豚頭族達には、様々な者がいた。
どこから現れたのかも分からない目の前の存在に気を取られていた者。
いきなり消し飛ばされた仲間たちを見て頭が追いついていない者。
豚頭族それぞれが色々なことを考える中、1つだけ共通している思考があった。
「ガビルさん……」
あの青い戦士は間違いなく危険である、と。
「守ったんですね、皆のこと」
だが今すぐに処理すべき相手が目の前にいるというのに、豚頭族たちはガタックに襲いかかろうとしなかった。
近づいたら同じようになると、本能が告げていたから。
飢餓以外の感情を捨て、止まらないはずの飢餓者たちが足を止めたのだ。
「新くん、ナイスタイミングだ!」
間もなく駆けつけたリムルはガビルを見て、直ぐに回復薬をかけた。
「頼むぜ……!」
回復薬の効果は疑いようがなくともガビルの根気次第であるため、リムルは祈る。
その直後、あれだけ惨たらしかったガビルの姿は服を除いて元通りになった。
「……む?」
「よっしゃ!」
「ガビルさん!」
「ガビル様ー!!」
目を覚ましたガビルは、自分の体を見た。
無くなったはずの腕が、ある。
あれだけ消耗していた体力が、何事も無かったように元通りになった。
「これが、リムル殿の回復薬であるか……助かったぞ!」
「お、おう。良かった……」
同時にガビル自身も、今戦いが始まったかのように高いテンションだった。
「するとこの青い戦士はアラタか!」
「すみません、遅くなって」
「ハッハッハ!そんなことは気にしなくていいのだ!今我輩は生きているからな!」
ひとしきり大笑いした後、ガビルは真面目な顔つきになった。
「アラタよ、頼みがある」
ガビルは後ろで狂喜している部下達を指さした。
「あそこにいる我輩の部下とゴブリン達を、豚頭族から引き離して欲しいのだ」
ガビルは部下達をこの場に連れてきてしまうということが、いかに危険であるかを痛感した。
だが幸運なことに今、ここにはガタックがいる。
できないことではないと判断したのだ。
「わかりました。……プットオン!」
《Put On》
それを聞いたガタックはゼクターホーンを操作し、マスクドフォームにフォームチェンジした。
上半身をアーマーが覆い、肩にはガタックバルカンが戻ってきた。
「行ってきます!」
「うむ!頼んだぞ!」
ガタックバルカンの圧倒的火力によって、ガビルの部下やゴブリン達は何ら困ることなく安全圏へと移動することに成功した。
「よし、ここから大丈夫だな」
ゴブリンたちの反応は様々である。
安全圏に来たことに嬉し泣きする者。
未だに豚頭族の恐怖に震える者。
それでも全員が戦場に残ったガビルを心配していた。
ガタックはそれを見て改めて、ガビルという男に敬意を持った。
「俺は戻るので、皆さんは戦いが終わるまでここにいてください」
ガタックが戦場に戻ろうとした時。
「お、お願いします!どうかガビル様を……!」
「わ、我らに払えるものなら全てを捧げます!だから……!」
ゴブリン達がそう願ってきた。
それに対してガタックは。
「必ず助けますよ。俺はガビルさんの部下ですから」
○○○○○
「───ラプラス。君はどこかさっき話していた男に気を引かれているようだが」
「ん?あぁ、ワイも結構色んな奴に会うてきてるけど、ホンマに初めてのタイプやったからな」
「ふむ……私も少し顔を合わせてみようかな」
「やめとき。絶対嫌われるで」
「そうかい?」
「熱血漢!って感じやし、相性悪いんとちゃうか?」
「ふふっ、残念だ」
○○○○○
ガビル達は、リムルと豚頭帝───否、”豚頭魔王”へと進化したゲルドの一騎打ちを見ていた。
両陣営の大将同士の戦い。
今この場において、両者以外に戦う者はいなかった。
この戦いの勝敗が、結果に直結すると分かっているからだ。
「ど、どうなってるんだ?」
しかし今しがた戦場に辿り着いたガタックは、状況を飲み込むのに少々の時間を要した。
「アラタよ、戻ってきたか」
「ガビルさん、これ……」
「うむ。敵の大将とリムル殿、両者の戦いに全てを委ね、我らはそれを見届けているのだ」
それを聞いて、ガタックは変身を解除した。
ガビルが無傷なのを見て、戦っていないことが本当であるとわかったからだ。
「さっきの姿があのクワガタの力なのか?」
直後、ベニマルも加賀美の元へやってきた。
どうやらライダーシステムに興味を持っている様子。
「詳しく聞きたいが……今はそれを話してる場合じゃないな」
しかしすぐに思考を切り替え、リムルの戦いへ目を向けた。
「ベニマル殿、リムル殿はあの豚頭魔王を即死させる技を持っているのであるか?」
「さぁな。だがリムル様は俺達に「任せろ」と言った……信じるしかないだろ」
