「結局使わなかったなぁ……」
夕食を終えてあとは寝るだけというところ。
加賀美はせっかく得た魔法の力を使わなかったことを少し残念に思っていた。
「(ふふ、やっぱり子供っぽい)」
そんな加賀美を見て、静江は微笑む。
「新くんはこの国にはいつまでいるか決めてる?」
「2日か3日位いようかと思ってます」
「あ、意外と長いんだね」
静江は明日の朝にでもドワルゴンへ向かうと思っていた。
ベルトの件は緊急であろう事だからだ。
「しばらく休もうかと思って」
顔には出ていなくとも、加賀美も意外と疲れているのだろうか。
そう思う静江だが、加賀美の思惑は別にあった。
この国に入った時、静江が安心した様子になっていたからだ。
「そっか。じゃあ早く寝ないとね」
実際今の静江は肩の力が抜けているようで、すぐにでも眠れる様子だった。
「俺、少し外に出てきます」
「私も一緒に行こうか?」
「ちょっと散歩するだけなんで、静江さんは寝ててください」
「……わかった。おやすみなさい」
静江が眠ったことを確認し、加賀美は宿を出る。
知らぬ地を歩きながら住民に目を向ける。
その表情は明るい。
良い場所だと思った。
それはそれとして。
「あなた誰ですか?」
先程からついてきているこの男は一体誰なのだろうか。
そんなことを思う加賀美だった。
「失礼。私はフューズ。この国のギルドマスターです」
ギルドマスター。
この国のギルドを束ねる支部長。
要はお偉いさんだった。
「あ、どうも。加賀美新です……」
「カガミくんか。よろしく」
そう言ってフューズは手を伸ばしてきた。
握手をするためだろう。
加賀美は思った。
この人、どこか田所さんに似ている、と。
「立ち話も何だし、ゆっくり話せる場所に行こう」
「あ、はい」
それ故に、自然と敬語が出てしまっていた。
そして歩き始めたフューズの後ろをついていく。
さらに、もう1人。
「ここなら誰にも聞かれない。気を抜いて話すにはもってこいだろう」
フューズに連れてこられたギルドの一室。
今は2人、対面で座っている状況である。
妙に緊張している加賀美を見て、フューズは早々に切り出した。
「それで、君はシズさんとどういう関係かな?」
「えっと……仲間です」
「ふむ……」
フューズは顎に手をやって考える。
目の前の青年に、嘘を吐いている様子はない。
相応に実力があることも伺える。
しかし、見逃せない点がいくつかあった。
「あの、静江さんとあなたは……?」
「あぁ、ただの戦友さ。俺にとって彼女は英雄で恩人だがね」
「英雄……静江さんが昔活躍してたっていう時の……」
英雄の名前とは、世界に広まるもの。
しかし加賀美の反応はどこか現実味の無さそうな反応だった。
まるで話にしか聞いたことがないような。
「ひょっとしてだが……君は異世界人か?」
「異世界人……?あ、そうです。静江さんとは同じ国の出身で……」
「なるほど、どおりで雰囲気が似てるわけだ」
加賀美から詳しい話を聞き、フューズは納得した。
20年とそこいら生きていそうな青年だというのに、この世界に対する知識がまるで無さそうなことに。
最初は隠している可能性も考慮したが、どちらかと言うと嘘を吐けないタイプに見えていたので、その選択肢はすぐに消えた。
その理由がつい最近この世界に来た異世界人だからだというのなら、頷ける。
「なるほど。初めて会った人がシズさんだったという訳か」
「はい」
「そしてその縁もあって行動を共にしていると」
「そうです。別の目的もあるんですけど……」
それと同時に、気の毒だと思った。
突然異世界に呼び出された挙句、異世界人ならば殆どが持ち得るスキルも無く。
「やはり、元の世界に戻る方法か?」
この若さでいつ見つかるかもわからない方法を探すことに人生を捧げる事になろうとは。
「それは、今の俺にはそこまで大事じゃありません」
「!」
「俺は静江さんがこれからもずっと、幸せに生きる方法を探してます」
フューズは驚いた。
その言葉に一欠片の嘘も無いことに。
しかし。
「それは───」
目の前の青年は、この世界の基準で見ると人間としては消して弱くない。
生身のまま異世界に来たというのに、実力者と言って差し支えない気配だった。
しかし、それは普通の人間基準であり、かの英雄シズエ・イザワの為に動くというのなら、些か実力不足ではあった。
「相応の危険も飲み込んでか?」
フューズの目付きが鋭くなる。
その危険というのが何かは、当人同士にしかわからない。
「分かってます……全部」
加賀美は拳を握りしめる。
その声は、固い決意を秘めていた。
「俺は、あの人の助けになりたいんです」
彼女には何の罪もないというのに、やりたいことを満足にできない人生。
「静江さんが自分の気持ちを我慢せず───」
大切な人を傷つけてしまう力。
「大事な人とずっと過ごせるように」
和やかな雰囲気の奥にある陰り。
静江をそんな風にしてしまった魔王レオンを、許せるはずもなかった。
「救ってもらった命を投げ出すことになるとしてもか?」
しかしフューズにしてみれば、あまりにも現実味がない。
加賀美に待ち受けている未来が良いものだとは思えなかった。
「大丈夫です」
しかし、加賀美はそんなフューズの思いを両断した。
何故ならば。
「相手が魔物でも悪魔でも」
彼女の為に命を懸ける覚悟など、とっくに済ませているからだ。
「たとえ魔王だとしても」
初めて会ったあの時から。
「俺は死にません」
自分の人生は、静江がくれたものだから。
加賀美新とは、そういう男なのだ。
「あの人が幸せになるまで、絶対に」
その目は、誰よりも真っ直ぐだった。
出会って間もないフューズの心が熱くされてしまうほどに。
心から、本気で言っているのだとわかった。
「さっきも言ったが、シズさんは俺にとっても恩人だ。彼女が幸せなら、これ程喜ばしい事はないさ」
応援したくなってしまった。
「何かあったら相談しに来い。貸せる力は貸そう」
「!」
国の偉い人間からの助け。
加賀美にとっては嬉しい話だった。
思わず立ち上がって深くお辞儀をする。
「ありがとうございます!」
「気にするな。せっかくだし飯でもどうだ?何か食べたいものはあるか?」
「あ、実はもう腹いっぱいで……」
「なんだ、そうだったのか。なら長居させるのも悪いな」
フューズが宿まで送ろうとしたところを、加賀美は慌てて止めた。
「そこまでさせる訳にはいきませんよ!失礼します!」
そう言ってドタバタと部屋を飛び出していった。
加賀美が宿に戻ると、そこに静江の姿はなかった。
「静江さんも散歩行ったのかな?」
確かに、夜風が気持ちよかったしな。
そんな呑気なことを考えながら、加賀美は眠りについた。
その一方でフューズは、1人残された個室で笑みをこぼす。
「面白いやつだ、まったく」
胸を打たれたのだ。
若く、真っ直ぐに熱いあの男に。
「柄にもなくグッと来ちゃいましたよ」
そう言って窓の方に視線を向けるとそこには。
「ねぇ、シズさん」
声を押し殺しながら涙を流す、静江の姿があった。