転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話 作:微糖コーヒー
場所を作る。
言葉にすれば簡単だ。
だが実際には、建物一つ確保するだけでも面倒が山ほどある。
土地の所有権。用途変更。管理責任。周辺住民への説明。治安維持計画。予算。人員。監視体制。教育課程との接続。就労先の確保。精神面のケア。食事。医療。記録管理。
それら全部を一つの箱に押し込んで、ようやく“帰る前の場所”になる。
そして当然――
「反対が出た」
ルイが机に書類を置きながら、いつも通りの声で言った。
「予想より早いな」
俺はその書類をめくる。
地域住民代表連名の意見書。
商店会からの懸念表明。
保護者会の抗議。
学園内でも一部教師が難色を示している。
書いてあることは、だいたい同じだ。
『危険個体を集めるな』
『子どもたちへの悪影響がある』
『更生施設の二の舞になる』
『税金の無駄だ』
『草食獣への配慮が足りない』
『肉食獣を甘やかすな』
……実に分かりやすい。
「いい反対だな」
「どこがだ」
レゴシが壁際で顔をしかめる。
「論点が見える」
俺は紙を机に戻した。
「感情論だけじゃない。連中が何を恐れてるか、何を損だと思ってるかがちゃんと出てる」
「つまり、対処しやすい」
「お前、そういう時だけ楽しそうだよな」
ハルがソファから呆れた声を出す。
「普段から楽しいぞ」
「嘘つけ」
ルイが腕を組んだ。
「で、どうする」
「正面から潰す」
「またそれ?」
ハルが半眼になる。
「いや、今回は“潰す”というより“噛み合わせる”だな」
「何を」
「相手の恐怖と、こっちの利益を」
レゴシが少し首を傾げる。
「利益……?」
「そうだ」
俺は立ち上がってホワイトボードに向かう。
「反対するやつは、基本的に“自分に不利益がある”と思ってる」
「なら、その逆を見せればいい」
ペンを走らせる。
『治安悪化 → 治安改善データ提示』
『危険個体集積 → 選別・監視・段階制管理』
『税金の無駄 → 未登録労働・再犯抑制による損失削減』
『子どもへの悪影響 → 学園本能教育との接続』
『更生施設化への懸念 → 外部監査+三者共同運営』
「……なるほど」
ルイが小さく頷く。
「恐怖を否定するんじゃなく、上書きするのか」
「否定すると拗れる」
俺はホワイトボードを叩く。
「“怖いのは分かる。でも放置の方がもっと損だ”って理解させる」
「それが一番効率的だ」
ハルが頬杖をついたまま言う。
「で、その“帰る前の場所”はどこに作るの?」
「候補は三つ」
ルイが別の資料を出す。
「一つ目、学園外縁の旧演習棟」
「二つ目、市管理の空き宿舎」
「三つ目、南部再開発区外れの廃倉庫群」
俺は即答した。
「二つ目だな」
「理由は?」
ルイ。
「学園の隣は近すぎる。再開発区は遠すぎる」
「市管理宿舎なら、行政との接続もしやすいし、生活導線も現実的だ」
「住居として使われてた実績もある」
「反対住民は?」
ハル。
「いる」
「いるけど、どこだっている」
「なら、交通と監視と就労先をまとめて確保しやすい場所を取る方がいい」
レゴシが少し考え込む。
「でも……そこに入るやつらって、どうやって決めるんだ?」
「“再参加準備区画”に入る基準だな」
俺は書類を取り上げる。
「基本は三段階」
「一、明確な被害者・巻き込まれ枠」
「二、違法行為に関与したが、中核ではなく離脱意思あり」
「三、監視下での再訓練が必要な要注意枠」
「三は危なくないか?」レゴシ。
「危ない」
「だから監視と制限を強くする」
「入れないやつは?」
ハル。
「別枠」
「別枠?」
「中核犯罪者、再犯意思が強い個体、売買や拉致を主導した個体は対象外」
俺はそこで少しだけ声を落とす。
「受け皿は万能じゃない。刑罰が必要なやつまで混ぜると、全部壊れる」
