転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第十話:法の牙、交渉の刃

 外は、動いた。

 

 それは“通知”という形で届いた。

 

 白い封筒。

 無駄のない書式。

 そして、冷たい文章。

 

 

『市安全管理局より通達』

 

『貴学園における非公認流通網および関連活動について、是正命令を発する』

 

『期限:七日以内』

 

『従わない場合、強制介入を実施する』

 

 

(来たな)

 

 

 俺は封筒を机に置いた。

 

 

 予想通りだ。

 

 

 だが――

 

 

(“排除”寄りか)

 

 

 完全な協力でも、完全な黙認でもない。

 

 

 “潰す準備をした上での警告”。

 

 

 つまり、まだ揺れている。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その日の夕方。

 

 

 

 屋上。

 

 

 

 ルイとレゴシ、そして俺。

 

 

 

「……七日か」

 

 

 

 ルイが低く呟く。

 

 

 

「短いな」

 

 

 

「向こうは“動けるか”を見てる」

 

 

 

 俺は答える。

 

 

 

「ここで何もできなければ、そのまま踏み潰す」

 

 

 

 

 レゴシが不安げに口を開く。

 

 

 

「……どうするんだ」

 

 

 

 

 俺は、少しだけ考え――

 

 

 

「交渉する」

 

 

 

 

「交渉……?」

 

 

 

「正面からだ」

 

 

 

 

 ルイが目を細める。

 

 

 

「勝算は?」

 

 

 

「五分」

 

 

 

 

「低いな」

 

 

 

「十分だ」

 

 

 

 

 俺は手すりに寄りかかる。

 

 

 

「向こうは“完全な解”を持っていない」

 

 

 

「だから揺れている」

 

 

 

 

「そこを突く」

 

 

 

 

 沈黙。

 

 

 

 風が吹く。

 

 

 

「……具体的には?」

 

 

 

 ルイが問う。

 

 

 

 

「取引だ」

 

 

 

 

「取引?」

 

 

 

 

「向こうにとっての“利益”を提示する」

 

 

 

 

 俺はゆっくりと説明する。

 

 

 

「治安の安定」

 

 

「犯罪率の低下」

 

 

「管理可能な構造」

 

 

 

「それを数字で見せる」

 

 

 

 

 ルイは腕を組み、考え込む。

 

 

 

「理屈は通る」

 

 

 

「だが、感情はどうする」

 

 

 

「“肉の流通”という事実は、受け入れ難い」

 

 

 

 

「だから、“言い換える”」

 

 

 

 

 俺は即答した。

 

 

 

「捕食ではなく、“管理された供給”」

 

 

 

「違法ではなく、“暫定的措置”」

 

 

 

 

 レゴシが眉をひそめる。

 

 

 

「それって……誤魔化しじゃないか」

 

 

 

 

「違うな」

 

 

 

 俺は首を振る。

 

 

 

「“翻訳”だ」

 

 

 

 

「同じ現実でも、言葉で意味は変わる」

 

 

 

「それが政治だ」

 

 

 

 

 レゴシは納得しきれない様子だが、何も言わなかった。

 

 

 

 

「……で」

 

 

 

 ルイが続ける。

 

 

 

「交渉の場は?」

 

 

 

 

「向こうに来させる」

 

 

 

 

「ここに?」

 

 

 

 

「ああ」

 

 

 

 

「フィールドは選ぶ」

 

 

 

「主導権を握るためにな」

 

 

 

 

 ルイは小さく笑った。

 

 

 

「本当に、お前は……」

 

 

 

「何だ」

 

 

 

「楽しそうだな」

 

 

 

 

 否定はしない。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 二日後。

 

 

 

 交渉の場は、学園の講堂に設けられた。

 

 

 

 公開ではない。

 

 

 

 だが、完全な密室でもない。

 

 

 

 “見える範囲の非公開”。

 

 

 

 

 席には。

 

 

 

 市安全管理局の狐。

 

 

 その部下数名。

 

 

 学園側からは、教師数名と――

 

 

 俺。

 

 ルイ。

 

 

 

 レゴシは、後方に控えている。

 

 

 

 

「では、始めましょう」

 

 

 

 狐が穏やかに言う。

 

 

 

「是正命令についての対応を、お聞かせ願えますか」

 

 

 

 

 俺は、迷わず答えた。

 

 

 

「拒否する」

 

 

 

 

 一瞬で、空気が凍る。

 

 

 

 

「……理由は?」

 

 

 

 

「非現実的だからだ」

 

 

 

 

 俺は淡々と続ける。

 

 

 

「現行の構造を維持したまま、問題を解決することは不可能だ」

 

 

 

「だから、俺は別の方法を取った」

 

 

 

 

「それが――裏市、ですか」

 

