「よし、準備は整ったな」
魔物の町では、第1陣の出撃準備が完了していた。
各々が戦装束に身を包み、その先頭にはリムルがいる。
「はい!早く行きましょう!」
そしてその後ろにはベニマルたちと、例のスーツを着て意気込む加賀美。
気合十分といったところだった。
しかし。
「いやー、あの……新くんには町の防衛をお願いしたいんだよね」
リムルは申し訳なさそうに言った。
聞き間違いかと思った加賀美が、リムルにもう1度言うよう頼むと。
「今回の敵ってさ、豚頭帝だけじゃなくて魔人ってのが裏にいるらしいんだよ。んでその魔人ってのがどっかの魔王の手先らしくて、そうなるとこの町も安全とは言いにくくなるだろ?」
つまり万が一に備えて戦える者をこの町に置いておく、ということである。
「そ、そんな……」
加賀美は膝から崩れ落ちた。
とはいえ、トレイニーから先に依頼を受けたのはリムル。
であれば早い者勝ちということで、彼の言うことに泣く泣く従うことにした。
「そう泣くなよアラタ。今回は俺達の出番ってだけだ。また次があるさ」
そう何度も決戦と呼べる戦いがあるのも如何なものか。
加賀美はそんな思いを胸にしまい、ベニマルの言葉に頷くも。
「俺だって……里の皆の仇を討ちたいんだよ……」
その気持ちは譲れなかった。
悔しそうな加賀美に、鬼人達は思いを含めた視線を向けた。
「一緒にいる時間は短かったけど、あそこは俺にとって大事な場所なんだ。きっと……静江さんもそうだったと思う」
今の加賀美に戦場へ向かおうとする気持ちはそれ程無い。
「できることなら、俺も皆と戦いたい」
町が安全であったなら、リムルに何を言われようと加賀美は戦場へ向かっただろう。
「でも、この町で皆を守ることの大切さも分かってる」
しかし自分たちが戦っている隙にこの町に敵が現れ、シュナやリグルド達を初めとする者達が無惨な結末を迎えたなら。
それを考えると町に残るという判断には従うべきと、納得したからだ。
それでも、戦場に行けない自分には無力感を感じてしまう。
「───アラタ」
ベニマルは加賀美の頭を引き寄せ、強く言った。
「俺達は同胞の、シズ殿の、お前の思いも背負って戦うんだ。戦場に来ないからといってお前が無力だなんて、そんな話あるはずが無い」
「ベニマルの言う通りだ。お前を1人置いていくことなどしない。俺達の戦いには、心の中には、お前もいる」
「おぬしの気持ちはしかと受け取っておる。それを背負ったワシらは負けんよ」
「我らが戻ってきた時、アラタは褒める準備をしておくのだ!その時は私の手料理でお祝いするからな!」
ソウエイ、ハクロウ、シオンもベニマルに続いて言った。
一部背筋が凍る発言もあったが、加賀美は鬼人達に全てを託して見送ることとなった。
その背中の、なんと頼りになることか。
「───じゃ、行くとするか」
○○○○○
リムル達が町を発ってから、驚くほど早く時は過ぎていた。
町はいつもと変わらない風景で住民たちが仕事をしている。
かくいう加賀美も、戦えない不完全燃焼感を埋めるようによく動いていた。
今は食堂で昼食を食べている。
「美味い!」
動いた分食べる、という単純な話なのか、加賀美はよく食べている。
「そういえば前から食べてたけど、ここの飯って誰が作ってくれてるんだ?」
「この町のお料理担当はゴブイチ様です」
「ゴブイチさんかぁ。この料理のお陰で頑張れるし、また今度お礼言っとかなきゃな」
「ですがアラタ様のお食事は”全て”、シュナが担当しています」
「!!」
初めての情報に加賀美は口の中のものを吹き出しそうになったが、何とか堪えた。
「へ、へー……ありがとな」
少し背中が冷たくなったので、加賀美は1つ隣の椅子に移動した。
する当然シュナもそれについてくる。
終わった。
そう思うまでに時間はかからなかった。
諦めて食事を再開する。
「にしても美味いよなぁ。元々料理上手だったのか?」
「はい。昔からよくしていましたが、この町に来てからより機会が多くなりました」
「凄いなぁお姫様は」
加賀美は呑気にそう言うが、実際シュナの腕は凄まじいものなのだ。
「シュナも、少しでもシズ様の味に近づけられれば嬉しいのですが……」
「ん?お姫様と静江さんの味は全然違うぞ?」
何気なく言った加賀美だったが、その言葉はシュナに一刀両断と言わんばかりに重く刺さった。
