転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第十三話:選ばれなかった獣たち

 

 制度には、必ず“漏れ”が出る。

 どれだけ綿密に設計しようと、どれだけ現実に寄せようと、最後に零れ落ちる奴はいる。

 むしろ――現実に寄せれば寄せるほど、その輪郭は残酷なほど鮮明になる。

 

 ビースター室の窓から差し込む朝日を眺めながら、俺は書類をめくっていた。

 

 更生施設改革案。

 裏市の第二次登録拡張案。

 本能教育正式課程化のための素案。

 

 表向きには、どれも前進だ。

 学園内の未遂件数は明確に減少し、裏市の暴発も抑え込めている。安全管理局の内部粛正も始まり、以前のように“管理する側が腐っている”状況は、少なくとも露骨ではなくなった。

 

 だが。

 

(それでも、ゼロにはならない)

 

 これは構造上の問題だ。

 制度に適応できる者。

 適応しようとする者。

 適応できない者。

 適応する気のない者。

 

 この四つは、どうやっても分かれる。

 そして最後の二つが、“選ばれなかった獣たち”になる。

 

「難しい顔」

 

 ノックもなく扉を開け、ハルが顔を出した。

 最近こいつは、ここを半ば私物化している節がある。

 

「いつものことだ」

 

「それ便利な返しだよね」

 

 呆れたように言いながらも、ハルは勝手にソファへ座る。

 

「で、何考えてるの」

 

「“切り捨てる側”の設計だ」

 

「うわ、朝から最悪」

 

「事実だろ」

 

 俺は書類を机に置いた。

 

「今の改革は、要するに“適応できるやつを増やす”ためのものだ」

 

「でも、増やすことと全員を救うことは違う」

 

「……それで?」

 

 

 ハルの目が、少しだけ真面目になる。

 

「切り捨てる相手が、増えてるの?」

 

「増えてるというより、“見えるようになった”」

 

 俺は窓の外へ視線を向ける。

 

「昔は全体が曖昧だった」

 

「だから、誰が危険で、誰が救えるのかも曖昧で済んだ」

 

「今は違う。基準を作った以上、その基準から外れるやつがはっきりする」

 

 

 ハルは少し黙り込み、やがて小さく息を吐いた。

 

「残酷だね」

 

「現実的だ」

 

「それ、便利な言葉だね」

 

「便利じゃない。重いだけだ」

 

 

 ハルはそこで、ふっと笑った。

 

「前よりちょっと、人間っぽいこと言うようになった」

 

「俺は前から人間っぽいだろ」

 

「猫のくせに?」

 

「猫だが」

 

 そこで扉が再び開いた。

 

 今度はノックありだ。

 レゴシだった。

 

「……二人ともいたのか」

 

「見りゃ分かるだろ」

 

「いや……何か、空気が」

 

「気のせいだ」

 

 即答すると、ハルが肩を震わせる。

 

「絶対気のせいじゃないと思うけど」

 

 レゴシは少し困った顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。

 

「話がある」

 

「何だ」

 

「校外で……草食獣の失踪が続いてる」

 

 

 その瞬間、俺の意識が切り替わった。

 

「どこだ」

 

「南西区。三件」

 

「警察は?」

 

「家出扱いになってる」

 

 

(来たな)

 

 これが“選ばれなかった側”の動きだとしたら、話は早い。

 つまり、制度の外側で別の“回収”が始まっている。

 

「ソースは」

 

「裏市で聞いた」

 

「誰から」

 

「前にお前と話してた……ヒグマの知り合い」

 

「信用度は?」

 

「高いと思う」

 

 レゴシの言葉に迷いはなかった。

 なら十分だ。

 

 俺は立ち上がった。

 

「行くぞ」

 

「今から?」

 

「今からだ」

 

「学校は?」

 

「知るか」

 

 ハルが吹き出した。

 

「ビースターがそれ言う?」

 

「ビースターだから言うんだよ」

 