レゴシは黙って聞いていた。
嫌そうな顔を隠さないのは、むしろいい傾向だ。
こういう区分は、綺麗じゃない。
綺麗じゃないからこそ、ちゃんと嫌がっておくべきだ。
◇
三日後。
候補地となる市管理宿舎の現地確認が行われた。
古いが頑丈な建物だった。
二階建ての集合宿舎が三棟。中央に小さな集会室。裏手に資材庫。さらに奥には使われていない菜園跡地まである。
住むだけなら十分。
少し手を入れれば、訓練、就労準備、面談、生活指導も回せる。
問題は――
「反対派、来てるな」
宿舎前の道路に集まった住民たちを見て、俺は呟いた。
横断幕まである。
『危険獣の受け入れ反対』
『子どもたちを守れ』
『行政は責任を取れ』
……熱心なことだ。
「思ったより人数がいる」
レゴシが低く言う。
「そりゃそうだろうね」
ハルが目を細める。
「こういうのって、最初に“怖い”が共有されると、一気にまとまるから」
ルイは既に行政担当者と話していたが、その顔を見る限り、場の空気はかなり悪い。
「ビースターが来たぞ!」
誰かが叫んだ。
一斉に視線が集まる。
嫌いじゃない空気だ。
中年のヤギが前に出てきた。
住民側の代表らしい。
「あなたが、例の……」
「そうだ」
「まず言っておくが、我々はあなた個人を攻撃したいわけではない」
「知ってる」
「なら話は早い」
ヤギは胸を張る。
「ここに“そういう獣たち”を集めるのは困る」
「治安が悪化する」
「子どもたちが怖がる」
「事故が起きたらどうする」
「また更生施設のようなことになるんじゃないのか」
周囲から同意の声。
全部、想定内だ。
「もっともだな」
俺がそう返した瞬間、逆に相手が少し詰まった。
「……は?」
「言ってることは理解できる」
「怖いのも分かる」
「失敗例が頭に浮かぶのも当然だ」
そこで一歩前に出る。
「でも、その上で聞く」
「今この街で、“そういう獣たち”がどこにいると思ってる?」
ざわ、と空気が揺れる。
「え……?」
「いないと思ってるのか?」
「見えてないだけで、既にいる」
「未登録労働、違法流通、仮設宿舎、再開発区の地下、空きビル、高架下」
「今のこの街は、“どこにも置き場がない獣たち”を見えないところで使い潰して回してる」
住民たちの顔色が変わる。
嫌な現実を突きつけられた顔だ。
「ここに作るのは、“危険を持ち込む施設”じゃない」
「今すでに拡散してる危険を、見える場所に引き戻す施設だ」
ヤギ代表が眉をひそめる。
「……言い換えているだけでは?」
「違うな」
俺は指を立てる。
「違いは三つ」
「一つ、選別する。誰でも入れるわけじゃない」
「二つ、監視する。生活、就労、衝動管理、全部記録する」
「三つ、出口を作る。居座らせるんじゃなく、働いて出ていく前提にする」
さらに資料を一枚、行政担当者から受け取って掲げる。
「これは、裏市制度化後と南部摘発後の治安推移だ」
「未遂件数、失踪件数、未登録流通の摘発率」
「放置した場合と介入した場合、どっちがマシか。数字で見ると分かる」
ヤギだけではなく、周囲の住民たちも資料を覗き込むように見ていた。
数字は強い。
感情を否定しないまま、別の判断軸を滑り込ませられる。
「……もし、失敗したら?」
今度は若い母親らしいガゼルが聞いた。
「子どもが巻き込まれたら?」
「責任は?」
俺は迷わなかった。
「俺が取る」
沈黙。
「ビースターとして、俺が前に立つ」
「事故が起きた時、運営責任を曖昧にしない」
「三者共同運営にして、監査も全部開示する」
「それでも不安なら、住民側の見学枠と意見窓口も作る」
ここでルイが前へ出た。
「補足しよう」
赤鹿の静かな声が、場の空気を少し変える。
「この施設ができれば、周辺の警備予算と巡回計画も組み直される」
「放置されていた空き宿舎が管理下に置かれ、違法流入の抑止にもなる」