「……申し訳ありません。私もまだまだですね」
この時かなりのショックを受けたのだが、それはいつもの笑顔で隠し通せた。
現に加賀美は少し震える声に気づいていない。
「なんで謝るんだよ。こんなに美味いのに」
「ですが、アラタ様が1番好きなのはシズ様の……」
「1番……1番かぁ」
確かに静江の手料理は、今も加賀美の心を満たし続けている。
それは彼女の愛情という調味料もそうだが、長く食べ続けてきたことによる”いつもの味”への変化が大きな要因だった。
紛れもなく”大好きな味”なのだ。
しかし。
「1番を決めるんだったら、やっぱり”アイツ”の飯かなぁ」
それはそれとして、かつて加賀美に落雷にも等しい衝撃を与える手料理を振る舞った者が2人いた。
その内の1人はバイト仲間であり、加賀美はいつも遅刻しては彼女に謝っていた。
もう1人は自分が尊敬し、憧れ、越えたいと思った友。
その中で加賀美が思い浮かべているのは、友の方だった。
「その方は、アラタ様にとってどのような方なのですか?」
「一言で言うなら凄い奴だよ。俺が今まで出会った誰よりも」
そう言う加賀美の表情は何より楽しそうだった。
シュナが普段見ることの無い顔だった。
「羨ましいです。アラタ様にそこまで想われる女性が、シズ様以外にいらっしゃるなんて」
だからこそ、小さな痛みが胸にあった。
「へ?女性?」
「違うのですか?てっきり以前出会っていた素敵な女性のことかと……」
「男だぞ?アイツは」
「……まぁ、そうだったのですか」
少し、ホッとした。
「にしても本当に美味いな、お姫様の料理」
話している最中、加賀美は食べる手を止めなかった。
もうおかわり3杯目になろうかというところである。
「お姫様、おかわりしたいんだけど……まだ残ってる?」
「はい。沢山ご用意しています」
「おぉ!じゃあおかわり!」
「かしこまりました」
シュナはあっという間に次の皿を運んできた。
加賀美はまるで1杯目かのように勢いよくかき込む。
「……うーん」
「アラタ様、お口に合いませんでしたか?」
先程の話で思うところでもあったのか、シュナは不安そうに見つめてきた。
加賀美は首を横に振る。
「違う違う、すげぇ嫌だなって思って」
「嫌、ですか?」
「俺がこの町から離れちゃったら、お姫様の飯が食えなくなるだろ?それがすげぇ嫌だなって今思ったんだよ」
「!」
加賀美は唸る。
迷いに迷っていた。
「そ、それは……」
「だってもうめちゃくちゃ楽しみにしてるんだぞ?」
加賀美は元々、そう長くこの町に滞在するつもりはなかった。
シュナにねだられたのもあるが、今の加賀美にはやらなければならない事がないのが現状だから。
しかしそれも、リムルに余裕が生まれるまでのこと。
「いつか食べられなくなる日が来るのかって考えると、嫌なんだよなぁ……」
町を離れる時が必ず来るとわかっていても、つい口に出してしまう。
「それは……アラタ様はシュナの手料理を生き甲斐にしてくれている、という事でしょうか?」
その問いに数秒程考えた後、加賀美は頷いた。
「生き甲斐……まぁそうだな!お姫様の飯は、今の俺の生き甲斐だよ」
そして先程と同じように、美味い美味いと言いながら器の中の料理をどんどん口に運び始める。
その隣でシュナは荒ぶる熱を抑え、深呼吸した。
「アラタ様」
加賀美と話す中で、シュナは思った。
自分が抱えていた静江の味に近づこうという思いは、加賀美が自分の料理を食べ、笑顔になり、「生き甲斐である」と言ってくれたこの事実の前では、些事であると。
「これからもシュナは、腕によりをかけてお作りします」
静江には静江の、シュナにはシュナの味があるのだと。
シュナが静江の味を再現できぬように、逆も然りであると。
「好き」と思ってもらえるのなら、優劣など関係なくそれで良いと。
「本当か!?もっと美味くなるってことか!?」
「はい」
「うおおお!やったぜ!」
狂喜乱舞する加賀美。
シュナの想いなど、この男は知らぬのだ。
「ですから」
「ん?」
「これからもアラタ様にはシュナの手料理を食べていただくので、この町から出てはダメですよ?」
「……えっ?」
それから加賀美の食べる速度が落ちたように見えたのは、恐らくシュナの気のせいである。