 

 ◇

 

 

 南西区は、都市の中でも“中途半端”な場所だ。

 表通りは整備されているが、一本裏へ入れば古い雑居ビルと空き家が並ぶ。草食獣向けの安価な住宅が多く、学生や単身者も多い。

 要するに――

 

(消えても、“騒ぎが大きくなりにくい”)

 

 嫌な条件が揃っていた。

 

 俺、レゴシ、ハルの三人は、夕方のうちに現地へ入り、最後に目撃された地点を順に回った。

 

「ここが一件目」

 

 ハルがメモを見ながら言う。

 

 古びたバス停。

 防犯カメラはあるが、古い。しかも角度が死んでいる。

 

「計画的だな」

 

「偶然じゃない?」

 ハルが言う。

 

「三件続いてる時点で偶然じゃない」

 

 俺は地面にしゃがみ込み、匂いと痕跡を拾う。

 人通りはある。匂いは流れている。だが――

 

(薬品)

 

 微量だが、覚えのある刺激臭が残っていた。

 更生施設の倉庫で嗅いだものに近い。

 

「レゴシ」

 

「……うん、俺も感じる」

 

 狼の鼻が同じ結論を出したなら、ほぼ確定だ。

 

「同じルートだな」

 

「まだ残ってたんだ……」

 

 レゴシの声が沈む。

 

「残ってるどころか、本流がまだ生きてるんだろ」

 

 俺は立ち上がる。

 

「更生施設を潰した程度で全部終わるなら、最初から腐ってない」

 

 ハルが周囲を見回しながら、ぽつりと言う。

 

「これってさ……“捕食”じゃないよね」

 

 

 俺は一瞬だけ、ハルを見る。

 

 いい質問だ。

 

「違うな」

 

「これは“供給”だ」

 

「誰かが、草食獣を“商品”として回収してる」

 

 

 レゴシの顔色が変わる。

 

「そんな……」

 

「あるだろ、この世界なら」

 

 ハルが低く言う。

 

「表では共生だの平等だの言ってても、裏じゃ草食獣の価値って、“食われないこと”だけじゃない」

 

「労働力、娼館、見せ物、人体由来の何か……いくらでも使い道はある」

 

 

 レゴシは口を閉ざした。

 だが、逃げてはいない。

 

(慣れてきたな)

 

 現実の醜さに、少しずつだが目を逸らさなくなっている。

 

 

 ◇

 

 

 二件目、三件目も、似たような痕跡だった。

 薬品、死角、短時間で運べる導線。

 そして共通していたのは――

 

「車だな」

 

 俺が呟く。

 

「足跡が途切れてる」

 

「トラックかバン」

 

「じゃあ、追えるの?」

 ハルが聞く。

 

「今のままじゃ無理だ」

 

「でも、待てば来る」

 

「待つ?」

 

「同じパターンなら、次もある」

 

 

 レゴシが顔をしかめる。

 

「それって……囮を使うのか?」

 

「必要ならな」

 

「駄目だ!」

 

 珍しく強い声だった。

 

「草食獣を危険に晒すなんて……!」

 

「じゃあ代案を出せ」

 

 俺は即座に返す。

 

「感情論だけじゃ防げない」

 

「それは……」

 

「分かってる」

 

 言い淀むレゴシに、俺は少しだけ声を緩めた。

 

「だから、最初から“本物”を使う気はない」

 

「囮は俺たちでやる」

 

「……え?」

 

 

 ハルとレゴシが同時にこちらを見る。

 

「草食獣の単独行動に見せかければいい」

 

「ハルが前、俺とレゴシが影に入る」

 

「ちょっと待って」

 

 ハルが眉を吊り上げる。

 

「何で私が前提なの?」

 

「草食で、警戒心が薄く見えて、なおかつ咄嗟の判断ができる」

 

「つまり?」

 

「適任だ」

 

「褒めてるようで最悪!」

 

 

