転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話 作:微糖コーヒー
翌朝。
教室に漂う空気は、昨日とは明らかに違っていた。
視線が刺さる。
露骨なものもあれば、盗み見るようなものもある。
噂の拡散速度は、どこの世界でも変わらないらしい。
「……おい、あいつだろ?」
「うん、昨日の……肉食獣を一撃で……」
「でも猫だよな? あんなのありえるか?」
ひそひそとした声が、あえて聞こえる距離で交わされる。
俺は特に気にせず、机に頬杖をついた。
(想定通りだな)
恐怖と興味が入り混じった状態。
これは、支配構造が生まれる前段階の典型だ。
(扱い方を間違えれば、孤立か排除。逆に使えば……影響力になる)
俺は軽く視線を巡らせた。
そして――見つける。
教室の端。
背筋を伸ばし、しかしどこか居心地悪そうに座っている灰色の狼。
レゴシ。
彼は周囲のざわめきに気づいていないわけではないが、あえて無関心を装っている。
だが、その内側では――
(抑えてるな)
匂い。
呼吸。
微細な筋肉の緊張。
俺の感覚は、普通の猫のそれではない。
彼の内面の揺らぎが、手に取るように分かる。
(不器用すぎるだろ)
あれでは、いずれ限界が来る。
原作知識がある俺からすれば、ほぼ確定事項だ。
だからこそ――
(接触するタイミングが重要だ)
早すぎれば警戒される。
遅すぎれば、取り返しがつかない。
俺は、椅子から立ち上がった。
ざわ、と空気が揺れる。
そのまま、迷いなくレゴシの席へと向かう。
「……隣、いいか?」
「……え?」
レゴシが顔を上げる。
その目に、一瞬だけ驚きが浮かんだ。
「別に、誰も座ってないだろ」
「あ、ああ……どうぞ……」
ぎこちない返答。
俺はそのまま席に腰を下ろした。
数秒の沈黙。
「……昨日の、見てたか?」
俺が先に切り出す。
「……少しだけ」
レゴシは視線を落としたまま答えた。
「止めたんだな」
「止めただけだ」
「……すごかった」
その言葉には、素直な感情が滲んでいた。
だが同時に――
(自己嫌悪)
“自分にはできない”という思い。
それが、はっきりと伝わってくる。
「お前ならできるだろ」
「……え?」
レゴシが驚いたように顔を上げた。
「いや……俺は……」
「力はある。問題は使い方だ」
俺は淡々と言う。
「抑え込むだけじゃ、いずれ暴発する」
その言葉に、レゴシの身体がわずかに強張った。
「……どうして、そんなこと……」
「分かるからだよ」
俺は軽く肩をすくめる。
「同じ“肉を裂ける側”だ」
「……っ」
レゴシの瞳が揺れる。
「違う、俺は……そんな……」
「否定するな」
俺は、少しだけ声を低くした。
「それが“本能”だ」
その一言で、空気が凍る。
だが俺は続ける。
「問題は、それをどう扱うかだ」
沈黙。
レゴシは何も言わない。
だが、その内側で思考が渦巻いているのが分かる。
(よし、刺さったな)
ここまでで十分だ。
あとは――
「放課後、付き合え」
「……え?」
「トレーニングだ」
「トレーニング……?」
「お前、自分の力を理解してないだろ」
図星だったらしい。
レゴシは言葉に詰まった。
「安心しろ。暴走はさせない」
俺は立ち上がる。
「むしろ、制御できるようにする」
それだけ言って、自分の席に戻った。
◇
放課後。
俺たちは、校舎裏の誰もいない場所にいた。
「……ここで何を?」
レゴシが不安げに尋ねる。
「簡単だ」
俺は軽く指を鳴らした。
「全力で来い」
「……は?」
「遠慮はいらない。むしろ、本気じゃないと意味がない」
「で、でも……」
「大丈夫だ」
俺は笑った。
「俺は、お前より強い」
――その瞬間。
空気が変わった。
レゴシの瞳が、鋭く細まる。
理性が、本能に押し流されかける。
(いい兆候だ)
「来い」
短く言う。
次の瞬間。
レゴシの身体が弾けた。
速い。
だが――
(甘い)
俺は一歩踏み込み、軌道をずらす。
「ぐっ……!」
空振り。
「力任せすぎる」
俺はそのまま、軽く足を引っ掛けた。
レゴシの体勢が崩れる。
「次」
間髪入れずに言う。
レゴシは歯を食いしばり、再び突っ込んでくる。
今度はフェイントを混ぜてきた。
(学習は早いな)
だが、それでも――
“予測可能”だ。
俺は最小限の動きでかわし、手首を掴む。
「力を制御しろ」
そのまま地面に押さえ込む。
「ただ強いだけじゃ意味がない」
「……っ!」
レゴシがもがく。
だが、抜けられない。
「恐怖を抱えたまま戦うな」
俺は静かに言う。
「それは、相手にも伝染する」
数分後。
レゴシは地面に倒れ込み、荒い息を吐いていた。
「……なんで……」
「何がだ?」
「なんで……そんなに、強いんだ……」
少し考えてから、俺は答えた。
「経験だな」
嘘ではない。
ただし、その“経験”はこの世界のものではないが。
「あと、視点」
「視点……?」
「お前は“内側”からしか見てない」
俺は空を見上げた。
「俺は“外側”から見てる」
「……?」
レゴシは意味が分からないという顔をしている。
まあ、当然だ。
(転生者なんて、言っても信じないだろうしな)
「とにかく」
俺は話を切り替えた。
「お前は強くなる」
「……え?」
「ただし、“正しく”な」
レゴシはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……頼む」
(よし)
これで、第一段階はクリアだ。
原作の流れに対する、最初の“介入”。
レゴシが自分の力を制御できれば――
未来は大きく変わる。
◇
数日後。
俺は一人、学園の外れにある“裏市”の情報を集めていた。
(ここが、もう一つの核心だ)
表の社会では禁止されている“肉”。
それが流通する闇市場。
この存在こそが――
この世界の矛盾を象徴している。
「共生、ね……」
思わず笑みが漏れる。
建前と本音。
理性と本能。
その乖離が、ここまで露骨な社会も珍しい。
(なら、ここも触る必要があるな)
ただし――
慎重に。
下手に手を出せば、バランスが一気に崩れる。
だが。
「……面白くなってきた」
俺は静かに呟いた。
レゴシという“変数”。
そして――
俺という“異物”。
この二つが交わった時。
BEASTARSの物語は、確実に別の形へと変質する。
予定調和は、もう存在しない。
俺は、歩き出す。
この世界の“裏側”へ。
――すべてを、見極めるために。