 

 

 

「そうだ」

 

 

 

 

 狐は、少しだけ目を細める。

 

 

 

「違法行為を、正当化するつもりですか」

 

 

 

 

「違う」

 

 

 

 

 俺は首を振る。

 

 

 

「“代替案”を提示している」

 

 

 

 

「代替案?」

 

 

 

 

「現行法では対処できない問題に対する、暫定的な解決策だ」

 

 

 

 

 机に、資料を置く。

 

 

 

「これは、導入後のデータだ」

 

 

 

 

 犯罪率の推移。

 

 未遂件数の減少。

 

 暴走の抑制。

 

 

 

 数字が並ぶ。

 

 

 

 

 狐は、それを静かに見ていた。

 

 

 

 

「……確かに、効果はある」

 

 

 

 

「だが、それは“違法”である事実を覆さない」

 

 

 

 

「だから、取引をしに来た」

 

 

 

 

 俺は、はっきりと言う。

 

 

 

 

「この仕組みを、“公式に認めろ”」

 

 

 

 

 ざわ、と空気が揺れる。

 

 

 

 

「代わりに」

 

 

 

 

 俺は続ける。

 

 

 

「完全な監査権を渡す」

 

 

 

 

「……何?」

 

 

 

 

「データ、運営、すべて開示する」

 

 

 

「透明性を担保する」

 

 

 

 

 狐の目が、わずかに動く。

 

 

 

 

「つまり……」

 

 

 

 

「“管理下に置け”ということですか」

 

 

 

 

「そうだ」

 

 

 

 

「その代わり、潰すな」

 

 

 

 

 沈黙。

 

 

 

 

 重い沈黙。

 

 

 

 

「……興味深い提案です」

 

 

 

 

 狐が、ゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

「ですが、一つ問題がある」

 

 

 

 

「何だ」

 

 

 

 

「前例がない」

 

 

 

 

「だから作る」

 

 

 

 

 即答。

 

 

 

 

「それが、お前たちの仕事だろう」

 

 

 

 

 空気が、ぴんと張る。

 

 

 

 

 数秒。

 

 

 

 

 いや、数十秒の沈黙。

 

 

 

 

 やがて。

 

 

 

 

「……分かりました」

 

 

 

 

 狐が、静かに言った。

 

 

 

 

「条件付きで、受け入れましょう」

 

 

 

 

 ざわめき。

 

 

 

 

「条件は三つ」

 

 

 

 

「第一に、完全監査」

 

 

 

「第二に、即時停止権」

 

 

 

「第三に、責任の明確化」

 

 

 

 

「すべて、お前が負う」

 

 

 

 

 俺は、迷わず頷いた。

 

 

 

「いいだろう」

 

 

 

 

「……本当に?」

 

 

 

 

「言ったはずだ」

 

 

 

 

「全部、俺が背負う」

 

 

 

 

 狐は、しばらく俺を見つめ――

 

 

 

 

「……契約成立です」

 

 

 

 

 そう告げた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 交渉は、終わった。

 

 

 

 だが。

 

 

 

(これで終わりじゃない)

 

 

 

 むしろ、ここからが本番だ。

 

 

 

 

 外部との接続。

 

 

 国家との接続。

 

 

 

 それは――

 

 

 

 “より大きな責任”を意味する。

 

 

 

 

 夜。

 

 

 

 屋上。

 

 

 

 レゴシとルイが、隣に立っている。

 

 

 

「……通ったのか」

 

 

 

 レゴシが呟く。

 

 

 

「ああ」

 

 

 

 

「すごいな、お前……」

 

 

 

 

「すごくない」

 

 

 

 

 俺は首を振る。

 

 

 

「ただの始まりだ」

 

 

 

 

 ルイが小さく笑う。

 

 

 

「その通りだ」

 

 

 

 

「これからは、“失敗”が許されない」

 

 

 

 

「一つのミスで、全部が崩れる」

 

 

 

 

 その言葉は、事実だ。

 

 

 

 

 だが。

 

 

 

 

「問題ない」

 

 

 

 

 俺は静かに言う。

 

 

 

 

「崩れる前に、次を打つ」

 

 

 

 

 夜風が吹く。

 

 

 

 

 街の灯りが、遠くに広がる。

 

 

 

 

 その中で――

 

 

 

 新しい“構造”が、動き始めている。

 

 

 

 

「次は――」

 

 

 

 

 俺は、小さく呟く。

 

 

 

 

「“外”を広げる」

 

 

 

 

 学園だけではない。

 

 

 裏市だけでもない。

 

 

 

 都市全体。

 

 

 

 そして――

 

 

 

 この世界そのものへ。

 

 

 

 

 牙を伸ばす。

 

 

 

 

 ――メインクーンの俺が。

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