 だが、ハルは本気で拒絶しなかった。

 リスクを理解しつつ、必要性も分かっている顔だった。

 

「……ちゃんと守るんでしょうね」

 

「当然だ」

 

「レゴシ?」

 

「絶対守る」

 

 即答したレゴシを見て、ハルは少しだけ目を丸くし、やがてふっと笑った。

 

「じゃあ、いいよ」

 

 

 ◇

 

 

 囮作戦は、その日の夜に決行した。

 場所は三件目の失踪地点から少し離れた、似た条件の路地。

 人通りが少なく、逃走導線があり、監視カメラが死んでいる。

 完璧な“狩り場”だ。

 

 ハルは一人で歩く。

 肩には小さなバッグ。足取りは自然に、だが完全には油断していない。大したものだ。

 

 俺とレゴシは屋上と物陰に分かれて配置。

 風向き、死角、足音。全部把握済み。

 

 十分。

 二十分。

 三十分。

 

 動きはない。

 

(焦れるな)

 

 待ち伏せは、相手より先にこちらが苛立った瞬間に負ける。

 

 

 その時だった。

 

 レゴシの低い声が、通信機越しに届く。

 

『……来た』

 

 

 俺も見えた。

 

 路地の奥。

 作業着姿のシカと、郵便配達員風の犬。

 一見、ただの通行人。

 だが、動きが不自然すぎる。

 

(挟む気だな)

 

 前方で声をかけ、後方から車をつける。古典的だが有効だ。

 

 犬がハルへ近づく。

 

「すみません、この辺で――」

 

 その瞬間、俺は屋上から飛び降りた。

 

 着地と同時に、犬の手首を蹴り上げる。

 袖口から落ちたのは、注射器。

 

「当たりだ」

 

「なっ――!?」

 

 犬が反応するより早く、顎へ拳を叩き込む。

 シカは即座に後退し、路地奥へ合図を送った。

 

 直後、バンが突っ込んでくる。

 

「レゴシ!」

 

「うん!」

 

 灰色の影が横から飛び込み、運転席側のドアをへこませた。強引すぎるが、効果はある。

 車がバランスを崩し、壁へ接触して止まる。

 

 中から肉食獣が三体飛び出してきた。

 犬、ジャッカル、そして――豹。

 

「回収班か」

 

 俺は吐き捨てる。

 

「ハル、下がれ!」

 

「言われなくても!」

 

 ハルは即座に後退し、死角へ消えた。判断が速い。

 

 豹が俺へ一直線に来る。

 速い。今までの雑魚とは違う。訓練されてる。

 

 だが。

 

(遅い)

 

 俺は半歩だけ踏み込み、肘を外から内へ差し込む。豹の呼吸が乱れた瞬間、喉元に掌底。

 意識が飛ぶ。

 

 ジャッカルはレゴシが抑えている。

 犬は――

 

「逃がすか」

 

 物陰から飛び出したハルが、足元へゴミ箱を蹴り倒した。犬がつまずいた隙に、俺が後頭部を打ち抜く。

 

 静寂。

 

 残ったシカだけが、数メートル先で凍りついていた。

 

「……お前」

 

 そいつは草食獣だった。

 角は短く、服装も地味だ。どこにでもいる、平凡な若いシカ。

 

「どうして……」

 

 レゴシが、押さえ込んだジャッカルの上から呟く。

 

「草食が、何でこんなこと……」

 

 

 シカは数秒黙っていたが、やがて乾いた笑いを漏らした。

 

「何で、だって?」

 

「簡単だよ」

 

 その目は、妙に冷えていた。

 

「“選ばれなかった”からだ」

 

 

 俺は眉一つ動かさず、そいつを見る。

 

「続けろ」

 

「裏市にも入れない。保護対象にもならない。優等生でもない。強者でもない」

 

「草食獣だからって、勝手に“被害者側”に置かれるだけ」

 

「でも、こっちは生きなきゃいけない」

 

