「それは過去の非効率です」――僕が血を吐いて守った聖女は、合理主義の騎士団長に深淵まで最適化(メスおち)される   作:NTRこそ純愛だよ

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英雄の錯覚と、理性の劇薬

 痛みとは、他者への献身を証明するための、この世界で最も気高く、そして純粋な儀式である。

 

 彼は幼い頃から、その過酷な法則を、自らの肉体を削り、夥しい血を流すことで深く信仰してきた。

 

 他者の裂けた皮膚を塞ぐとき、代償として彼の皮膚が真赤に裂ける。

 

 他者の砕けた骨を繋ぐとき、彼の骨が内側からメシリと軋みを上げ、微細な亀裂を走らせる。

 

 他者が流すはずだった致死の血液が、彼自身の毛穴という毛穴から限界を超えて吹き出し、視界を赤く染め上げる。

 

 それが、痛覚転写型の回復術師として生まれた彼の、この残酷な世界において他者と結びつくための、唯一にして絶対の手段であった。

 

 薄暗い野営地の天幕の中。

 

 そこには、むせ返るような鉄錆の匂いと、甘く湿った女たちの汗の匂いが、静謐な祈りの空間のようにねっとりと混ざり合っていた。

 

 「……っ、あ……ぁっ、がっ……!」

 

 粗末な毛布が敷かれただけの寝台の上で、彼は全身からべっとりとした脂汗を流し、絶え間ない激痛に身を捩っていた。

 

 数時間前の戦闘で、前衛の女騎士が受けた大剣による腹部の深い裂傷。

 

 後衛で魔法使いの少女が浴びた、敵の火球による背中の熱傷。

 

 それらすべての致死のダメージが、今、彼の肉体の上で正確に再現され、皮膚を内側から焼き焦がし、臓腑を鷲掴みにされるような激痛となって彼を苛んでいる。

 

 だが、その地獄のような苦痛の只中にあっても、彼の心は圧倒的な充足感と、英雄としての崇高な使命感に満たされていた。

 

 「ごめんなさい……っ、私のせいで、あなたが……っ、こんなにも……っ!」

 

 彼の血まみれの胸にすがりつき、月光を紡いだような美しい銀糸の髪を振り乱して泣きじゃくっているのは、幼なじみの聖女だった。

 

 彼女が纏う純白の最高位法衣は、彼が吐き出した血で赤黒く汚れ、陶器のように滑らかで白い肌を伝い落ちる大粒の涙が、彼の火照った頬や首筋をじっとりと濡らしている。

 

 彼女は光の加護を持ち、人々の精神を癒すことができたが、物理的に欠損した肉体を再生させることはできない。

 

 だからこそ、彼女は彼を切実に必要としていた。

 

 彼が血を吐き、痛みに痙攣して背を反らせるたび、彼女は彼をきつく抱きしめる。そして、ひどく熱を持った蛞蝓(なめくじ)のようにやわらかく蠱惑的な唇を、彼の血が滲む傷口へと這わせ、何度も押し当てるのだ。

 

 ちゅっ、ちゅっ、と。

 

 静かな水音を立てながら、彼の皮膚に滲む血と汗を、自らの舌で掬い取るように。

 

 そのあまりにも湿度の高い粘着質な愛撫に、彼はふと、一瞬だけ悍ましい錯覚に囚われる。彼女は僕を癒したいのではなく、僕の傷口から滲む血と悲鳴そのものを、甘い蜜のように貪り喰っているのではないか、と。

 

 だが彼は、すぐにその歪な疑念を打ち消した。違う、これは彼女の献身のすべてが込められた、美しく気高い祈りの形なのだ。

 

 「あなたが必要よ……あなたがいなければ、私は誰も救えないわ……っ。私の半身……私の、愛しい人……っ」

 

 聖女の甘く震える声が、耳元で温かい吐息とともに響く。

 

 彼女だけではない。

 

 寝台の傍らの床には、致命傷を肩代わりしてもらった女騎士が膝をつき、神に祈るような仕草で彼の手の甲に何度もキスを落としていた。

 