「つまり、単なる福祉施策ではない」
「地域安全施策でもある」
……いい繋ぎだ。
さすがに分かってる。
さらに、住民の後方で様子を見ていたあの年配のヤギが、いつの間にか前に来ていた。
南部の炊き出し場にいたやつだ。
「私は、はみ出し者たちの炊き出しをやってる」
その一言で、場がざわつく。
「その立場から言わせてもらうが……放っておけば、もっと悪くなるよ」
「寝床がなくて、仕事がなくて、誰にも使われない獣は、いずれ誰かに“使われる”」
「選べるうちに、帰る前の場所を作るべきだ」
住民側の空気がまた揺れた。
内部の人間の言葉は、どうしたって刺さる。
完全に賛成へ傾いたわけじゃない。
だが、“絶対反対”の空気は崩れた。
(十分だ)
議論が残るくらいがちょうどいい。
全員が納得してる場なんて、たいてい何も考えてない。
◇
その夜。
学園の屋上。
珍しく四人とも無言だった。
風が少し強い。
「……うまくいったのか?」
レゴシがぽつりと聞く。
「半分な」
「半分?」
「反対は残ってる」
「でも、“放置よりマシかもしれない”って思わせられた」
「最初の一歩としては十分だ」
ハルがフェンスに寄りかかる。
「私、ああいうの嫌い」
「どれだ」
「“責任は俺が取る”ってやつ」
「危なっかしいし、聞いてるこっちが胃に悪い」
「そうか」
「そうだよ」
ハルは少しだけむっとした顔で俺を見る。
「全部一人で抱えるなって意味」
……珍しく、真っ直ぐ来たな。
「抱えてない」
「嘘」
「少なくとも、前よりはマシだ」
ハルは少しだけ視線を逸らした。
多分、完全には納得していない。
だがそこで無理に言い返してこないのが、今のこいつの良さでもある。
ルイが静かに言う。
「施設案は通る可能性が高い」
「ただし、条件がつく」
「何だ」
「初期受け入れ人数の制限」
「外部監査の強化」
「それと――」
ルイがこちらを見る。
「運営責任者の常駐」
レゴシが顔を上げた。
「常駐って……誰が?」
全員の視線が、自然に俺に集まる。
……そうなるよな。
「まあ、妥当だ」
「妥当なの!?」ハル。
「一番面倒な役を押しつけられてるだけだろ」レゴシ。
「だが、一番納得も取りやすい」ルイ。
俺は少し考え、そして頷いた。
「受ける」
「即答!?」ハル。
「別に驚くことじゃない」
「いや、驚くよ!」
レゴシは苦笑していたが、やがて真面目な顔で言った。
「……じゃあ、俺も手伝う」
「お前は学園だろ」
「両方やる」
「簡単に言うな」
「でも必要なんだろ?」
言い返せない。
必要だ。
こいつはもう、“訓練される側”だけじゃない。境界線の上にいる獣として、同じ場所に立てる。
「私も行くからね」
ハルが当然みたいに言う。
「何しにだ」
「空気の悪さを中和しに」
「便利な自己評価だな」
「実際便利でしょ?」
……否定はしない。
ルイは少しだけ笑って、視線を街へ戻した。
「なら私は、表を整える」
「住民対応、議会、予算、学園側の調整」
「頼んだ」
「恩を売る気はない」
「知ってる」
その会話のあと、少しだけ静かな時間が流れた。
街の灯りが遠くに見える。
その中に、まだ手を入れていない歪みがいくつもある。
再参加準備区画ができても、それで全部解決するわけじゃない。
むしろ新しい問題が出るだろう。
受け入れ人数を巡る対立。運営内部の摩擦。住民の監視。逃走。再犯。感情的な衝突。
面倒なことばかりだ。
でも、ようやく一つ分かった。
この世界に必要なのは、“帰る場所”だけじゃない。
帰る前に、止まって、整えて、選び直せる場所だ。
生き方を一度でも間違えた獣に、即座に終わりを宣告するんじゃなく、もう一度社会へ接続し直すための中間地点。
甘い理想じゃない。
むしろ、徹底的に現実的な仕組みだ。
だからこそ、作る意味がある。
――メインクーンの俺が、獣たちに“帰る前の場所”を叩き込んでやる。