 

 ハルの目が細まる。

 

「だから、他の草食を売るの?」

 

「売る?」

 

 シカは笑った。

 

「違うな。“交換”だよ」

 

「俺たちは、見捨てられた側同士で組んだだけだ」

 

「肉食のはみ出し者と、草食の余り物」

 

「表の制度に入れない者同士でな」

 

 

 レゴシが息を呑む。

 

 ハルは、逆に冷静だった。

 

「最低」

 

「そうかもな」

 

 シカは肩をすくめる。

 

「でも、君たちの“改革”って、結局そういうことだろ?」

 

「適応できるやつだけ救う」

 

「綺麗に見えるやつだけ、未来に連れていく」

 

「俺たちは最初から、その外側だ」

 

 

 ……図星だった。

 

 だからこそ、反論には意味がない。

 

「で?」

 

 俺は静かに言った。

 

「だから、お前は他人を売っていい理由になるのか」

 

「理由にはならない」

 

 シカは即答した。

 

「でも、手段にはなる」

 

 

 その瞬間、レゴシの拳に力が入ったのが見えた。

 だが殴らなかった。成長したな。

 

 

「拠点はどこだ」

 

 俺は問う。

 

「言うと思う?」

 

「言わせる」

 

「怖いな」

 

「事実だ」

 

 

 シカは数秒、こちらを見ていた。

 やがて、諦めたように笑う。

 

「西の旧食肉処理場」

 

「今は使われてないはずだが……地下がある」

 

「そこに“選ばれなかった連中”が集まってる」

 

 

 俺はそれ以上質問しなかった。

 必要な答えは出た。

 

 

 ◇

 

 

 その夜のうちに、ヒグマ、狐、ルイへ連絡を回した。

 旧食肉処理場。

 名前からして最悪だが、未登録流通と失踪事件の中継点としては、これ以上ない場所でもある。

 

 作戦は翌朝前に決定。

 今度は大規模突入ではなく、限定制圧と証拠確保を優先する。

 理由は単純だ。

 

 “選ばれなかった連中”の中には、ただ巻き込まれただけの奴もいるからだ。

 無差別に潰せば、こっちが“制度の暴力”そのものになる。

 

(見極める)

 

 適応可能か。

 保留か。

 排除か。

 

 俺が自分で決めた基準だ。

 なら、自分で背負う。

 

 

 ◇

 

 

 旧食肉処理場は、都市の外縁部にあった。

 既に廃業し、周囲は再開発からも取り残されている。

 建物そのものが、“この社会の捨てたもの”みたいだった。

 

 まだ夜が明けきらない時間。

 俺たちは外周を囲んだ。

 狐の正規部隊は表を押さえる。ヒグマと裏市側の連中が退路を潰す。ルイは後方で、学園と警察への情報調整。

 前に出るのは――俺、レゴシ、ハル。

 

「またこの三人?」

 

 ハルが半ば呆れた顔で言う。

 

「一番動きやすい」

 

「便利に使われてる気がする」

 

「有能だからだ」

 

 ハルは一瞬だけ言葉に詰まり、そっぽを向いた。

 

「……そういうの、ずるい」

 

 レゴシが苦笑している。

 

「行くぞ」

 

 俺の一言で、空気が切り替わった。

 

 

 中は、思っていた以上に“生活感”があった。

 段ボールの寝床。即席の炊事場。粗末な毛布。

 そして、地下へ続く搬入口。

 

(ただの犯罪拠点じゃない)

 

 避難所であり、隠れ家であり、流通基地でもある。

 

 地下へ降りると、空気が変わった。

 血と薬品と、湿った毛皮の匂い。

 そして――視線。

 

 物陰から、何体もの獣がこちらを見ていた。

 痩せた犬。片耳のウサギ。目つきの荒いイノシシ。若い狼。老いた鹿。

 種族も年齢もバラバラだ。

 だが共通しているのは、“どこにも居場所がない顔”だった。

 

