転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話 作:微糖コーヒー
内側を切る。
それは“敵を排除する”ことじゃない。
“残す価値を定義する”ことだ。
朝。
詰所の空気は、これまでで一番張り詰めていた。
机の上に、白紙を一枚置く。
「基準を作る」
俺が言う。
ルイが腕を組む。
「ついにそこへ来たか」
ハルが小さく呟く。
「……怖いね」
レゴシは何も言わない。
だが視線は、紙に固定されている。
イオリが一歩前に出た。
「どう定義しますか」
俺はペンを取る。
そして、三つ書いた。
・自制が可能か
・関与が可能か
・維持が可能か
沈黙。
「……どういう意味?」
ハル。
「順に説明する」
俺は指で一つ目を示す。
「自制」
「衝動でも、恐怖でもいい」
「“止められるかどうか”」
二つ目。
「関与」
「見る、動く、伝える」
「何かに関わる意思があるか」
三つ目。
「維持」
「それを継続できるか」
ルイが頷く。
「短期的ではなく、状態として持てるか、か」
「そうだ」
レゴシが低く言う。
「……全部できないやつは?」
「切る」
即答。
ハルが目を閉じる。
「……分かってたけど、言われるとキツいね」
イオリが静かに言った。
「逆に、一つでも満たせば?」
「残す」
「優先順位は?」
「自制が最優先だ」
◇
その日から、観察の質が変わった。
ただ“違和感”を見るのではない。
“基準に照らす”。
ノエルは、すぐにそれを理解した。
「……これは、楽だ」
「何が」
「見る方向が決まる」
いい。
◇
だが――
最初の“判定”は、すぐに来た。
リナだ。
午後。
共有スペースで、突然立ち上がる。
「……行かなきゃ」
小さな声。
「どこに」
「外」
足が動く。
レゴシが前に出る。
「待て」
「離して」
腕を振り払う。
その瞬間。
目が変わった。
焦点が合わない。
呼吸が荒い。
……外部干渉。
「止めるな」
俺が言う。
「え?」
ハルが驚く。
「行かせる」
「ちょっと待って、それ――」
「いいから見ろ」
リナは、ふらつきながら扉へ向かう。
その途中で――
止まった。
足が震える。
「……行く」
「……行かない」
小さな声で、繰り返す。
レゴシが息を呑む。
「……自制か」
◇
数秒。
リナは、その場に膝をついた。
「……行かない」
それだけ言って、動かなくなる。
ハルがすぐに支える。
「大丈夫、大丈夫」
リナは、震えながらもその場に留まった。
◇
詰所。
「どう見る」
ルイ。
「自制あり」
俺。
「関与は?」
「弱いがある」
「維持は」
「不安定」
イオリがまとめる。
「……残す、ですね」
「そうだ」
レゴシが小さく息を吐いた。
「……良かった」
◇
だが――
その次は、違った。
夜。
アナグマ。
また壁を見ている。
「座れ」
反応なし。
「呼吸を数えろ」
無反応。
目は、完全に“向こう側”を見ている。
ハルが小さく言う。
「……戻ってない」
レゴシが前に出る。
「抑えるか」
「待て」
俺は止める。
数秒。
アナグマが、ゆっくりと口を開いた。
「……見える」
「何が」
「全部」
その瞬間。
俺は理解した。
戻らない。
◇
詰所。
沈黙。
誰も、すぐに言葉を出さない。
ハルが、かすれた声で言う。
「……まだ、いけるんじゃない?」
レゴシも続く。
「もう少し様子見て――」
「無理だ」
俺が遮る。
「自制なし」
「関与なし」
「維持不能」
淡々と並べる。
ハルが目を見開く。
「ちょっと待って、それって……」
「切る」
静寂。
レゴシが拳を握る。
「……外に出すのか」
「違う」
俺は首を振る。
「隔離する」
◇
深夜。
アナグマは、静かに移された。
暴れない。
抵抗もない。
ただ、見ている。
何もない壁を。
ハルが、最後に小さく言った。
「……ごめんね」
返事はない。
◇
戻る廊下。
誰も、すぐには話さなかった。
レゴシが、ぽつりと呟く。
「……これが“切る”か」
「そうだ」
俺は答える。
「救えないやつを切るんじゃない」
少しだけ間を置く。
「救えない状態を、切る」
ハルが、静かに息を吐いた。
「……分かるけど」
「キツいね」
「知ってる」
イオリが横で言う。
「ですが、必要です」
「そうしないと、全体が崩れます」
◇
夜明け前。
俺は、もう一度ボードの前に立つ。
メモが増えている。
『音が減った』
『影が出ない』
『静かすぎる』
……いい傾向だ。
だが同時に。
“切った影響”も、確実に出ている。
この場所は、変わった。
優しいだけの場所じゃない。
選ばれる場所になった。
そして、それを知った個体は――
より強く、生き残ろうとする。
それが、次の歪みを生む。
◇
廊下の先。
ノエルが立っている。
「……どうした」
「考えてた」
「何を」
少しだけ間。
「私は、どっちなんだろうって」
いいな。
「まだ残ってる」
俺は答える。
「でも」
「条件付きだ」
ノエルは小さく頷いた。
「……分かってる」
◇
空が白む。
また朝が来る。
だが、その意味はもう違う。
ここは、“ただの明日”を与える場所じゃない。
選ばれた明日だけが続く場所だ。
――メインクーンの俺が、この場所の価値ごと、選び抜いてやる。