転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第二十四話:線を引く者

 

 境界線の上に立つなら、線は自分で引くしかない。

 

 誰かが引いた線は、都合で動く。

 制度も、正義も、感情も。

 全部が揺れる。

 

 だから、ここで守るべき線は――

 

 “何を中に入れるか”じゃない。

 “何を中に残すか”だ。

 

 

 ◇

 

 

 捕まえた個体は、リスだった。

 

 年齢は若い。十代後半。

 体格も小さい。筋力もない。

 

 だが、目だけが妙に冷静だった。

 

「名前」

 

 俺が聞くと、数秒遅れて答えが返る。

 

「……ノエル」

 

「いつからここにいる」

 

「三日前」

 

 

 ……一致するな。

 

「誰に言われた」

 

 

 沈黙。

 

 

 ハルが横で小さく言う。

 

「ねえ、無理に詰めない方がいいんじゃない?」

 

「無理はしてない」

 

「してる顔だよ、それ」

 

 

 ……顔はどうでもいい。

 

 

 レゴシが少しだけ前に出た。

 

「怖いなら、無理に言わなくていい」

 

 

 ノエルの目が、わずかに揺れる。

 

 だが、次に出た言葉は――

 

「怖くない」

 

 

 即答。

 

 

 ルイが低く言う。

 

「……訓練されているな」

 

「そうだな」

 

 

 ただの使い走りじゃない。

 

 “見て、報告する”ことに慣れている。

 

 

「何を見てた」

 

 俺が続ける。

 

「動き」

 

「誰の」

 

「全部」

 

 

 ……徹底してるな。

 

 

「報告先は」

 

「言えない」

 

 

 当然だ。

 

 だが、目は泳いでいない。

 

 恐怖じゃなく、線引きで黙っている。

 

 

 俺は少しだけ視線を落とした。

 

「ここがどういう場所か、分かってるか」

 

 

 ノエルは一瞬だけ迷い、やがて言った。

 

「……止まる場所」

 

「誰がそう言った」

 

「中の人たちが」

 

 

 ……見ていた、ということか。

 

 

「じゃあ、何でその場所を崩す側にいる」

 

 

 沈黙。

 

 

 今度は、わずかに呼吸が乱れた。

 

 

「……崩してない」

 

「情報を流してるだけ」

 

「それが崩すことになる」

 

「関係ない」

 

 

 冷たい言い方だ。

 

 だが――

 

 完全に割り切れているわけでもない。

 

 

 ハルが一歩前に出た。

 

「ねえ」

 

「何」

 

 ノエルが答える。

 

「ここで、何かされた?」

 

 

 ノエルの目が、わずかに細くなる。

 

「何も」

 

「本当に?」

 

「……」

 

 

 数秒。

 

 

「……何もされてない」

 

「じゃあ何で」

 

 

 ハルは続けない。

 

 問いを投げたまま、止める。

 

 

 ノエルの指先が、わずかに震えた。

 

 

「……外の方が、分かりやすいから」

 

 

 小さな声。

 

 

「どういう意味だ」

 

 俺が聞く。

 

 

「ここは……曖昧」

 

 

 ノエルはゆっくり言う。

 

「外は、“やるかやらないか”だけ」

 

「失敗したら終わり」

 

「成功したら続く」

 

 

 視線が、少しだけ揺れる。

 

 

「でもここは……」

 

 

 言葉が止まる。

 

 

「……どっちでもいいって言われる」

 

「止まっていいって言われる」

 

「決めなくていいって言われる」

 

 

 息が浅くなる。

 

 

「……分からなくなる」

 

 

 ◇

 

 

 沈黙が落ちた。

 

 

 レゴシが、ぽつりと呟く。

 

「……それ、怖いか」

 

 

 ノエルは答えない。

 

 だが、視線がわずかに下がる。

 

 

 ハルが小さく息を吐いた。

 

「そっか」

 

 

 ルイが腕を組む。

 

「“自由”が不安定要素になるタイプか」

 

「そうだな」

 

 

 俺は、ゆっくりとノエルの前に立つ。

 

 

「お前は、線がないと動けない」

 

 

 ノエルの目が、こちらを見る。

 

 

「外は分かりやすい」

 

「命令がある」

 

「結果がある」

 

「だから動ける」

 

 

 俺は続ける。

 

「ここは違う」

 

「選べる」

 

「止まれる」

 

「決めなくていい」

 

 

 少しだけ間を置く。

 

 

「だから、怖い」

 

 

 ノエルの呼吸が、一瞬止まった。

 

 

 ……図星だ。

 

 

「じゃあ、どうすればいいんですか」

 

 

 初めて、“問い”が出た。

 

 

 俺は短く答える。

 

「線を作る」

 

 

「……自分で?」

 

 

「そうだ」

 

 

「無理です」

 

 即答。

 

 

「最初からは無理だな」

 

「じゃあ」

 

 

「借りろ」

 

 

 ノエルが目を瞬かせる。

 

 

