転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第十七話:一歩目の証明

 

 成果は、作るものじゃない。

 積み上がるものだ。

 

 そう理解していても――期限がつくと話は変わる。

 

 三ヶ月。

 

 議会が突きつけた試験期間は、短くも長くもない絶妙な長さだった。

 無茶をすれば歪みが出る。

 かといって、悠長に構えていれば“何も変わっていない”と判断される。

 

(つまり、加速しながら崩さない)

 

 面倒極まりない条件だ。

 

 

 ◇

 

 

 リレー区画・第三棟。

 管理室。

 

 壁一面に並ぶ端末と記録パネル。

 各個体の行動ログ、訓練進捗、衝動反応、対人関係、睡眠状態、逃走傾向、再犯リスク。

 

 数字と記号の海。

 

 だが、その中に――

 

「……一つ、上がってきてるな」

 

 俺は一枚のデータを拡大した。

 

『対象番号:W-03(黒狼)

段階評価:第二段階→第三段階移行可

衝動制御成功率:78%(直近5日)

対人衝突:軽微2件(自己抑制あり)

就労訓練適性:高(運搬・組立)』

 

 背後でレゴシが覗き込む。

 

「……あいつか」

 

「そうだ」

 

「でも、まだ完全じゃないだろ」

 

「誰も完全じゃない」

 

 俺は画面を閉じる。

 

「重要なのは、“戻れる方向に進んでいるか”だ」

 

 

 ハルが椅子の背にもたれながら言う。

 

「黒狼ってさ、最初あんな感じだったのにね」

 

「どんな感じだ」

 

「“どうせ俺は外側だ”って顔」

 

 

 ……確かに。

 

 初日に見たあいつの目は、“選ばれなかった側”であることを受け入れきった、諦めの色だった。

 

 今は違う。

 

 まだ濁ってはいるが、その奥に――

 

(選び直そうとしている目)

 

 がある。

 

 

 ルイが資料をめくりながら言う。

 

「議会への中間報告まで、あと十日」

 

「その時点で“候補個体”を提示する必要がある」

 

「分かってる」

 

「黒狼でいくのか?」

 

 

 少しだけ間を置く。

 

「……候補の一つだ」

 

「他は?」

 

「三体」

 

「ガゼルG-12、犬シロ、イノシシB-07」

 

 

 レゴシが驚いた顔をする。

 

「G-12って……逃げかけたやつだろ」

 

「そうだ」

 

「大丈夫なのか?」

 

「だから候補だ」

 

 俺は淡々と返す。

 

「逃げるやつは、“戻りたい気持ち”も強い」

 

「どっちに転ぶかは、最後まで分からない」

 

 

 ハルが腕を組む。

 

「リスク高くない?」

 

「高い」

 

「じゃあ何で」

 

「成功した時の意味が大きい」

 

 

 ルイが小さく頷く。

 

「象徴としては確かに強い」

 

 

 ◇

 

 

 午後。

 第二棟・訓練エリア。

 

 黒狼は、資材運搬の実習をしていた。

 

 木材、金属パーツ、工具箱。

 重量のある物を正確に運び、指定位置に積む。

 

 単純だが重要な訓練だ。

 

 力任せでも、慎重すぎても駄目。

 “制御された出力”が求められる。

 

「遅い」

 

 俺は横から言う。

 

「……分かってる」

 

 黒狼は歯を食いしばる。

 

「分かってるなら修正しろ」

 

「力を抜きすぎてる」

 

 

 黒狼は一度手を止め、呼吸を整えた。

 

 そして再び持ち上げる。

 

 今度は――

 

(いいな)

 

 余計な力みがない。

 動作も滑らかだ。

 

 

「……できた」

 

 黒狼が小さく言う。

 

「当たり前だ」

 

「当たり前じゃねえよ」

 

 

 その返しに、思わず少しだけ口元が緩む。

 

 

 その時だった。

 

 別のエリアで、怒声が上がる。

 

「やめろ!」

 

 

 レゴシの声だ。

 

 

 俺と黒狼は同時にそちらへ向かう。

 

 

 ◇

 

 

 現場では、犬のシロとイノシシB-07が揉み合っていた。

 

 原因は単純。

 作業順の割り込み。

 

