転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第二十三話:見ているもの、見られているもの

 

 視点を増やす。

 

 言葉にすれば単純だ。

 だが、“見られる側”に慣れきった獣に、“見る側”の役割を渡すのは、想像以上に難しい。

 

 見られることには、理由がある。

 選ばれなかった。

 使われた。

 隠された。

 

 だから、見る側に回ることは――

 

 責任を持つことに近い。

 

 それを受け取れる個体は、多くない。

 

 

 ◇

 

 

 翌日。

 ステイ区画の共有スペースに、小さなボードを置いた。

 

『気づいたことを書いていい』

『名前は書かなくていい』

『時間と場所だけでいい』

 

 

 それだけだ。

 

 監視システムでも、報告義務でもない。

 ただの“気づきのメモ”。

 

「これ、意味あるの?」

 

 ハルがボードを見ながら言う。

 

「分からない」

 

「出た」

 

「でも、やる」

 

 

 レゴシが少し考え込んだ。

 

「……書くやつ、いるかな」

 

「最初は少ないだろうな」

 

「じゃあ何で」

 

「“書いてもいい”って状態を先に作る」

 

 

 ルイが横から補足する。

 

「強制ではなく、選択肢として提示するわけだ」

 

「そういうことだ」

 

 

 “やれ”と言われれば拒否反応が出る。

 だが、“やってもいい”なら、余裕がある個体から触り始める。

 

 制度は、最初から全員を動かす必要はない。

 動けるやつから、少しずつ広げればいい。

 

 

 ◇

 

 

 最初に書いたのは、意外にも――

 

 黒狼だった。

 

 

『廊下 夜中 音が一回だけ止まった』

 

 

 短い。

 雑だ。

 だが、十分だ。

 

 

 次に書いたのは、アナグマ。

 

『処置室前 夜 誰もいないのに匂いが変』

 

 

 ……いいな。

 

 感覚が鋭い個体は、こういう時に強い。

 

 

 三つ目は、ミナだった。

 

『共有スペース 夕方 視線を感じる(後ろ)』

 

 

 文字は少し震えていた。

 だが、書いた。

 

 

 ハルがそれを見て、小さく言った。

 

「……ちゃんと広がってるね」

 

「そうだな」

 

 

 レゴシが腕を組む。

 

「でも、これって全部……」

 

「曖昧だな」

 

 俺が続ける。

 

「それでいい」

 

「え?」

 

「最初から“正確な報告”を求めると、誰も書かなくなる」

 

「“気のせいかも”でもいい」

 

 

 ルイが頷く。

 

「情報量より、参加の敷居を下げる方が優先か」

 

「そういうことだ」

 

 

 ◇

 

 

 その夜。

 

 ボードの内容と、モニター記録を突き合わせる。

 

 黒狼の“音が止まった”時間。

 該当箇所を再生。

 

 ……確かに。

 

 換気音が一瞬だけ、消えている。

 

 機械トラブル?

 

 いや――

 

(違う)

 

 完全停止じゃない。

 “遮られた”感じだ。

 

 

 次に、アナグマの匂いの報告。

 

 処置室前。

 

 そこには通常、消毒の匂いしかない。

 

 だが、ログを遡ると――

 

「……外気が混じってるな」

 

 

 レゴシが鼻を近づける。

 

「これ、外の匂いだ」

 

「窓は閉まってる」

 

「でも、どこかで入ってる」

 

 

 そして、ミナの“視線”。

 

 共有スペース。

 

 カメラには何も映っていない。

 

 だが――

 

 ミナが座っていた位置からの死角。

 

 そこに、柱がある。

 

 

 俺はゆっくりと息を吐いた。

 

「……いるな」

 

 

 ハルが眉をひそめる。

 

「何が」

 

「“見てるやつ”だ」

 

 

 ◇

 

 

 翌日、配置を少し変えた。

 

 警備は増やさない。

 その代わり、動線の“見え方”を変える。

 

 柱の位置に小さな鏡を置く。

 死角を潰すんじゃない。

 “見られているかもしれない”状態を作る。

 