 「私の未熟のせいで……あなたの美しい肌を、また傷つけてしまった。ああ、この身はすでに、あなたの尊い血で生かされているあなたの所有物なのです……」

 

 黄金の髪を汗でうなじに張り付かせた彼女の吐息は熱く、唯一の庇護者に対する、限りない敬愛と忠誠の色を帯びていた。

 

 剣を振るうために鍛え抜かれたしなやかな肢体。その分厚い鋼の装甲の下に隠された、ひどく熱く柔らかな素肌の感触を、彼女は自身の頬を擦り付けることで主人公の無事な腕へと執拗に伝えようとしている。

 

 部屋の隅では、魔法使いの少女が彼のために鎮痛の薬草を必死にすり潰していた。

 

 ゴリ、ゴリ、という乳鉢の音の合間に、彼女は主人公が痛みに喘ぐ声を聞くたび、華奢で折れそうな鎖骨を震わせ、己の胸の前で両手をきつく握りしめている。

 

 「……私のために、痛い思いをしてくれている。彼のこの痛みこそが、私たちが共に生きているという絆の証なんだわ……」

 

 濡烏(ぬれがらす)のような黒髪のボブカットの隙間から覗く少女の瞳は熱っぽく潤み、薬草の汁で染まった細い指先を震わせながら、主人公の血まみれの肉体を、まるでこの世で最も神聖な供物でも見るかのように見つめていた。

 

 それは、彼にとって、この上なく美しく、気高く、至高の純愛の形であった。

 

 一人の男の凄惨な自己犠牲と、それに報いようとする女たちの、純粋で淀みのない愛情。

 

 彼の流す血と引き受ける痛みこそが、この奇跡のような関係性を繋ぐ、揺るぎない真理であった。

 

 自分が傷つくほどに、自分の肉体が損なわれるほどに、女たちは彼への愛を深め、そのすべてを委ねてくる。

 

 彼は自分が少しずつすり減り、いつか完全に壊れてしまうことを理解しながらも、彼女たちの流す真珠のような涙と、触れられる肌の確かな温もりがある限り、この尊い関係は永遠に続くと信じて疑わなかった。

 

 自分は彼女たちの世界における、唯一無二の精神的支柱であり、すべてを救う英雄なのだ。

 

 自分の痛みで、彼女たちの心と身体を繋ぎ止め、守り抜いているのだと。

 

 雄としての圧倒的な誇りが、口の中に広がる血の味とともに、彼の胸を温かく満たしていた。

 

 だが、その関係の本質が「美しい愛」などという高尚なものではなく、単なる「非効率な機能の埋め合わせ」に過ぎなかったという残酷な事実が、まもなく露呈することになる。

 

   ***

 

 王都防衛戦を翌日に控えた、軍の総司令部。

 

 国家の命運を賭けた大規模作戦の直前、主人公たちのパーティは、ついに王都の正規騎士団との合流を果たした。

 

 作戦会議室として用意された冷たい石造りの広間には、辺境の野営地にあったような温かな情緒など微塵もなく、極めて無機質で、張り詰めた空気が漂っていた。

 

 円卓の上座に腰を下ろしているのは、王都正規軍の全権を握る若き騎士団長であった。

 

 無駄な装飾を一切省いた漆黒の軍装。乱れ一つない金糸のような髪。

 

 そして何より、感情の起伏を一切感じさせない氷のように冷たい眼差しが、彼を血の通った人間ではなく、精密に作られた機械装置か何かのように見せていた。

 

 空間を完全に制圧するような威圧感を放ちながらも、その男の身体からは、戦場の血生臭さとは無縁の、微かに高価で、冷徹な白檀の香りが漂っている。

 

 いや、それは単なる香水などではない。極限まで研ぎ澄まされ、摩擦を一切なくした彼の「純度が高すぎる魔力」そのものが放つ、特有の匂いだった。

 

