顔を隠すように下に向けた。
「ずるいって何が……」
「なんでもありませんっ」
「?」
シュナの考えていることが全く分からない加賀美。
”アイツ”を呼びたい。
心の底からそう思った。
「やっと着いた……」
「ふふっ、ありがとうございます」
そして部屋に到着した後、疲れている加賀美とは対称的にテンションの高いシュナをベッドへ下ろす。
「さ、アラタ様。こちらへどうぞ」
「……おう」
そしてシュナに腕を引かれた加賀美も腹を括り、ベッドへ入ろうと───
「悪いなシュナ。こいつには今から話があるんだ」
したところを、ベニマルに捕まった。
「すまんが貰っていくぞ」
「お、お兄様!?」
驚くシュナを他所に、ベニマルはとんでもない力で加賀美をリムルの元へ引き摺って行った。
「むぅ……お兄様のバカっ!」
部屋を引っ張り出される直前に加賀美が見たのは、頬を膨らませて怒るシュナの姿だった。
ベニマルに引き摺られながらも、助かったとほっと息を吐いた。
「おかえり、新くん」
しかし同時に、第2の試練が始まる。
嬉しい出迎えの言葉だというのに、加賀美は戦慄した。
今のリムルは静江と同じ顔で、あの圧を放っていたからだ。
「た、ただいま帰りました……」
「酷いじゃないか。何も言わずにどこかへ行くなんて」
「え、えっと……リムルさん?」
「どうした?あぁ安心してくれ。この町に住むかどうか結構考えてたのに蜥蜴人族にはすーってついていくんだなーなんて全然思ってないぜ?」
それからはずっとリムルの説教地獄である。
結果として徹夜となってしまった。
肉体的な面とは別に死にそうになっている加賀美は今、ベニマルと食堂へ向かっている。
「おいアラタ、大丈夫……じゃないな」
ちなみにベニマルは途中で寝床へ戻ったので、元気バッチリである。
「……若も何か怒ってるのか?」
「いや?最初こそ奴らを消し炭にしてやろうかと思ったが、面白いものが見れたからな。もう何とも思ってないぞ」
「そ、そうか……」
加賀美は心から安堵した。
説教のハシゴなど、たまったものではないからである。
「ただ、これからは俺達に全て報告してから行けよ。また消えたりしたら俺もどうなるか分からないからな」
「……はい」
しかしその安堵も、この言葉によって消し炭にされてしまった。
加賀美は一部の者たちの反応に戸惑いつつも、確かにいきなりいなくなるのは良くなかったな、と反省したのだった。
「はははっ、冗談だよ」
しかしその真偽は、若自身にしか分からない。