転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話 作:微糖コーヒー
守るために壊す。
言葉としては簡単だ。
だが実際にやると――
どこまで壊していいのか分からなくなる。
朝。
詰所に全員が集まる。
昨夜の“音”の件で、空気は重い。
「外からの干渉で間違いない」
イオリが端的に言った。
「周波数を絞った微弱音。個体差で知覚されるタイプです」
ハルが眉をひそめる。
「そんなの……どうやって防ぐの」
「完全防御は無理です」
イオリは即答する。
「だから“個体側で受け流す設計”にする」
レゴシが顔を上げる。
「……慣れさせるのか?」
「違います」
イオリは首を振る。
「“一つの音に固定させる”」
俺が続ける。
「外からのノイズを、“既存の環境音”に埋める」
ルイが頷く。
「なるほど。刺激を消すのではなく、意味を変えるわけか」
「そうだ」
◇
対策はすぐに入れた。
・環境音の統一
・個室ごとの微調整
・“安心音”の固定化
ミナには、昨夜の音に近い周波数をあえて流す。
だが、それは“制御された音”だ。
「……これ」
ミナが小さく言う。
「同じ音?」
「似てる」
「でも、違う」
その言葉に、ハルが少しだけ笑った。
「それでいい」
俺は頷く。
“違うと分かること”が重要だ。
◇
一方で――
別の問題も動いていた。
ノエルだ。
共有スペースの端で、ボードを見ている。
「……何かあるか」
俺が声をかける。
ノエルは少しだけ迷ってから言った。
「増えてる」
「何が」
「“違和感の質”」
……いいな。
「どう違う」
「前は“外から来る感じ”だった」
「今は……“中でズレてる感じ”」
ルイが低く言う。
「内部か」
ノエルは頷いた。
「でも、分からない」
「誰かがやってるのか」
「それとも、勝手にそうなってるのか」
……そこか。
◇
詰所に戻る。
「内部崩壊の兆候だな」
ルイ。
「侵入だけじゃない」
イオリ。
「“役割の歪み”が出ている」
ハルが首を傾げる。
「どういうこと?」
「観測者が観測に引っ張られる」
イオリは静かに言う。
「“見ようとしすぎる”」
レゴシが息を呑む。
「……それって」
「壊れ方の一種です」
◇
夕方。
その兆候は、すぐに表れた。
アナグマだ。
共有スペースで、壁を見続けている。
「何してる」
「……動く」
小さな声。
「何が」
「影」
だが、そこには何もない。
レゴシが低く言う。
「……いない」
「いる」
アナグマの声が、少しだけ荒くなる。
「ずっと見てると、分かる」
……来たな。
観測過多。
見続けることで、存在しないものを拾い始める。
「座れ」
俺が短く言う。
アナグマは反応しない。
「座れ」
もう一度。
今度は、ゆっくりと腰を下ろした。
「見るな」
「……無理だ」
「なら、“見方を変えろ”」
沈黙。
「何を数える」
アナグマの目が揺れる。
「……何を」
「影じゃない」
「音でもない」
少しだけ間を置く。
「呼吸だ」
◇
ハルがすぐに横に座る。
「一緒にやる?」
アナグマは答えない。
だが、拒否もしない。
「吸って」
「吐いて」
ゆっくりとしたリズム。
レゴシが少し離れて見ている。
数分。
アナグマの視線が、壁から外れる。
「……消えた」
小さな声。
「最初からいない」
俺が言う。
「でも、“見方”で変わる」
◇
詰所。
「観測者の制御が必要だな」
ルイ。
「そうだ」
「どこまでやる」
その問いに、少しだけ考える。
ここで強く制限すれば――
“見る側”は死ぬ。
だが放置すれば――
壊れる。
(……線だな)
「時間制限を入れる」
ハルが顔を上げる。
「観測の?」
「そうだ」
「“見る時間”を区切る」
「それ以外は見ない」
イオリが頷く。
「役割の固定ですね」
「そうだ」
◇
その夜。
新しいルールが入る。
・観測時間の制限
・交代制
・非観測時間の明確化
ノエルは、それをすぐに理解した。
「……楽になる」
「何が」
「ずっと見なくていい」
……正直だな。
◇
だが――
問題は、そこでは終わらなかった。
深夜。
黒狼が、裏口付近で止まる。
「……匂いが変だ」
低い声。
俺とレゴシがすぐに動く。
裏口。
空気が、わずかに違う。
「外じゃない」
レゴシが言う。
「中だ」
扉の隙間。
そこから――
紙が差し込まれている。
拾う。
小さな紙片。
そこに書かれていたのは――
『次は“内側”から壊す』
沈黙。
ハルが小さく言う。
「……宣戦布告?」
ルイが低く笑う。
「あるいは、忠告だな」
イオリが静かに言った。
「どちらでも同じです」
「崩す意思がある」
◇
俺は紙を握り潰した。
外からの侵入。
内部の観測崩壊。
精神干渉。
全部、繋がっている。
そして――
次は、もっと深い。
「……いいだろう」
俺は小さく言った。
「やるなら、やらせる」
レゴシが顔を上げる。
「どうする」
俺は答える。
「“内側”を切る準備をする」
ハルが息を呑む。
「……誰を?」
少しだけ、間を置く。
「必要なら、誰でもだ」
静寂。
この場所は、もう戻れない。
守るだけの段階は終わった。
選ぶ。
残す。
切る。
全部、やる。
――メインクーンの俺が、この場所の“内側ごと”、守る価値があるか測ってやる。