転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第二十五話:測ること、測らないこと

 

 関わる者が増えた場所は、強くなる。

 

 だが同時に――

 

 壊れ方も複雑になる。

 

 

 ◇

 

 

 ノエルを“見る側”に回してから、三日。

 

 ボードの密度が、明らかに変わった。

 

 

『東廊下 夜 音が二回止まった(前より長い)』

『共有 柱の影 動きが“遅い”』

『裏口 匂いが外じゃない(中の匂いが外に出てる?)』

 

 

 精度が上がっている。

 

 曖昧さは残っているが、“比較”が入り始めた。

 

 前と違う。

 長い。

 遅い。

 

 

「……見えてきたな」

 

 俺が言うと、ルイが頷く。

 

「個体差のある報告から、“傾向”へ変わっている」

 

「ノエルの影響だな」

 

「そうだろうな」

 

 

 ハルがボードを見ながら言う。

 

「なんかさ」

 

「何だ」

 

「“観察されてる側”が、“観察する側”になってる感じ」

 

「そうだ」

 

「ちょっと怖いね」

 

「知ってる」

 

 

 レゴシが腕を組む。

 

「でも、それで分かるなら……いいのか」

 

「いいかどうかは後で決める」

 

「今は?」

 

「使う」

 

 

 ◇

 

 

 その夜。

 

 俺たちは一つ、試した。

 

 

 “何も起こさない時間”を作る。

 

 

 普段は、巡回も声かけもある。

 小さな刺激が常に流れている。

 

 だが、その時間だけは――

 

 完全に止める。

 

 

 灯りはそのまま。

 だが巡回はなし。

 声もかけない。

 足音も立てない。

 

 

「これ、意味あるの?」

 

 ハルが小声で言う。

 

「ある」

 

「どういう」

 

「“何もない状態”で、何が動くかを見る」

 

 

 レゴシが小さく息を吐く。

 

「……嫌な実験だな」

 

「知ってる」

 

 

 ◇

 

 

 午前二時。

 

 施設は、完全に静まっていた。

 

 

 アナグマは椅子で眠っている。

 ミナは個室。呼吸は安定している。

 リナは浅い眠り。

 

 

 ノエルは、共有スペースの端に立っていた。

 

 動かない。

 

 だが、目だけが動いている。

 

 

(いいな)

 

 完全に“見る側”に入っている。

 

 

 そして――

 

 

 来た。

 

 

 柱の影。

 

 ゆっくりと、這うように動く。

 

 

 前よりも明確だ。

 

 “何も起きていない時間”だからこそ、逆に浮き上がる。

 

 

「……今」

 

 ノエルが小さく言う。

 

 

 黒狼がわずかに視線を動かす。

 

 だが動かない。

 

 

 影は、共有スペースの中央へ向かう。

 

 標的は――

 

 リナ。

 

 

(やっぱりな)

 

 

 状態の悪い個体。

 外へ戻せば価値がある。

 

 

 影が、リナに手を伸ばす。

 

 

 その瞬間――

 

 

「そこまでだ」

 

 

 俺が踏み出した。

 

 

 影が跳ねる。

 

 だが、今度は遅い。

 

 

 レゴシが横から封じる。

 黒狼が後ろを取る。

 

 

 床に押さえつける。

 

 

「……っ!」

 

 

 影の正体が露わになる。

 

 

 ――草食獣。

 

 だが、ノエルとは違う。

 

 体格は中型。

 筋肉の付き方が、一般の利用者と違う。

 

 

「……お前か」

 

 

 俺は低く言った。

 

 

 そいつは、笑った。

 

 

「やっとバレたか」

 

 

 ◇

 

 

 詰所。

 

 捕まえた個体は、シカだった。

 

 年齢は二十代後半。

 記録上は、二日前に受け入れられた“軽度のストレス反応個体”。

 

 だが――

 

 その実態は、明らかに違う。

 

 

「最初から仕込まれてたな」

 

 ルイが言う。

 

「間違いない」

 

 俺は頷く。

 

 

「ノエルは“観測役”」

 

「こいつは“回収役”だ」

 

 

 ハルが眉をひそめる。

 

「役割分担してるってこと?」

 

「そうだ」

 

 

 レゴシが低く言う。

 

「……組織的だな」

 

「当然だ」

 

 

 ここは、価値のある個体が集まる場所だ。

 

 狙われない方がおかしい。

 

 

「誰の指示だ」

 

 俺がシカに聞く。

 

 

 シカは笑ったままだ。

 

「答えると思うか?」

 

「思ってない」

 

 

 俺は即答する。

 

「だから別のことを聞く」

 