 彼は円卓を囲む聖女たちと、その後ろの壁際で控える主人公を一瞥すらすることなく、机上に並べられた彼女たちの過去の戦闘記録の束に、事務的な目を通していた。

 

 重い沈黙が部屋を支配する。

 

 女たちは、これまで自分たちが辺境で積み上げてきた数々の奇跡的な武勲がどう評価されるのか、誇らしげな、それでいて少し緊張した面持ちで待っていた。

 

 やがて、騎士団長はゆっくりと顔を上げ、気象予報でも読み上げるような淡々とした声で口を開いた。

 

 「――結論から言おう。君たちの戦闘行動は、極めて非効率だ。およそ戦術と呼べる代物ではない。三流の愚策以下だ」

 

 それが、英雄としての自負を持っていた彼らの自尊心を、根底から粉砕する第一声だった。

 

 女騎士が弾かれたように顔を上げ、屈辱に頬を染めて身を乗り出した。

 

 「非効率ですって!? 我々はこれまで、誰一人欠けることなく数多の激戦を生き抜いてきました! 多くの民を救い、必ず全員で生還してきたのです! それを三流と仰るおつもりですか!」

 

 騎士団長は冷ややかな視線を女騎士に向け、手元の資料を指の腹で軽く弾いた。

 

 「結果として全員が偶然生き残ったことと、過程が最適化されていることは同義ではない」

 

 彼の声には、怒りも嘲笑も、悪意すらも存在していなかった。

 

 ただ、黒板に書かれた数式の致命的な間違いを指摘する学者のような、揺るぎない絶対的な合理性だけが存在していた。

 

 「前衛の被弾率が標準値の四倍を超えている。回避行動を怠り、強引な力押しに終始している証拠だ。被弾しても回復術師が治すという前提に完全に甘えきっており、兵士としての防御意識が決定的に欠如している。後衛の魔法使いも同様だ。防御結界の展開プロセスを省略し、無駄な出力で攻撃魔法にのみ魔力を垂れ流している」

 

 騎士団長の冷徹な指摘に、女騎士と魔法使いは図星を突かれ、言葉に詰まった。

 

 彼女たちの戦い方は、すべて「彼が痛みを引き受けてくれる」という前提に寄りかかったものであり、数字に表せばあまりにも乱暴なものだったからだ。

 

 「そして聖女。君は全体の指揮を執る立場でありながら、戦術的な撤退や陣形の再編を一度として指示していない。魔力の配分も、前衛の治癒と回復術師の延命にのみ偏りすぎている。なぜか」

 

 騎士団長の目が、最後に幼なじみの聖女へと向けられた。

 

 聖女は気丈に胸を張り、毅然とした態度で、その冷たい男の視線を受け止めた。

 

 「私たちには、彼がいるからです」

 

 聖女は後ろに立つ主人公を振り返り、慈愛に満ちた、あの美しく確かな微笑みを向けた。

 

 「彼が私たちの痛みをすべて引き受けてくれる。彼がいるから、私たちは防御を捨てて最大の攻撃力を発揮できるのです。彼の尊い自己犠牲と、私たちを繋ぐ深い愛こそが、私たちの強さの証明です。私たちは、誰一人欠けることなく、彼と共に戦い抜いてみせます」

 

 その言葉を聞いて、主人公の胸の奥に、甘い痺れのような優越感と温かさが広がった。

 

 (そうだ。彼女の言う通りだ。彼女の流した涙は、僕への愛の証明なのだ。僕の痛みの価値を、僕の雄としての存在意義を、この冷血な男に突きつけてくれている。僕がいなければ、彼女たちの心は成り立たないんだ)

 

 主人公は誇らしげに顎を引いた。自分こそが、彼女たちの中核であり、守護者なのだと。

 

 だが、騎士団長はその美しい愛の告白を聞いても、眉一つ動かさなかった。

 

 彼はただ、工場で規格外の不良品を見つけた監査官のような目で、初めて主人公の顔を見た。

 

 「答えは明白だ。君たちは、この旧式の『肉の盾』に甘えきっているだけだ」

 

