転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第二十八話:切る対象、残す理由

 

 守るために壊す。

 

 言葉としては簡単だ。

 だが実際にやると――

 

 どこまで壊していいのか分からなくなる。

 

 朝。

 

 詰所に全員が集まる。

 

 昨夜の“音”の件で、空気は重い。

 

「外からの干渉で間違いない」

 

 イオリが端的に言った。

 

「周波数を絞った微弱音。個体差で知覚されるタイプです」

 

 

 ハルが眉をひそめる。

 

「そんなの……どうやって防ぐの」

 

 

「完全防御は無理です」

 

 イオリは即答する。

 

「だから“個体側で受け流す設計”にする」

 

 

 レゴシが顔を上げる。

 

「……慣れさせるのか?」

 

 

「違います」

 

 イオリは首を振る。

 

「“一つの音に固定させる”」

 

 

 俺が続ける。

 

「外からのノイズを、“既存の環境音”に埋める」

 

 

 ルイが頷く。

 

「なるほど。刺激を消すのではなく、意味を変えるわけか」

 

 

「そうだ」

 

 

 ◇

 

 

 対策はすぐに入れた。

 

 ・環境音の統一

 ・個室ごとの微調整

 ・“安心音”の固定化

 

 

 ミナには、昨夜の音に近い周波数をあえて流す。

 

 だが、それは“制御された音”だ。

 

 

「……これ」

 

 ミナが小さく言う。

 

 

「同じ音?」

 

 

「似てる」

 

 

「でも、違う」

 

 

 その言葉に、ハルが少しだけ笑った。

 

「それでいい」

 

 

 俺は頷く。

 

 

 “違うと分かること”が重要だ。

 

 

 ◇

 

 

 一方で――

 

 別の問題も動いていた。

 

 

 ノエルだ。

 

 

 共有スペースの端で、ボードを見ている。

 

 

「……何かあるか」

 

 俺が声をかける。

 

 

 ノエルは少しだけ迷ってから言った。

 

 

「増えてる」

 

 

「何が」

 

 

「“違和感の質”」

 

 

 ……いいな。

 

 

「どう違う」

 

 

「前は“外から来る感じ”だった」

 

「今は……“中でズレてる感じ”」

 

 

 ルイが低く言う。

 

「内部か」

 

 

 ノエルは頷いた。

 

 

「でも、分からない」

 

 

「誰かがやってるのか」

「それとも、勝手にそうなってるのか」

 

 

 ……そこか。

 

 

 ◇

 

 

 詰所に戻る。

 

 

「内部崩壊の兆候だな」

 

 ルイ。

 

 

「侵入だけじゃない」

 

 イオリ。

 

 

「“役割の歪み”が出ている」

 

 

 ハルが首を傾げる。

 

「どういうこと?」

 

 

「観測者が観測に引っ張られる」

 

 

 イオリは静かに言う。

 

 

「“見ようとしすぎる”」

 

 

 レゴシが息を呑む。

 

 

「……それって」

 

 

「壊れ方の一種です」

 

 

 ◇

 

 

 夕方。

 

 その兆候は、すぐに表れた。

 

 

 アナグマだ。

 

 

 共有スペースで、壁を見続けている。

 

 

「何してる」

 

 

「……動く」

 

 

 小さな声。

 

 

「何が」

 

 

「影」

 

 

 だが、そこには何もない。

 

 

 レゴシが低く言う。

 

「……いない」

 

 

「いる」

 

 

 アナグマの声が、少しだけ荒くなる。

 

 

「ずっと見てると、分かる」

 

 

 ……来たな。

 

 

 観測過多。

 

 

 見続けることで、存在しないものを拾い始める。

 

 

「座れ」

 

 

 俺が短く言う。

 

 

 アナグマは反応しない。

 

 

「座れ」

 

 

 もう一度。

 

 

 今度は、ゆっくりと腰を下ろした。

 

 

「見るな」

 

 

