転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

15 / 67
第十五話:帰る前の場所

 

 場所を作る。

 言葉にすれば簡単だ。

 だが実際には、建物一つ確保するだけでも面倒が山ほどある。

 土地の所有権。用途変更。管理責任。周辺住民への説明。治安維持計画。予算。人員。監視体制。教育課程との接続。就労先の確保。精神面のケア。食事。医療。記録管理。

 それら全部を一つの箱に押し込んで、ようやく“帰る前の場所”になる。

 

 そして当然――

 

「反対が出た」

 

 ルイが机に書類を置きながら、いつも通りの声で言った。

 

「予想より早いな」

 

 俺はその書類をめくる。

 

 地域住民代表連名の意見書。

 商店会からの懸念表明。

 保護者会の抗議。

 学園内でも一部教師が難色を示している。

 

 書いてあることは、だいたい同じだ。

 

『危険個体を集めるな』

『子どもたちへの悪影響がある』

『更生施設の二の舞になる』

『税金の無駄だ』

『草食獣への配慮が足りない』

『肉食獣を甘やかすな』

 

 ……実に分かりやすい。

 

「いい反対だな」

 

「どこがだ」

 レゴシが壁際で顔をしかめる。

 

「論点が見える」

 

 俺は紙を机に戻した。

 

「感情論だけじゃない。連中が何を恐れてるか、何を損だと思ってるかがちゃんと出てる」

 

「つまり、対処しやすい」

 

「お前、そういう時だけ楽しそうだよな」

 

 ハルがソファから呆れた声を出す。

 

「普段から楽しいぞ」

 

「嘘つけ」

 

 

 ルイが腕を組んだ。

 

「で、どうする」

 

「正面から潰す」

 

「またそれ?」

 ハルが半眼になる。

 

「いや、今回は“潰す”というより“噛み合わせる”だな」

 

「何を」

 

「相手の恐怖と、こっちの利益を」

 

 

 レゴシが少し首を傾げる。

 

「利益……?」

 

「そうだ」

 

 俺は立ち上がってホワイトボードに向かう。

 

「反対するやつは、基本的に“自分に不利益がある”と思ってる」

 

「なら、その逆を見せればいい」

 

 ペンを走らせる。

 

『治安悪化 → 治安改善データ提示』

『危険個体集積 → 選別・監視・段階制管理』

『税金の無駄 → 未登録労働・再犯抑制による損失削減』

『子どもへの悪影響 → 学園本能教育との接続』

『更生施設化への懸念 → 外部監査+三者共同運営』

 

「……なるほど」

 

 ルイが小さく頷く。

 

「恐怖を否定するんじゃなく、上書きするのか」

 

「否定すると拗れる」

 

 俺はホワイトボードを叩く。

 

「“怖いのは分かる。でも放置の方がもっと損だ”って理解させる」

 

「それが一番効率的だ」

 

 

 ハルが頬杖をついたまま言う。

 

「で、その“帰る前の場所”はどこに作るの?」

 

「候補は三つ」

 

 ルイが別の資料を出す。

 

「一つ目、学園外縁の旧演習棟」

 

「二つ目、市管理の空き宿舎」

 

「三つ目、南部再開発区外れの廃倉庫群」

 

 

 俺は即答した。

 

「二つ目だな」

 

「理由は?」

 ルイ。

 

「学園の隣は近すぎる。再開発区は遠すぎる」

 

「市管理宿舎なら、行政との接続もしやすいし、生活導線も現実的だ」

 

「住居として使われてた実績もある」

 

「反対住民は?」

 ハル。

 

「いる」

 

「いるけど、どこだっている」

 

「なら、交通と監視と就労先をまとめて確保しやすい場所を取る方がいい」

 

 

 レゴシが少し考え込む。

 

「でも……そこに入るやつらって、どうやって決めるんだ?」

 

「“再参加準備区画”に入る基準だな」

 

 俺は書類を取り上げる。

 

「基本は三段階」

 

「一、明確な被害者・巻き込まれ枠」

 

「二、違法行為に関与したが、中核ではなく離脱意思あり」

 

「三、監視下での再訓練が必要な要注意枠」

 

「三は危なくないか?」レゴシ。

 

「危ない」

 

「だから監視と制限を強くする」

 

「入れないやつは?」

 ハル。

 

「別枠」

 

「別枠?」

 

「中核犯罪者、再犯意思が強い個体、売買や拉致を主導した個体は対象外」

 

 俺はそこで少しだけ声を落とす。

 

「受け皿は万能じゃない。刑罰が必要なやつまで混ぜると、全部壊れる」

 

 

 レゴシは黙って聞いていた。

 嫌そうな顔を隠さないのは、むしろいい傾向だ。

 こういう区分は、綺麗じゃない。

 綺麗じゃないからこそ、ちゃんと嫌がっておくべきだ。

 