 だが、問題はそこじゃない。

 

 シロの目。

 

 瞳孔が開き、呼吸が荒い。

 

(来てるな)

 

 衝動の波。

 

 

「離れろ!」

 

 レゴシが間に入るが、シロは止まらない。

 

「うるせえ!」

 

 前足を振り上げる。

 

 このまま当たれば、骨がいく。

 

 

 その瞬間。

 

 黒狼が動いた。

 

 

 横からシロの腕を叩き落とし、体を押し込む。

 

「止まれ!」

 

 低い声。

 

 

 シロが振り返る。

 

「……あ?」

 

「止まれって言ってんだろ」

 

 

 黒狼の目は揺れていない。

 

 強制でも威圧でもない。

 ただ、“同じ側だったやつ”の声だ。

 

 

「……っ」

 

 シロの動きが一瞬だけ止まる。

 

 その隙にレゴシが距離を取らせる。

 

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 シロはその場に崩れ落ちた。

 

 

 沈黙。

 

 

 俺は黒狼を見る。

 

「……今の、分かってやったのか」

 

「……ああ」

 

 黒狼は短く答えた。

 

「同じ顔してたからな」

 

 

 ……なるほど。

 

 

「評価を上げる」

 

 俺はそう言った。

 

「は?」

 

「衝動制御、他者介入成功」

 

「加点対象だ」

 

 

 黒狼は一瞬呆けた顔をし、そして――

 

「……そうかよ」

 

 小さく笑った。

 

 

 ◇

 

 

 夜。

 

 屋上。

 

 今日は五人いた。

 

 俺、レゴシ、ハル、ルイ、そして――黒狼。

 

「ここに来るの、初めてか」

 

 レゴシが言う。

 

「……ああ」

 

 黒狼はフェンスに寄りかかる。

 

「こんな高いとこ、久しぶりだ」

 

 

 ハルが横からちらっと見る。

 

「落ちるなよ」

 

「落ちねえよ」

 

「分かんないでしょ」

 

「お前は何だ、保護者か」

 

「違う」

 

「じゃあ何だ」

 

「……分かんない」

 

 

 そのやり取りに、レゴシが苦笑する。

 

 

 ルイは静かに口を開いた。

 

「中間報告で、お前の名前が出る可能性がある」

 

 

 黒狼が眉をひそめる。

 

「……は?」

 

「“戻れる個体”の候補としてだ」

 

 

 沈黙。

 

 

「冗談だろ」

 

「冗談なら言わない」

 

 俺が答える。

 

 

 黒狼はしばらく何も言わなかった。

 

 やがて、低く言う。

 

「……俺は」

 

「外側だ」

 

 

 またその言葉だ。

 

「違う」

 

 俺は即座に返す。

 

「お前は“境界線の上”だ」

 

 

 黒狼がこちらを見る。

 

 

「外に落ちるか、中に戻るか」

 

「どっちにも行ける位置だ」

 

「だから候補に上がる」

 

 

 黒狼はゆっくりと目を細めた。

 

「……戻ったら、どうなる」

 

 

 いい質問だ。

 

 

「普通だ」

 

 俺は答える。

 

「働いて、金を稼いで、飯を食って、寝る」

 

「時々問題が起きて、それを処理する」

 

「誰かと関わって、ぶつかって、それでも続ける」

 

 

 少し間を置く。

 

「特別なことは何もない」

 

 

 黒狼は、少しだけ笑った。

 

「……それが、一番遠いんだよ」

 

 

 誰も何も言わなかった。

 

 

 その言葉は、この場にいる全員に刺さる。

 

 

 ハルがぽつりと呟く。

 

「でもさ」

 

「だからって、戻らない理由にはならないでしょ」

 

 

 黒狼が視線を落とす。

 

 

「……そうだな」

 

 

 ◇

 

 

 中間報告まで、あと五日。

 

 区画の空気は、少しずつ変わっていた。

 

 訓練への参加率が上がる。

 無断離脱が減る。

 衝突が起きても、即座に止まるケースが増える。

 

 数字としても、変化は出ている。

 

 だが――

 

(まだ足りない)

 

 

 “証明”には、決定的な一歩が必要だ。

 

 

 ◇

 

 

 その夜。

 

 事件は、予想外の形で起きた。

 