 「肉の……盾……?」

 

 「彼が傷を肩代わりするという前提があるから、君たちは兵士としての戦術的な思考と成長を完全に放棄している。君たちの『愛』とやらが、いかに個々のパフォーマンスを阻害し、部隊全体としての継戦能力と生存確率を下げているか、この数値が証明している」

 

 騎士団長は椅子から立ち上がり、ゆっくりと円卓を回って、聖女の背後へと歩み寄った。

 

 「君たちの愛や絆は、戦場においてはシステムを致命的に遅延させるバグでしかない。彼を人間として扱い、その痛みに同情することで、君たちの魔力運用には常にコンマ数秒のタイムラグが生じている。愛だの絆だのという不確定なノイズが、君という優れた素材の純度を、泥のように濁らせているのだ」

 

 「そんなこと……ありません! 私は常に、彼への愛を力に変えて……っ」

 

 反論しようと振り向いた聖女の言葉は、最後まで続かなかった。

 

 騎士団長が、背後から彼女の身体に「触れた」からだ。

 

 それは、嗜虐的な意図や性的な思惑など微塵も感じさせない、極めて事務的で、冷徹な医療行為にも似た物理的接触だった。

 

 彼は手元の羊皮紙の束から一切視線を外すことすらなく、ただの機械の狂いを直すかのような、ノールックの正確さで指を這わせた。まるで、狂った歯車を元の位置に戻す配管工のような手つき。

 

 上質な革手袋に包まれた騎士団長の大きな手が、聖女の白い首筋――魔力が脳へと昇る第一の結節点――に音もなく添えられる。

 

 そしてもう片方の手が、彼女の純白の法衣の上から、下腹部――魔力の生成器官である子宮のすぐ上、第二の結節点――を、背後から正確に、指の腹でぐっと深く押さえ込んだ。

 

 視線は書類に落としたままの、完璧な「無関心」による蹂躙。

 

 「ひっ……!?」

 

 その瞬間、聖女の喉から、今まで主人公が一度も聞いたことのないような、甲高く、肺の空気をすべて絞り出すような奇妙な悲鳴が漏れた。

 

 「呼吸を止めろ。私の回路に同調しろ」

 

 騎士団長の低く冷たい声が、聖女の耳元で響く。

 

 同時に、騎士団長の掌から、おぞましいほどに純度が高く、氷のように冷たく最適化された魔力が、聖女の肉体へと直接、強制的に流し込まれた。

 

 「あ……ぁあ……っ!? な、なに、これ……っ、あぁっ……!」

 

 それは、彼女がこれまで経験してきた、主人公との血生臭く、痛みに満ちた魔力の共有とは、完全に対極にある感覚だった。

 

 泥のような不純物が一切存在しない、圧倒的な合理性の暴力。

 

 摩擦ゼロの完璧な球体が、彼女の神経回路を音もなく滑り落ちていくような感覚。騎士団長の魔力が彼女の体内の滞り――彼女が愛だと信じていた感情のノイズ――を強制的に押し流し、毛細血管の隅々にまで、暴力的なスピードで駆け巡っていく。

 

 「魔力はもっと効率的に回せる。感情を捨てろ。ただの機能になれ。自己を明け渡せば、君はもっと高みへ至れる」

 

 「あ、あぁぁ……っ、だめ、そんな……感情を、捨てたら……彼への愛が……っ」

 

 聖女は口では否定の言葉を叫んでいた。愛する幼なじみを裏切るまいと、必死に理性を繋ぎ止めようとしていた。

 

 だが、彼女の陶器のような肉体はすでに、圧倒的な上位者からの「完璧な最適化」に対して、恐ろしいほどの適応を見せ始めていた。

 

 加害者には加害の意図すらなく、ただ手元の資料を読みながら壊れた回路を直しただけ。

 

 しかし、その完璧な無関心と合理性という名の劇薬が、彼女の奥底に眠っていた未知の感覚を、直接的に暴き立ててしまったのだ。

 