「……無理だ」

 

 

「なら、“見方を変えろ”」

 

 

 沈黙。

 

 

「何を数える」

 

 

 アナグマの目が揺れる。

 

 

「……何を」

 

 

「影じゃない」

 

「音でもない」

 

 

 少しだけ間を置く。

 

 

「呼吸だ」

 

 

 ◇

 

 

 ハルがすぐに横に座る。

 

 

「一緒にやる?」

 

 

 アナグマは答えない。

 

 

 だが、拒否もしない。

 

 

「吸って」

 

「吐いて」

 

 

 ゆっくりとしたリズム。

 

 

 レゴシが少し離れて見ている。

 

 

 数分。

 

 

 アナグマの視線が、壁から外れる。

 

 

「……消えた」

 

 

 小さな声。

 

 

「最初からいない」

 

 

 俺が言う。

 

 

「でも、“見方”で変わる」

 

 

 ◇

 

 

 詰所。

 

 

「観測者の制御が必要だな」

 

 ルイ。

 

 

「そうだ」

 

 

「どこまでやる」

 

 

 その問いに、少しだけ考える。

 

 

 ここで強く制限すれば――

 

 “見る側”は死ぬ。

 

 

 だが放置すれば――

 

 壊れる。

 

 

(……線だな)

 

 

「時間制限を入れる」

 

 

 ハルが顔を上げる。

 

 

「観測の?」

 

 

「そうだ」

 

 

「“見る時間”を区切る」

 

「それ以外は見ない」

 

 

 イオリが頷く。

 

 

「役割の固定ですね」

 

 

「そうだ」

 

 

 ◇

 

 

 その夜。

 

 新しいルールが入る。

 

 

 ・観測時間の制限

 ・交代制

 ・非観測時間の明確化

 

 

 ノエルは、それをすぐに理解した。

 

 

「……楽になる」

 

 

「何が」

 

 

「ずっと見なくていい」

 

 

 ……正直だな。

 

 

 ◇

 

 

 だが――

 

 

 問題は、そこでは終わらなかった。

 

 

 深夜。

 

 

 黒狼が、裏口付近で止まる。

 

 

「……匂いが変だ」

 

 

 低い声。

 

 

 俺とレゴシがすぐに動く。

 

 

 裏口。

 

 

 空気が、わずかに違う。

 

 

「外じゃない」

 

 

 レゴシが言う。

 

 

「中だ」

 

 

 扉の隙間。

 

 

 そこから――

 

 

 紙が差し込まれている。

 

 

 拾う。

 

 

 小さな紙片。

 

 

 そこに書かれていたのは――

 

 

『次は“内側”から壊す』

 

 

 沈黙。

 

 

 ハルが小さく言う。

 

「……宣戦布告?」

 

 

 ルイが低く笑う。

 

 

「あるいは、忠告だな」

 

 

 イオリが静かに言った。

 

 

「どちらでも同じです」

 

 

「崩す意思がある」

 

 

 ◇

 

 

 俺は紙を握り潰した。

 

 

 外からの侵入。

 内部の観測崩壊。

 精神干渉。

 

 

 全部、繋がっている。

 

 

 そして――

 

 

 次は、もっと深い。

 

 

「……いいだろう」

 

 

 俺は小さく言った。

 

 

「やるなら、やらせる」

 

 

 レゴシが顔を上げる。

 

 

「どうする」

 

 

 俺は答える。

 

 

「“内側”を切る準備をする」

 

 

 ハルが息を呑む。

 

 

「……誰を?」

 

 

 少しだけ、間を置く。

 

 

「必要なら、誰でもだ」

 

 

 静寂。

 

 

 この場所は、もう戻れない。

 

 

 守るだけの段階は終わった。

 

 

 選ぶ。

 

 残す。

 

 切る。

 

 

 全部、やる。

 

 

 ――メインクーンの俺が、この場所の“内側ごと”、守る価値があるか測ってやる。

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