 廊下の照明を一部だけ変える。

 完全な均一光から、わずかに濃淡をつける。

 

 影が動けば、逆に目立つ。

 

 そして――

 

「ここ」

 

 俺は黒狼に言う。

 

「昨日の時間帯、ここに立て」

 

「また立つだけか」

 

「そうだ」

 

「楽だな」

 

「楽じゃない」

 

 

 黒狼は少しだけ笑った。

 

「分かってるよ」

 

 

 ◇

 

 

 夜。

 

 午前一時過ぎ。

 

 廊下は静かだった。

 

 アナグマは椅子でうとうとしている。

 ミナは個室。灯りは細い。

 リナはまだ完全には眠れないが、横になっている。

 

 黒狼は、例の位置に立っていた。

 

 

 その時。

 

 

 ――カチ、と。

 

 

 小さな音。

 

 換気音が、一瞬だけ途切れる。

 

 

 黒狼の耳が、ぴくりと動いた。

 

 だが動かない。

 

 視線も変えない。

 

 

 数秒。

 

 

 ――影が、揺れた。

 

 

 柱の裏。

 

 ほんのわずか。

 

 

「……そこか」

 

 

 俺は低く言った。

 

 

 次の瞬間。

 

 黒狼が動いた。

 

 踏み込みは最小。

 だが速い。

 

 

 柱の裏へ――

 

 

 何かが、跳ねた。

 

 

 小さな影。

 

 床を蹴って、廊下の奥へ走る。

 

 

「逃がすな!」

 

 

 レゴシが反応する。

 

 だが、追うのは危険だ。

 

「追うな!」

 

 

 俺が止める。

 

「何で!」

 

「外へ出る動きじゃない!」

 

 

 影は、廊下の途中で――

 

 消えた。

 

 

 いや。

 

 正確には、“見えなくなった”。

 

 

「……いない」

 

 レゴシが低く言う。

 

「どこ行った」

 

 

 俺はゆっくりと周囲を見る。

 

 壁。

 床。

 天井。

 

 

「……中だな」

 

 

 ハルが息を呑む。

 

「中って……施設の?」

 

「そうだ」

 

 

 つまり――

 

 侵入者は、外から来ていない。

 

 最初から、中にいる。

 

 

 ◇

 

 

 詰所に戻る。

 

 全員が黙っていた。

 

 

 ルイが口を開く。

 

「内部協力者か」

 

「可能性は高い」

 

「職員か、利用者か」

 

「どっちもあり得る」

 

 

 ハルが腕を組む。

 

「でもさ」

 

「何だ」

 

「利用者が、そんなことする?」

 

 

 俺は少しだけ考える。

 

「するやつもいる」

 

「でも理由がいる」

 

「何のために?」

 

 

 レゴシがぽつりと言った。

 

「……連れ戻し」

 

 

 全員がそいつを見る。

 

「外のやつらが、中のやつを抜くために」

 

「中に“目”を置く」

 

 

 ……いい線だ。

 

「あるな」

 

 俺は頷く。

 

「特に、価値のある個体」

 

「黒狼みたいな?」

 ハル。

 

「それもある」

 

「他にも、“売れる”やつ」

 

「情報持ってるやつ」

 

 

 ルイが低く言う。

 

「つまり、ステイ区画そのものが“市場”になる可能性か」

 

「そうだ」

 

 

 空気が重くなる。

 

 

 ここは“止める場所”のはずだった。

 

 だが同時に、“流れてきたものが集まる場所”でもある。

 

 そこに価値を見出す連中が出るのは、当然だ。

 

 

 ◇

 

 

 翌朝。

 

 俺はボードの前に立った。

 

 

 新しいメモが増えている。

 

 

『夜 廊下 誰か走った音』

 

『共有 壁の方から気配』

 

『窓 外じゃないのに寒い』

 

 

 数が増えている。

 

 精度は低い。

 だが、方向は揃っている。

 

 

 俺はペンを取り、初めて自分で書いた。

 

 

『見えない動きあり 気づいたらすぐ書け』

 

 

 ハルがそれを見て言う。

 

「プレッシャーかけてない?」

 