 

 ◇

 

 

 三日後。

 候補地となる市管理宿舎の現地確認が行われた。

 

 古いが頑丈な建物だった。

 二階建ての集合宿舎が三棟。中央に小さな集会室。裏手に資材庫。さらに奥には使われていない菜園跡地まである。

 住むだけなら十分。

 少し手を入れれば、訓練、就労準備、面談、生活指導も回せる。

 

 問題は――

 

「反対派、来てるな」

 

 宿舎前の道路に集まった住民たちを見て、俺は呟いた。

 

 横断幕まである。

 

『危険獣の受け入れ反対』

『子どもたちを守れ』

『行政は責任を取れ』

 

 ……熱心なことだ。

 

「思ったより人数がいる」

 レゴシが低く言う。

 

「そりゃそうだろうね」

 

 ハルが目を細める。

 

「こういうのって、最初に“怖い”が共有されると、一気にまとまるから」

 

 

 ルイは既に行政担当者と話していたが、その顔を見る限り、場の空気はかなり悪い。

 

「ビースターが来たぞ!」

 

 誰かが叫んだ。

 一斉に視線が集まる。

 

 嫌いじゃない空気だ。

 

 

 中年のヤギが前に出てきた。

 住民側の代表らしい。

 

「あなたが、例の……」

 

「そうだ」

 

「まず言っておくが、我々はあなた個人を攻撃したいわけではない」

 

「知ってる」

 

「なら話は早い」

 

 ヤギは胸を張る。

 

「ここに“そういう獣たち”を集めるのは困る」

 

「治安が悪化する」

 

「子どもたちが怖がる」

 

「事故が起きたらどうする」

 

「また更生施設のようなことになるんじゃないのか」

 

 

 周囲から同意の声。

 

 全部、想定内だ。

 

「もっともだな」

 

 

 俺がそう返した瞬間、逆に相手が少し詰まった。

 

「……は?」

 

「言ってることは理解できる」

 

「怖いのも分かる」

 

「失敗例が頭に浮かぶのも当然だ」

 

 

 そこで一歩前に出る。

 

「でも、その上で聞く」

 

「今この街で、“そういう獣たち”がどこにいると思ってる?」

 

 

 ざわ、と空気が揺れる。

 

「え……?」

 

「いないと思ってるのか?」

 

「見えてないだけで、既にいる」

 

「未登録労働、違法流通、仮設宿舎、再開発区の地下、空きビル、高架下」

 

「今のこの街は、“どこにも置き場がない獣たち”を見えないところで使い潰して回してる」

 

 

 住民たちの顔色が変わる。

 嫌な現実を突きつけられた顔だ。

 

「ここに作るのは、“危険を持ち込む施設”じゃない」

 

「今すでに拡散してる危険を、見える場所に引き戻す施設だ」

 

 

 ヤギ代表が眉をひそめる。

 

「……言い換えているだけでは?」

 

「違うな」

 

 俺は指を立てる。

 

「違いは三つ」

 

「一つ、選別する。誰でも入れるわけじゃない」

 

「二つ、監視する。生活、就労、衝動管理、全部記録する」

 

「三つ、出口を作る。居座らせるんじゃなく、働いて出ていく前提にする」

 

 

 さらに資料を一枚、行政担当者から受け取って掲げる。

 

「これは、裏市制度化後と南部摘発後の治安推移だ」

 

「未遂件数、失踪件数、未登録流通の摘発率」

 

「放置した場合と介入した場合、どっちがマシか。数字で見ると分かる」

 

 

 ヤギだけではなく、周囲の住民たちも資料を覗き込むように見ていた。

 

 数字は強い。

 感情を否定しないまま、別の判断軸を滑り込ませられる。

 

「……もし、失敗したら?」

 

 今度は若い母親らしいガゼルが聞いた。

 

「子どもが巻き込まれたら?」

 

「責任は?」

 

 

 俺は迷わなかった。

 

「俺が取る」

 

 

 沈黙。

 

「ビースターとして、俺が前に立つ」

 

「事故が起きた時、運営責任を曖昧にしない」

 

「三者共同運営にして、監査も全部開示する」

 

「それでも不安なら、住民側の見学枠と意見窓口も作る」

 

 

 ここでルイが前へ出た。

 

「補足しよう」

 

 赤鹿の静かな声が、場の空気を少し変える。

 

「この施設ができれば、周辺の警備予算と巡回計画も組み直される」

 

「放置されていた空き宿舎が管理下に置かれ、違法流入の抑止にもなる」

 

「つまり、単なる福祉施策ではない」

 

「地域安全施策でもある」

 

 

 ……いい繋ぎだ。

 さすがに分かってる。

 