「ここには、仮の線がある」

 

 

 俺は指で床を軽く叩く。

 

 

「時間」

 

「場所」

 

「やること」

 

 

「それをなぞれ」

 

「自分で引けるようになるまで」

 

 

 ノエルは黙った。

 

 

 しばらくして、小さく言う。

 

「……それ、守ったら」

 

「守らなかったら」

 

「どうなりますか」

 

 

 いい質問だ。

 

 

 俺は即答した。

 

「守らなくても、すぐには何も起きない」

 

 

 ノエルの目が揺れる。

 

 

「でもな」

 

 俺は続ける。

 

「守らないと、“ここにいる意味”がなくなる」

 

 

 静寂。

 

 

「……外と同じ?」

 

 

「違う」

 

 俺は首を振る。

 

 

「外は、守らなかったら終わりだ」

 

「ここは、守らなくても終わらない」

 

「でも、進まない」

 

 

 ノエルは、その言葉を飲み込むように黙った。

 

 

 ◇

 

 

 尋問――というより対話は、そこで終わらせた。

 

 これ以上は逆効果だ。

 

 

 ノエルは拘束を解かれ、別室へ移された。

 

 完全な自由ではない。

 だが、完全な隔離でもない。

 

 “境界線の内側”に留める形だ。

 

 

 詰所に戻る。

 

 

 ハルが椅子に座り込んだ。

 

「……ややこしいね」

 

「いつものことだ」

 

「今回はちょっと違う」

 

 

 レゴシが頷く。

 

「悪いことしてるのに、全部が悪いわけじゃない感じ」

 

 

 ルイが静かに言う。

 

「構造的には、完全に“外の延長”だ」

 

「だが心理的には、“ここに適応できない個体”でもある」

 

 

 俺は腕を組んだ。

 

「つまり」

 

「切るか、残すかだな」

 

 

 ハルが顔を上げる。

 

「切るって、追い出すの?」

 

「そうだ」

 

「残すなら?」

 

「中で管理する」

 

 

 沈黙。

 

 

 レゴシが低く言う。

 

「……どっちにする」

 

 

 俺は少しだけ考えた。

 

 

 ここは“止まる場所”だ。

 

 だが同時に、“利用される場所”にもなり得る。

 

 全部受け入れれば、崩壊する。

 

 全部切れば、本来止まれたはずの個体も落ちる。

 

 

(線を引くか)

 

 

 俺は顔を上げた。

 

「残す」

 

 

 ハルが目を見開く。

 

「マジで?」

 

「条件付きだ」

 

 

 ルイが口元を上げる。

 

「ほう」

 

 

「ノエルは、“見る側”に回す」

 

 

 レゴシが驚く。

 

「は?」

 

 

「監視役にする」

 

 

 沈黙。

 

 

 ハルが頭を抱えた。

 

「いやいやいや、ちょっと待って」

 

「裏切り者を、見張りにするの?」

 

「そうだ」

 

 

 ルイが低く笑う。

 

「面白い」

 

「理屈は通っている」

 

 

 レゴシはまだ納得していない。

 

「でも、それって危なくないか」

 

「危ない」

 

「じゃあ何で」

 

 

 俺は短く言った。

 

「一番、“見る目”を持ってるからだ」

 

 

 静寂。

 

 

「外の視点を知ってる」

 

「内の動きも見てる」

 

「そして、“曖昧さが怖い”」

 

 

 少しだけ間を置く。

 

 

「だから、線を渡せば動ける」

 

 

 ハルが小さく息を吐いた。

 

「……なるほどね」

 

 

 レゴシはまだ悩んでいる顔だったが、やがて頷いた。

 

「……やるなら、俺も見る」

 

「当然だ」

 

 

 ◇

 

 

 その夜。

 

 ノエルは、再び共有スペースに立っていた。

 

 今度は、捕まえられた側じゃない。

 

 “見る側”として。

 

 

「ここに立て」

 

 俺は言う。

 

「はい」

 

 

 声はまだ硬い。

 

 

「見るのは、“異常”じゃない」

 

 

 ノエルが顔を上げる。

 

 

「“違和感”だ」

 

 

「違和感……」

 

 

「気のせいでもいい」

 

「でも書け」

 

 

 ノエルは、ボードの方を見た。

 

 

「……分かりました」

 

 

 その瞬間。

 

 

 俺は、はっきりと感じた。

 

 

 この場所が、一段階変わったことを。

 

 

 守るだけの場所じゃない。

 

 選ぶだけの場所でもない。

 

 

 “関わる場所”になった。

 

 

 ◇

 

 

 夜明け前。

 

 廊下は静かだった。

 

 だが、もう前とは違う。

 

 

 誰かが見ている。

 

 誰かが気づいている。

 

 誰かが書こうとしている。

 

 

 それだけで――

 

 この場所の“質”は変わる。

 

 

 壊れる前の場所は、もう一歩進んだ。

 

 

 ――メインクーンの俺が、この境界線に、“関わる獣”を増やしてやる。

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