「少しは必要だ」

 

「優しくしてるのか厳しくしてるのか分かんないね」

 

「両方だ」

 

 

 レゴシが真顔で言う。

 

「……見つけるのか」

 

「見つける」

 

「どうやって」

 

 

 俺は少しだけ口元を上げた。

 

「向こうも“見てる”なら」

 

「こっちも“見せる”」

 

 

 ルイが目を細める。

 

「……誘う気か」

 

「そうだ」

 

 

 餌を置く。

 

 わざと隙を作る。

 

 “価値のある個体”を、あえて動かす。

 

 

「黒狼」

 

「何だ」

 

「次の段階に上げる」

 

「……は?」

 

 

 ハルが目を丸くする。

 

「ちょっと待って、それ――」

 

「囮だ」

 

 俺ははっきり言った。

 

 

 沈黙。

 

 

 レゴシが低く言う。

 

「危なくないか」

 

「危ない」

 

「でもやるのか」

 

「やる」

 

 

 黒狼はしばらく黙っていたが――

 

「……面白えじゃん」

 

 そう言って笑った。

 

 

 ハルがため息をつく。

 

「ほんと、似た者同士だね」

 

 

 ルイは静かに頷いた。

 

「この手の策は、成功すれば一気に流れを変える」

 

「失敗すれば?」

 

「致命傷だな」

 

 

 ……その通りだ。

 

 

 だが。

 

 

 ここを守るだけでは、いずれ侵食される。

 

 なら――

 

 一度、こちらから仕掛ける。

 

 

 ◇

 

 

 夜。

 

 黒狼は、意図的に“目立つ動き”を取った。

 

 共有スペースに長くいる。

 廊下を一人で歩く。

 裏口に近づく。

 

 

 普段ならやらない行動だ。

 

 だからこそ、“見る側”は反応する。

 

 

 俺とレゴシ、ハル、そして裏で待機するヒグマ。

 

 全員が配置につく。

 

 

 静かな時間。

 

 

 そして――

 

 

 影が動いた。

 

 

 今度は、はっきりと。

 

 黒狼の背後。

 

 床すれすれ。

 

 

「来たな」

 

 

 俺は一歩、踏み出した。

 

 

 影は、黒狼に近づく。

 

 あと一歩。

 

 

 その瞬間――

 

 黒狼が振り向いた。

 

 

 影と、目が合う。

 

 

 止まる。

 

 

 そして――

 

 

「……やっと見つけた」

 

 

 黒狼が、低く言った。

 

 

 次の瞬間。

 

 俺とレゴシが同時に動く。

 

 

 影は逃げようとした。

 

 だが、遅い。

 

 

 押さえ込む。

 

 床に叩きつける。

 

 

 そして――

 

 

「……子どもか」

 

 

 捕まえたのは、小柄な草食獣だった。

 

 まだ若い。

 

 目は怯えているが、どこかで計算もしている。

 

 

 ハルが息を呑む。

 

「この子……」

 

 

 ルイが静かに言う。

 

「内部の“目”だな」

 

 

 俺は、その個体を見下ろした。

 

 

「誰に言われた」

 

 

 沈黙。

 

 

 だが、目が揺れる。

 

 

 外と繋がっている。

 

 

 やはり――

 

 この場所は、もう単なる“保護施設”じゃない。

 

 

 境界線の上にある拠点だ。

 

 

 ◇

 

 

 夜明け前。

 

 俺は一人で廊下に立っていた。

 

 捕まえた個体は、別室で拘束中。

 狐が来るのを待っている。

 

 

 静かだ。

 

 だが、もう“安全な静けさ”じゃない。

 

 

 ここには、外と内が混ざり始めている。

 

 守るだけでは足りない。

 

 見張るだけでも足りない。

 

 

 選別し、切り分け、時には排除する必要がある。

 

 

 それでも――

 

 ここを止めるわけにはいかない。

 

 

 壊れる前の場所は、必ず争いの中心になる。

 

 それでも作る。

 

 それでも維持する。

 

 

 ――メインクーンの俺が、この境界線ごと、次の段階へ押し上げてやる。

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