 「いい素質だ。私の同期に、たった三秒でここまで魔力経路を適合させるとはな。……ここか」

 

 書類を見つめたままの騎士団長の冷たい指先が、彼女の下腹部を少しだけ強く圧迫し、魔力の波長を微細に調整する。

 

 「ぁ、あァッ……! いや、あ……っ、やめ……あぁぁっ!」

 

 聖女の全身が、ビクンと大きく跳ねた。

 

 彼女の膝から完全に力が抜け、崩れ落ちそうになる身体を、騎士団長が背後から片手で事務的に支えている。

 

 主人公は、その光景を壁際で、ただ呆然と見つめることしかできなかった。ふと隣を見れば、魔法使いの少女が、騎士団長の展開した神業のような魔力効率の美しさにすっかり心を奪われ、恐怖よりも先んじた抗いがたい知的好奇心と恍惚に、その黒い瞳をとろけるように潤ませていた。

 

 自分が何度血を流しても、どれだけ激痛に耐えても、決して引き出すことのできなかった彼女たちの「別の顔」が、そこにあった。

 

 聖女の大きく見開かれた瞳孔は熱っぽく潤んで焦点が定まらず、あの蛞蝓のように主人公の傷口を這っていた艶やかな唇はだらしなく半開きになり、浅く乱れた呼吸を漏らし続けている。

 

 純白の法衣の下で、彼女の豊かな胸の起伏が異常な速度で上下し、冷たい石室の空気をじっとりと濡らしていく。

 

 「あ、はぁ……っ、はぁっ……すごい、魔力が……淀みなく、全身に……っ、あぁ、頭の奥が、真っ白に……っ」

 

 彼女の口から紡がれるのは、明らかな拒絶の言葉ではなかった。

 

 脳髄を直接弄られるような、魔力効率の極限の最適化。

 

 それは、生半可な物理的接触などよりも遥かに深く、圧倒的に、彼女の神経を犯していた。

 

 法衣の擦れる僅かな音が、静かな部屋に異様に大きく響く。

 

 彼女の足先が丸まり、膝が小刻みに震え、無意識のうちに両脚が内側へと擦り合わされている。

 

 彼女の身体の最も秘められた部分が、騎士団長の冷酷な調整に応えるように、急速に熱を帯びていくのが、主人公には空気の重たい湿度として明確に伝わってきた。

 

 心は否定を叫んでいるのに、法衣の擦れる音と、不自然に浅くなった呼吸の熱だけが、彼女の奥底で起きている致命的な変質を雄弁に語っていた。

 

 「理解したか。これが『効率』だ。君が愛と呼んでいたものは、この機能美の前では、ただの劣等な自己満足に過ぎない」

 

 騎士団長が魔力の供給を断ち、手を離す。

 

 その瞬間、聖女は弾かれたように騎士団長から距離を取り、足をもつれさせながら主人公の背後へと隠れた。

 

 「……っ、触らないで……っ! 私には、彼がいるの……っ! 私たちの絆は、絶対に壊れないわ……っ!」

 

 彼女は主人公の背中の衣服をきつく握りしめ、騎士団長に向かって声を荒らげた。

 

 その言葉を聞いて、主人公はわずかに安堵の息を吐いた。

 

 (そうだ。彼女は、あんな男の理屈になんて屈しない。彼女の心は、僕と共にあるんだ。あの涙は嘘じゃない)

 

 彼は聖女を守るように、騎士団長を睨みつけた。

 

 「彼女に触れるな。僕たちの愛は、お前の薄っぺらい数字なんかで測れるものじゃない」

 

 騎士団長は、その言葉に鼻で笑うことすらしなかった。

 

 彼は主人公の存在など最初から視界に入っていなかったかのように、手元の羊皮紙をパサリとまとめた。

 

 「……初期設定(キャリブレーション)は済んだ。明日の出撃までに、新たな魔力経路を馴染ませておけ」

 

 聖女の異常な熱にも、主人公の怒りにも一切の関心を示さず、彼はただの作業を終えた配管工のように踵を返し、退室していった。

 