「……来たか」

 

 低い声。

 奥から現れたのは、大柄なハイエナだった。

 左目に傷。動きに隙がない。

 

「お前がビースター猫か」

 

「そうだ」

 

「思ったより、ガキだな」

 

「よく言われる」

 

 

 ハイエナは笑わない。

 

「ここはな、“制度に救われなかった連中”の墓場だ」

 

「墓場の割に、生きてるやつが多いな」

 

「必死にしがみついてるだけだ」

 

 

 レゴシが一歩前へ出る。

 

「だからって、草食獣を攫っていい理由にはならない」

 

「理由? 違うな」

 

 ハイエナが鼻で笑う。

 

「必要だ」

 

「食うためか」

 

「それもある」

 

「売るためでもある」

 

「働かせるためでもな」

 

 

 ハルの顔が険しくなる。

 

「最低」

 

「そうだろうな」

 

 ハイエナは平然としていた。

 

「でもよ、白ウサギ。お前らの“正しい社会”は、俺たちに何をくれた?」

 

「登録から弾かれた肉食獣には、監視と偏見だけ」

 

「家を失った草食獣には、“可哀想ですね”って顔だけ」

 

「更生施設帰りには就職口も住処もない」

 

「そんな連中が、綺麗に生きられると思うか?」

 

 

 ハルは言葉を返せなかった。

 レゴシも同じだ。

 

 だから俺が答える。

 

「思わない」

 

 

 一瞬、場が静まる。

 

「……ほう?」

 

「だから、俺は制度を組み替えてる」

 

「でも、まだ足りてない」

 

「それは認める」

 

 

 ハイエナの片目が、わずかに細まる。

 

「じゃあ、どうする」

 

「選ぶ」

 

 

 俺ははっきりと言った。

 

「ここにいる全員を、同じ扱いはしない」

 

「適応できるやつは引き上げる」

 

「巻き込まれただけのやつは保留して保護する」

 

「でも――」

 

 少しだけ声を低くする。

 

「攫いと売買に手を染めた中核は、ここで潰す」

 

 

 地下の空気が、一気に張り詰めた。

 

 ハイエナは、数秒黙ったあと、ようやく笑った。

 

「なるほどな」

 

「優しいふりをしないのは、嫌いじゃない」

 

「褒め言葉として受け取っておく」

 

「だが」

 

 ハイエナが一歩踏み出す。

 

「選ぶのは、お前じゃねえ」

 

「俺たち自身だ」

 

 

 直後。

 周囲の獣たちが一斉に動いた。

 

 

 ◇

 

 

 乱戦だった。

 

 だが、無秩序ではない。

 この場にいるのは“戦える獣”ばかりじゃない。だからこそ、前に出てくるのは限られていた。

 ハイエナの側近らしき肉食数体。

 武器持ちの草食二体。

 残りは、距離を取って見ている。

 

(見極めろ)

 

 全部を敵と見るな。

 

 最初に来たのはイノシシ。突進型。

 力はあるが単調だ。俺は横へ流し、壁にぶつけて行動不能。

 次に犬系のナイフ持ち。レゴシが腕を抑え、床へ叩きつける。いい制圧だ。

 

 ハルは前に出ず、後方の獣たちを見ている。

 戦う気があるのか、逃げたいのか、巻き込まれてるだけなのか。

 その判断役として、こいつは本当に優秀だ。

 

「右奥、戦意なし!」

 

 ハルの声。

 

「左の鹿、武器だけ!」

 

 

 指示が的確だ。

 俺とレゴシは、それに従って動きを変える。

 完全制圧ではなく、戦意のある相手だけを落とす。

 

 そして――

 

 ハイエナ。

 

 そいつは真っ直ぐ俺へ来た。

 速い。重い。無駄が少ない。

 路地のチンピラでも、更生施設の管理者でもない。本物の場数を踏んでいる。

 

「いい動きだな、猫」

 

