転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第二十六話:外側から来る者

 

 線を引いた場所には、必ず外から干渉が来る。

 

 それは敵だけじゃない。

 

 制度そのものも、干渉してくる。

 

 午後。

 ステイ区画の正面に、一台の公用車が止まった。

 

「……来たな」

 

 ルイが小さく言う。

 

「例の?」

 ハル。

 

「ああ。“監査”だ」

 

 

 ドアが開く。

 

 降りてきたのは、一体の雌の獣。

 

 中型。

 細身。

 無駄のない動き。

 

 種族は――

 

「……サーバルか」

 

 レゴシが呟く。

 

 

 短い金色の体毛に、黒い斑点。

 耳が高く、視線が鋭い。

 

 だが、その動きは獣というより――

 

 仕事をする個体のそれだ。

 

 

 女は一歩、こちらへ歩いてきて――

 

「初めまして」

 

 簡潔に頭を下げた。

 

 

「監査局・外部調整官、イオリです」

 

 

 声は落ち着いている。

 だが柔らかすぎない。

 

 

「……来るのが早いな」

 

 俺が言う。

 

「問題が起きているので」

 

 即答。

 

 

 ハルが小さく笑う。

 

「遠慮ないね」

 

「必要ないので」

 

 

 ……いいな。

 

 無駄な装飾がない。

 

 

「中を見る」

 

 俺は言う。

 

「どうぞ」

 

 イオリは頷いた。

 

 

 ◇

 

 

 施設内。

 

 イオリは、ほとんど無言で歩いた。

 

 見る。

 

 ただそれだけ。

 

 

 だが、その“見る”が普通じゃない。

 

 床。

 壁。

 距離。

 配置。

 

 そして――

 

 利用者の“反応”。

 

 

 ミナの前で、わずかに歩幅を変える。

 アナグマの視界に入る角度を調整する。

 リナの呼吸に合わせて足音を消す。

 

 

 ……分かってるな。

 

 

「どう見る」

 

 俺が聞く。

 

 

 イオリは立ち止まり、短く答えた。

 

「機能しています」

 

 

「だが?」

 

 

「崩れかけています」

 

 

 ルイが小さく笑う。

 

「正直だな」

 

 

「事実なので」

 

 

 ◇

 

 

 共有スペース。

 

 ボードの前で、イオリは初めて少しだけ長く立ち止まった。

 

 

『音が止まった』

『影が遅い』

『視線』

 

 

 書かれたメモを、一つずつ読む。

 

 

「……面白い」

 

 

 ぽつりと呟いた。

 

 

「何がだ」

 

 

「“利用者が観測している”」

 

 

 こちらを見る。

 

 

「これはあなたの設計ですか?」

 

 

「そうだ」

 

 

「……危険ですね」

 

 

 即答。

 

 

 ハルが眉をひそめる。

 

「どの辺が?」

 

 

「役割を与えると、個体は“そこに適応しようとする”」

 

「適応の仕方を誤ると、壊れ方が加速します」

 

 

 ……いい指摘だ。

 

 

「だから段階を踏んでる」

 

 

「踏み切れていません」

 

 

 俺を見る目が、少しだけ鋭くなる。

 

 

「今は“観測”と“関与”が混ざっている」

 

「線が曖昧です」

 

 

 ……そこまで見るか。

 

 

 ルイが口を挟む。

 

「では、どう切る」

 

 

 イオリは少しだけ考え――

 

 

「役割を一つに絞る」

 

 

「観測なら観測だけ」

 

「関与なら関与だけ」

 

 

「中途半端が一番危険です」

 

 

 ◇

 

 

 詰所。

 

 全員が揃う。

 

 

 イオリは資料も出さずに言った。

 

「内部侵入の件」

 

「把握しています」

 

 

「対応は?」

 

 

「捕まえた」

 

 俺が答える。

 

 

「それだけでは不十分です」

 

 

「分かってる」

 

 

「分かっていて、次が遅い」

 

 

 ……容赦ないな。

 

 

 レゴシが少しだけ前に出る。

 

「じゃあ、どうすればいい」

 

 

 イオリはレゴシを見た。

 

 その視線は、一瞬だけ“肉食を見る目”になる。

 

 だがすぐに戻る。

 

 

「あなたは止める側ですか?」

 

 

「……そうだ」

 

 

「なら、“止め方”を限定してください」

 

 

「限定?」

 

 

「全部止めようとすると、全部漏れる」

 

 

 ……正しい。

 

 

「優先順位を決める」

 

 

 イオリは続ける。

 

 

「回収を防ぐのか」

「情報流出を防ぐのか」

「内部崩壊を防ぐのか」

 

 

「全部は無理です」

 

 

 沈黙。

 

 

 ハルがぽつりと呟く。

 

「……選べってことか」

 

 

「そうです」

 

 

 イオリは即答した。

 

 

 ◇

 

 

 夜。

 

 屋上。

 

 

 イオリは一人で立っていた。

 

 風が少し強い。

 

 

「何してる」

 

 俺が後ろから言う。

 

 

「見ています」

 

 

「何を」

 

 

「ここが、どこまで持つか」

 

 

 ……評価か。

 

 

「で?」

 

 

「持ちます」

 

 

「根拠は」

 

 

「あなたがいるので」

 

 

 即答。

 

 

 俺は少しだけ目を細める。

 

 

「随分簡単に言うな」

 

 

「簡単な話です」

 

 

 イオリは振り返る。

 

 

「あなたは、“切れる”」

 

 

 静かな声。

 

 

「だから、崩壊はしない」

 

 

 数秒の沈黙。

 

 

「だが」

 

 

 続ける。

 

 

「“切りすぎる”可能性がある」

 

 

 ……なるほど。

 

 

「その時、止めるのが私の役目です」

 

 

 まっすぐな視線。

 

 

 ハルとは違う。

 ルイとも違う。

 

 

 判断を否定しない。だが、調整する。

 

 

(……使えるな)

 

 

「勝手に役割を決めるな」

 

 

「必要なので」

 

 

「断ったら?」

 

 

「別の形で入ります」

 

 

 ……面倒だな。

 

 

 だが――

 

 

「いいだろう」

 

 

 俺は言った。

 

 

「入れ」

 

 

 イオリはわずかに頷いた。

 

 

 ◇

 

 

 その夜。

 

 ステイ区画の構造は、また一つ変わった。

 

 

 主人公――構造と切断

 ルイ――制度と交渉

 ハル――感情と翻訳

 レゴシ――抑制と実行

 黒狼――境界の実例

 ノエル――観測の目

 

 そして――

 

 イオリ――調整と制御

 

 

 全てが揃い始めている。

 

 

 だが同時に。

 

 

 揃ったものは――

 

 必ず、試される。

 

 

 ――メインクーンの俺が、この場所に“止めるだけじゃない手”を加えてやる。

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