 扉が閉まり、会議室には主人公と女たちだけが残された。

 

 「大丈夫か、聖女……あんな奴の言葉、気にする必要はない。僕がずっと、君を守るから」

 

 主人公は優しく振り返り、背中に隠れている聖女の肩を抱き寄せようとした。

 

 だが、彼女の身体に触れた瞬間、主人公の背筋に氷のような悪寒が走った。

 

 「あ……ぁ……っ、ごめんなさい……私、あなたを愛してるのに……っ、こんなの、おかしいわ……っ」

 

 彼女の口からは、確かに彼への愛の言葉が紡がれている。

 

 しかし、主人公の腕の中にある彼女の肉体は、病人のように異常なほどの高熱を発していた。

 

 心臓は早鐘のように激しく打ち鳴らされ、浅く乱れた呼吸が、主人公の首筋に熱く吹きかかる。

 

 彼女は必死に主人公にししがみついているが、その細い脚はガクガクと震え、耐えきれないように何度も衣擦れの音を立てている。

 

 そして何より、主人公を戸惑わせたのは、彼女の瞳だった。

 

 彼女は主人公の胸に顔を埋めながらも、その潤んだ瞳は、主人公の顔を一切見ていなかった。

 

 彼女の視線の先は、先ほどまで騎士団長が立っていた空間。あるいは、彼女自身の首筋と下腹部に残る、あの冷たい革手袋の感触に向けられていた。

 

 その瞳に浮かんでいたのは、騎士団長への怒りでも、恐怖でもない。

 

 たった一度の接触で強制的に教え込まれてしまった「未知の効率」への、抗いがたい戸惑いと、飢えのような熱だった。

 

 「……聖女……?」

 

 主人公の呼びかけに、彼女はビクッと肩を揺らし、慌てて主人公を見上げた。

 

 「だ、大丈夫よ。私、あなただけを愛してる。あんな男に触られたって、何ともないわ……っ。明日も、いつも通り……あなたの後ろで、祈っているから……っ」

 

 彼女は必死に微笑みを作ろうとしている。心では、本当にそう信じ込もうとしているのが痛いほど伝わってきた。

 

 だが、「何ともない」と強がる健気な言葉とは裏腹に、彼女の息はひどく荒く、純白の法衣の下で熱を帯びた内股を擦り合わせる衣擦れの音が、静かな部屋に不気味なほど響いていた。

 

 主人公に抱きしめられながらも、彼女の身体からは、あの男の放っていた冷たい白檀の香りが、じっとりと匂い立っていた。それは香水の移り香などではない。魔力の波長を同調させられたことで、彼女の毛穴という毛穴から、あの男の魔力そのものが揮発しているのだ。

 

 彼女の身体が、自分以外の雄の力によって、信じられないほどの熱を持って疼いているのがわかる。

 

 だが、主人公の思考は、その決定的な事実を処理することを強烈に拒絶した。

 

 彼は白檀の匂いから逃げるように、無意識に自身の唇を強く噛み破った。

 

 じわりと口内に広がる鉄錆の味と微かな痛みが、彼に歪な安心をもたらす。

 

 (違う。彼女は、あの男の乱暴な魔力にあてられて、一時的に熱を出しているだけだ。心は、僕の腕の中にあるじゃないか)

 

 彼は自身の血の味で、あの男の冷徹な匂いを必死に上書きしようとしながら、彼女をさらに強く抱きしめた。

 

 (明日の戦場になれば、すべて元通りになる。僕が再び血を流して、彼女たちの痛みをすべて引き受ければ、彼女はすぐに目を覚ます。あの涙を流して、僕を必要としてくれるはずだ……!)

 

 「明日も、僕が君を守るよ」

 

 「……ええ、お願いね」

 

 互いにすれ違う言葉を交わしながら、静かに、しかし確実に、破滅の足音は主人公の背後へと迫っていた。

 

 




まだ未完成なんで、後で改稿するンゴ
あ、評価オナシャス!
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