転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話 作:微糖コーヒー
外は、動いた。
それは“通知”という形で届いた。
白い封筒。
無駄のない書式。
そして、冷たい文章。
『市安全管理局より通達』
『貴学園における非公認流通網および関連活動について、是正命令を発する』
『期限:七日以内』
『従わない場合、強制介入を実施する』
(来たな)
俺は封筒を机に置いた。
予想通りだ。
だが――
(“排除”寄りか)
完全な協力でも、完全な黙認でもない。
“潰す準備をした上での警告”。
つまり、まだ揺れている。
◇
その日の夕方。
屋上。
ルイとレゴシ、そして俺。
「……七日か」
ルイが低く呟く。
「短いな」
「向こうは“動けるか”を見てる」
俺は答える。
「ここで何もできなければ、そのまま踏み潰す」
レゴシが不安げに口を開く。
「……どうするんだ」
俺は、少しだけ考え――
「交渉する」
「交渉……?」
「正面からだ」
ルイが目を細める。
「勝算は?」
「五分」
「低いな」
「十分だ」
俺は手すりに寄りかかる。
「向こうは“完全な解”を持っていない」
「だから揺れている」
「そこを突く」
沈黙。
風が吹く。
「……具体的には?」
ルイが問う。
「取引だ」
「取引?」
「向こうにとっての“利益”を提示する」
俺はゆっくりと説明する。
「治安の安定」
「犯罪率の低下」
「管理可能な構造」
「それを数字で見せる」
ルイは腕を組み、考え込む。
「理屈は通る」
「だが、感情はどうする」
「“肉の流通”という事実は、受け入れ難い」
「だから、“言い換える”」
俺は即答した。
「捕食ではなく、“管理された供給”」
「違法ではなく、“暫定的措置”」
レゴシが眉をひそめる。
「それって……誤魔化しじゃないか」
「違うな」
俺は首を振る。
「“翻訳”だ」
「同じ現実でも、言葉で意味は変わる」
「それが政治だ」
レゴシは納得しきれない様子だが、何も言わなかった。
「……で」
ルイが続ける。
「交渉の場は?」
「向こうに来させる」
「ここに?」
「ああ」
「フィールドは選ぶ」
「主導権を握るためにな」
ルイは小さく笑った。
「本当に、お前は……」
「何だ」
「楽しそうだな」
否定はしない。
◇
二日後。
交渉の場は、学園の講堂に設けられた。
公開ではない。
だが、完全な密室でもない。
“見える範囲の非公開”。
席には。
市安全管理局の狐。
その部下数名。
学園側からは、教師数名と――
俺。
ルイ。
レゴシは、後方に控えている。
「では、始めましょう」
狐が穏やかに言う。
「是正命令についての対応を、お聞かせ願えますか」
俺は、迷わず答えた。
「拒否する」
一瞬で、空気が凍る。
「……理由は?」
「非現実的だからだ」
俺は淡々と続ける。
「現行の構造を維持したまま、問題を解決することは不可能だ」
「だから、俺は別の方法を取った」
「それが――裏市、ですか」
「そうだ」
狐は、少しだけ目を細める。
「違法行為を、正当化するつもりですか」
「違う」
俺は首を振る。
「“代替案”を提示している」
「代替案?」
「現行法では対処できない問題に対する、暫定的な解決策だ」
机に、資料を置く。
「これは、導入後のデータだ」
犯罪率の推移。
未遂件数の減少。
暴走の抑制。
数字が並ぶ。
狐は、それを静かに見ていた。
「……確かに、効果はある」
「だが、それは“違法”である事実を覆さない」
「だから、取引をしに来た」
俺は、はっきりと言う。
「この仕組みを、“公式に認めろ”」
ざわ、と空気が揺れる。
「代わりに」
俺は続ける。
「完全な監査権を渡す」
「……何?」
「データ、運営、すべて開示する」
「透明性を担保する」
狐の目が、わずかに動く。
「つまり……」
「“管理下に置け”ということですか」
「そうだ」
「その代わり、潰すな」
沈黙。
重い沈黙。
「……興味深い提案です」
狐が、ゆっくりと口を開く。
「ですが、一つ問題がある」
「何だ」
「前例がない」
「だから作る」
即答。
「それが、お前たちの仕事だろう」
空気が、ぴんと張る。
数秒。
いや、数十秒の沈黙。
やがて。
「……分かりました」
狐が、静かに言った。
「条件付きで、受け入れましょう」
ざわめき。
「条件は三つ」
「第一に、完全監査」
「第二に、即時停止権」
「第三に、責任の明確化」
「すべて、お前が負う」
俺は、迷わず頷いた。
「いいだろう」
「……本当に?」
「言ったはずだ」
「全部、俺が背負う」
狐は、しばらく俺を見つめ――
「……契約成立です」
そう告げた。
◇
交渉は、終わった。
だが。
(これで終わりじゃない)
むしろ、ここからが本番だ。
外部との接続。
国家との接続。
それは――
“より大きな責任”を意味する。
夜。
屋上。
レゴシとルイが、隣に立っている。
「……通ったのか」
レゴシが呟く。
「ああ」
「すごいな、お前……」
「すごくない」
俺は首を振る。
「ただの始まりだ」
ルイが小さく笑う。
「その通りだ」
「これからは、“失敗”が許されない」
「一つのミスで、全部が崩れる」
その言葉は、事実だ。
だが。
「問題ない」
俺は静かに言う。
「崩れる前に、次を打つ」
夜風が吹く。
街の灯りが、遠くに広がる。
その中で――
新しい“構造”が、動き始めている。
「次は――」
俺は、小さく呟く。
「“外”を広げる」
学園だけではない。
裏市だけでもない。
都市全体。
そして――
この世界そのものへ。
牙を伸ばす。
――メインクーンの俺が。