「お前もな」

 

 拳と爪が交差する。

 掠めた風圧だけで頬が切れる。悪くない。

 

 だが。

 

(勝てる)

 

 こいつは強い。でも“終わってる”。

 前へ進むための強さじゃない。生き延びるために擦り切れた強さだ。

 

 俺は二手、三手と打ち合いながら、その重心の癖を読む。

 左足に少し遅れ。古傷だ。

 

「そこだ」

 

 踏み込みに合わせ、左膝外側を蹴る。

 ハイエナの軸が崩れた瞬間、顎へ掌底、首へ前腕、最後に鳩尾へ膝。

 

「が……っ!」

 

 巨体が沈む。

 

 だが倒れ切らない。しぶとい。

 

「まだだ!」

 

 吠えたハイエナが最後の一撃を振るう。

 大振り。怒りで雑になった。

 

 俺は真正面から踏み込み――

 

 額を打ち抜いた。

 

 鈍い音。

 

 ハイエナの目から光が消え、そのまま崩れ落ちる。

 

 静寂。

 

 地下にいた獣たちが、一斉に息を呑んだ。

 

 

 ◇

 

 

 その後の処理は、冷静に行った。

 

 武器を持ち、誘拐や売買に関わっていた中核メンバーは拘束。

 戦意のない者、明らかに巻き込まれていただけの者は分離。

 逃げようとした連中もいたが、ヒグマたちが上で押さえた。

 

 ハルは一人一人を見て、必要な情報を拾っていた。

 

「このウサギ、失踪者じゃない。家出の方」

 

「この犬は更生施設帰り。仕事がなくて流れたやつ」

 

「こっちの鹿は……あー、駄目だ。完全に売買側」

 

 

 レゴシは、拘束した連中の見張りをしながら、何度も複雑な顔をしていた。

 当然だ。

 敵にも事情がある。

 だが事情があることと、許されることは違う。

 その区別を呑み込むのは、簡単じゃない。

 

 

 作戦終了後、外へ出た頃には、空が白み始めていた。

 

「……終わったのか」

 

 レゴシが呟く。

 

「一旦な」

 

「一旦……」

 

「こういうのは、終わらない」

 

 俺は正直に言う。

 

「制度がある限り漏れは出るし、漏れたやつは群れる」

 

「だから、そのたびに見つけて、分けて、組み替える」

 

「面倒だろ」

 

「すごく」

 

 レゴシが苦笑した。

 ハルは少し離れた場所で、朝焼けを眺めていた。

 

「でもさ」

 

 そのままこちらを見ずに、ぽつりと言う。

 

「今日のは、ちょっとだけ救われた側もいたよね」

 

「いたな」

 

「それなら、まあ……悪くないのかも」

 

 

 俺は返事をしなかった。

 代わりに、廃工場の方を振り返る。

 

 あそこには確かに、救われなかった獣たちがいた。

 だが同時に、“救えたかもしれない獣”もいた。

 その差を見抜くのが、これからの仕事だ。

 

 

 ◇

 

 

 数日後。

 

 旧食肉処理場の一件は、表向きには“未登録流通拠点の摘発”として処理された。

 失踪していた草食獣も複数保護され、一部は無事に帰還できた。

 安全管理局の評価は上がり、狐は一気に昇進候補に食い込んだらしい。

 どうでもいいが、利用できるなら利用する。

 

 一方で、学園内には別の変化があった。

 

 “選ばれなかった獣たち”の存在が、噂ではなく現実として共有され始めたのだ。

 草食だから安全なわけじゃない。

 肉食だから危険なわけでもない。

 制度の外に出れば、誰だって加害者にも被害者にもなりうる。

 

 その理解は、少しだけ学園の空気を変えた。

 単純な二項対立ではなく、“構造そのもの”を見る視線が増えた。

 

 いい傾向だ。

 

 

 ビースター室。

 俺は新しい書類を机に広げていた。

 