2人の戦いは両者譲らぬ激闘。
どちらが勝つかと言われれば難しいところ。
「今の俺達には、野郎を倒す決定打が無い」
「……そうであったな。だが───」
魔王へと進化したゲルドの耐久力は常軌を逸していた。
鬼人たちやランガの連続攻撃というリムルでも耐え切れる自信の無い攻撃を食らっておきながら、スキル「自己再生」と「飢餓者」の相乗効果であっという間に回復し、致命傷に至らせぬ程。
「彼奴もリムル殿を殺し切る決定打を出せずにいる。攻めの大半を占めているのはリムル殿であるからか」
「あぁ。妙な話だが、今のリムル様は人が変わったようにスキルの扱い方が上手い」
この時リムルは大賢者に身体の主導権を一任したことで”自動戦闘状態”となり、別人のように容赦の無い戦法をとっていた。
例えば一太刀でゲルドの腕を斬り飛ばしたかと思えば、切り口に黒炎を燻らせて再生を阻み戦力低下を狙うなど。
これは剣術の達人たるハクロウも驚く緻密な技術だった。
「ちっ、悪食が」
が、それもゲルドの再生力の前では思う効果を成さない。
気づけばリムルは炎ごと喰らったことで再生された腕に掴まってしまう。
しかしここで驚くべき力、イフリートの「炎化爆獄陣」を使った。
「あれは……!」
真っ先に反応したのは加賀美だった。
「アラタよ、知っているのか?」
「はい。あれはイフリートっていう精霊の技なんです」
「イフリート……炎の最上位精霊であるか。しかしリムル殿は何故そんな力を……」
ベニマルの顔が少し苦いものに変わる。
その時、炎化爆獄炎陣が解けた。
「む……!」
「リムルさん!」
加賀美が叫ぶ。
ゲルドの腕には溶けたリムルの姿があったからだ。
「ふむ、あれならば条件は同じであるな」
しかし、ガビルとベニマルは冷静だった。
というのも、この時リムルは溶かされたのではなく、スライムの粘性を利用することでゲルドの体にまとわり付き、ユニークスキル「捕食者」でゲルドを喰らおうとしていたのだ。
それを理解したからこその反応である。
「あぁ、となると勝敗を決めるのは───」
しかしゲルドも魔王。
リムルの体を凄まじい勢いで腐食させる。
リムルもそれに抗い「超速再生」で体を作り直しながら、捕食を続ける。
「「喰らう速さ」」
弱肉強食の理のままに喰らい合った末、最後までその場にいたのは───
「───俺の勝ちだ」
かの魔王の、豚頭族たちの罪をも全て喰らった捕食者。
リムル=テンペストだった。
「安らかに眠るがいい……ゲルド」
ジュラの大森林の全てを賭けた戦いはたった今終わった。
1つの歴史が刻まれた瞬間だった。
両陣営の反応は、もちろん真逆である。
「リムル様ー!」
「やったっすー!」
リムル陣営の皆がこの戦いの勝利を喜ぶ歓声を上げて主の元へ駆け寄る中、加賀美は1人豚頭族陣営の方を見ていた。
「…………」
気になることが、1つあった。
「王よ……」
敗北に頭を抱える豚頭族達の中で、王の死を嘆く者達の中で1人、ただ1人。
「やっと、解放されたのですね……!」
そう言って涙を流す者ことがいた事だった。
「(あの豚頭族は……)」
「アラタよ」
揺らぐ気持ちを抱えた加賀美の背中を叩いたのは。
「それも含めて勝者であるリムル殿が決めるのだ。勝者とは、敗者に何をしようと許される。どれだけ残酷であろうともな。だが───」
その思いを察していたのか、同じようにリムルに駆け寄らなかったガビルだった。
「敗者に優しくすることもできる」
「!」
「リムル殿は、そういう御方だ」
「ガビルさん……」
「だからいつまでも立ち止まらず、早く行ってやるのだ。お前を必要としている者たちが、あそこには大勢いるのだからな」
そう言ってガビルは、リムル達の元へ加賀美の背中を押した。
「……はい」
加賀美は足を動かし、進み始める。
リムル達の元へ、帰るべき場所へ向かったのだ。
「(それで良いのだ、アラタよ)」
その背中を見送りながら、ガビルは空を見上げる。
気持ちの良いくらいに、綺麗な青だった。
しかし、ガビルの心は暗いものだった。
「(この戦い、我輩は決して戦果を上げたとは言えない……)」
あれだけの劣勢でありながら部下を誰1人死なせなかった事は偉業であるのだが、それはガビルにとって当然のこと。
「(我輩は……まだまだ弱い)」
思い返すのは豚頭将軍相手に、それも1対1で手も足も出なかったこと。
部下達の怯えた顔。
自分が不甲斐ないばかりに恐怖に晒してしまったこと。
「(……だからこそ強くならねば)」
それらを激しく悔やむからこそ、ガビルは決意した。
「(もう誰にも、あんな思いはさせん……!)」
それは、自分への誓い。
「(絶対に……!)」
命を背負う者としての、新たな道だった。