 さらに、住民の後方で様子を見ていたあの年配のヤギが、いつの間にか前に来ていた。

 南部の炊き出し場にいたやつだ。

 

「私は、はみ出し者たちの炊き出しをやってる」

 

 その一言で、場がざわつく。

 

「その立場から言わせてもらうが……放っておけば、もっと悪くなるよ」

 

「寝床がなくて、仕事がなくて、誰にも使われない獣は、いずれ誰かに“使われる”」

 

「選べるうちに、帰る前の場所を作るべきだ」

 

 

 住民側の空気がまた揺れた。

 内部の人間の言葉は、どうしたって刺さる。

 

 

 完全に賛成へ傾いたわけじゃない。

 だが、“絶対反対”の空気は崩れた。

 

(十分だ)

 

 議論が残るくらいがちょうどいい。

 全員が納得してる場なんて、たいてい何も考えてない。

 

 

 ◇

 

 

 その夜。

 学園の屋上。

 珍しく四人とも無言だった。

 風が少し強い。

 

「……うまくいったのか?」

 

 レゴシがぽつりと聞く。

 

「半分な」

 

「半分?」

 

「反対は残ってる」

 

「でも、“放置よりマシかもしれない”って思わせられた」

 

「最初の一歩としては十分だ」

 

 

 ハルがフェンスに寄りかかる。

 

「私、ああいうの嫌い」

 

「どれだ」

 

「“責任は俺が取る”ってやつ」

 

「危なっかしいし、聞いてるこっちが胃に悪い」

 

「そうか」

 

「そうだよ」

 

 ハルは少しだけむっとした顔で俺を見る。

 

「全部一人で抱えるなって意味」

 

 

 ……珍しく、真っ直ぐ来たな。

 

「抱えてない」

 

「嘘」

 

「少なくとも、前よりはマシだ」

 

 

 ハルは少しだけ視線を逸らした。

 多分、完全には納得していない。

 だがそこで無理に言い返してこないのが、今のこいつの良さでもある。

 

 

 ルイが静かに言う。

 

「施設案は通る可能性が高い」

 

「ただし、条件がつく」

 

「何だ」

 

「初期受け入れ人数の制限」

 

「外部監査の強化」

 

「それと――」

 

 ルイがこちらを見る。

 

「運営責任者の常駐」

 

 

 レゴシが顔を上げた。

 

「常駐って……誰が?」

 

 

 全員の視線が、自然に俺に集まる。

 

 ……そうなるよな。

 

「まあ、妥当だ」

 

「妥当なの!?」ハル。

 

「一番面倒な役を押しつけられてるだけだろ」レゴシ。

 

「だが、一番納得も取りやすい」ルイ。

 

 

 俺は少し考え、そして頷いた。

 

「受ける」

 

「即答!?」ハル。

 

「別に驚くことじゃない」

 

「いや、驚くよ!」

 

 

 レゴシは苦笑していたが、やがて真面目な顔で言った。

 

「……じゃあ、俺も手伝う」

 

「お前は学園だろ」

 

「両方やる」

 

「簡単に言うな」

 

「でも必要なんだろ?」

 

 

 言い返せない。

 必要だ。

 

 こいつはもう、“訓練される側”だけじゃない。境界線の上にいる獣として、同じ場所に立てる。

 

「私も行くからね」

 

 ハルが当然みたいに言う。

 

「何しにだ」

 

「空気の悪さを中和しに」

 

「便利な自己評価だな」

 

「実際便利でしょ?」

 

 ……否定はしない。

 

 

 ルイは少しだけ笑って、視線を街へ戻した。

 

「なら私は、表を整える」

 

「住民対応、議会、予算、学園側の調整」

 

「頼んだ」

 

「恩を売る気はない」

 

「知ってる」

 

 

 その会話のあと、少しだけ静かな時間が流れた。

 

 街の灯りが遠くに見える。

 その中に、まだ手を入れていない歪みがいくつもある。

 再参加準備区画ができても、それで全部解決するわけじゃない。

 むしろ新しい問題が出るだろう。

 受け入れ人数を巡る対立。運営内部の摩擦。住民の監視。逃走。再犯。感情的な衝突。

 面倒なことばかりだ。

 

 でも、ようやく一つ分かった。

 

 この世界に必要なのは、“帰る場所”だけじゃない。

 帰る前に、止まって、整えて、選び直せる場所だ。

 生き方を一度でも間違えた獣に、即座に終わりを宣告するんじゃなく、もう一度社会へ接続し直すための中間地点。

 

 甘い理想じゃない。

 むしろ、徹底的に現実的な仕組みだ。

 

 だからこそ、作る意味がある。

 

 

 ――メインクーンの俺が、獣たちに“帰る前の場所”を叩き込んでやる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。