「また難しい顔してる」

 

 ハルだ。

 もう完全にここを自分の居場所だと思ってるな。

 

「次の設計だ」

 

「今度は何」

 

「“選ばれなかった側”の受け皿を作る」

 

 

 扉のところで、レゴシが足を止めた。

 

「受け皿?」

 

「そうだ」

 

 俺は二人を見た。

 

「保護だけじゃ足りない」

 

「更生だけでも足りない」

 

「必要なのは、“再参加”の導線だ」

 

 

 レゴシがゆっくり頷く。

 

「……戻れる場所、か」

 

「正確には、“初めて入れる場所”だな」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「最初から社会に入れてなかったやつも多い」

 

 

 ハルがソファに座りながら言う。

 

「それ、すごく面倒そう」

 

「面倒だ」

 

「でも、やるんだ」

 

「やる」

 

 

 するとハルは、少しだけ笑った。

 

「ほんと、救いがたいね」

 

「褒めてるなら受け取る」

 

「半分だけ」

 

 

 そこへルイも入ってきた。

 新聞を片手に、相変わらず隙のない顔。

 

「旧処理場の件、各所の反応が出始めた」

 

「どうだ」

 

「賛否両論だ」

 

「“危険分子の一掃”として評価する声もあれば、“ビースターによる恣意的な選別”として批判する声もある」

 

 

 俺は小さく笑う。

 

「上等だ」

 

「上等なのか?」

 レゴシが聞く。

 

「全員に好かれる改革は、大抵どこにも刺さらない」

 

「敵が増えるのは、動いてる証拠だ」

 

 

 ルイが口元をわずかに上げた。

 

「やはり、狂っている」

 

「今さらだろ」

 

「違いない」

 

 

 静かな空気が流れる。

 

 以前なら、このメンバーが同じ部屋で同じ方向を見ているなんて、想像もできなかっただろう。

 灰色の狼。

 白いウサギ。

 赤鹿。

 そして、転生してきたメインクーンの俺。

 

 噛み合わないはずの連中が、今は同じ問題を見ている。

 

(悪くない)

 

 まだ道半ばだ。

 むしろ、ようやく始まったばかりと言っていい。

 でも確かに、世界は少しずつズレ始めている。

 元の位置には、もう戻らない。

 

 なら次は――

 

「都市南部の再開発区、見てくる」

 

 俺が言うと、三人が同時にこちらを見た。

 

「何でまた急に?」

 ハル。

 

「未登録労働の流れがある」

 俺。

 

「また厄介そうだな」

 ルイ。

 

「俺も行く」

 レゴシ。

 

 

 思わず笑う。

 

「聞く前に決めるな」

 

「でも、行くだろ」

 

「まあな」

 

「じゃあ同じだ」

 

 

 レゴシは前よりずっと自然にそう言うようになった。

 誰かの後ろをおずおずついてくるんじゃない。

 自分の意志で、横に並ぶ。

 

 いい成長だ。

 

「私も行くから」

 

 ハルが当然のように言う。

 

「勝手に決めるな」

 

「そっちこそ」

 

 

 ルイは一つ息を吐いて、新聞を机に置いた。

 

「では、私は表を整える」

 

「また勝手に……」

 

「今さらだろ」

 

 

 ……確かに、今さらだった。

 

 

 俺は窓の外を見る。

 校庭の向こう、街のさらに向こうへ。

 まだ手の届かない場所が、いくらでもある。

 制度の外にいる獣も、まだいくらでもいる。

 

 救えるかどうかは分からない。

 全員は無理だ。

 それでも。

 

 選ぶなら、最後まで選び切る。

 切るなら、理由ごと背負う。

 その上で、少しずつでも“戻ってこられる場所”を増やす。

 

 それがたぶん――

 この世界で俺がやるべきことだ。

 

 

 ――メインクーンの俺が、選ばれなかった獣たちの居場所ごと、作り変えてやる。

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