転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話 作:微糖コーヒー
夜の帳が落ちる頃、チェリートン学園の空気は一変する。
昼間の「共生」という仮面が外れ、より原始的な気配が滲み出す時間帯だ。
そして――その延長線上にあるのが、“裏市”。
(さて、どこまで深いか)
俺は学園の裏門を抜け、人気のない路地へと足を踏み入れた。
風に乗って、微かに匂いが流れてくる。
血と、肉と、恐怖。
この世界において、最も禁忌とされるもの。
だが同時に――
最も需要があるものでもある。
(矛盾の塊だな)
数分ほど歩いた先。
そこに、“入口”はあった。
一見すれば、ただの寂れた商店街。
だが、踏み込んだ瞬間――
空気が変わる。
視線。
殺気。
そして、むき出しの欲望。
ここは、“表”ではない。
俺は無言で歩を進めた。
◇
裏市の内部は、想像以上に整然としていた。
肉を扱う店。
加工品を売る店。
情報を売る者。
すべてが一つの“社会”として成立している。
(秩序はある、か)
無秩序な暴力ではなく、管理された逸脱。
それが、この場所の本質だ。
「……見ねえ顔だな」
低い声が背後からかかる。
振り返ると、そこには大型の肉食獣――ヒグマが立っていた。
筋肉の塊。
明らかに、この辺りの“番人”の一人だろう。
「新入りか?」
「まあ、そんなところだ」
俺は平然と答える。
「ガキが来る場所じゃねえ」
「ガキに見えるか?」
軽く首を傾げる。
ヒグマは一瞬だけ目を細めた。
「……妙な圧だな」
「よく言われる」
嘘だが。
「用件は?」
「見学だ」
「は?」
「この場所の構造を知りたい」
数秒の沈黙。
そして――
「……面白えこと言うじゃねえか」
ヒグマは低く笑った。
「普通はビビるか、欲に負けるかだ。分析しに来たってか?」
「そんなところだ」
「……気に入った」
意外な返答だった。
「ただし――」
次の瞬間。
巨大な腕が、俺に向かって振り下ろされる。
(試験か)
俺は一歩踏み込み、その軌道の内側へ入る。
肘を軽く押し上げる。
“ズンッ”
衝撃が地面に流れる。
「……なに?」
ヒグマの目が見開かれた。
「力任せすぎる」
俺は静かに言う。
「効率が悪い」
そのまま、手首を軽く捻る。
「ぐっ……!?」
ヒグマの体勢が崩れる。
だが、倒さない。
あくまで――
“示す”だけだ。
「これで十分か?」
数秒の沈黙の後。
「……ははっ」
ヒグマは笑った。
「とんでもねえガキだな、お前」
「褒め言葉として受け取っておく」
「いいだろう。好きに見て回れ」
そう言って、ヒグマは道を開けた。
(交渉成立)
力の提示は、最も分かりやすい言語だ。
◇
さらに奥へ進む。
そこで、俺は“それ”を見た。
ガラスケースの中に並べられた――
“肉”。
明らかに、ただの動物ではない。
(これが……)
この世界の、最も重い罪。
だが同時に――
(これを完全に否定するのは、現実的じゃない)
俺は冷静に分析する。
需要がある限り、供給は消えない。
禁止すればするほど、地下に潜る。
結果として――
より危険な形で広がる。
(なら、必要なのは……)
「管理された解放、か」
思考が形になり始める。
倫理と現実の折衷案。
この世界には、それが決定的に欠けている。
「……興味あるのか?」
声がした。
振り向くと、小柄なウサギの女性が立っていた。
白い毛並み。
どこか達観したような目。
ハル。
(なるほど、ここで来るか)
「観察してるだけだ」
「変わってるね」
ハルは肩をすくめた。
「普通は、もっと……反応するよ?」
「してるさ、内心ではな」
「ふーん?」
彼女はじっと俺を見る。
「君、怖くないの?」
「何が?」
「ここ。肉。……私」
少しだけ挑発的な声音。
「怖がる理由がない」
「へえ」
ハルは小さく笑った。
「面白いね、君」
「よく言われる」
今度は本当だ。
「名前は?」
「まだ言う必要はない」
「ケチ」
軽口を叩きながらも、ハルの視線は鋭い。
(観察されてるな)
この世界で生き抜いてきた者の目だ。
「君、何しに来たの?」
「見に来た」
「それだけ?」
「それだけで十分だ」
ハルは数秒黙り込んだ後、ふっと息を吐いた。
「……まあいいや」
「深入りするなよ」
そう言って、彼女は去っていく。
(原作より、少し距離があるな)
だが問題ない。
接点は、これからいくらでも作れる。
◇
裏市を一通り見終えた後、俺は入口付近に戻ってきた。
「どうだった?」
ヒグマが腕を組んで待っている。
「想像以上に“まとも”だった」
「はは、褒めてんのかそれ?」
「一応な」
俺は少しだけ考え、続けた。
「ここは、必要悪だ」
ヒグマの表情が変わる。
「……ほう?」
「完全に潰せば、もっとひどくなる」
「分かってんじゃねえか」
「だが、このままでもいずれ破綻する」
「……」
沈黙。
「だから」
俺は言う。
「いずれ、手を入れる」
「……誰が?」
「俺が」
数秒の静寂。
そして――
「……くくっ」
ヒグマは笑い出した。
「いいねえ。ガキのくせに、デカいこと言う」
「言うだけじゃ終わらせない」
「だったら、楽しみにしてるぜ」
その言葉は、半分は嘲笑。
だが、半分は――期待だ。
◇
帰り道。
夜風が、少しだけ冷たい。
(これでピースは揃い始めた)
レゴシ。
ハル。
裏市。
すべてが、この世界の“歪み”を構成する要素。
(あとは――どう組み替えるか)
俺は立ち止まり、空を見上げた。
「……面倒だが」
小さく呟く。
「やる価値はある」
理想論ではなく。
暴力でもなく。
現実的な“解”。
それを、この世界に叩き込む。
そのために――
「まずは、足場固めだな」
学園内での影響力。
裏市とのパイプ。
そして――
レゴシという“核”。
あいつを中心に据えれば、変化は加速する。
(問題は……)
原作通りに進まないことで生じる、“予測不能”。
だが。
「それも含めて、楽しむか」
俺は再び歩き出す。
チェリートン学園へ。
次の一手を打つために。
――この世界を、“作り替える”ために。