 

 少しだけ前に出る。

 

 

「何人いる」

 

 

 沈黙。

 

 

 だが――

 

 わずかに、目が揺れた。

 

 

(複数だな)

 

 

 ◇

 

 

 尋問は長引かなかった。

 

 答えは引き出せない。

 だが、情報は取れる。

 

 

 ノエル。

 シカ。

 

 少なくとも二系統。

 

 そして、役割が違う。

 

 

「……中に、まだいるな」

 

 レゴシが言う。

 

「いる」

 

 

 ハルが腕を組む。

 

「どうするの」

 

 

 俺は少しだけ考えた。

 

 

 ここで全員を洗い出そうとすれば――

 

 ステイ区画そのものが崩れる。

 

 疑心暗鬼。

 監視の強化。

 利用者同士の分断。

 

 

 それは、“止まる場所”の崩壊だ。

 

 

(やるなら――)

 

 

「切り分ける」

 

 

 ルイが目を細める。

 

「どうやって」

 

 

「“関わる側”を固定する」

 

 

 ハルが首を傾げる。

 

「固定?」

 

 

「見る側、書く側、動く側」

 

「役割を明確にする」

 

 

「それで?」

 

 

「外から来た“役割持ち”は、必ずズレる」

 

 

 レゴシが理解した顔をする。

 

「……自然な動きじゃなくなる」

 

 

「そうだ」

 

 

 ◇

 

 

 翌日。

 

 ステイ区画に、新しいルールを入れた。

 

 

『見守り時間を分ける』

『担当を明確にする』

『共有スペースに必ず二体以上』

 

 

 簡単なことだ。

 

 だが――

 

 “自由に動ける余地”を減らす。

 

 

 ノエルは、その変更をすぐに理解した。

 

「……そういうことか」

 

 

「何が分かった」

 

 俺が聞く。

 

 

「“自由に動ける人”が怪しい」

 

 

 いいな。

 

 

「その通りだ」

 

 

 ◇

 

 

 夜。

 

 新しい体制での初日。

 

 

 共有スペースには、常に三体。

 

 ミナ、アナグマ、ノエル。

 

 黒狼は動線上。

 

 レゴシは巡回。

 

 

 そして――

 

 俺は、影を待つ。

 

 

 静かな時間。

 

 

 だが、違和感がある。

 

 

 “動きがない”違和感。

 

 

(来ないな)

 

 

 当然だ。

 

 動きづらくなっている。

 

 

 だが――

 

 それで終わりじゃない。

 

 

 こういう連中は、必ず別の手を使う。

 

 

 その時。

 

 

 ――カタン。

 

 

 小さな音。

 

 

 共有スペースの端。

 

 

 ミナの手から、カップが落ちた。

 

 

「……え?」

 

 

 ミナが、自分の手を見ている。

 

 

 震えている。

 

 

 だが、それだけじゃない。

 

 

 目が、違う。

 

 

「ミナ?」

 

 ハルが声をかける。

 

 

 ミナは、ゆっくりと顔を上げた。

 

 

「……見えた」

 

 

 小さな声。

 

 

「何が」

 

 

「“線”」

 

 

 その瞬間。

 

 

 俺の背筋に、ぞくりとしたものが走った。

 

 

 ◇

 

 

 ミナは、震えながら言った。

 

「ここ……線がある」

 

「動くと、分かる」

 

「どこが“中”で、どこが“外”か」

 

 

 レゴシが息を呑む。

 

 

「それって……」

 

 

 ルイが低く言う。

 

「認識の変化だ」

 

 

 ハルがミナに近づく。

 

「怖い?」

 

 

 ミナは少しだけ考えて――

 

 

「……怖くない」

 

 

 そう答えた。

 

 

 ◇

 

 

 その夜。

 

 影は、現れなかった。

 

 

 だが、それでいい。

 

 

 “見る側”が増えた。

 

 

 ノエル。

 黒狼。

 そして――ミナ。

 

 

 線を“なぞる側”から、“見える側”へ。

 

 

 ステイ区画は、また一段階変わった。

 

 

 ただ守る場所でも。

 ただ止まる場所でもない。

 

 

 “測る場所”になった。

 

 

 何が危険で。

 何が曖昧で。

 何がまだ壊れていないか。

 

 

 それを、内側から測る。

 

 

 そして俺は、理解する。

 

 

 ここから先は――

 

 もう“保護”だけじゃ足りない。

 

 

 選別と、淘汰。

 

 

 それが、必要になる。

 

 

 ――メインクーンの俺が、この場所に、“測る目”と“切る線”を与えてやる。

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