 

 外周センサーが反応。

 

『侵入者検知 西側フェンス』

 

 

 俺は即座に通信を入れる。

 

「全員配置につけ」

 

 

 レゴシ、ハル、警備班が動く。

 

 

 西側へ向かうと――

 

 フェンスの外に、数体の影。

 

 

 そして、そのうちの一体が言った。

 

「……やっぱりここか」

 

 

 声に覚えがあった。

 

 南部で逃げた連中の一部。

 

 

「迎えに来たぞ」

 

 別の声。

 

「戻れよ」

 

 

 フェンス越しに、内部の個体たちがざわつく。

 

 

(最悪のタイミングだな)

 

 

 “外側”が、“内側”を引き戻しに来た。

 

 

 その時。

 

 前に出たのは――

 

 黒狼だった。

 

 

「……帰れ」

 

 

 低い声。

 

 

 外の連中が笑う。

 

「は?」

 

「何言ってんだよ」

 

「お前もこっち側だろ」

 

 

 黒狼は、一歩前に出る。

 

「違う」

 

 

 その一言で、空気が変わった。

 

 

「俺は、ここに残る」

 

 

 フェンス越しに、沈黙。

 

 

「……マジで言ってんのか」

 

「言ってる」

 

 

 黒狼は続ける。

 

「ここは息苦しいし、面倒だし、クソみたいなルールばっかだ」

 

「でもな」

 

 

 少しだけ間を置いて。

 

 

「外よりマシだ」

 

 

 外の連中の顔が歪む。

 

 

「ふざけんな」

 

「裏切る気か」

 

 

「裏切ってねえよ」

 

 黒狼は静かに言う。

 

「選んだだけだ」

 

 

 その瞬間。

 

 外の一体がフェンスを乗り越えようとした。

 

 

「止まれ」

 

 黒狼が言う。

 

 

 だが止まらない。

 

 

 次の瞬間。

 

 黒狼は自分からフェンスへ飛び込んだ。

 

 

 外側へ。

 

 

 そして――

 

 侵入しようとした獣を、叩き落とした。

 

 

 地面に叩きつけられる音。

 

 

 完全な沈黙。

 

 

 黒狼は外側に立ったまま、言う。

 

 

「ここは、“戻る場所”だ」

 

「壊すな」

 

 

 その声は、震えていなかった。

 

 

 外の連中は、しばらく睨み合ったあと――

 

 やがて舌打ちし、闇の中へ消えていった。

 

 

 ◇

 

 

 フェンスの内側へ戻ってきた黒狼に、レゴシが近づく。

 

「……大丈夫か」

 

「大丈夫だ」

 

 

 ハルは腕を組んだまま、じっと見ている。

 

「今の、ポイント高いよ」

 

「ポイントって何だ」

 

「知らない」

 

 

 ルイは静かに言った。

 

「これで、“証明”になる」

 

 

 俺は頷く。

 

 

 そうだ。

 

 これはただの防衛じゃない。

 

 

 “選んだ”証明だ。

 

 

 ◇

 

 

 中間報告当日。

 

 議会室。

 

 重い空気。

 視線。

 期待と疑念が混ざった空間。

 

 

 俺は壇上に立ち、資料を置いた。

 

「三週間の運用結果を報告する」

 

 

 データ。

 数値。

 改善率。

 再発率。

 

 そして――

 

「一体の個体について、実例を提示する」

 

 

 黒狼が前に出る。

 

 

 ざわめき。

 

 

「対象W-03」

 

「南部違法労働拠点より回収」

 

「初期評価:外側寄り」

 

「現在評価:再参加可能圏内」

 

 

 そして、最後に。

 

 

「外部からの引き戻しに対し、自発的に区画防衛を選択」

 

 

 沈黙。

 

 

 それは、どんなデータよりも強い。

 

 

 “戻る”を選んだ証拠。

 

 

 議会の空気が変わる。

 

 

 完全な賛成ではない。

 だが、明確に“揺れた”。

 

 

(十分だ)

 

 

 俺は静かに息を吐く。

 

 

 これで、終わりじゃない。

 

 むしろ始まりだ。

 

 

 ――メインクーンの俺が、“戻る”という選択肢を、この世界に定着させる。

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